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萬年山天澤寺山門修復



三春城下清水にある曹洞宗萬年山天澤寺の山門の修復が無事終了し、その落慶式が地蔵盆「身代わり地蔵尊祭典」の日に合わせて執り行われました。





永年風雨に寄よって、屋根や柱が朽ちてきていました。



(修復前の写真)


その修復が檀家の願いでした。





使える部材はそのまま使用し新しく生まれ変わりました。






修復落慶記念に配られた手拭です。





これは洒落てますよね!


早速店内に配させていただきました。





さあ、お盆も終わり、そろそろ少しずつ秋の気配が来るんでしょうか?





春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 05:23 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下新町::萬年山天澤寺 |
「身代り地蔵尊祭典」 天澤寺山内



三春城下清水にある萬年山天澤寺山内にある、安寿と厨子王伝説の残る「身代り地蔵尊」堂です。

地蔵盆の昨日、「身代わり地蔵尊祭礼」が開催され、法要と大数珠繰り、そして、ご詠歌がありました。


地蔵尊祭典では、大数珠繰りが行われます。
参集した方々が大数珠を手繰ります。

大きな房が自分の前に来るまでの間は、お地蔵様の御真言「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ」を一心にお唱え致します。

古来より地蔵盆の大数珠を体に当てると、邪気を払い除け、身を清めてくれると言い伝えられています。





天澤寺山内 「身代わり地蔵尊」

安寿と厨子王の祖母が、三春城下に居たと伝えられて、その子孫がこのお堂を建立して身代わり地蔵尊を安置しました。
 
物語は、平将門の子孫で、相馬藩相馬氏と縁のある岩城判官平政氏は、康保4年に賊将が朝廷に背いたときに、それを討伐した恩賞として奥州の津軽郡、岩城郡、信夫郡を賜って岩城に国守として着任してきました。
 
政氏には2人の子があり、姉は家臣・村岡重額の妻となり、弟の政道は父の後を継ぎました。




この政道が、安寿と厨子王の父親です。

しかし、家臣である村岡の陰謀によって父正道が無実の罪を着せられ西国に流罪となります。

安寿と厨子王、母、乳母の4人は、朝廷に無実を訴えようと京へ向かいますが、越後の直江津にたどり着いた一行は、人買いにだまされ、安寿と厨子王が丹後に、母と乳母は佐渡に売られてしまいます。

 丹後の由良で"山椒太夫"に買い取られた2人は、つらい労働を強いられます。

安寿は、弟の厨子王を密かに逃がしますが、ひどい拷問の末に命を落とします。

一方、厨子王は姉から渡された地蔵菩薩の霊験により身を守られ、無事京都にたどり着きます。




後に、父の無実が晴らされ国守に再任された厨子王は、長い苦難の末、母と再会するというお話ですが、お話の中に2人の災難を身代わりとなって救うお地蔵さまが出てきます。

それは、安寿と厨子王が山椒太夫の屋敷で仕置きを受け、やけどを負ったときのこと。母から預かった家宝の地蔵尊像に祈りを捧げると、不思議や痛みや傷は消えたそうですが、その代りこのお地蔵さまにやけどの傷があったと伝えられています。




 
この話に出てくる地蔵尊像が、天澤寺境内「身代わり地蔵尊」です。

 かつては1月24日の初地蔵と8月24日の地蔵盆には、多くの参拝者でにぎわい、地蔵和讃や御念仏を唱えてお地蔵さまに感謝し、家族の安全を祈願していました。



 
また、戦前には出征兵士の武運長久を願う家族の参拝が絶えなかったといいます。

 今でも参拝する方々やご家族のその身に降りかかる病気や怪我などの災難を身代わりとなって負っていただけるという有り難いお地蔵さまです。







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| ryuichi | 05:10 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下新町::萬年山天澤寺 |
「三春城下 曹洞宗萬年山天澤寺のツツジ」



春陽郷三春城下では、初夏の眩い日差しの中で新しい若葉が芽吹き、美しい緑のコントラストが楽しめるこの時期となりました。

「夏が来た!」と思えるような暑い日も続き、帽子や日傘、日焼け止めクリームなど紫外線対策に追われる日々が続いています。


今、城下清水の曹洞宗旧録所萬年山天澤寺のツツジが見ごろを迎えています。


身代わり地蔵堂とツツジです。






禅寺らしく純白の花が咲き誇っています。

昭進堂さんは、どこの檀家?と聞かれることがあります。

この天澤寺は、三春昭進堂高橋家の檀家寺です。






説明文によると、室町時代に丹伊田村(現在の郡山市西田町)に開かれ、江戸時代初期に三春会下谷、そして、江戸時代中期に現在地に移りました。

江戸時代には、三春領内18の末寺を束ねた曹洞宗寺院となっていました。

その伽藍は壮麗な彫刻で飾られ、宇内には安寿と厨子王の伝説にまつわる身代わり地蔵堂や、四軒丁の修験常楽院から移された西国三十三観音巡りの石塔が立ち並んでいます。






いつ来ても、お寺・禅寺云うのは隅々まで掃き清められていて、清々しい気持ちと共に、心が休まります。

ご先祖様と会える場所なんでしょうか・・






春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂



| ryuichi | 05:08 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下新町::萬年山天澤寺 |
平成版三春今昔物語「天沢寺炎上 恵下谷(現会下谷)」



天沢寺炎上

三春城下清水にある天沢寺は、江戸初期の三春城主松下石見守長綱の時代には恵下谷(現三春城下南町の会下谷)にありました。

或る時、松下家の行く末を案じた忠臣が、殿様の常軌を逸脱した日頃の言動を諫めようとして進言します。
しかし、松下石見守は、家来の無礼を憤り、之れを手打にしようとして刀を抜きはらいます。




其臣は、周囲の者に引き立てられ、慌てて逃れ、菩提寺である天沢寺に匿れ、時の和尚は、これを庇護します。

和尚に、引き渡しを下命しますが、これを拒否し、石見守の態度を戒め、政務を批判します。

石見守、益々怒って手勢を率いて天澤寺の伽藍を焼払ってしまいます。

この暴挙に対し、曹洞宗本山総持寺や永平寺ともつながりの強い和尙は、“城主狂乱”と公儀幕府に訴えでます。

早速公儀取り調べがあり、その他暴政も含めて乱心の廉で松下家の御家継断絶となります。





現在の天沢寺は、慶安年間に三春城下清水の創建されます。

影山常次著「田村小史」参照

 
かつてこの天澤寺があった場所の南の高台に、葛尾村住宅「恵下越団地」が整備されています。国道288号バイパスにも看板が立っていますが、恵下越?と三春の方でも初めて目にする地名ではないかと思います。

この恵下越の地名は、上記の天澤寺に由来します。

”恵下(えげ)”とは高名なお坊さんに教えを乞うために会(参禅)するという意味。

恵下(会下)する天澤寺を超えた場所という意味




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂

| ryuichi | 05:15 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下新町::萬年山天澤寺 |
三春城下曹洞宗寺院冬のライトアップ2016 「萬年山天澤寺」


三春城下曹洞宗寺院冬のライトアップが始まりました。

天澤寺、州伝寺、そして龍穏院がライトアップされています。




夜空に浮かび上がる、天澤寺の伽藍

曹洞宗独特の禅宗様式寺院建築が綺麗に見えます。




安寿と厨子王伝説の身代わり地蔵どうです。

ため息の出る美しさです。




天澤寺は、室町中期開山の古刹です。
戦国時代の三春城主田村家から江戸時代幕末まで三春藩主だった秋田家の時代を通じて三春領内に末寺十カ寺を数えました。

江戸初期、三春城主松下家の時代に藩主松下長綱の短慮な言行を諫めたことにより、会下谷にあった伽藍を焼かれてしまい、後の清水の現地に再建されました。




以後も、三春藩のご意見番的役割を務めたと云われ、御領内曹洞宗之録所として隆盛を極めます。

その面影は今も室町禅様式建築の本堂や、境内に在る安寿と厨子王伝説に因む地蔵堂に見ることが出来ます。





  境内の柿の木に地蔵の様なこぶがあり、いつの頃からか柿の木地蔵と呼ばれています。

現在は移転してありませんが、三春町立第二保育所へ通う子供たちを温かく見守っていました。


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| ryuichi | 05:24 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下新町::萬年山天澤寺 |
「奥州三春城下 数珠巡り」 曹洞宗萬年山天澤寺の数珠巡り捺印所


三春城下清水の曹洞宗萬年山天澤寺の数珠巡り捺印所です。

寺院を巡って数珠玉を集める「奥州三春城下 数珠巡り」です。


 この数珠巡りは、三春まちづくり公社が通年型の観光事業として企画しました。

三春城下の散策に楽しみを加えてみました。




三春城下の参加10寺院を巡り、祈願された各寺院名入りの数珠玉を集めるイベントです。

参加するには、同公社が運営する三春なかまち蔵の物産店「花かご」でスタンプ台紙と親玉セットを購入してからのスタートとなります。



 その後、各寺院に設置された寺紋スタンプを集め、「花かご」にて各寺院の数珠玉を購入する仕組みです。

春夏秋冬の小さな城下町三春の散策を楽しみながら、思い思いに寺院を巡っていただければ幸いです。



 問い合わせ 三春まちづくり公社(電話0247・62・3690)




天澤寺は当家の菩提寺となっており、春秋の彼岸やお盆、そして葬儀法要等も含め五十年来、かなりの数で足しげく通っています。

上の画像をご覧ください。
本堂唐破風前の小さな石橋です。

毎回見かける、何気ない光景なんですが、この春彼岸のかたずけの際に、何やらその石橋の横に文字が刻まれていることに気が付きました。



よく見ると「傳光院橋」と読めます。

傳光院?聞かない名称です。

早速調査に取り掛かります・・・と言いたいところですが、現在花見商戦の真っただ中です。

五月の連休明けのお愉しみとしておきます。



こちらは、新町の修験常楽院から移設の西国三十三観音さんです。


春陽桜郷三春 三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:25 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下新町::萬年山天澤寺 |
三春物語941番「「妙法蓮華経寶塔」~天澤寺参道


三春城下清水にある曹洞宗の古刹「萬年山天澤寺」山門を入ってすぐの参道に法華経寶石塔(ほけきょうほうせきとう)が建立されています。

正面には「妙法蓮華経寶塔」の題目が刻まれています。




この妙法蓮華経寶塔の様に、笠を持ち題目を刻した石塔は、題目式笠塔婆とも呼ばれています。
この塔が建てられたのは、仏の徳に報い、国家の恩に報いるために建立し、人びとが仏様の慈悲とご利益に預かることを願い建てられたものです。

伝承によれば石塔は法華経を一石一字記したものを埋納した上に建てられたと言われる。



この石塔には小石がたくさん積まれています。
私たちも、子供の頃よりお墓参りの時などに「石を載せて、次に来た時まで落ちなければ、頭が良くなる」と親に言われて、せっせと小石を載せていました。



これは、この妙法蓮華経寶塔を造る際に小石を集めこれに一字ずつ経文を書写して地に埋め石塔を立てた「一字一石塔」と記載されており、文字を書けない庶民がせめて小石だけでも収め極楽浄土に行きたいと建立後にこの石塔に持ち寄ったことが風習として現在まで続いているんじゃないかと考えています。



この石塔の両側には、石塔建立の浄財を納めた沢山の人々の戒名が刻まれています。

背面には、建立年月日や様々な云われが記載されているとは思うんですが、風化のため判読不能です。
何か方法を見つけて解読したいと思います。



過去を振り返ると悔やむことばかり。
そんな、苦い感覚・経験を持っている人は少なくないだろうと思います。

しかし、「覆水盆に還らず」。流れ出た水が元には戻らないように、過ぎ去った時間を取り戻すことは出来ないようですね。

そのまますべてを受け入れられればいいんですが・・・・
きっと、それらを素直に受け入れられたら、りっぱ大人と呼ばれるんでしょうね?



至或見塔形或聞鐸聲。或聞其名或富。或其影罪障悉滅所。来如意現世。安穏後生極楽


「此大乘に十法行有り。一に書寫。二に供養。
三に施他。四に若し他の誦讀するあれば專心に諦聽す。五に自ら披讀す。六に
受持す。七に正に他の爲に文義を開演す。八に諷誦。九に思惟。十に修習を行ず。十法行は。福を獲幾す。
頌して曰く。十法を行ずる者は 福聚を獲ること無量なり。」




妙法蓮華経如来寿量品偈

自我得仏来所経諸劫数無量百千万憶載阿僧祇常説法教化無数億衆生令入於仏道爾来無量劫為度衆生故方便現涅槃而実不滅度常住此説法我常住於此以諸神通力令顛倒衆生雖近而不見衆見我滅度広供養舎利咸皆懷恋慕而生渇仰心衆生既信伏質直意柔軟一心欲見仏不自惜身命時我及衆僧倶出霊鷲山我時語衆生常在此不滅以方便力故現有滅不滅余国有衆生恭敬信楽者我復於彼中為説無上法汝等不聞此但謂我滅度我見諸衆生没在於苦海故不為現身令其生渇仰因其心恋慕乃出為説法神通力如是於阿僧祇劫常在霊鷲山及余諸住処衆生見劫尽大火所焼時我此土安穩天人常充満園林諸堂閣種種宝荘厳宝樹多華果衆生所遊楽諸天撃天鼓常作衆伎楽雨曼陀羅華散仏及大衆我浄土不毀而衆見焼尽憂怖諸苦惱如是悉充満是諸罪衆生以悪業因縁過阿僧祇劫不聞三宝名諸有修功徳柔和質直者則皆見我身在此而説法或時為此衆説仏寿無量久乃見仏者為説仏難値我智力如是慧光照無量寿命無数劫久修業所得汝等有智者勿於此生疑当断令永尽仏語実不虚如医善方便為治狂子故実在而言死無能説虚妄我亦為世父救諸苦患者為凡夫転倒実在而言滅以常見我故而生驕恣心放逸著五欲堕於悪道中我常知衆生行道不行道随応所可度為説種種法毎自作是念以何令衆生得入無上道速成就仏身




妙法蓮華経如来寿量品偈を諷誦す。
集むる所の功徳は、新亡精霊に回向す。

願わくは此の功徳を以って、普一切に及ぼし、
我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを。

十方三世一切仏 諸尊菩薩摩摩訶薩 摩訶般波羅蜜


 髙橋龍一 拝




参同契
竺土大仙の心、東西密に相附す、人根に利鈍あり、道に南北の祖なし、霊源明に皓潔たり、支派暗に流注す、事を執するも元これ迷い、理に契うも亦悟にあらず、門門一切の境、回互と不回互と、回してさらに相渉る、しからざれば位によって住す、色もと質像を殊にし、声もと楽苦を異にす、暗は上中の言に合い、明は清濁の句を分つ、四大の性おのずから復す、子の其の母を得るがごとし、火は熱し、風は動揺、水は湿い地は堅固、眼は色、耳は音声、鼻は香、舌は鹹酢、しかも一一の法において、根によって葉分布す、本末すべからく宗に帰すべし、尊卑其の語を用ゆ、明中に当って暗あり、暗相をもって遇うことなかれ、暗中に当って明あり、明相をもって覩ることなかれ、明暗おのおの相対して、比するに前後の歩みのごとし、万物おのずから功あり、当に用と処とを言うべし、事存すれば函蓋合し、理応ずれば箭鋒さそう、言を承てはすべからく宗を会すべし、みずから規矩を立することなかれ、触目道を会せずんば、足を運ぶもいずくんぞ路を知らん、歩をすすむれば近遠にあらず、迷て山河の固をへだつ、謹んで参玄さの人にもうす、光陰虚しく度ることなかれ。




謹んで参同契を諷誦す。
集むる所の功徳は、新亡精霊に回向す。

願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、
我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを。

十方三世一切仏 諸尊菩薩摩摩訶薩 摩訶般波羅蜜



三春昭進堂 髙橋龍一


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