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三春物語509番「大峰稲荷大明神」




大峰の稲荷様です。



戦国大名田村氏の要害、田村四十八舘大峰舘の跡と考えられています。


村の鎮守の神様の
今日はめでたいお祭り日
どんどんひゃらら どんひゃらら
どんどんひゃらら どんひゃらら
朝から聞こえる笛太鼓

子どものころ、こんな歌をよく歌った。
氏神や産土神を祠った森、鎮守の森。
かつて、コミュニティは自分たちの住んでいるまわりのさまざまな物の 霊や魂を信仰し、これらの神を核としてつくられてきた。
今は静まりかえった森のなかにも人々の歓声がこだまする賑わいがあった。
地域がいかに変ろうとも、ここだけは動かない。




| ryuichi | 04:19 | comments (x) | trackback (x) | 旧岩江村::上舞木 |
三春物語505番「石花薬師堂」


下舞木石花に鎮座する薬師様です。


舞木から阿久津へ通じる道にあります。
下舞木南部地区集会所の隣接です。



様々な石碑が集められています。



仏教が日本に伝来する六世紀以前、人々の信仰の対象は自然だったのでしょう。
山や木、そして巨石、さらには風や雷といった自然現象をも神として崇め、祈りを捧げてきました。
その古代信仰の上に、神道や仏教が重なり合い、神仏習合が行われてきた日本の信仰。
明治以後、国策によって神仏離反、そして廃仏毀釈と言った過剰解釈のうえに仏像廃棄が行われましたが、三春の里山では今なお神と仏が共存する姿に出会えます。



閻魔大王石像がありました。


これは十王信仰に由来します。
 十王は死後の人々を審判する十人の冥界の王である。各王の審判を受け、生前の罪によって行き先が決められる。まず初七日に「秦広王」の審判を受け、罪が決まらなければ、次は十四日に「初江王」の審判を受ける。二十一日目に「宋帝王」、二十八日目は「伍官王」、三十五日目の「閻魔王」四十二日目の「変成王」、四十九日目の「太山王」と七日毎に順に審判が行われ、そのあと百ヶ日の「平等王」、一周忌の「都市王」と続き、三回忌の「五道転輪王」で終わる。中国で成立したが日本でさらに発達し、十王のそれぞれに本地仏を配し、閻魔王には地蔵が配されている。地蔵は地獄の救い主であり、罪を裁く閻魔王でもある。


| ryuichi | 05:16 | comments (x) | trackback (x) | 旧岩江村::下舞木 |
三春物語504番「下舞木雷神様」


郡山との境、下舞木集会所にある雷神様の祠です。


天明年間の刻があります。
飢饉の多かった年代で、特に東北地方では200万人の餓死者が記録されています。


激しい夕立ちとともに耳をつんざく雷鳴に、思わず肩をすくめてしまう人も多いのではないでしょか。
雷は現在でこそ科学的に解明され、怖さも薄らいだ感がありますが、古代から“天の原ふみとどろかし鳴る神”……なるかみ、といわれ、その威からさまざまな形で神格化されてきたようです。





| ryuichi | 05:08 | comments (x) | trackback (x) | 旧岩江村::下舞木 |
三春物語501番「北山の子育て地蔵尊」


三春城下から郡山宿の境、現下舞木にある北山地蔵堂は、「北山の子育て地蔵」として近隣の方々に親しまれています。
また、建物が最近の改修により、下舞木2区集会所と地蔵堂が併設されているめずらしい建物です。
かつては、この地に小さなお堂があり、祭礼に日に、ここから仮地蔵様を借りて子供のおもちゃのように遊ばせることで子供が、けがや病気に負けないで丈夫に育つと言い伝えられています。
また、伝承としてこんな話が残されています。
昔々、北山の腕白小僧たち数十人が、この石の地蔵を道端や畑の中で転がしたり投げ飛ばしたりと、泥だらけになりながら遊んでいました。
そこを通りかかった隣り村の住人が、「これはどうしたことだ、もったいない」と子供たちを叱りとばし、お金を与えて地蔵様を取り返して元の場所に戻しました。



ところがこの隣村の住人は、原因不明の高熱にうなされ、床に伏せってしまいました。
家族が付き添って懸命に看病しましたが、当人は熱にうなされ日に日に衰えていきました。ある日のこと、高熱でうなされている住人の夢枕に白衣の公家のような格好の若い男が現れ「わたしはこの前の地蔵の遣いである。お地蔵様はせっかく北山の子供たちと遊んでいるところをおまえがじゃまをして、本堂に安置されているため子供たちと遊べなくなった。
一日も早く子供たちが遊びに来るように、おまえが取りなせば病も癒えるであろう」と言い残し消えてしまいました。
住人は、さっそく家族に話して北山に遣いを出して大勢の村人に訳を話すて子供たちが地蔵様の所へ遊びに行くと、この住人病は嘘のように治ってしまったということです。




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| ryuichi | 05:30 | comments (x) | trackback (x) | 旧岩江村::下舞木 |
三春物語499番「平石熊野権現宮」

三春城下の南西部、弐里のところにある旧巖江村、現上舞木平石集落です。



平石集落にある熊野権現宮です



如意林観音や小さな祠も集められています。




集落の小さな鎮守様です。



鎮守様(ちんじゅさま)=その土地・建物を加護する神様
また、兵士を駐在させて、その土地を守り鎮めることを意味しています。
さらに、その国や城、土地を鎮護する神様が「鎮守の神」。
鎮守様とはその神様のこと、または鎮守の神を祀った社のこと。
そして、今は少なくなったけれどその社は村はずれの森に祀ることが多かったので、その森を「鎮守の森」と云われています。




| ryuichi | 05:43 | comments (x) | trackback (x) | 旧岩江村 |
三春物語506番「大峰地蔵様」


上舞木地区大峰にある地蔵様です。


祠に入っています。
様々な石碑も祀られています。


大峰・寺山・小峰集落は、旧江戸海道の分岐・追分け旧道沿いに点在しています。

如意林観音

オンバサマ



| ryuichi | 05:39 | comments (x) | trackback (x) | 旧岩江村::上舞木 |
三春物語461番「旧山田村社沫蕩神社」
 

三春城下の南西、旧山田村にある村社沫蕩神社


祭神を、神代紀上にも記載されている「沫蕩尊(アワナギノミコト)」とあります。
沫蕩尊とは、詳細が不明の神様で、名前の意味としては「蕩」は平らかな、の意で、ここでは「和ぎ(凪)」に当たります。



「沫那美の神」(泡が波立つ)とともに、河口(陸地の側)の水面のさまの神格化さてら者と考えられています。



また、神代紀上の「沫蕩尊」は伊奘諾尊の親となっている。
これは伊奘諾尊が水泡から生れたとする海人族の伝承によるものだと考えられます。


それに対して、記では岐・美二神の所生としているのは「別天つ神」と「神世七代」の神々以外の神々を、すべて岐・美二神の所生として系譜づけをしようとしたものであることを示すと思われます。




如意林観音や大黒様も集まっています。


境内の入り口にある地蔵尊

| ryuichi | 06:13 | comments (x) | trackback (x) | 旧岩江村::山田 |