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「WORLD TAG LEAGUE 2019 郡山大会」 新日本プロレス




新日本プロレスリングは11月19日午後6時30分から、郡山市のビッグパレットふくしまで「WORLD TAG LEAGUE 2019 郡山大会 」を開く。

 タッグ戦を中心に7~8試合を予定している。


新日本プロレス 郡山大会

2019年11月19日(火)


時間 18:30 ~ 21:00

会場郡山ビックパレット 多目的展示ホール(1F)






ポスターが欲しい方は、三春昭進堂の店頭までお越しください

入場料
有料
<前売券> 特別リングサイド¥10,000 リングサイド¥8,000 指定席A¥6,000 指定席B¥5,000 
※当日券は全て¥500 アップ 小中高生(当日のみ)¥2,000
詳細はIKGプロモーションのHPでご確認ください。


主催
IKGプロモーション㈱
http://ikg-pro.com/
連絡先
IKGプロモーション㈱
TEL053-440-3880

| ryuichi | 05:26 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::三春のイベント |
遠藤純男先生講演会 「努力は自分の為に」 1976年モントリオール五輪柔道銅メダリスト




1976年モントリオール五輪柔道銅メダリスト

遠藤純男先生講演会

「努力は自分の為に」


令和元年11月17日(日)

13:30開場 14:00開演

三春交流館まほら 大ホール 

入場料 1000円税込 全席自由

主催 田村柔道会


問い合わせ 090-7334-4097 田村柔道会担当 佐藤豪


柔道家 遠藤純男の記録は永遠に残ります。

今回の話を是非青少年の記憶にも残してもらいたい。






遠藤純男プロフィール

郡山市堂坂生まれ(S25.10.03)出身。

福島県立岩瀬農業高等学校を経て日本大学卒業後、警視庁警察官に奉職。

日本の柔道家。 モントリオールオリンピックでの柔道・重量級の銅メダリスト。

警視庁警察官、秋田経済大学(のちのノースアジア大学)柔道部監督、ノースアジア大学教養部教授らを歴任。








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:59 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::三春のイベント |
「和菓子講習会」船引小学校 第六学年親子活動 令和元年11月9日(土)





昨日は、ご縁がありまして田村市立船引小学校第5学年の親子活動の「和生菓子造り」の講師に招かれました。

上生菓子造りの講習とあっては、「おもてなし」~日本人の心~{わびさび}の世界ですので、お茶はつきものです。


お茶をたしなむ女将と共に船引小学校へ参じました。




第五学年の児童巣109名、父兄合わせて218名と共に和菓子、それも練り切りの上生菓子の製作です。









季節柄テーマは「秋」ですので”菊花”を作っていただきました。


菊花を色違いで二種類、しかもちょっと技術が必要な三重包餡を提案させていただきました。






当店女将は、子供茶道教室や税の教室などで小学校へ出向いているので子供たちの教えるのが上手いんです。


夫婦二人三脚で和菓子作り講習会の開始です。







学年委員長さんの采配で、早速お菓子造り開始です。


それぞれが工夫を凝らしながら、思い思いの意匠を巡らせ、練り切り餡で上生菓子を造っていきます。







そして、皆さん手先が器用なんでしょう、上手に造っていかれます。


白、ピンク、中こし餡の三種類を包餡し、箸や楊枝で花びらを造り、黄色で花弁、そして、抹茶の羊羹で葉っぱを付ける・・・・







自分で造った上生菓子はいかがだったでしょうか?


そてぞれ楽しんでおられた様子です。







そして、ご自身で造られた練り切り上生菓子「菊花」の実食です。


女将より、お茶会での菓子の食べ方を講義されて美味しそうにほおばっている姿に、出張してきたかいがあったように思います。







最後に、代表の児童たちによる和菓子造り体験の感想を発表、そして私たちの御礼の言葉をいただきました。

こちらこそ貴重な経験をありがとうございました。






少しでも和菓子、上生菓子に親しんでいただきお茶の心と合わせて興味を持っていただければ幸いです。

いつしか、自分でもお茶をたしなみ「お茶と和菓子」という日本文化を継承していただけたらなぁと思います。









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍






| ryuichi | 05:30 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
三春町立第2保育所の町探検と買い物体験 令和元年 三春昭進堂




三春町立第2保育所の「町探訪と買い物体験」ということで、園児13名のみなさんが、保育士の先生、そして園長先生とご来店いただきました。


秋晴れの中、保育士の先生に引率されてのご来店です。






三春昭進堂でまんじゅうを買って、三春小学校の明徳門の下(階段)で、おまんじゅうをみんなで食べるという体験型の町探訪です。


園児の皆さんからすれば「探検」気分でしょうね~







かわいい園児の皆様に思わず顔がほころんでしまいました。


子供はかわいいですよね!


またのご来店をお待ちしています。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:27 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
商売繁盛 祈願 令和元年 「えびす講祭」 三春昭進堂




   「えびす講」~商売繁盛 
 
商売繁盛 祈願 令和元年 「えびす講祭」 三春昭進堂


三春昭進堂では、恵比須様への商売繁盛 祈願、そして、お客様への感謝の記として、11月16日(土)、17日(日)に「えびす講祭」お客様感謝イベントを行います。


本来の旧暦10月20日は、11月16日(土)です。


この二日間ご来店のお客様には、日ごろの感謝を込めて「一口すあま」をプレゼントいたします。

両日とも、末広がりの八十八名様分を予定しています。









店内にえびす様の掛け軸を飾り、家にあるお金を一升枡に入れて供え、落雁用の魚の木型や旬の野菜なども供え、「えびす様大黒様」に対して、商売繁盛、財運に恵まれ、また子孫繁栄が叶う事を祈願します。





旧暦10月は晩秋ではなく初冬の時期なのであって、この月の行事には1年も、いよいよ終わりに近いという気分が込められている用に思います。
昭和8年生まれの父親は、この日に必ず、商家の小僧や丁稚が足袋を履けるのは、恵比須講の日からといっていました。








恵比須講は商人にとって非常に大事な行事であり、商家の正月のようなものであったようです。


業種によっても異なりますが、多くの商家では春から秋にかけての繁忙期、いわゆる「掻き入れ時」がほぼ済んで一年間の取引状況を総括して次年度への見通しと計画とを立てるべき時期にあたっており、この日に商売の神である恵比須神を祀って繁昌を祈願し、盛大な祝宴を催すことになっていたと伝えられています。





 








商いは、秋に実った果実を交換することに始まったといわれています。

このことから私どもは“手塩にかける”ことを学んでいます。

これこそが商いの原点であると思います。
 




   蒼龍謹白    合掌

春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 04:52 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯::三春のイベント |
総合地域学習「三春」 三春中学校 1年生 令和元年11.6  三春昭進堂主人 髙橋龍一




総合地域学習「三春」 三春中学校 1年生     令和元年11.6
                    三春昭進堂主人 髙橋龍一


三春中学校一年生の総合的な“学習の時間”総合地域学習「三春」のシンポジウムパネラー及び講師として三春のお話をさせていただきました。

 
 はじめに
照顧却下 禅寺の玄関に掲げてある木版
地元三春を見る=足元~自分自身
どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失わない 足元

私たちが子供の頃から、三春の先輩方から様々なことを教えていただき学んできました。
昔から三春人(商人)は、教育・人間育成ということには驚くほどの力の入れようでした。

この三春シンポジウム等の学校への協力は、上記の先輩の皆様方への恩返し、そして、後輩へと継承する三春の教育を少しでも果たしたいと考えています。
未来を担う、三春の後輩たちの”学び”に、少しでもお役に立てればいいなあと思います。

元家老家の北畠浪岡具雄から「修行するのは少壮の時である。一家の些細なことに拘わり合っていつまでも田舎に居ると。、一生の悔いになる。早々に上京すべき」と上京して勉学に励むことを進められた加藤木三兄弟の話。申します 勝沼 
また、戦前の三春小学校の卒業式に於いて成績優秀者に秋田賞と加藤木賞が贈られていたこと・・
谷中 田村学寮 初代寮長 河野広中
深間内久蔵氏が千三百余圓(大工手間39000万円)の私財を投入し建設資金にしたことや藤泉賢四郎(後の大林組社長大林賢四郎氏が設計施工を請け負ったこと。

三春の商人として、三春の歴史、三春で商売(和菓子屋) 県外での三春





経営者 仕事がら全国の経営者 
初めての人は、その人をフィルターとして三春を見ます。
挨拶や懇親会 お国自慢 自分の出身地を背負って 社会で活躍!
胸を張って三春の歴史や長所 伝える    

自分の足元=三春 足元を見る 自分自身を顧みる 


郡山にないもの 歴史 文化

町とは?
同じラーメンでも、醤油ラーメン、みそ、つけ麺、冷やし中華、喜多方ラーメン 博多ラーメン、チャルメラ カップヌードル 同じ種類じゃなくてもいい それが町・地域







1、三春との職業を通じた関り
三春は滝桜のお陰で毎年春には日本中、世界中から脚光を浴びる どんな展開も可能
最大のトップ営業マン「滝桜」
「三春」昭進堂 三春名物「おたりまんじゅう」 三春産にこだわる 三春の味 国産 安心安全
四季により作るお菓子が違う
 春・花見団子 夏・麩饅頭 秋・栗大福 冬・イチゴ大福 
通年商品 名物「おたりまんじゅう」 「豆大福」 コーンフレーク・クッキー









質問・
店が三春馬(畜産)セリ市場の前にあるということで競り市に来た方へのお饅頭を売った
後祭礼に出向いて打った

塵壺 平成3年より発行 ・支店やテナントを出すより経費が安い 
・三春にお客さんを呼びたい
饅頭屋の隣に魚屋 相乗効果 商店街の基本

平成版三春物見遊山 三春の宣伝!
三春(ロマンチックな名前)、瀧桜 全国区の地名 三春の饅頭屋 

2、三春の良さ 滝桜
三春という小さな町 少し目立つことをするとメディアが拾う
車社会 インターネット・SNS 県中 郡山33万人 近い 強味  
明治初年 三春小学校明徳門 学校の門(教育のシンボル)として残す
~三春人の民度の高さ 

街並み
城下の道は、城下町のなごりで、道路は狭くて複雑であるため、生活に不便な点もありますが、御城坂 北町の坂や桜谷、天狗谷、谷間が多く、道が狭いことがかえってこの街の魅力を高めています。
北国の小さな城下町三春は、城下にこそ魅力があると思います。

小さな城下町三春  観光バスが大勢の人がわんさか来る場所ではない 小グループ 
会津 仙台 金沢 江戸 京都 歴史的都市とは一線を画す
春先の桜の時期、観光バスはじめ 多くの観光のお客さまは、滝桜周辺を見てお帰り 
平均滞在時間は1時間  その一割でも町中に






世界的に活躍する日本を代表する建築家大高正人さんや照明デザイナー石井幹子さん(美人に見える工夫)、世界的写真家門馬金昭氏、そして、国の専門職などが長期間のプロジェクトに参加

きれいに整備され街並、一方昔懐かしい町並みの面影が残る

単に歴史や文化が感じられるというだけでなく、生活のにおいがする魅力的な小さな城下町 地元の人々が居住し生活する場であり、近郷近在よりの買物のお客さまが出入りする場であり、さらに近年は 春、桜の時期だけではなく四季を通じて観光のお客様が訪れる魅力的な城下町でもあります。

これは、城下だけではなく、それぞれの地区に様々な魅力がある

各神社の祭礼(郊外11月3日)「三春盆踊り」、だるま市、お城山まつり 秋まつり

様々なイベント 今を生きる私たちの生躍動する活観 


3、課題とその対策
地元に住んでいると案外地元が見えない 「灯台下暗し」外から三春を見てみる

4、中学生への期待
地元三春を見る=足元~自分自身
どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失わない 足元

CM 人生長いよ~大人って案外いいもんですよ

自分の生き方 仕事 家庭 趣味サークル 自信を持つ 自惚れて(うぬぼれ)
自分を肯定する生き方~子供たちは自己の肯定がすくない 







「自分を見つめ 自分にはなし 自分で答える」
 一、自分を見つめ・自分の足元を見つめること。
今回の学習テーマである郷土である三春を学ぶということは、自分自身の足元にを見る、即ち自分自身を見ることなんだろうと思います。

 二、自分に話し・様々な人や事柄に接し自分を磨くこと。
世の中には、様々な方々や事柄がいます。
いい人悪い人、老若男女。そして綺麗なもの汚いもの・・そんな様々な人や事柄に接して自分で識別できる目を養うこと。

 三、自分で答える 生き方を自分で見つける 自分の力で生きていく
一人の力で生きているのではなく、有縁無縁、周り居る方々が協力してくれたからうまく出来たんだと思う事が大切です。
日々正しくお陰様です。

質問にもありましたが、「これから三春はどうなっていくの?」「これからの三春の産業は?」
未来ある中学一年生、これからの三春を、そして、日本をしょって立つ人材です。

与えられた未来ではなく。自分自身で創り上げていってください!
そして、今の勉強がその基礎となることでしょう・・・







あえて、山本五十六の言葉を借りるならば・・・
昭和14年に山本五十六が母校の長岡高等学校で講演したときの言葉を紹介いたします。

私は諸君に対し銃をとって第一線に立てとは決して申しません。
あなた方に希望するところは学問を飽くまで静かな平らかな心を持って勉強し
将来発展の基礎をつくって頂きたいと熱望する次第であります。
どこまでも気を広く持ち 高遠なる所に目標をおいて日本のため進んでくださいますようお願いします。

山本は、日米戦争に反対していたのにも拘わらず、戦時特別編成である大日本海軍連合艦隊司令長官という立場から真珠湾攻撃の作戦立案に携わる事になりますが、その山本の苦悩が現れている講話です。









質問
新町の太鼓 盆踊り・江戸時代は城下では禁止
三春盆踊りの起源は、法蔵寺宗旨である時宗の「踊り念仏」、浜通り南部の「じゃんがら踊り」、さらには江戸時代後期の頃に相双地区を襲った大地震や津波で、被害を受けた地域の救済と復興のために入植した新潟や北陸の浄土真宗門徒がもたらした「踊り念仏」を起源とされる「相馬盆唄」など諸説あります。
三春城下は、岩城街道、会津街道をはじめとする主要街道が交差する文化と物流の交流拠点であり、それぞれの文化の影響を受けながら独自に進化していったものだと考えられています。

「踊り場」の地名が残る八幡町では、昭和20年8月の玉音放送を受けて町当局から盆踊りは自粛・中止せよとの沙汰が発令されましたが、八幡町若連では“盆踊りは国に殉じた戦死者供養だ!”と「いろはや食堂」の裏山に太鼓を持ち込んで朝まで盆太鼓を叩いて戦没者を供養したと伝わっています。






質問
商人や工人などの職業講の祭り 恵比寿講祭 荒神講祭 
農家 御釜講 旅講伊勢・熊野等々は現存

質問
名前・平安時代 荘園制度・京都公家藤原氏~紀伊和歌山の熊野大社 蒲の倉大祥院
鎌倉末期南北朝時代 
室町末期応仁の乱・戦国時代 
奥州仕置田村家取り潰し 
明治維新 武士の世の終わり

戦国時代 三春田村家 田村麻呂末裔 全国から召し抱え 土着 青山・千葉・影山・髙橋・  ベビーメタル神バンド(ホームページ)

豊臣秀吉による奥州仕置によって三春田村家が改易され、この時伊達家へ仕官した田村家旧臣は、田村本家である田村宗顕・牛縊定廣はじめ、御代田氏、田母神氏、橋本氏、村田氏、石沢氏、常葉氏、中津川氏、郡司氏、大越氏など分家した11家(分家下士含めると28家)にとどまります。
それ以外の旧臣は伊達家を嫌い旧田村領内の自分の領地にて帰農します。
時代が下がり松下、蒲生、秋田氏藩政下にあっても「在郷給人」として苗字帯刀御目見得を許された割頭(大庄屋)・名主を代々務めてと明治維新を迎えます。尚、この時代地方では農兵分離が進んでおらず帰農した大多数の田村旧臣は、合戦の敗北による主家断絶ではなかったため敗北感を持たず、剛腹で武勇に富み、家門を称して「御屋形様」呼ばれていました。

質問 寺の今昔
明治維新神仏希釈 日露戦争後仏教復権 
お寺だけ運営 住民票・過去帳 お葬式 

質問
寺社が多い 城下町 歴代藩主 寺社を残留

質問
水芭蕉 昭和50年代のディスカバージャパン 三春名所 安達町油井円東寺

質問
由来 見張り所 三春のともがら 
昭和30年代の町村合併 御木澤村 お祭 七草木 平沢 
斎藤・沼澤・鷹巣  柴原・瀧・根本・過足・狐田・込木・芹ケ沢
熊耳・篠山・荒和田  實沢・富沢・青石









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:27 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
柴舘(城)趾  田村四十八舘




柴原館(城)趾

下記は、昭和30年代初頭の三春広報からの抜粋です。

三春ダムの出来る以前の表記となっております。


三春城下新町から込木を通って蛇石に出る県道が、柴原に入って大滝根川にかかった橋を渡る。

その右手に、よく見れば、何か由緒のある処かと思われる、小さな丘がある。

それが柴原城の跡である。

天文、永禄といえば、室町時代の末期で、戦国の乱世、約400年の昔である。


三春城が出来て間もない田村義顕の時、防備を固め勢威を張るため、領内各地に40余の城砦をきずいて、諸将を配置した。

後の田村四十八館と呼ばれていた要塞陣です。

柴原城もその一つらしい。

城将は、橋本助右衛門、禄高450石。

館(城)は、三春札所から1里、根まわり170間、高さ20間、

本丸は南北28間、横18間。

この橋本氏は、下枝城の橋本刑部の一族と伝えられているが、記録が少く、地方の人にも余り知られていないようだ。



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:57 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::貝山・柴原 |