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古四王堂の柱が撤去されました!



旧三春藩秋田氏祈願所の三内にある古四王堂が改修工事の為に、柱も一時的に完全の撤去されました。






300有余年もの前からこの場所にある「古四王堂」です。

当然ですが、私が幼き頃、物心がついた時からそこに在って、多分50年くらいは前からは記憶にありました建物「古四王堂」が、今はありません。






礎石群もその役割を終えようとしています。





長い間「古四王堂」を支え続けてきた石たちです。







お賽銭が・・






礎石の上に載せてあった構造物が、地震の度に、少しずつ、少しずつズレてきました。








ここに基礎を打って古四王堂の改修工事が本格的に始動します。








毎朝楽しみで仕方がありません。



そして、この時期のお楽しみは~……そうです。

蛍です。



方丈庭園の池が落ち着いてきたんでしょう?


まだ、数匹の飛翔で、そんなに数は多くありませんが、なんと”蛍”が飛び始めました。







方丈の池の環境サイクルが軌道に乗り始まったんでしょう。


昼間には、神様トンボも飛んでいます。





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 04:25 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::古四王堂平成の大改修  |
古四王堂の改修2018.7.6 屋根部分が撤去されました。



古四王堂の改修 屋根部分が撤去されました。







使える部材を最大限に活用できるように慎重な解体作業です。







木組みもご覧のように保存しています。







中と外でははっきりと白黒に分かれています。







本堂縁側に並べられていきます。






菊の御門も







春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:49 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::古四王堂平成の大改修  |
真照寺の紫陽花が見ごろです。 2018




梅雨らしい雨模様が降る三春城下

その雨空に映えるように三春藩秋田家祈願所「東門院日乗山真照寺」の紫陽花が見ごろを迎えています。






真照寺は、その季節によって様々な花が顔を覗かせ、参詣者する者の心を和ませてくれています。







そしてお寺は、何故か雨や雪と云った世間一般で云う「あいにくの空模様」が似合うと思いませんか?






春にはあれだけ賑わいを見せた境内も、今がひっそりとして参詣に訪れる方々の癒しを演出してくれています。







方丈庭園の回遊式庭池を彩るアヤメも綺麗に咲いています。







山内ではいたるところで山野草花が楽しめます。







梅雨明けと共に山百合の花が咲き始めます。




老紅枝垂れ櫻「蒼龍」も夏の装いです。

がんばってますよね~!



春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:14 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::祈願所の四季 |
真照寺山内のウリクサ(瓜草)



ウリクサ(瓜草)






真照寺に毎朝・夕に運動のために入山・参拝しています。

昨今は、古四王堂の改修が始まっているものですから暇を見つけては参内しています。

今朝も入山しますと何気に地面が気になります。






気を付けて見てみますと、1センチ位の紫色の可憐な小さな花が無数に咲いています。

オーバーに言うと真照寺宇内一面に、まるで紫色の花びらをまき散らしたように小さな紫色の小さな花が群生しています。

最初は紫鷺苔か、かな?と思っていたのですが、

日に日に拡がっていく様子から、あれ?と思いしゃがんでよく見てみると、その花は紫鷺苔より少さく、花の大きさは5~6mm、葉っぱの形からしてがまったく違う花でした。







花が小さくて画像がうまく撮れません・・・・



インターネットや植物図鑑で調べたら湿生植物の一種“ウリクサ(瓜草)”にたどり着きました。
ゴマノハグサ科 アゼトウガラシ属の植物だそうです。

地を這うようにして咲き、あまりにも小さい花ので、山野草に興味があってもつい見過ごしてしまます。

今までも咲いていたんでしょうが、今今になって気づきました。





社寺境内等のほとんど車の乗り入れの無い広場の湿った場所に群生地をつくるとありました。
畦、農耕地や溜池周辺の湿った場所、湿った庭先や道端にも生える1年草で、弥生稲作文化の伝播とともに定着した史前帰化植物との説もあります。

踏み付けられて種を飛ばして仲間を増やす力強い生命力があるとも書かれています。







秋口まで見られるそうです。
また一つ真照寺の名物を発見しました!





木立の中にあるり木漏れ日が・・・という真照寺山内という厳しい自然条件の中でじっと暖かくなるのを待ち、人知れず梅雨の合間に花もけものも生き生きと咲くそっと咲く花々。

小さな体のどこにそんな強さを秘めているのでしょうか?

そんな花たちの健気(けなげ)さを思い、改めて感慨深く見入ってしまいました。







古四王堂の改修も順調に進んでいます。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:07 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::祈願所の四季 |
古四王堂の改修工事 足場の設置完了!




古四王堂の改修工事 足場の設置完了!







少しずつ解体の準備が整ってきました。






見慣れない光景ですので記録と記憶の為に一枚!








屋根のトタンから撤去だそうです。







完成が楽しみです。








同年代だと思われる紅枝垂れ桜の古木「蒼龍」も磐梯造園様のお力をお借りしてご覧の様に若返っています。


アンチエイジングって奴ですか?



そして、方丈庭園整備に次いで古四王堂の改修です。







もともとスタイルのいいお堂です。


改修後はもっともっと素敵になることでしょう~








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 06:34 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::古四王堂平成の大改修  |
「三春真照寺成田山講2018」の記念写真を受領 古四王堂の縁の下



三春城下新町、旧三春藩主祈願所真言宗智山派日乗山東門院真照寺様の「三春真照寺成田山講」の記念写真を受領しました。



今年は、伊藤檀家総代長はじめ、檀信徒42名での成田山講中です。


私は、これで3回目となります。






参加された皆様のにこやかなご尊顔を拝しています。




当三春昭進堂髙橋は檀家ではありませんが、門前で商いをさせていただいているという関係から、二代目もこの成田山講中には毎年参加していたようですので、祖父の代から私へと三世代にわたってお世話になっています。







節分会や各種法要の折にお世話になっている須賀川にある同じ真言宗智山派白山寺松木運仁様も御同行していただきました。






また、真照寺庭園改修作庭でお世話になっている猪苗代磐梯造園の社員一同様も参加いただき楽しい成田山となりました。






古四王堂の改修も徐々に進んでします。


昭和41年に床の張替え工事があったようです。







ご覧の様に柱が継ぎ足してありますが、これはこの時に補修したと考えられています。





このころはまだ茅葺屋根で、この後にトタン葺きに改修されています。









これから足場をかけて屋根部より解体が始まります。







わくわくが止まりません!









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍





| ryuichi | 04:29 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::古四王堂平成の大改修  |
旧三春藩主祈願所真照寺山内「三春古四王堂」“平成大改修”工事が始まりました。




三春城下新町、旧三春藩秋田家の藩主祈願所である「東門院日乗山真照寺」山内に鎮座する「三春古四王堂」の“平成大改修”工事が始まりました。





来年三月の完成予定となっています。







現在の古四王堂は、300年程前の正徳2年(1712)に3代藩主秋田輝季によって再建されたものです。


約350年前、秋田家が宍戸より三春へ移封の際に、城下清水の”天狗谷”に秋田より移設した古四王堂(後に真照寺山内へ移築)の御借屋を建立したとあります。

それまで同所(天狗谷)あった愛宕地蔵堂は城下中町へ移築(現中町鎮守愛宕神社)


真照寺は、古四王別当(管理長官)です。






真照寺本堂内にある四天王像は二代藩主秋田盛季が奉納したもので、もともとは古四王堂に安置されていました。


資料によれば「古四王・真照寺落慶とともに藩主秋田盛季は諸尊像を納めた。〈略)本尊不動明王立像は秘仏とされ、…さらに古四王天像四躯は安倍貞任の縁起を伝えいっさい開帳されない。」とあります。







古四王堂は、その当初は宝形造であったと思われ、安東焼の流れを伝える丈六焼の宝珠が残されています。

さらに、正徳の再建では入母屋造と御堂なり、縁が三方に廻された三間に二間半程です。

昭和30年代になって茅葺を現在のトタン葺きに改修されています。







古四王堂は、鎌倉期から戦国末期にかけて「日ノ本将軍」「蝦夷探題」として青森から蝦夷にかけて覇を唱えた海将安部安東氏の直系三春藩主秋田氏が、三春国替えの際に祈願寺真照寺とともに建立したものです。






本拠地である青森十三湊時代は、出羽柵(後に秋田城)に近く、城の守りとして創建されたと見られる四天王寺と習合し、中世を通じて古四王大権現として崇敬されていました。

三春藩主秋田家の祖安東氏の寄進も受けていました。







尚、古四王天像四体は、秋田家の祖である「安倍貞任」の縁起を伝えていると云われます。


平成の大改修です。







檀信徒はじめ、三春町民、そして三春出身者皆々様などの三春縁者の熱い願いと、篤志御寄付、そして三春町からの文化財保護基金によって、古四王堂が蘇ります!



早朝、誰も居ない山内で一人大改修工事が始まった古四王堂を見ていますと、自身が物心がついた幼少期より今日まで“日常”として見ていた風景が変わっていく・・・・

その、過程での感傷なのでしょう、一末の不安と寂しさ、そして期待と喜びなどが交差していきます。






古四王堂は、300年という年月の中で風雪や地震なに耐え頑張っている姿にどれだけ励まさて来たか計り知れません。

しかし、徐々に老朽化が進み満身創痍の状態です。







この状態では建っているのがやっとで堂内に入って法要どころか入堂すら危険な状態です。

ここでの大改修は「復元」を前提とした改修です。

そうした使用すべきものが使用できない状態を一新して本来の姿に戻してお堂としての機能を復元することを目的としています。





改修工事前





今回の復元が現世から300年後の未来へつながっていくんだろうと思います。

300年前にこの古四王堂を建立した方々はこの世には居ません。

寄進者は判りますが、大工さんなどは判りません。

今回の工事に携わっている方々も同じく300年後には、皆この世にはいないでしょう。
祖孫すらこの三春には居ないかもしれません。








しかし、古四王堂の建物はここに存在し、仏教施設として使用に耐え法要などが営まれているだと思います。


禅の教えに「破草鞋(はそうあい)」という語があります。

禅僧は、破れた草鞋をきれいに洗って刻んで、壁の下地に使ったり、そのまま畑に撒いて堆肥にしていたといいます。

禅の師匠から“禅の修行とは一切の妄想、執着を断ち切って、人知れず捨て去られる一足の破れ草鞋のようにその存在すら知られずに、修行することが本当の禅僧の理想。それが真の「無一物」の境涯になるということである”と教えられています。







この古四王堂の姿こそが「無一物」
何もひけらかすことなく目立たぬように自分の生き方をするための下地や堆肥にする知恵の大切さを教示しているんだと解しています。






「誰が作詞か、作曲かが判らなくても、みんなが知っている歌。歌い続けられている歌。 そんな歌を歌う歌手になりたい・・・」



20年来、真照寺阿吽講でライブを行っている現代の吟遊詩人小川ロンさんから伺った言葉ですが、300有余年もの間、この古四王堂に携わってきた方々の思いを代弁してくれているように聞こえます!




明治後期の真照寺・茅葺屋根の古四王堂越しに本堂が見えます。

よく見ると本堂縁側軒下に木造仁王様の「阿像」「吽像」が見えます。


この阿吽の仁王像は昭和30年代になって田村大元神社仁王門に戻されました。






春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 06:11 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::古四王堂平成の大改修  |