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三春物語543番「過足笑月山全応寺」


旧過足村にある曹洞宗笑月山全応寺です。

田村麻呂伝説の残る集落にあります。



寛文五年一安和尚の創建開山とされています。





三春城下、天澤寺の末寺とされていました。



御本尊は、木造釈迦牟尼如来です。



寺院の殆どには「山号」がついております。
この「山号」については、中国では山岳に寺院が建築されたから「天台山国清寺」「五台山清涼寺」などの存在場所の山名をつけて呼称されたそうですが我が国では山岳仏教、密教の修行者が山岳修行後、里に降りてきて、小さい集会所で一般庶民に仏教を布教し始め、信者が増えるにしたがって、立派な堂宇ができました。
それは平地に建築されましたが「山号」を冠した寺院となりました。それゆえ、「山号」を冠した寺院は大衆に人気ある
庶民信仰のお寺と言えるでしょう。
それと、真言や天台の密教は山岳仏教と呼ばれる
こともあります。
 「禅宗寺院」などで古都奈良の「南大門」にあたる門を「山門(三門)」というの
も「山号」によるものであります。  



| ryuichi | 04:46 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::春田・狐田・過足 |
三春物語520番「過足村鎮守仁渡神社」




戦国期の三春城主田村氏の要害田村四十八舘の一つ過足舘址に鎮座する菅布禰神社
旧神号を土地の庄屋木幡氏の名木幡神社としていました。




天慶八年勧請ですから古社と呼ぶに相応しいでしょう。
現在は、菅布禰神社と仁渡神社の合祀としています。



仁渡神社は、旧過足村の村鎮守であり、現在でも地元過足の人々によって、祭祀等の行事が行なわれているようである。
祭神は「天之水分神」(あまのみまくり)である。古書をひもとくと「水を恵み与え配分する神」としるされている
古風な「田の神」として人々に信仰されてきた神とおもわれる。



菅布禰神社は、祭神を猿田毘古としています。
古事記では猿田毘古神・猿田毘古大神・猿田毘古之男神、日本書紀では猿田彦命と表記する。ほとんどの祭行列の先頭に見られる。
 猿田彦神は、天照大神の命令で天津彦火瓊瓊杵尊・瓊瓊杵尊・邇邇芸命が降臨の際、鈿女命・鈿女命天宇受賣大神を、天の八衢に出迎え先導し道案内をしたといわれる土地の神・土公神とされている。
 




容貌は魁偉で鼻の長さは7咫、赤ら顔に長い口髭をはやし、目は八咫の鏡のように爛々と輝き、身長7尺余の神通力を持つとされた。その高徳により、「導きの神」「道開きの神」として困った時や物事の始めに、災厄を祓い幸運をもたらす大神としても高名で、全国に猿田彦の名の付いた神社が多数ある。
また、嚮導の神としての信仰があり、神幸行列では、先頭に立って祓い導く。
 




また、猿田彦は、道案内をしたことから、道祖神と同一視されたり、庚申の申と同じ読みの猿と同一視され、庚申信仰ともつながり、村の道端などに猿田彦が祀られているところもある。






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| ryuichi | 04:56 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::春田・狐田・過足 |
三春物語521番「旧過足村供養塔」


 三春には、歴史の変遷と共にその時代を生き、その土地に生活した人々によって伝承・口承されてきた信仰にまつわる話や昔はなしの民話、そして怪談が数多く口伝として残されている。



これは、先人が当時(昭和40年代)テープレコーダーを持って、各地区の長老を訪ね聞き、語りを録音し編纂したものが三春町史や三春の民話などに記録されている。



  三春の民話の特徴は、主として歴史的な実話が語り継がれてきたことにある。


それは、三春藩領がその昔から相馬藩と磐城藩、二本松藩そして須賀川の境に位置に接するため、仙道と呼ばれた中通りに位置している関係から、国守りのため重要な土地だったためと推測される。また、田村麻呂東征伝説があり、その折々に立ち寄った村の成り立ちにまつわる話が多い。


三春の伝承にある、一つ一つの民話の根底には社寺仏閣、遺跡のいわれが語り継がれているものであり、それはその土地に生活する人々の日常と深くかかわり、信仰されてきたものである。
 

そして、昔の生活や風習から口承されてきた昔話は、その土地や家に語り継がれてきたものである。



過足村全景


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| ryuichi | 04:22 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::春田・狐田・過足 |
三春物語519番「過足人福地蔵尊」


三春の最南端に過足という集落があります。


過足(よぎあし)という地名の由来は、延暦年間、坂上田村麻呂が征夷大将軍として夷賊征定の途中、この村の家に泊まったが、田村麻呂は大男だったので、夜具の下から足が出てしまった。
それからこの村を過足と呼ばれるようになったといいます。





戦国期の田村四十八舘の一つ過足舘址にある「人福地蔵尊」は、徳一大師の作と伝えられています。


安産の守り神として崇敬され、初産の人は必ず「お姿」を借りてくるといい、過足には「お産に怪我はない」と云われています。








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| ryuichi | 04:48 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::春田・狐田・過足 |
三春物語449番「狐田村少林山桂昌寺」
無住の寺は静かで風や鳥のさえずりが時折聞こえ、傍を流れる渓流の音を聞いていると、神聖な場所に居るんだなあと感じることがあります。踏み込んでは行けない場所に入り込んだという恐れにも似た感覚と、心が安らぐという感覚のバランスの中で、美しい自然の中に全てが導かれ、古より人々が集うこの場所に来て、そんな詮索は意味のないことに気づかされます。
三春は、何もかもが見えない八百万の神々によって始まり、仏も曼陀羅もそして渡来人も、美しい風土に恵まれ、その源にまったりととけ込んで居るのでしょう。



旧狐田村少林山桂昌寺
三春城下の南西四里余、旧狐田村にひっそりと佇んでいます。



開創は、過去帳によると万治年間とされています。



現在は、城下福聚寺の客檀家となっています。



由来文


石仏や石碑が集められています。


六地蔵




子安観音


三界萬霊塔

| ryuichi | 06:10 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::春田・狐田・過足 |
三春物語428番「春田村蟹沢の神明宮碑」

旧春田村蟹沢の神明宮の碑です。



巨石です。



「村の鎮守の神様の・・・」 子供のころからお宮は遊びの場であり村の中心で、秋祭りには大きな吹流しが立てられ幟もたくさん立って、威勢のいい俵みこしが出て賑やかでした。しかしだんだんと寂れてきてお参りする人も少なくなりましたが、今は氏子総代の方々などお宮を大切に思われる人たちのお陰で次第にお参りする人も多くなってきました。家内安全五穀豊穣の氏神様を大切に守っていきたいものです。

| ryuichi | 05:56 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村::春田・狐田・過足 |
三春物語415番「春沢見渡・日枝神社」


春田集落の見渡・日枝神社は、三春ダムの完成により、旧蛇沢と春田の住民がこの地に移転してきました。
蛇沢郷鎮守見渡神社は、天之村雲命を祭神として蛇沢村にありました。
関東より移住した先祖が分霊し勧請したと伝えられています。
また、日枝神社は、春田鎮守山王権現として大山祇神を祭神として春田村に鎮座していました。日枝神社の神の使いは猿といわれています。
 

猿は夫婦円満、殖産繁栄の神として人々の信仰を集め、安産や子育てのご利益があるといわれています
また、産土神とも称されていました。



| ryuichi | 06:39 | comments (0) | trackback (x) | 旧中郷村::春田・狐田・過足 |