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三春物語88番 「富沢子育て水晶 鷲大明神(天日鷲神社)」


延暦年間、坂上田村麻呂東征のとき、を奉斎した。
今の天日鷲神社である。
南北朝の動乱期である延元三年、この地を領し、神官を兼ねていた富沢伊賀守は、南朝の忠臣北畠顕家に従って上洛して畿内はじめ西国各地を転戦の後に、顕家戦死後、阿波国忌部神社に寄宿してのちに帰還した。
 
帰国に際し、南朝の天皇から敬神篤志を賞され水晶石を家宝としていた。
降って天保年間、時の三春藩主が、鷲大明神の水晶石の来歴を聞き及び、その秀麗さを賞し召し上げて座右に置いたところ、藩主の世子が次々と夭折していった。
もしや、水晶石のせいではと、鷲大明神に戻してご神体として祀ったところその後の世子は健やかに成長したという。
これ以降、この鷲大明神の水晶石は、「子育水晶大神」として信仰をあつめたという。

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| ryuichi | 18:23 | comments (0) | trackback (x) | 旧沢石村::富沢 |