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三春物語81番 「田村三十三観音雪村庵聖観音堂」


田村三十三観音 雪村庵聖観音堂
 


先日、天気がよかったので、子供たちを連れて三春駅西側にある雪村庵とその裏山の竹林の散策にいってきました。
雪村庵は、戦国時代後期の画僧雪村周継の庵跡を雪村死後再興された観音堂で、田村三十三観音の最終第三十三番札所です。
雪村は、俗名を田村平蔵といい常陸の戦国大名佐竹氏の一族に生まれましたが、出家して僧侶となりました。元来絵が好きで、雪舟に師事して絵を学び、画僧として諸国を渡り歩きました。
晩年に三春に至り御免町恵日山福聚寺の住職を努めましたが、後隠棲して現地に庵を結び、創作活動を続けながら充実した余生を過ごしました。



桜に時期は、案内板にある「梅桃桜雪村庵」が示すように樹齢数百年のしだれ桜と老梅がありそれぞれ「雪村桜」「雪村梅」と呼ばれ、趣があるのですが、私は、晩秋の紅葉と竹林が織り成す自然のコントラストの中に静かに佇む雪村庵が気に入っています。




第一番札所、芹ヶ沢公園内にある清水寺の千手観音にはじまる田村三十三観音は、旧三春藩領内である、三春町を含む田村郡内と郡山市中田町や西田町に観音堂が点在し、第三十三番札所、西田町雪村庵の聖観音に終わります。
三春町内近郊には、一番清水寺の外に、二番福聚寺十一面観音や、三番華正院馬頭観音堂、四番渋池来迎寺別当霊光庵(廃寺)、二十九番根本東光寺馬頭観音、三十番滝龍光寺馬頭観音、三十三番貝山観音聖観音、三十二番鷹巣善応寺聖観音があります。
その観音様を納めるお寺やお堂は、戦国期から現在に至るまで、広く三春そして田村の民衆に親しまれてきましたが、一番芹ヶ沢清水寺などは訪れる人もなく、山中で朽ち果てるばかりで、四番霊光庵は廃寺となり今は形もありません。
この田村三十三観音の各お堂には、三十三観音霊場巡礼記念の御木札が数多く奉納されていて現在も観音様の慈悲にすがる民衆の姿に心を打たれます。



民衆の信仰の中では、地蔵菩薩などと同じように、この世に生きて苦悩するものの嘆きの声を、救いを求める切実な祈りの声をよく聞いてくれるとされています。また、それに応じて救いの手を差し伸べてくれる仏様として古来より仰がれています。
私たち日本人は、無宗教と云われていますが、彼岸やお盆のときなどに、お墓参りをしたり、道端のお地蔵さんに花を手向けたり、手を合わせたりしていると思います。
また、私なども子供のころから家の神棚や、仏壇に手を合わせる祖父母、両親の姿を見て、意味は判らなくても拝む・仰ぐということが自然にはぐくまれてきたように思います。
 


雪村庵は、戦国時代後期の画僧雪村周継の庵跡を雪村死後再興された観音堂で、福聚寺住持一元紹碩によって「桜梅山雪村庵」と名付けられました。
田村三十三観音の最終第三十三番札所です。雪村は、俗名を田村平蔵といい常陸の戦国大名佐竹氏の一族に生まれましたが、出家して僧侶となりました。



元来絵が好きで、雪舟に師事して絵を学び、画僧として諸国を渡り歩きました。
晩年に三春に至り、御免町恵日山福聚寺の住職を努めましたが、後に隠棲して現地に庵を結び、創作活動を続けながら充実した余生を過ごしました。
 桜に時期は、案内板にある「梅桃山雪村庵」が示すように樹齢数百年のしだれ桜と老梅がありそれぞれ「雪村桜」「雪村梅」と呼ばれ、趣があるのですが、私は、晩秋の紅葉と竹林が織り成す自然のコントラストの中に静かに佇む雪村庵が気に入っています。





言い伝えによると、宇内にサルスベリの古木があり、それを移植しようとした六人の作業員が、皆若くして変死したという怖い話も伝えられています。




| ryuichi | 15:37 | comments (0) | trackback (x) | 田村三十三観音 |