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人間 山本五十六 元帥の生涯 反町栄一著 5Day




人間 山本五十六 元帥の生涯 反町栄一著 5Day


北国の先輩として尊敬する山本五十六元帥の生涯を描いています。

山本五十六は、当時の欧米事情にも詳しく、戦略的に見て日独伊三国軍事同盟や日米開戦に最後まで反対していました。

戦術的にも航空機戦力に早く着目し海軍航空隊設立に尽力し、日米開戦時には「短期決戦・早期和平」という日米間に於ける国力の差を冷静に分析していました。
広い視野を持ち現実的な作戦計画を実施しようとしたことなど、旧日本海軍軍人の中でも傑出した名将としての評価は今日でも高く、海外においても広く賞賛されています。

また、明朗な性格で、部下や同僚から非常に高い信頼を寄せられた人物でした。
山本は、日米戦争に反対していたのにも拘わらず、戦時特別編成である大日本海軍連合艦隊司令長官という立場から真珠湾攻撃の作戦立案に携わる事になります。






その山本の苦悩が洗われている講演があります。

昭和14年に山本五十六が母校の長岡高等学校で講演内容の一部です。

私は諸君に対し銃をとって第一線に立てとは決して申しません。

あなた方に希望するところは学問を飽くまで静かな平らかな心を持って勉強し

将来発展の基礎をつくって頂きたいと熱望する次第であります。

どこまでも気を広く持ち高遠なる所に目標をおいて日本のため進んでくださいます。

山本五十六


http://otarimanjyu.com/blog/index.php?e=2481


海軍兵学校の体格検査で「特技は何だ?」と聞かれて、

「はい、やせ我慢です!」と答えたという。




日本海軍連合艦隊司令長官 山本五十六大将 上申
下記は、三国同盟成立直前に反対演説した時の連合艦隊司令長官 山本五十六演説です。

私たちは一口で云うならば、国家の忠実な番犬であります。
日本と云う邸内を侵すものあれば、その時は身命を投げ打って相手に挑んで行く任務が在って、もともと政治には拘わりたくないのであります。
しかしこの日本の邸内を窺う賊は一名ではありません。
出入り口も三つか四つ在りますが、哀しいかな番犬は一頭で在る場合、この番犬はどんなに走り回っても護りキレ無くなるので在ります。
とは云っても賊の侵入を見逃す訳には尚まいりません。
せめて政治家が、他の口をしっかりと鉄扉で塞いで於いて呉ますなら番犬は喜んで常に一つの関門を護り得るものと存じ得ます。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:18 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
「千利休」天下一の茶人 田中仙堂著 4Day


【7daysブックカバーチャレンジ】 4Day

「千利休」天下一の茶人 田中仙堂著

茶人、そして当代「千利休」研究の第一人者である大日本茶道学会会長田中仙堂先生の著書です。
現代の茶人から見た千利休像を、利休が存命中の茶会記などをベースに、当時の茶会日記や堺商人の日記等々適切な資料をベースに歴史的史実と照らし合わせて冷静に分析されています。

読み進むうちに、千利休や、今井宗久、津田宗達等、当時の茶人・堺の商人が亭主を務め、主客として豊臣秀吉をはじめとする戦国大名が小さな茶室に入り茶を嗜み、茶器を愛でるなどの息づかいが聞こえて来るようです。



http://otarimanjyu.com/blog/index.php?e=3253




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| ryuichi | 04:06 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
「成り上がり」 矢沢永吉著 【7daysブックカバーチャレンジ】 3Day



【7daysブックカバーチャレンジ】 3Day

「成り上がり」 矢沢永吉著

もう40年来、読みふけっている本です。痛んだり人に差し上げたりともう20冊位は購入しているかともいます。今でも各所に数冊は常備して時折読んでいます。

私も御多分に漏れず、中学の頃に矢沢永吉を知り、高校の時に、「時間よ止まれ」を引っ提げての郡山市民会館(現市民図書館駐車場)でソロコンサートがあり、仲間を誘ってスタッフ気取りで手伝いに行ったのが初YAZAWAでした。

当日、来場したお客さんの案内掛をしましたが終了後、永ちゃんから「お疲れ様~ありがとね!」といって握手していただいたのは一生忘れられない思い出でとなっています。
以来、大の矢沢永吉ファン(かぶれかなぁ!)です。

「2種類の人間がいる。やりたいことやっちゃう人とやらない人。やりたいことやってきたこの人生。
おかげで痛い目にもあってきた。
散々恥もかいてきた。
誰かの言うことを素直に聞いてりゃ、 今よりずっと楽だったかもしれない。
でもね、これだけは言える。
やりたいことやっちゃう人生のほうが、間違いなく面白い。
俺はこれからもやっちゃうよ あんたはどうする?」
矢沢永吉語録~(日産自動車CMより引用)






http://otarimanjyu.com/blog/index.php?e=2315




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| ryuichi | 04:20 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
「生きる指針」 “あるがままに老い、死ぬということ” 松久保秀胤著  2day




「7day ブックチャレンジ」  2day

「生きる指針」 “あるがままに老い、死ぬということ” 松久保秀胤著

この本は、もう20数年来、折に触れ読み続けている元法相宗元管長、薬師寺元管主で、現薬師寺長老・長野蓼科聖光寺住職の松久保秀胤老師著の本です。

“夢は叶う”と申しますが、出来ますことならば松久保老師お会いしてお話を拝聴したいとずっと思っていましたら、ご縁があり松久保老師が三春へお越しくださり宴席を共に過ごさせていただきました。

http://otarimanjyu.com/blog/index.php?e=2429






松久保老師が就職を務める聖光寺(トヨタ自動車株式会社の祈願寺)の役員の皆様と磐梯造園様と~ 於いて三春若松屋




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| ryuichi | 04:10 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
三春物語176番 「三春州伝寺第三十二世住持 大地玄亀大和尚」
 



三春州伝寺第三十二世住持 大地玄亀大和尚
 
「最後の説法」大地玄亀  前州伝寺住職故石龍正孝老師著(非売品)


  この本は、即妙玄亀大和尚の接心での最後の説法を故石龍木堂老師がまとめられた貴重な本です。

前住職石龍和尚ご存命であったころ、塵壺に州伝寺を掲載するための資料集めにお邪魔した折に、頂戴したものです。

「最期の説法」は老師が東京都台東区浅草松葉町曹源寺内曹玄窟で遷化される直前に門弟のために病重症の所をおして行った提唱です。

それは、側に綿に水を浸して唇をうるおし、時に、声がかれ、とぎれ、欺息して休み且つ続けるという提唱であった。







大地玄亀和尚は東北の地に「禅」を根つかせた位という想いから、三春でも檀用の少い州伝寺を選ばれて掛錫された太地老師。


タイトル通り、石龍和尚の師匠である大地玄亀和尚の最後の説法を録音テープなどから編集して本にまとめられたものです.









玄亀老師発願の書(原文は血書)からはじまり

・ 総参の話(この接心会の直後に胃癌の診断を受ける)

・ 臨終の時の法話(門弟一同への経誨)

・ 最後の説法(浅草曹源寺での遷化直前の接心 綿に水を浸し唇を潤しながらの提唱)

・ 無門関提唱

・ 玄亀和尚示衆

・ 出家の本懐

・ 菩提心と無常観

・ 托鉢印施

・ 策励句集と続きます。





「総参の話」は昭和二十七年八月二日より一週間福島県田村郡三春町州伝寺において催された大接心会の時の総参の話である。
会衆七十余名、過半は在家の方で、特に初心者の方のために語られたものである。



尚、老師はこの接心会の直後、胃癌という診断を受けられたのである。




州伝寺晋山式修行することになりましたが、要するに私は東北の地方に真の禅風を一拳揚したい念願からであります。

私は超州和尚が六十歳で出家なされて八十歳迄行脚せられた尊い勝麗を慕って私も六十歳再出家の気持であります。

しかも此の寺は州伝寺というのですから、超州の禅風を伝えるというように解釈して、転任の機会に一切の名利を捨てて真の納僧として上求菩提下化衆生の誓願を樹てましたが、菩提心の未熟にて未だ実行が出来ません。実に慣憶に堪えません。

ほんとうに良寛さまや乞食桃水和尚のように名利をなげ捨てた真の出家児になりたい心はありますが、なかなか容易ではありませんけれども衆生無辺誓願度の四弘誓願文に鞭うって、生々世々勇猛精進する覚悟であります。

大地玄亀和尚の言葉より






曹洞宗天翁山州傳寺は、江戸初期悲劇の三春城主松下石見守長綱が三春入府の際、二本松より移した寺で、重綱公、長綱公、豊綱公と松下家三代の位牌所です。
 
松下石見守長綱公は三春在籍十七年の間に、最後の戦国大名として三春城や城下町を整備して、現在の城下町三春の基礎を築いたと言われます。

 長綱公は豊臣秀吉が日吉丸と名乗る十六の頃、最初に使えた松下加兵衛之綱の孫で、初期徳川幕府にとっては、他の豊臣恩顧の大名と同じく目障りな存在であり、理不尽な理由を徳川幕府より押し付けられ、改易の憂き目に合いました。






 その後、江戸時代秋田家藩政下では先の領主菩提寺として厚遇され、全国的に有名な名僧高僧が在籍し、歴代住職への曹洞宗永平寺・総持寺両本山並びに関三箇寺から要職の下命等があり、管内の由緒ある寺院として「録所」を勤めました、また歴代住職の下へ、徳を慕いその教えを乞いに全国から雲水が参禅し、片法憧(格地)、東北の禅修業道場として名を馳せました。

近年に於いても、先の住職大地玄亀老師や、その弟子現住職石龍木童和尚が在籍し、この三春で禅宗の要として人々を導いておられます。




 
また丈六仏と呼ばれる御本尊の木像阿弥陀如来坐像は、坂上田村麻呂東夷追討に由来し、鎌倉期作とみられます、その昔郡山赤沼に安置され、戦国期田村氏三春入府に伴い、三春町丈六、廃寺万徳寺へ移り、その後丈六堂へ移り、明治期に州伝寺に移された仏像で、その長い歴史の中で、火災や様々な災難に遭遇しながらも、現存するその福与かな御姿に心が和み、自然と手を合わせます。




 州傳寺の玄関に「照顧脚下」の墨跡を見つけました、「脚下を照顧せよ」自分の足元を見よ、つまり自分自身をよく見つめなさいと言う教えです。

 山内には一時地蔵があり、子育て地蔵として、我が子を健やかに育てと願う親達の信仰を集め、八月二十四日には“みたま祭り“が開かれます。

 「拝む手から 一家円満の ひかりかがやく」  州伝寺立て札より






合掌


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 13:25 | comments (0) | trackback (x) | 三春城下新町::天翁山州傳寺 |
【7daysブックカバーチャレンジ】 、司馬遼太郎著「峠」上下巻 1Day


【7daysブックカバーチャレンジ】 1Day


[Book Cover Challenge ]
7日間ブックカバーチャレンジとは、読書文化の普及に貢献するためのチャレンジで、参加方法は好きな本を1日1冊、7日間投稿するというもの。


島根県浜田市三隅にある龍雲寺方丈の野原眞承様よりバトンを受領しまして、1日目に紹介させて頂くのは、司馬遼太郎著「峠」上下巻を紹介します。

「峠」という作品は、幕末、越後長岡(現新潟県長岡市)の一代限りの非門別家老として”戊辰戦争”に際して、長岡藩軍事総督として長岡藩を率いて戦った河井継之助の生き方を描いた作品です。

要所に大塩平八郎や西郷隆盛も学んだ陽明学の学理がちりばめられています。
私と河井継之助との出会いは、約40年くらい前になりますが戊辰の役北陸戦争を描いたNHK大河ドラマ「花神」の中に登場した髙橋秀樹さんの演じる河井が最初でした。
 それから、10年後、菓子屋の修行中に今後の商売のやり方をあれこれ考えた時期に書店で司馬遼太郎の「峠」上下巻に出会って衝撃を受け以来読み続けて3冊目となっています。





 屋号三春昭進堂に加えて菓匠蒼龍と雅号をつけていますがこれも河井継之助の雅号からいただきました。

名前にも龍、そして蒼龍、眞承様のお寺も龍雲寺~龍繋がりの御縁を感じています。






尚、この秋、この峠を原作とした映画「峠 最後のサムライ」が公開される予定です。



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 06:46 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |
「とまとのジュレ」 夏季限定品





「とまとのジュレ」の販売をはじめました。


夏季限定品です。




完熟のフルーツトマトとプチトマトをゼリーで閉じ込めました。


隠し味に、オレンジジュースが入り、味を調えています。


一個 230円です。






夏季限定商品になります。


夏の進物を取り揃えました。






夏の御挨拶に、ご用命ください。





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| ryuichi | 04:04 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::季節のお菓子  |