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三春藩主秋田家祈願所「日乗山真照寺」初寅祭典 2020



三春藩主秋田家祈願所「日乗山真照寺」初寅祭典 2020


江戸期の三春五万石藩主秋田家の祈願所である日乗山真照寺で「初寅祭典」が開催されました。

本年の初寅の日が2月5日となっています。

この日が、今年初めての“寅の日”と云うことで、この日を初寅祭典となり、“寅の日”は「毘沙門天(多門天)」の縁日とされています。








当三春昭進堂髙橋家は、先々代の祖父より門前の信徒として初寅祭の世話人を務めておりました。

先代である父、そして、私と三春昭進堂の当主としてその世話人の職責を引き継いだ次第で、初寅祭に出頭いたしました。


毘沙門天は四天王の一人で、北方を護る神様で東北の守り神とされ、商売繁盛・家内安全・長寿・勝運など様々な御利益がある神様です。









この日に真照寺の毘沙門天に参拝すると、毘沙門天の無量の大福を授かることができるとされており、毎年初寅講中の各地区世話人の方々を中心に多くの檀信徒の皆様が多く参詣されています。

初寅とは、12日ごとに来る「寅の日」のその年の最初に来る日を「初寅」といって、虎(寅)は「千里を行って千里を帰る」特別な力を持つとされ、吉日の中でも最も金運に
縁がある日として、「金運招来日」ともいわれていると伝えられています。







特に、今年最初の寅に日である“初寅”は毘沙門天とご縁が結びやすいと言われています。



真照寺山内の古四王堂内にあった毘沙門天尊は、身にまとった甲冑は守護神であることを意味し、左手の宝塔は仏教の教えを、右手には宝物を出す如意宝棒(にょいほうぼう)を持ちます。

この毘沙門天は、「福徳毘沙門天(ふくとくびしゃもんてん)」と云われ“福徳”を司る神様で、七難を避け七福を与える北方の守護神で闘神としても厚く信仰されています。







上杉謙信も、毘沙門天を信仰していました。

戦いの際に使っていた旗印は刀八毘沙門の「毘」一文字の旗は「戦の加護と勝利」を、そして、懸かり乱れ龍の「龍」一文字の旗は敵に総攻撃を仕掛ける時に本陣に立てられました。

尚、「龍」の文字は不動明王を表しているそうです。





この日は、古四王堂を模した本堂内の安置場所から、本堂中心の須弥壇に安置されます。


法要では、三春城下清水の天澤寺新保住職、そして、須賀川白山寺松木住職を副僧に迎えて、商売繁盛、家内安全等々の諸願成就の護摩焚き御祈祷があり、梵天にて参列者をお祓いしてもらいます。

このとき梵天を授けていただき(手で引っこ抜く)、お守りとします。



そして、直会。










古四堂内の須弥壇には、大日如来像と四天王・東の持国天,南の増長天,西の広目天,北の多聞天 (→毘沙門天 ) がありました。


大日如来像は、現在はありません。


他の四天王は本堂内に保管されています。









古四王堂は、鎌倉期から戦国末期にかけて「日ノ本将軍」「蝦夷探題」として青森から蝦夷にかけて覇を唱えた海将阿倍安東氏の直系三春藩主秋田氏が、三春国替えの際に祈願寺真照寺とともに建立したものです。

本拠地である青森十三湊時代は、出羽柵(後に秋田城)に近く、城の守りとして創建されたと見られる四天王寺と習合し、中世を通じて古四王大権現として崇敬されていました。







今年は檀家役員の手代木さんが明治37年に作成された真照寺絵図の模写を奉納されました。

現在はないお堂や石碑などが描かれており往年のお姿に檀家の皆様も感心しておられました。







2月3日の節分会、そして初寅祭、お寺の行事ということで先に52歳の若さで旅立った仲間・若松屋若旦那を偲び、そのご冥福を祈りながらお手伝いさせていただきました。

心よりご冥福をお祈りいたします。







春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:31 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春藩主秋田家祈願所 真照寺::節分会・初寅会 |
三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2020




三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2020


一昨夜、三春城下の旧三春藩主祈願所日乗山東門院真照寺の節分会が盛大に開催されました。


三春昭進堂も、イワシの頭と柊、そして豆の木で拵えた魔除けを設え、真照寺節分会奉賛お接待「お汁粉振る舞い」の準備も完了し、節分の準備万端です。








令和初の節分会とあって、山内には、多くの方々が福を拾いに詰めかけました。

今年も、暖冬です。

山岸住職も、雪もなく、その時間に雨粒が数的落ちてきましたが節分会豆まきの会場となる山内が乾いている状態での節分は初めてだそうです。








古いお札や正月飾りを「御焚き上げ」する紅蓮の炎で、節分会山内の夜を、幻想的に厳粛な雰囲気に演出しています。






朝から、檀家や近所のお手伝いの方々や、ご祈祷を受ける方々や福授け豆まきの景品を奉納する方々、そして古いお札や正月飾りのお焚き上げの方々などが、行き交う参道。


早めの夕食を済ませた方々が、三々五々境内に参集してきます。

豆まき開始は午後八時ごろから、二回に分けて行います。








厄年の方、年男の方、各種祈願成就祈願の方などが、所願成就の祈願に、豆やみかん、お菓子など、さらに各種景品を献納しています。

これを、住職や年男の方々に、厄を託した豆(景品)を撒いてもらい、参詣者の方々にその厄を拾ってもらいます。



また、祈願者には「節分福銭」が授与され一年の金運を上げてもらえます。


尚この福銭は、来年返納してまた新しい福銭を頂いてパワーアプです!








皆さん、お焚き上げの炎で体を温め無病息災を祈願しながら、豆まきの時を待ちます。



また、この火にあたると風邪などひかなくなり、病魔が退散すると云われています。


裃姿の年男がお焚き上げの炎にあたり、邪気を払い豆まきの準備万端!










豆まきです。


福は内! 福は内!  福は内!  福は内! 福は内!



真照寺では、鬼は外とは言いません。

何故かって?

御本尊の不動明王さんは、改心すれば鬼をも助けるということです。

心の中にいる鬼も改心すれば・・・「罪を憎んで、人を憎まず!」です。





豆まきには、災いや病気といった不幸の要因は、外からやってくるという考え方が表れています。



仏教では、この鬼を人間を迷わす煩悩に見立てまして、読経や護摩供を行い除災招福(じょさいしょうふく)を祈願します。








そして、いよいよ豆まき景品交換。

ペアの温泉宿泊券やお酒、魚、醤油や油、民芸品、任天堂3dDS,ソニーPSP等のゲーム、そして特賞の石油ストーブ等々豪華賞品を目指します。

福を拾うかたがたも、お菓子や豆やみかんがいろんな角度から飛んできます。

これは正に乱戦です。

山内に、こっち!こっち!と手を挙げて福を求める方々の声が響き渡ります。


今年も沢山の方々が来場していただきました。



”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” ・・・・笑顔が山内にあふれます。



一般の交換が終わった後には、祈願申込者の方々限定の大交換会が始まります。

この場合も、お札受け本人もしくは代理の方がいないと無効となりますので、皆様そのまま待機しています。


住職が大鐘の中から名前の記載された紙を見ながら当選者の名前を呼ぶたびに、ため息とともに歓声が上がります。

くじ引きに当たった福男、福女の方々は、豪華景品をゲットしてご満悦です!







その後は、不動明王さんに奉納されたお神酒の御下がりを頂き直会を行って撤収となります。



祈願成就のお札を申し込まれた方々には”福銭”が下されます。

この福銭を一年間財布やレジに入れておくとお金がたまるといわれています。

そして、一年後に本堂のさい銭箱にお礼の気持ちを込めてお返しください。













福拾いの帰りには、当店で振る舞っている御汁粉も、約200名のお客様が来店され、笑顔と共に戦果報告を楽しそうに話しながら食されていたそうです。

あれ、社長は?

私は、お寺で直会の真っ最中です!

立春前夜、節分の夜にお不動さんを囲んで般若湯を酌み交わしたものですから、心の中の鬼も退散してしまったようで、晴々とした新春を迎える事が出来ました。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


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三春藩主秋田家祈願所「日乗山真照寺」初寅祭典 2019




三春藩主秋田家祈願所「日乗山真照寺」初寅祭典

先(2月10日)、江戸期の三春五万石藩主秋田家の祈願所である「日乗山真照寺」では、初寅祭典が開催されました。

旧暦の初寅の日が2月10日となっています。

この日が、今年初めての“寅の日”と云うことで、この日を初寅祭典となり、“寅の日”は「毘沙門天(多門天)」の縁日とされています。








当三春昭進堂髙橋家は、先々代の祖父より門前の信徒として初寅祭の世話人を務めておりました。

先代である父、そして、私と三春昭進堂の当主としてその世話人の職責を引き継いだ次第で、初寅祭に出頭いたしました。


毘沙門天は四天王の一人で、北方を護る神様で東北の守り神とされ、商売繁盛・家内安全・長寿・勝運など様々な御利益がある神様です。









この日に真照寺の毘沙門天に参拝すると、毘沙門天の無量の大福を授かることができるとされており、毎年初寅講中の各地区世話人の方々を中心に多くの檀信徒の皆様が多く参詣されています。







初寅とは、12日ごとに来る「寅の日」のその年の最初に来る日を「初寅」といって、虎(寅)は「千里を行って千里を帰る」特別な力を持つとされ、吉日の中でも最も金運に
縁がある日として、「金運招来日」ともいわれていると伝えられています。








特に、今年最初の寅に日である“初寅”は毘沙門天とご縁が結びやすいと言われています。






真照寺山内の古四王堂内にあった毘沙門天尊は、身にまとった甲冑は守護神であることを意味し、左手の宝塔は仏教の教えを、右手には宝物を出す如意宝棒(にょいほうぼう)を持ちます。

この毘沙門天は、「福徳毘沙門天(ふくとくびしゃもんてん)」と云われ“福徳”を司る神様で、七難を避け七福を与える北方の守護神で闘神としても厚く信仰されています。


上杉謙信も、毘沙門天を信仰していました。

戦いの際に使っていた旗印は刀八毘沙門の「毘」一文字の旗は「戦の加護と勝利」を、そして、懸かり乱れ龍の「龍」一文字の旗は敵に総攻撃を仕掛ける時に本陣に立てられました。

尚、「龍」の文字は不動明王を表しているそうです。



この日は、古四王堂を模した本堂内の安置場所から、本堂中心の須弥壇に安置されます。








法要では、三春城下清水の天澤寺新保住職、そして、須賀川白山寺松木住職を副僧に迎えて、j商売繁盛、家内安全等々の諸願成就の護摩焚き御祈祷があり、梵天にて参列者をお祓いしてもらいます。

このとき梵天を授けていただき(手で引っこ抜く)、お守りとします。






そして、直会。








旧三春藩五万石秋田家主祈願所真照寺山内にある「古四王堂」の東日本大震災による被害からの復興再建工事が完了しました!




かつては「大日堂」そして、「古四王堂」として信仰を集めていました。 



堂内の須弥壇には、大日如来像と四天王・東の持国天,南の増長天,西の広目天,北の多聞天 (→毘沙門天 ) がありました。


大日如来像は、現在はありません。


他の四天王は本堂内に保管されています。







足場も、この30日には撤去され2月3日の初寅会に間に合いました。

そして、来月の引き渡しを待つばかりとなりました。








古四王堂


古四王堂は、鎌倉期から戦国末期にかけて「日ノ本将軍」「蝦夷探題」として青森から蝦夷にかけて覇を唱えた海将阿倍安東氏の直系三春藩主秋田氏が、三春国替えの際に祈願寺真照寺とともに建立したものです。

本拠地である青森十三湊時代は、出羽柵(後に秋田城)に近く、城の守りとして創建されたと見られる四天王寺と習合し、中世を通じて古四王大権現として崇敬されていました。









春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


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三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2019




三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2019


新年を迎えたとおもったら、あっという間に立春を迎えようとしています。

一昨夜、三春城下の旧三春藩主祈願所日乗山東門院真照寺の節分会が盛大に開催されました。


三春昭進堂も、イワシの頭と柊、そして豆の木で拵えた魔除けを設え、真照寺節分会奉賛お接待「お汁粉振る舞い」の準備も完了し、節分の準備万端です。








平成最後の節分会とあって、山内には、多くの方々が福を拾いに詰めかけました。

今年は、暖冬と小雨です。

山岸住職も、小雨の節分は初めてだそうです。








古いお札や正月飾りを「御焚き上げ」する紅蓮の炎で、節分会山内の夜を、幻想的に厳粛な雰囲気に演出しています。




朝から、檀家や近所のお手伝いの方々や、ご祈祷を受ける方々や福授け豆まきの景品を奉納する方々、そして古いお札や正月飾りのお焚き上げの方々などが、行き交う参道。


早めの夕食を済ませた方々が、三々五々境内に参集してきます。

豆まき開始は午後八時ごろから、二回に分けて行います。








厄年の方、年男の方、各種祈願成就祈願の方などが、所願成就の祈願に、豆やみかん、お菓子など、さらに各種景品を献納しています。

これを、住職や年男の方々に、厄を託した豆(景品)を撒いてもらい、参詣者の方々にその厄を拾ってもらいます。



また、祈願者には「節分福銭」が授与され一年の金運を上げてもらえます。


尚この福銭は、来年返納してまた新しい福銭を頂いてパワーアプです!





皆さん、お焚き上げの炎で体を温め無病息災を祈願しながら、豆まきの時を待ちます。



また、この火にあたると風邪などひかなくなり、病魔が退散すると云われています。


裃姿の年男がお焚き上げの炎にあたり、邪気を払い豆まきの準備万端!










本堂内で、ご祈祷です。

所願成就の祈願を申し込んだ参詣者や豆をまく今年の年男の方々が、”護摩焚き”によるご祈祷を受けています。


今年は、大先輩である元三春町史編纂室長の田中金弥が72歳の年男、そして、息子さんが後厄、さらに、孫さんが12歳の年男ということで田中家三世代での“厄払い豆まき”で参加されました。







豆まきです。


福は内! 福は内!  福は内!  福は内! 福は内!



真照寺では、鬼は外とは言いません。

何故かって?

御本尊の不動明王さんは、改心すれば鬼をも助けるということです。

心の中にいる鬼も改心すれば・・・「罪を憎んで、人を憎まず!」です。








豆まきには、災いや病気といった不幸の要因は、外からやってくるという考え方が表れています。



仏教では、この鬼を人間を迷わす煩悩に見立てまして、読経や護摩供を行い除災招福(じょさいしょうふく)を祈願します。








そして、いよいよ豆まき景品交換。

ペアの温泉宿泊券やお酒、魚、醤油や油、民芸品、任天堂3dDS,ソニーPSP等のゲーム、そして特賞の石油ストーブ等々豪華賞品を目指します。

福を拾うかたがたも、お菓子や豆やみかんがいろんな角度から飛んできます。

これは正に乱戦です。

山内に、こっち!こっち!と手を挙げて福を求める方々の声が響き渡ります。


今年も沢山の方々が来場していただきました。



”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” ・・・・笑顔が山内にあふれます。



一般の交換が終わった後には、祈願申込者の方々限定の大交換会が始まります。

この場合も、お札受け本人もしくは代理の方がいないと無効となりますので、皆様そのまま待機しています。


住職が大鐘の中から名前の記載された紙を見ながら当選者の名前を呼ぶたびに、ため息とともに歓声が上がります。

くじ引きに当たった福男、福女の方々は、豪華景品をゲットしてご満悦です!







私も、大きな干支イノシシの張り子人形が当たりました!

その後は、不動明王さんに奉納されたお神酒の御下がりを頂き直会を行って撤収となります。



祈願成就のお札を申し込まれた方々には”福銭”が下されます。

この福銭を一年間財布やレジに入れておくとお金がたまるといわれています。

そして、一年後に本堂のさい銭箱にお礼の気持ちを込めてお返しください。













福拾いの帰りには、当店で振る舞っている御汁粉も、約200名のお客様が来店され、笑顔と共に戦果報告を楽しそうに話しながら食されていたそうです。

あれ、社長は?

私は、お寺で直会の真っ最中です!

立春前夜、節分の夜にお不動さんを囲んで般若湯を酌み交わしたものですから、心の中の鬼も退散してしまったようで、晴々とした新春を迎える事が出来ました。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


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三春藩主秋田家祈願所「日乗山真照寺」 初寅祭禮 2018




三春藩主秋田家祈願所「日乗山真照寺」初寅祭典

先ごろ、江戸期の三春五万石藩主秋田家の祈願所である「日乗山真照寺」では、初寅祭典が開催されました。

今年平成30年は、旧暦の元旦が2月16日でした。

それに伴って旧暦の1月12日が2月27日となっています。
この日が、今年初めての“寅の日”と云うことで、この日を初寅祭典となり、古くから“寅の日”は「毘沙門天(多門天)」の縁日とされています。






当三春昭進堂髙橋家は、祖父の代より門前の信徒として初寅祭の世話人を務めており、この度父よりその世話人の職責を引き継いだ次第です。


毘沙門天は四天王の一人で、北方を護る神様で東北の守り神とされ、商売繁盛・家内安全・長寿・勝運など様々な御利益がある神様です。







この日に真照寺の毘沙門天に参拝すると、毘沙門天の無量の大福を授かることができるとされており、毎年初寅講中の各地区世話人の方々を中心に多くの檀信徒の皆様が多く参詣されています。


初寅とは、12日ごとに来る「寅の日」のその年の最初に来る日を「初寅」といって、
虎(寅)は「千里を行って千里を帰る」特別な力を持つとされ、吉日の中でも最も金運に
縁がある日として、「金運招来日」ともいわれていると伝えられています。






特に、今年最初の寅に日である“初寅”は毘沙門天とご縁が結びやすいと言われています。






真照寺山内の古四王堂内にあった毘沙門天尊は、身にまとった甲冑は守護神であることを意味し、左手の宝塔は仏教の教えを、右手には宝物を出す如意宝棒(にょいほうぼう)を持ちます。

この毘沙門天は、「福徳毘沙門天(ふくとくびしゃもんてん)」と云われ“福徳”を司る毘沙門天様です。








この日は、古四王堂を模した本堂内の安置場所から、本堂中心の須弥壇に安置されます。







法要では、商売繁盛、家内安全等々の諸願成就の護摩焚き御祈祷があり、梵天にて参列者をお祓いしてもらいます。

このとき梵天を授けていただき(手で引っこ抜く)、お守りとします。







この梵天を取った者には福が訪れるといわれ、多くの参列者が梵天を取り合います。

そして、直会。





真照寺初寅名物“けんちんうどん”から宴が始まります。








改修を待つ古四王堂



春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


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三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2018 諸願成就祈願!




三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2018


一昨夜、三春城下の旧三春藩主祈願所日乗山東門院真照寺の節分会が盛大に開催されました。

朝から、檀家や近所のお手伝いの方々や、ご祈祷を受ける方々や福授け豆まきの景品を奉納する方々、そして古いお札や正月飾りのお焚き上げの方々だ度がなどが、行き交う参道です。

山内には、多くの方々が福を拾いに詰めかけました。







早めの夕食を済ませた方々が、三々五々境内に参集してきます。

豆まき開始は午後八時ごろから、二回に分けて行います。

豆まきには、例年通りの大勢の方々が来場し、住職や年男、そして役員の方々が撒く「福豆」を拾っていました。
もちろん、お目当ては「磐梯熱海一力」や「馬場の湯若松屋」「斉藤下の湯」などの宿泊券です。



さらには、豪華景品は、魚券、酒、ゲーム、毛布、プラモデル等々、今年初めの運試しです。






露天商、そして火気警備の消防団員や三春分署員さんもその賑わいの演出者となっています。

皆さん、お焚き上げの炎で体を温め無病息災を祈願しながら、豆まきの時を待ちます。






裃姿の福男がお焚き上げの炎にあたり、邪気を払い豆まきの準備万端!

本堂内で、ご祈祷です。






所願成就の祈願を申し込んだ参詣者や、豆まきをする方々が、”護摩焚き”によるご祈祷を受けています。


今年は、真照寺ご住職や妹である瞳ちゃんのご配慮で、先週から肺炎で入院する父の病気回復、そして、長男坊の就職を祈願して、裃姿での豆まきとなりました。

ご住職さま、御心使い本当にありがとうございます。







福は内! 福は内!  福は内!  福は内! 福は内!

真照寺では、鬼は外とは言いません。

何故かって?






御本尊の不動明王さんは、改心すれば鬼をも助けるということです。

心の中にいる鬼も改心すれば・・・「罪を憎んで、人を憎まず!」です。


人間、誰にだって心の中に「鬼」を持ってます。

日常生活の中で、カッ!となる「心」を鬼と呼ぶんでしょう。






「福」というのは自分の長所であり、「鬼」というのは自分の短所つまり欠点のことだと云われています。
 
人は、それぞれ長所・短所を持ち合わせているものです。

節分の豆まきは、「春」立春を迎える「節分」にあたり、豆を撒いて1年に1度、短所を追い払い、長所を伸ばそうという行事なんだろうと思います。
 
心の中の鬼を調整するのも自分の心次第、そういう心を戒めて、心穏やかに暮らしていけるよう日々生活していきたいものです。







そして、いよいよ豆まき、ペアの旅行券やお酒、魚、醤油や油、任天堂3dDS,ソニーPSP等のゲーム、そして特賞掃除機等々豪華賞品を目指します。


今年も沢山の方々が来場していただきました。

”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” 笑顔が境内にあふれます。






一般の交換が終わった後には、祈願申込者の方々限定の大交換会が始まります。

この場合も、お札受け本人もしくは代理の方がいないと無効となりますので、皆様そのまま待機しています。






住職が大鐘の中から名前の記載された紙を見ながら当選者の名前を呼ぶたびに、ため息とともに歓声が上がります。

私も、ここ数年はあたりがありませんが、以前は旅行券や婦人服などなど豪華景品をゲットしていました!


また、祈願成就のお札を申し込まれた方々には”福銭”が下されます。

この福銭を一年間財布やレジに入れておくとお金がたまるといわれています。

そして、一年後に本堂のさい銭箱にお礼の気持ちを込めてお返しください。


その後は、不動明王さんに奉納されたお神酒の御下がりを頂き、直会を行って撤収となります。







ご本尊「不動明王立像」もちょっとだけ顔をのぞかせています。
前にある白木の大日如来座像です。


そして、須弥壇左右に鎮座する「弘法大師木造座像」と「興教大師木造座像」です。





天明の凶作や天明5年の大火による城下町の焼失後も猫(滋野)の怨霊に夜毎苦しめられた三春藩4代藩主頼季の孫である7代藩主倩季公が、この木像の胎内に滋野多兵衛の位牌を入れて祈願所である真照寺に納めて、その怨霊を鎮めたと伝わる木像です。







この弘法大師と興教両大師木像は、木像安置の70年前に起こった「正徳・享保事件」そして「腹切り梅」「三春化け猫騒動」と呼ばれる、三春に伝わる古い伝説が付随しています。
 
三春御家騒動・正徳、享保事件と「三春猫騒動」
 
 三春藩主継嗣問題に端を発し、「三春猫騒動」にまつわる正徳事件と、家老荒木玄蕃高村
および四代藩主秋田頼季(玄蕃の子)の閉門を中心とした享保事件は、徳川幕府幕閣から、町方まで巻き込こんだ御家騒動といわれます。
 
正徳事件・「三春猫騒動」・当時、家老荒木内匠は、世継ぎとなりうる幼君を亡き者とし、我が子を藩主に据え藩の実権を握ろう企んでいました。
しかし、幼君の傳役滋野多兵衛にその野望を阻まれた、やがて滋野は荒木によって無実の罪をきせられ、大町紫雲寺の境内、白梅の木の下で切腹させられ、傍らにいた猫が怨霊と化し、間もなく野望を果たした荒木に祟るようになったと云います。
今も紫雲寺に、残る滋野多兵衛の墓には、猫の怨霊に苦しめられた荒木が、槍で突いたという傷がのこっています、又境内の白梅は紅梅に変わり、猫の怨霊は、約七十年後の「天明の大火」の時再び登場する。




 
享保事件は、家臣団の勢力争い・対立の末、幕府老中同士の対立を呼び、その政治紛争で負けた、荒木玄蕃高村の蟄居と、その子である、藩主秋田頼季の閉門により、正徳の事件より約八年続いた、御家騒動は、幕閣の介入により幕をとじました。
 
天明五年二月、八幡町より火の手が上がり荒町、高乾院・荒木家の墓を焼払い、北町を駆け下り、舞鶴城天守を炎上させました、その後も火の勢いは衰えず、大町から南町そして新町へと軒並み家屋を灰にしていきました。

消火指揮に出向いた、時の藩主秋田千季(荒木玄蕃の孫)の避難所・真照寺へ追うかの様に火は、勢いを増し南町,山中、新町へと向かった




 
真照寺住職が門前まで迎えに出たところ、殿様の後ろに猫の怨霊が見え、袈裟の袂で殿をかばい隠すようにして寺へ向かい入れました。
火勢は、ちょうどその場所・今の昭進堂の場所で、三春全域を焼き尽くした火災は、鎮火したと伝えられています。

この大火後も猫(滋野)の怨霊に夜毎魘された千季公は、真照寺へ、弘法・興教両大師像の中に紫雲寺で切腹した滋野多兵衛の位牌を入れて納め、怨霊を鎮めたといいます。



自然と手を合わせたくなるお姿です。

合掌







福拾いの帰りには、当店で振る舞っている御汁粉も、約200名のお客様が来店され、笑顔と共に戦果報告を楽しそうに話されていたそうです。

あれ、社長は?

私は、お寺で直会の真っ最中です!

立春前夜、節分の夜に十二年ぶりに御顔を見せたお不動さんを囲んで夜更けまで般若湯を酌み交わしたものですから、心の中の鬼も退散してしまったようで、晴々とした立春を迎える事が出来ました。








翌、立春の日、入院している親父さんの様子を見に行きますと、劇的な回復の兆しが見え始めてきており、来週早々には治療が簡素化されるとの吉報をいただきました。


もちろん、入院先の三春病院の院長先生はじめスタッフの皆様の手厚い医療・看護のお陰だと思います。

そして、何といっても、お不動さんをご本尊とする旧三春藩主祈願所真照寺の節分会。

自身の諸願成就を祈念して{豆まき福男}という大役の御縁をいただきましたことが大きかったんだと思っています。


改めまして、真照寺御本尊不動明王様、そしてご住職、お寺のご家族、天狗谷、磐梯造園、檀信徒役員等々、そして節分へご来場の皆様等々、有縁無縁全ての皆々様には、心より感謝申し上げます。


ありがとうございました。

春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


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三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2017



三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2017


新年を迎えたとおもったら、あっという間に立春を迎えようとしています。


今年は、みはる観光協会が主催するツアーも企画され一層の盛り上がりです。





一昨夜、三春城下の旧三春藩主祈願所日乗山東門院真照寺の節分会が盛大に開催されました。

山内には、多くの方々が福を拾いに詰めかけました。




朝から、檀家や近所のお手伝いの方々や、ご祈祷を受ける方々や福授け豆まきの景品を奉納する方々、そして古いお札や正月飾りのお焚き上げの方々だ度がなどが、行き交う参道です。




早めの夕食を済ませた方々が、三々五々境内に参集してきます。

豆まき開始は午後八時ごろから、二回に分けて行います。





露天商や火気警備の消防団や三春分署もそいの賑わいの演出者となっています。

皆さん、お焚き上げの炎で体を温め無病息災を祈願しながら、豆まきの時を待ちます。




裃姿の年男がお焚き上げの炎にあたり、邪気を払い豆まきの準備万端!

本堂内で、ご祈祷です。

所願成就の祈願を申し込んだ参詣者や豆をまく今年の年男の方々が、”護摩焚き”によるご祈祷を受けています。





福は内! 福は内!  福は内!  福は内! 福は内!

真照寺では、鬼は外とは言いません。

何故かって?

御本尊の不動明王さんは、改心すれば鬼をも助けるということです。

心の中にいる鬼も改心すれば・・・「罪を憎んで、人を憎まず!」です。


人間、誰にだって心の中に「鬼」を持ってます。

日常生活の中で、カッ!となる「心」を鬼と呼ぶんでしょう。

「福」というのは自分の長所であり、「鬼」というのは自分の短所つまり欠点のことだと云われています。
 
人は、それぞれ長所・短所を持ち合わせているものです。

節分の豆まきは、「春」立春を迎える「節分」にあたり、豆を撒いて1年に1度、短所を追い払い、長所を伸ばそうという行事なんだろうと思います。
 
心の中の鬼を調整するのも自分の心次第、そういう心を戒めて、心穏やかに暮らしていけるよう日々生活していきたいものです。








そして、いよいよ豆まき、ペアの旅行券やお酒、魚、醤油や油、任天堂3dDS,ソニーPSP等のゲーム、そして特賞掃除機等々豪華賞品を目指します。


今年も沢山の方々が来場していただきました。

”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” 笑顔が境内にあふれます。




オシドリ夫婦と名高い真照寺住職ご夫妻も参拝者をやさしく見守ってくれます。

一般の交換が終わった後には、祈願申込者の方々限定の大交換会が始まります。

この場合も、お札受け本人もしくは代理の方がいないと無効となりますので、皆様そのまま待機しています。






住職が大鐘の中から名前の記載された紙を見ながら当選者の名前を呼ぶたびに、ため息とともに歓声が上がります。

私も、ここ数年はあたりがありませんが、以前は旅行券や婦人服などなど豪華景品をゲットしていました!

その後は、不動明王さんに奉納されたお神酒の御下がりを頂き直会を行って撤収となります。





祈願成就のお札を申し込まれた方々には”福銭”が下されます。

この福銭を一年間財布やレジに入れておくとお金がたまるといわれています。

そして、一年後に本堂のさい銭箱にお礼の気持ちを込めてお返しください。





今年は”酉年”です。
12年にぶりとなるご本尊「不動明王立像」の御開帳となります。


お不動さんは、悪や煩悩多き民衆の心に対して恐ろしい恐い顔を見せています。
そして、怒っているからといって罰を与えるのではなく、正しい道に導いてくれるそうです。

よく見ると、右目は上を向いていて、左目は下を向いています。

この上下を向いた目は「天地眼(てんちがん)」というもので、天から地まで全てを見渡している事を示しています。
牙も上下になっているのもその理由でしょう。






前にある白木の大日如来座像です。





その力強いようすから、何でも言願いを叶えてくれそうな気がいたします。


次にお目にかかれるのは12年後・・・・え!65歳の時です。


自然と手を合わせたくなるお姿です。

合掌




今年は、次男坊の大学受験真っ最中です。

その合格、そして学業成就を念入りに祈願いたしました。

お不動さんよろしくお願い致します!




福拾いの帰りには、当店で振る舞っている御汁粉も、約200名のお客様が来店され、笑顔と共に戦果報告を楽しそうに話されていたそうです。

あれ、社長は?

私は、お寺で直会の真っ最中です!

立春前夜、節分の夜に十二年ぶりに御顔を見せたお不動さんを囲んで夜更けまで般若湯を酌み交わしたものですから、心の中の鬼も退散してしまったようで、晴々とした新春を迎える事が出来ました。




もう一つ、立春の前夜の嬉しいことがありました。

三春城下中町桑原商店の大女将さまより熱塩加納風”こづゆ”を差し入れにいただきました。

これで立春を迎えられそうです。

ありがとうございました。

春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂

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