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平成版三春古蹟萬歩「貝山の荒木屋敷」




春陽三春古蹟萬歩 

貝山の荒木屋敷

三春郊外、貝山の泉沢に、「お下屋敷」とよばれる場所があります。

現在の貝山にある三春町営グランド付近になります。

今は畑となっている敷地には、古池があり、その辺には広い台地と舟形の大きな石が由緒ありげに残っています。

土地の古老の話を聞くと、昔はこの池には、蓮や水連、じゅんさいがあり、池畔には紫陽花、躑躅がよく生い茂り、美しい花を咲かせ、眺めも良いので、散歩がてら人が立寄っていたものだといいます。
しかし、心無い人人たちが草木をとり荒し、今では全く手の届かぬところに僅かに草花が華を残すのみとなっています。

この下屋敷跡は、三春藩の家老荒木内匠の屋敷跡です。

荒木内匠は、正徳年間に秋田家の客分家老として大いに権勢をふるった人です。

ここからの話は三春城下に伝えられている怪奇伝説の類になります。




荒木氏は、しだいに権勢がつのり、幼君を亡きものとして、自分の孫を跡継ぎに立てようと企むに至ります。

御殿医三宅良庵と老女鳴瀬とを巻き込み、朝の食事に一服盛り、幼君を毒殺したと伝えられています。

その朝、荒木は貝山の下屋敷にあって、先の舟形の大きな石を西方の大滝根川から運ばせている最中でした。
もう少しで庭に入るという時に、幼君休止の報せが本城からもたらされたので、驚き、悲しみを装って、急ぎ登城したという。

その後、“腹切り梅伝説”の忠臣滋野多兵衛の亡霊譚の下りとなりますが、荒木は御城の上屋敷には居たたまれず。

この下屋敷へ逃れ、大きな番犬数等と警固の武士を配して引き籠ったとされます。




三春絵図画像 三春町史より

折角西方より運んだ舟形の庭石は、これも滋野の亡霊の祟りで、その後いくら手を尽くしても微動だにせず、庭外に放置され、伝説を秘めて風雨にさらされています。

定めし、豪華を誇ったであろう荒木氏の下屋敷跡も、今はたばこ畑と豆畑に姿を変えている。

古い広報三春コラム「古蹟萬歩」貝山の荒木屋敷参照


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 05:29 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::貝山・柴原 |
日暮硯 「滝桜紅葉」


紅葉した滝桜です。

滅多に見られない貴重なショットです。

撮影者曰く7年待ったそうです。

三春城下中町のポリシス代表山口氏提供

| ryuichi | 05:26 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |
三春物語935番「楽内・込木の蛍」


昨夜、長男と運動不足解消の散歩がてら、当店の在る三春城下新町の北、288バイパスを超えた楽内及び込木地内へホタル観賞に行ってきました。

家内が散歩の際にが見つけて来たんですが、行って見てびっくりするほどいました。



画像は残念ながらiphoneの為、この程度しか映りませんが、実際現場にいますと驚くほどの光景が田園の中に広がっています。

早速、馬場の湯温泉の若松屋と三ツ美屋旅館の両若旦那に連絡して、この時だけのイレギラー企画ですが、宿泊のお客さん向けのサプライズイベントとして提案させていただきました。



カップルや小さいお子さんがいるご家族にはうってつけのイベントだと思いますよ・・・

夕食後にマイクロバスにお客様を乗せてホタル観賞!

現着までバスで3分。

ロマンチクな満天の星空の下、ホタル観賞なんていかがでしょうか?



イメージデス・・・

多分、三春の郊外に行けばどこでも見られる光景なんでしょうね、稀に三春城下でも清水小滝や大平の桜川に近い田んぼでは見られます。




蛍の里は、込木地蔵桜の周辺に広がります。


三春昭進堂 髙橋龍一



| ryuichi | 05:05 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::込木・楽内・芹ケ沢 |
三春物語921番「込木地蔵桜・野菜売りのおばちゃん~新日本風土記」


新日本風土記の中で、野菜売りのおばちゃんこと橋本タリさんが、インタビューを受けていた込木の地蔵桜

三春昭進堂髙橋家もこの込木柳作の髙橋が本家なので、この桜には特別な思いもあります。



テレビを見た方々に「テレビ見たよ~」などと声をかけられます。

一番理想な形でテレビに映ることが出来ました。



三春昭進堂 高橋龍一

| ryuichi | 05:11 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::込木・楽内・芹ケ沢 |
三春物語788番・初夏の滝桜と影滝桜


常葉の瀧太郎さんから、このような写真はがきが届きました。

桜花も終わり初夏を迎えた、皐月末の夕刻。

滝桜が見せる影滝桜です。



手紙にも認められていましたが、滝桜はいろんな見方が出来ます。

もちろん桜花の時期が最高ですが、春夏秋冬と様々な表情を見せてくれる滝桜。

その度に表情を変えて、私たちを楽しませてくれます。




尚、来週の月曜日6月2日は旧の端午の節句となっています。

かしわ餅のご予約はお済みですか?



三春昭進堂 髙橋龍一

| ryuichi | 05:06 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |
三春物語128番 「込木宮ノ下(旧宮志田)見渡神社」


三春城下の南に、くぐりきと読みます込木の宮ノ下に見渡神社があります。
江戸期は、「飯渡大権現」権現さまと呼ばれ、古くからトリケの神と称して、百日咳にかかったときは鳥居の石を削って呑めば治ると云われていて拝殿には鶏の絵馬が多数奉納されている。



三春昭進堂の創始者高橋民四郎の本家も、込木柳作です。
かつて、十月の祭礼には、民四郎の妻おタリや、その子で当家先々代の傳造が饅頭を台八車に乗せて、社殿下で売っていたと聞き及んでいます。
今も残る、昭和初期の社殿改築記念石碑には民四郎の名前が刻まれています。
また、拝殿には戦後の屋根改装での寄進木板があり、高橋傳造の名前も見えます。





 

三春昭進堂代表 髙橋龍一



| ryuichi | 06:18 | comments (0) | trackback (x) | 旧中郷村::込木・楽内・芹ケ沢 |
がんばっぺない三春!瀧桜


リーマンショック以来の長引く不況や、雇用不安の中、追い討ちをかけるよう発生した今回の大震災や原発問題・・・
 今の日本は、是までに経験したことの無い先の見えない状態にあるといっても過言ではありません。

そんな中、私たち日本人は春を迎え桜の開花を今年も見れることを素直に喜び、自らに人生を見つめ直した方もいたはずです。
そこには、1000年という樹齢を持つ瀧桜の生命力に、心の拠りどころと癒しを求め今年も沢山の方々が三春に来ていただきました。

 先の記事でも申し上げましたが、当店では予想外の売り上げで嬉しい悲鳴が続きました。
自慢に聞こえるでしょうが、声を大にしてこの実績を吹聴しています。
それは、震災以前から、三春に限らず日本全国の商人の元気がありません。

三春の小さな饅頭屋の子倅が、気を吐いてがんばっている姿に「負けてたまるか!」という気概を、三春・福島はじめ全国の商人の皆さんに持っていただきたい。
さらには、風評などどこにもありません。
自らが作り上げているんだ!
ということを判っていただきたいと思います。


三春滝桜は、その巨樹とその妖艶なまでの美しさに息をのみます。
国の天然記念物に指定されている巨大な紅しだれ桜で、樹齢は1000年以上といわれています。
花見は枝垂れ桜の下で行なうのがおおもとだった、と聞いたことがあります。
 枝垂れ桜は長命で、春陽三春領内各地の寺社などに大木が多く見られます。
平安の昔には、桜の花が散る様子を死んだ人の御霊が荒ぶれているのだとして恐れ、人々はその鎮めのために枝垂れ桜の下に集い、宴を開いたのだという。
 枝垂れ桜の優美な姿は、たしかに、この世とあの世をつなぐような聖なる神秘さを深くたたえているように思えてきます。



桜の樹高十二メートル。幹回り十一メートル、枝張りは東西へ約二十五メートルもある。滝桜の名前の由来ですが、四方に伸びた枝から紅色の滝がほとばしるように小さな花を無数に咲かせ、その模様は滝が流れ落ちるように見えることからと伝えられている。
艶やかな花姿に訪れる人々は、しばし立ちすくんでしまうほどです。

そばに寄って見れば、その巨大さは圧倒的で、樹形からしても、神霊が宿る木といわれていたことが少しも不思議でなくなる。
 江戸時代、三春藩はこの桜を「御用木」とし、周囲の畑を無税地にして柵を設け、保護したという。大正十一年(一九二二)には国の天然記念物に指定されている。
 巨大な桜は土地の人々に守られて、長い歳月を生き、山神の依代として畏敬されてきたのである。
 


| ryuichi | 18:05 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |