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日暮硯 「滝桜紅葉」


紅葉した滝桜です。

滅多に見られない貴重なショットです。

撮影者曰く7年待ったそうです。

三春城下中町のポリシス代表山口氏提供

| ryuichi | 05:26 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |
三春物語788番・初夏の滝桜と影滝桜


常葉の瀧太郎さんから、このような写真はがきが届きました。

桜花も終わり初夏を迎えた、皐月末の夕刻。

滝桜が見せる影滝桜です。



手紙にも認められていましたが、滝桜はいろんな見方が出来ます。

もちろん桜花の時期が最高ですが、春夏秋冬と様々な表情を見せてくれる滝桜。

その度に表情を変えて、私たちを楽しませてくれます。




尚、来週の月曜日6月2日は旧の端午の節句となっています。

かしわ餅のご予約はお済みですか?



三春昭進堂 髙橋龍一

| ryuichi | 05:06 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |
がんばっぺない三春!瀧桜


リーマンショック以来の長引く不況や、雇用不安の中、追い討ちをかけるよう発生した今回の大震災や原発問題・・・
 今の日本は、是までに経験したことの無い先の見えない状態にあるといっても過言ではありません。

そんな中、私たち日本人は春を迎え桜の開花を今年も見れることを素直に喜び、自らに人生を見つめ直した方もいたはずです。
そこには、1000年という樹齢を持つ瀧桜の生命力に、心の拠りどころと癒しを求め今年も沢山の方々が三春に来ていただきました。

 先の記事でも申し上げましたが、当店では予想外の売り上げで嬉しい悲鳴が続きました。
自慢に聞こえるでしょうが、声を大にしてこの実績を吹聴しています。
それは、震災以前から、三春に限らず日本全国の商人の元気がありません。

三春の小さな饅頭屋の子倅が、気を吐いてがんばっている姿に「負けてたまるか!」という気概を、三春・福島はじめ全国の商人の皆さんに持っていただきたい。
さらには、風評などどこにもありません。
自らが作り上げているんだ!
ということを判っていただきたいと思います。


三春滝桜は、その巨樹とその妖艶なまでの美しさに息をのみます。
国の天然記念物に指定されている巨大な紅しだれ桜で、樹齢は1000年以上といわれています。
花見は枝垂れ桜の下で行なうのがおおもとだった、と聞いたことがあります。
 枝垂れ桜は長命で、春陽三春領内各地の寺社などに大木が多く見られます。
平安の昔には、桜の花が散る様子を死んだ人の御霊が荒ぶれているのだとして恐れ、人々はその鎮めのために枝垂れ桜の下に集い、宴を開いたのだという。
 枝垂れ桜の優美な姿は、たしかに、この世とあの世をつなぐような聖なる神秘さを深くたたえているように思えてきます。



桜の樹高十二メートル。幹回り十一メートル、枝張りは東西へ約二十五メートルもある。滝桜の名前の由来ですが、四方に伸びた枝から紅色の滝がほとばしるように小さな花を無数に咲かせ、その模様は滝が流れ落ちるように見えることからと伝えられている。
艶やかな花姿に訪れる人々は、しばし立ちすくんでしまうほどです。

そばに寄って見れば、その巨大さは圧倒的で、樹形からしても、神霊が宿る木といわれていたことが少しも不思議でなくなる。
 江戸時代、三春藩はこの桜を「御用木」とし、周囲の畑を無税地にして柵を設け、保護したという。大正十一年(一九二二)には国の天然記念物に指定されている。
 巨大な桜は土地の人々に守られて、長い歳月を生き、山神の依代として畏敬されてきたのである。
 


| ryuichi | 18:05 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |
春陽郷三春「瀧桜万歳!」


震災以来、マスコミの過剰反応による報道によって、余震や原発関連の風評が加速し、全国的に自粛ムードが蔓延していました。
しかし、千年の寿命をほこる三春瀧桜には、御覧のような人出です。



瀧桜近郊はもちろんですが、三春城下までが大渋滞でした。


車のナンバーを見ると、近県ナンバーの車に混じって、例年並みに首都圏ナンバー車がいました。
風評なんて何のそのです。


やはり、瀧桜の人気は凄いものがあります。
観光バスツアーキャンセルが相次ぐ中、マイカーでの来場です。


震災など無かったかのような観光客の様子です。


当店でも、桜開花以来たくさんのお客様にご来店いただきました。
おかげさまで、花見団子の宴会での注文は減りましたが、店売りは新記録の樹立が毎日続く大盛況で、例年に比べれば倍の売り上げを更新中です。
ほうとうにありがとうございます。
当ブログが更新できなかった理由です!


火曜日朝5時の瀧桜です。


例年のように朝から大盛況です!

日本人は桜の花のはかなさ、潔さになぜか魅かれてしまうが、そこには「パッと咲いてパッ と散りたい」という刹那的な願望があるからだろうか・・・

特に桜に繊細な 生命の美しさを感じてしまうのか・・・・
まだまだ三春は、桜の見ごろです。
はかなく散る桜ゆえ、葉桜になるまでせいぜい桜を楽しむことといたしましょう。



三春滝桜は、その巨樹とその妖艶なまでの美しさに息をのみます。
国の天然記念物に指定されている巨大な紅しだれ桜で、樹齢は1000年以上といわれています。
花見は枝垂れ桜の下で行なうのがおおもとだった、と聞いたことがあります。
 枝垂れ桜は長命で、春陽三春領内各地の寺社などに大木が多く見られます。
平安の昔には、桜の花が散る様子を死んだ人の御霊が荒ぶれているのだとして恐れ、人々はその鎮めのために枝垂れ桜の下に集い、宴を開いたのだという。
 枝垂れ桜の優美な姿は、たしかに、この世とあの世をつなぐような聖なる神秘さを深くたたえているように思えてきます。

「その中でも三春滝桜は、あまりにも壮麗なため、江戸時代から今日の公家や歌人の間でも評判になっていたと伝えられています。
また、江戸時代後期の天保年間、三春藩士草川次栄が上京し、公爵などとの会談の折り滝桜が話題にのぼり、この時に詠んだ桜の賛歌が世に名を知らせたという。
「滝の桜に手はとどけども、殿の桜でおられない」
と三春盆歌で歌われるなど沢山の唄が詠まれました。
いわき市出身の詩人・草野心平もその著書の中に「日本一といわれているベニシダレの この見事な美しさ、背景はあやめの空と羊雲」と書いています。

桜の樹高十二メートル。幹回り十一メートル、枝張りは東西へ約二十五メートルもある。滝桜の名前の由来ですが、四方に伸びた枝から紅色の滝がほとばしるように小さな花を無数に咲かせ、その模様は滝が流れ落ちるように見えることからと伝えられている。
艶やかな花姿に訪れる人々は、しばし立ちすくんでしまうほどです。

そばに寄って見れば、その巨大さは圧倒的で、樹形からしても、神霊が宿る木といわれていたことが少しも不思議でなくなる。
 江戸時代、三春藩はこの桜を「御用木」とし、周囲の畑を無税地にして柵を設け、保護したという。大正十一年(一九二二)には国の天然記念物に指定されている。
 巨大な桜は土地の人々に守られて、長い歳月を生き、山神の依代として畏敬されてきたのである。
 
「三春滝桜碑」

「此の樹は田村郡中郷村大字滝にあり、樹齢六百年を超え、高さ六丈三尺、周り三丈四尺余、枝垂下して地に及び、その花濃紅艶美なるを以て紅枝垂といふ。四方来り観る者頻る多し。
天保の頃加茂季鷹等の詠歌に入り、その図は恭しくも光格天皇の叡感に上り、ご記録に三春滝桜と認めさせられきといふ。
三春藩領の頃は竹柵を繞らし、制札を建て濫に枝を折ることを禁じ、近傍畑高三斗二升五合の貢租を免除せられたり……」


がんばっぺない三春!



| ryuichi | 19:50 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |
三春物語551番「滝の延命地蔵尊」


滝桜を見下ろす小高い丘に安置されている「滝の延命地蔵尊」です。
女人講の供養塔や石仏、そして庚申塔も祀られています。




講とは、のべること、説きあかすことをいい、神仏を祭り参詣する同行者の集まりで、伊勢講、山の神講、大師講などがありました。女人講は古くから女性どうしが集まる信仰の場であるとともに、日常生活の情報を交換する場でもありました。
 
女人講は伝統的な地域共同体を基盤とする既婚女性によって構成されます。
定期的なものと臨時に催されるものとに大別できるが、そこでは安産やより良い子育てを趣旨とする非日常的な世界が形成されています。
講の内容は、祈りを中心とする共食からなるが、民俗宗教としての「聖」と、娯楽としての「俗」といった二面性がみられ、祭祀における神仏との共食が、今日では祭祀後の精進落し的な共同飲食になっており、仲間との会食といういわば宗教儀礼という視点からみれば俗的な側面を担っています。
そのような共食が、「家の女」や「村の女」として埋没しがちな女性たちの個性の復活という文化装置として機能しているのと考えられています。

三春では各地で女人講が行われていますが、幕末から明治初めごろに始められた「女人講」が、いまも伝統行事として継承されています。

日常生活からの束の間の解放や女性同士の連帯感を強める上で、伝統行事における「俗」の役割は大きな意味を持っていたのでしょう。




ちょうど滝桜に相対して建立され、桜花の時期には良い眺めなのでしょう。



| ryuichi | 04:53 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |
三春物語542番「滝の龍光寺」




三春城下の南一里。



滝桜の手前、旧滝村岩ノ入集落にある、曹洞宗大雲山龍光寺です。
境内奥には、馬頭観音があります。





| ryuichi | 04:39 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |
三春物語477番「滝桜神明宮」


滝桜の根本に鎮座する神明宮です。
三春藩総社と同じ神様を祀ります。



これは、滝桜は三春藩で庇護しているという象徴として遷宮したのかと考えます。
皇室の御祖神であり、太陽神でもある天照大御神(アマテラスオオミカミ) をお祀りしています。
天照大御神は、我が国で最も貴く、国家の最高神とされています。



御神名はいくつかの表記法があり、『古事記』においては天照大御神、『日本書紀』においては天照大神と表記されております。
一般には天照大御神(アマテラスオオミカミ)の表記が最も親しまれています。
 国土の創造神であるイザナギが、黄泉の国に下ったイザナミと別れ、黄泉の穢れを洗い流した際に、左目を洗ったときに誕生したとされています。
このとき右目から生まれたツクヨミ、鼻から生まれたスサノオと共に、三貴子と呼ばれる。このときイザナギは天照大御神に高天原を治めるように指示し、最高神となりました。



| ryuichi | 06:00 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::瀧・根本 |