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三春物語576番「垢潜火雷神社」


三春城下北部、垢潜(あかしろ)集落にある火雷神社です。
案内板によれば、
「京北野天満宮に発し、平将門一族の流浪地に祀られたことから起こったものとされる。
当社も当初は小さな祠であったが、この地に社殿を建立し、同地の守り神として現在に至っている。祭神は火雷神で農耕の神である」としてあります。
祭礼のときに奉納される「垢潜三匹獅子」は、三春町文化財にで指定されています。




私たちの祖先は、山や木や岩、あるいは風や火や水といった自然の現象の中に神の存在を感じて畏れ敬いました。
そして部族の者達が飢え苦しむことの無いように、農耕や狩猟や漁業の収穫をそうした自然の神に祈ったのです。これが天神様の原型でした。
 農耕民族にとってとりわけ大切なのは雨です。
その雨を降らす雷様を、古代人は「天神」として崇拝したと考えられます。 「続日本後紀」のような古い記録に、豊作を祈願して雷公を祀ったとありますが、現在の北野天満宮の本殿前にある火之御子社がそれです。
後に菅公を北野にお祀りするようになったのも、菅公が『火雷天神』という神号を持っていたからだと言われています。




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| ryuichi | 04:47 | comments (x) | trackback (x) | 旧沢石村::青石 |
三春物語571番「実沢現人神社」


三春城下の北部二里余、旧実沢村にある現人神社です。




一言主命(ヒトコトヌシノミコト)という神様をお祀りしています。
この御祭神は、人々が普段口にする言葉を叶える神様で、特に一言で言った言葉に対して強い霊力を持ち、この地方の人々の間では「何事でも一言で聴き届けていただける」という根強い信仰があります。



この神さまは「一言(いちごん)さん」と地元のひとには親しまれているそうで、さらに、「一言」にあやかって、1度にひとつだけのお願いごとなら叶えてくれるのだと言われています。困ったことが起きた時には、神前で一つの言葉に願いを込めてお参りするのが習わしです。


古代の人々にとって、信仰の対象は自然界における事象や事物すべてでした。
「八百万の神」というほど日本の神が多いのはそのためです。
人間の力ではどうすることもできない自然の出来事に神の姿を見たのでしょう。
巨石、滝、川、巨木などが神の宿るところとみなされていたので、山は霊域として信仰の対象になり、多くの神社や仏閣が創設されました。
季節の移り変わりも、人生の節目も、鎮守の神様とかかわりながら体験していたといってもよいでしょう。
そこは、暮らしのごく身近にある「祈りの場」でした。



大黒様や巳待供養等などもあります。




| ryuichi | 04:35 | comments (x) | trackback (x) | 旧沢石村::実沢 |
三春物語570番「実沢の阿弥陀堂」


三春城下の北部、旧実沢村にある阿弥陀堂です。
その名のとおり、阿弥陀如来を納めるお堂です。

この山々に抱かれた奥深い山里にはかつて、中世以前から盛んだった修験道の行場や、庶民信仰の跡を物語る数多くの神社仏閣、祠、石仏、板碑など宗教遺蹟が多いことに気づかされます。



西方極楽浄土の主である阿弥陀如来は、別名 無量寿如来ともいわれ、その寿命は限りないとされ、その光明は十方国を照らすとも言われています。
  弥陀の四十八願により「南無阿弥陀仏」と唱えれば、如何なる者であっても、死後、阿弥陀様の極楽浄土へ人々を導き、生まれ変わらせてくださるという、大変ありがたい仏様です。
  阿弥陀如来の功徳は、極楽浄土、現世安穏、先祖供養、家内安全、戌年・亥年生まれのお守り本尊などです。


2002年の10月に封切られた「阿弥陀堂だより」
ご覧になった方も少なくないのではないでしょうか。
黒澤映画「阿弥陀堂だより」
東京で暮らす熟年の夫婦、孝夫と美智子。医師として大学病院で働いていた美智子は、ある時パニック障害という心の病にかかってしまう。東京での生活に疲れた二人が孝夫の実家のある長野県に戻ってきたところから映画は始まる。二人は大自然の中で暮し始め、様々な悩みを抱えた人々とのふれあいによって、徐々に自分自身を、そして生きる喜びを取り戻していく。



物質社会にまみれた今の世にあっては「神道の潔さ」、あるいは「仏教のもつ謙虚さ、慈悲深さ」など、現代人にはむしろ学ぶべき事の方が多いのではないでしょうか。
「物質的な豊かさと精神的な豊かさは、必ずしも正比例はしないよ。」
路傍のお地蔵さまが私達に、そう語っているような気がしてなりません。


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| ryuichi | 04:19 | comments (x) | trackback (x) | 旧沢石村::実沢 |
三春物語366番「富沢の庚申信仰」


三春城下より北へ二里余り、戦国期には田村北方衆が護った富沢集落の一郭に、この石仏群があります。



見過ごしそうな場所ですが、地元の方々の掃除が行き届いていています。
青面金剛碑には講中拾二人の文字が読み取れ、庶民信仰による供養塔なのでしょう。



今でもそうですが、石塔や石仏を立てるのには、多くの資金が必要となりますので、講中が浄財を出しあって立てたのでしょう。
庚申信仰は、仏教系では「青面金剛」、神道系では「猿田彦大神」が祀られます。

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名も知らぬ石工が仏心をもって彫りきざんだ数々の石仏・石塔・石宮が点在して苔むした石仏に、風雪に耐えたの年輪が感じられます。




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| ryuichi | 05:56 | comments (0) | trackback (x) | 旧沢石村::富沢 |
三春物語352番「北ノ内の地蔵様」


三春のお地蔵さんの特徴は派手さがなく、素朴で実にお地蔵さんらしい佇まい。
北ノ内の地蔵様、考え込んでいる様子のこの方は、優しい微笑みで純粋に旅人の安全を祈って置かれたものと思っています。



道端にひっそり佇むお地蔵さん 古しえの頃 旅人や峠を行き交う人々の無事を祈って作られた物であろうかと思われますが、江戸時代のものが多いようです。
大きな建造物や遺跡よりこんなお地蔵さんの方が余程昔が偲ばれます。





| ryuichi | 07:24 | comments (0) | trackback (x) | 旧沢石村 |
三春物語329番「実沢金剛山瑞祥寺」




三春城下北方二里余、実沢の地蔵菩薩を本尊とする禅寺金剛山瑞祥寺



このふくよかな地蔵菩薩さまの石像は、凶作による餓死者を供養するため建立されたと伝えられています。


金剛山宇内


春にはきれいな桜の花がみれます


秋の瑞祥寺参道


六地蔵も村人を見守っています


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| ryuichi | 06:01 | comments (0) | trackback (x) | 旧沢石村::実沢 |
三春物語304番「富沢生田神社(コジラさま)」


三春城下の北、富沢村石田にある
生田神社は、「こじらさま」と呼ばれ、蚕養神を祀っていました。
現在は、豊受姫神・稚産霊神、そして埴安姫神を合祀して祭神としています。





昔から日本は養蚕の盛んな国でした。
養蚕地帯では蚕の繭による収入が家計の大きなささえとなっていたこともあり、その作柄の良し悪しは農家にとってまさに死活問題でした。特に養蚕に関する知識や技術が未熟な時代においては自然災害、天候不順、蚕病等によっておこる収繭量の激減や作柄の低下は人の力ではどうすることも出来ない問題であり、しばしばこうした被害に見舞われていたであろう当時の人々の苦悩ははかりしれません。
誰もが困惑し、なすすべもなくただひたすら神にすがったに違いありません。






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| ryuichi | 13:36 | comments (0) | trackback (x) | 旧沢石村::富沢 |