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三春物語862番真照寺節分会’27始末記”笑顔”


新年を迎えあっという間に立春を迎えようとしています。

昨夜、三春城下の旧三春藩主祈願所日乗山東門院真照寺では、こうれいの節分会には、多くの市民が福を拾いに詰めかけ、盛大に開催されました。



朝から、檀家や近所のお手伝いの方々や、ご祈祷を受ける方々や福授け豆まきの景品を奉納する方々、そして古いお札や正月飾りのお焚き上げの方々だ度がなどが、行き交う参道です。

私も、仕事の合間を見ては参道や駐車場の除雪をしながら、時が来るのを待ちました。



早めの夕食を済ませた方々が、三々五々境内に参集してきます。




露天商や火気警備の消防団や三春分署もそいの賑わいの演出者となっています。

皆さん、お焚き上げの炎で体を温め無病息災を祈願しながら、豆まきの時を待ちます。



裃姿の年男がお焚き上げの炎にあたり、邪気を払い豆まきの準備万端!

本堂内で、ご祈祷です。

ご祈祷は真言宗ですので、所願成就の祈願を申し込んだ参詣者や豆をまく今年の年男の方々が、”護摩焚き”によるご祈祷を受けています。



そして、いよいよ豆まき、ペアの旅行券やお酒、魚、醤油や油、任天堂3dDS,ソニーPSP等のゲーム、そして特賞掃除機等々豪華賞品を目指します。

今年も沢山の方々が来場していただきました。

”笑顔””笑顔””笑顔””笑顔”笑顔が境内にあふれます。



2回の豆まき終了後の、景品交換風景です。

豆の袋詰めやフイルムケースの中に入った小さな紙切れに商品名が書いてあり、境内で交換となります。

大物が読み上げられ交換するたびに歓声が上がります!



一般の交換が終わった後には、祈願申込者の方々限定の大交換会が始まります。

この場合も、お札受け本人もしくは代理の方がいないと無効となりますので、皆様そのまま待機しています。

住職が大鐘の中から名前の記載された紙を見ながら当選者の名前を呼ぶたびに、ため息とともに歓声が上がります。

私も、ここ数年はあたりがありませんが、以前は旅行券や婦人服などなど豪華景品をゲットしていました!

その後は、不動明王さんに奉納されたお神酒の御下がりを頂き直会を行って撤収となります。

以上今年の真照寺節分会豆まきの一日始終をご報告いたします。




尚、当店で振る舞っている御汁粉も、約200にんのお客様が来店さて、笑顔と共に戦果報告を楽しそうに話されていたそうです。

あれ、社長は?
私は、お寺で直会の真っ最中です!

また来年も、立春前夜今年一年の運試し!
皆様お揃いでお越しください・


真照寺門前 御菓子 三春昭進堂 髙橋龍一



| ryuichi | 09:37 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |
三春藩主祈願所 真言宗真照寺節分会’26
三春城下に春を告げる、真照寺の節分会です。



今年は、境内にユ雪のない節分会になりました。
これは、真照寺門前に50年住んでいる私の記憶にも、20年ぶりと記憶していますが、3回目位になる光景です。



豆まきには、例年通りの大勢の方々が来場し、住職や年男、そして役員の方々が撒く「福豆」を拾っていました。
もちろん、お目当ては「磐梯熱海一力」や「馬場の湯若松屋」「斉藤下の湯」などの宿泊券です。



さらには、豪華景品は、魚券、酒、ゲーム、毛布、プラモデル等々、今年初めの運試しです。

ここ真照寺の節分会の豆まきでは、改心すれば「鬼」をも助けるという、御本尊不動明王の教えに沿って、掛け声には「鬼は外」とは云わず、「福は内」のみの掛け声です。



一緒に古いお札をお焚き上げします。



この火にあたると風邪などひかなくなり、病魔が退散すると云われています。



本堂内での所願成就祈願の護摩焚ご祈祷の法要です。



今年は例年より多い方々の祈祷です。



協賛された方々の一覧表です。

檀家の総代さんや、近隣の商売屋が商売繁盛や家内安全なのの所願成就の為に豆やお菓子さらに各種景品を献納しています。
これを、住職や年男の方々に奉賛品に託した厄を巻いてもらい、参詣者の方々にその役を拾って厄払いをしていただいています。

また、祈願者には「節分福銭」が授与され一年の金運を上げてもらえます。
尚この福銭は、来年返納してまた新しい福銭を頂いてパワーアプです!



「福は内!」

三春昭進堂 髙橋龍一




| ryuichi | 22:00 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |
三春藩主祈願所真照寺別当古四王堂毘沙門天初寅会


真照寺古四王堂の毘沙門様で初寅会。

今年は1月31日(金)が「初寅」の日になります。

三春城下の三春藩主祈願所真照寺別当古四王堂毘沙門天初寅会が開催されます。




古四王堂のご本尊の一つである毘沙門天は、招福と勝負、鬼門を守護する神様です。
寅の日を縁日とし、一年で最初の寅の日である初寅には、毘沙門天より大福を授かろうと多くの参詣者らが訪れます。




商売繁盛、厄払い、合格祈願等々の所願成就の祈祷は、三千円、五千円、一万円などから受け付けています。
前日までに申し込みください。



三春昭進堂 髙橋龍一

| ryuichi | 05:45 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |
「節分」 真照寺の節分会


節分の由来
 2月3日は「節分(せつぶん)」ですね。
節分とは本来、「季節を分ける」つまり季節が移り変わる節日を指し、立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日に、1年に4回あったものでした。

ところが、日本では立春は1年のはじまりとして、とくに尊ばれたため、次第に節分といえば春の節分のみを指すようになっていったようです。



立春を1年のはじまりである新年と考えれば、節分は大晦日(おおみそか)にあたります。平安時代の宮中では、大晦日に陰陽師らによって旧年の厄や災難を祓い清める「追儺(ついな)」の行事が行われていました。

室町時代以降は豆をまいて悪鬼を追い出す行事へと発展し、民間にも定着していきました。




豆まきの由来  
 節分には豆をまきますが、これは中国の習俗が伝わったものとされています。
豆は「魔滅(まめ)」に通じ、無病息災を祈る意味があります。
昔、京都の鞍馬に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけたところ、鬼を退治できたという話が残っており、「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げつけて「魔を滅する(魔滅=まめ)」に通じるということです。



豆まきに使う豆は炒った豆でなくてはなりません。なぜなら、生の豆を使うと拾い忘れた豆から芽が出てしまうと縁起が悪いからです。
「炒る」は「射る」にも通じ、また、鬼や大豆は陰陽五行説(「木」「火」「土」「金」「水」の五行)の「金」にあたり、この「金」の作用を滅するといわれる「火」で大豆を炒ることで、鬼を封じ込めるという意味があります。
そして最後は、豆を人間が食べてしまうことにより、鬼を退治した、ということになるわけです。



2月3日(月) 三春藩主祈願所真照寺の節分会です。

三春昭進堂では、「餅入り御汁粉」を振る舞って皆様方のおいでをお待ちしています。




三春昭進堂 髙橋龍一

| ryuichi | 06:17 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |
「第16回小川ロン冬枯れコンサート」真照寺阿吽講


三春藩初期願書の真照寺阿吽講主催による
「第16回小川ロン冬枯れコンサート」
が開催されました。



いつもの顔ぶれともいえる面々が三々五々参集して美味しい三春城下大町の”村上亭の阿吽講特製お弁当”とお酒をいただきながら、フォークソングに酔いしれました。



また、ロンさんの巧妙なMCで
笑いの絶えない楽しいひとときを過ごすことができました。


今回は、静岡の高校の卒業式の翌日に、自由を求めて?日本の最南端を目指すという冒険の旅に出発。
静岡から夜行列車と船を乗り継ぎ、日本国復帰前の沖縄を行きますが、その先の沖縄諸島に最南端の与那国島があることに気づき、さらに船で与那国島に39時間かかっていった話や、東北の杜仙台にギター1本もって住み始めた話など、まさに”さすらいの吟遊詩人”の原点をユーモアたっぷりにお話しいただきました。



また、来年お待ちしています!

| ryuichi | 06:19 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |
三春物語702番「真照寺別当古四王堂毘沙門天初寅会」


今年は1月30日が初寅の日。
真照寺別当古四王堂毘沙門天初寅会が開催されます。
この日は真照寺古四王堂の毘沙門様で初寅会。

古四王堂のご本尊の一つである毘沙門天は、招福と勝負、鬼門を守護する神様です。
毘沙門天は、四天王の一人、多聞天の別名です。
日本では財宝や福徳を与える神様としてお奉りされ
七福神の一神としてお奉りされているのは皆さんもご存知でしょう。
また、吉祥天の夫ともされ信仰を集めました。
特に、戦勝を祈願する神として武士階級の人々の
信仰を集めたようです。



寅の日を縁日とし、一年で最初の寅の日である初寅には、毘沙門天より大福を授かろうと多くの参詣者らが訪れます。

商売繁盛、厄払い、合格祈願等々の所願成就の祈祷は、三千円、五千円、一万円などから受け付けています。
当日、夕方までに申し込みください。

本堂では、参拝の御礼に「福銭」をお配りしています。
参拝客は、翌年の初寅祭にその福銭をお返しし、また新たな年の福銭をいただいて帰るというならわしです。
これはその昔、祭礼にとお賽銭を借用して帰った参拝客が、自分の財布に一緒に入れておいたら、商売が繁昌して成功したということから、この慣例が始まったといわれています。



上杉謙信の旗印「毘」の旗は、文字通り謙信が信仰していた毘沙門天の一文字をとったものです。
謙信は、自らを毘沙門天の生まれ変わりだと信じていました。
戦の神である毘沙門天を自分の前世だとするも、戦国時代の最強の武将と言われていましたので、毘沙門天と自分自身を重ね合わせて見ていたのかもしれません。



古四王堂
古四王堂は、鎌倉期から戦国末期にかけて「日ノ本将軍」「蝦夷探題」として青森から蝦夷にかけて覇を唱えた海将阿倍安東氏の直系三春藩主秋田氏が、三春国替えの際に祈願寺真照寺とともに建立したものです。

本拠地である青森十三湊時代は、出羽柵(後に秋田城)に近く、城の守りとして創建されたと見られる四天王寺と習合し、中世を通じて古四王大権現として崇敬されていました。
三春藩主秋田家の祖安東氏の寄進も受けている。

真照寺は、古四王別当(管理長官)です。
尚、古四王天像四体は、秋田家の祖である「安倍貞任」の縁起を伝えていると云われますが、開帳はされていません。


| ryuichi | 05:57 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |
三春物語466番「三春藩主祈願所真照寺初寅」


昨日、二月二一日は真照寺の初寅祭の日でした。
毘沙門天が、寅の月・寅の日・寅の刻に鞍馬山へ現れた故事から、1年で最初の寅の日に参拝すれば毘沙門天の無量の大福を授かることができると伝えられています。



毘沙門天は、元はインド古代神話の神で、ヒンズー教では宝石の神。
仏教に帰依してからは、仏法を守護する四天王および十二天の一尊で、北方を守護する神とされています。
また、毘沙門天は、仏が説法する道場に常に居て説法を聴くことから
【 多聞天 】の名を持ちます。



四天王の一将として祀られる時は『多聞天』、
単独で一尊だけ祀られる時は『毘沙門天』と呼ばれています。



本堂では、おいしいうどんと参拝の御礼に「福銭」をお配りしています。
参拝客は、翌年の初寅祭にその福銭をお返しし、また新たな年の福銭をいただいて帰るというならわしです。
これはその昔、祭礼にとお賽銭を借用して帰った参拝客が、自分の財布に一緒に入れておいたら、商売が繁昌して成功したということから、この慣例が始まったといわれています。




| ryuichi | 05:21 | comments (x) | trackback (x) | 三春藩主祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |