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三春物語624番「月見」
日本では、古くから秋の名月を鑑賞する「お月見」の風習があります。
お月見というと旧暦八月十五日の十五夜(今年は9月22日)がもっとも有名ですが、日本では古来もうひとつ旧暦九月十三日の十三夜もまた美しい月であると重んじていました。
> 今年の十三夜は10月20日

中秋の名月(十五夜)はもともと中国で行われていた行事が日本に伝来したものですが、この十三夜の月見は日本独特の風習だそうで、一説には宇多法皇が九月十三夜の月を愛で「無双」と賞したことが始まりとも、醍醐天皇の時代(延喜十九年:西暦919年)に開かれた観月の宴が風習化したものとも言われています。

一般に十五夜に月見をしたら、必ず十三夜にも月見をするものともされていました。これは十五夜だけでは、「片月見」といって忌まれていたからです。

十五夜はサトイモなどを供えることが多いため「芋名月」と呼ばれていますが、十三夜は「栗名月」とか「豆名月」と呼ばれています。これはお供えとして栗や豆を、神棚などに供えるからだそうです。中秋の名月の後なので、「後の月」と言われたり、「小麦の名月」と呼ぶ地方もあります。これは旧暦九月十三日の晩のお天気で、翌年の小麦の豊作、凶作を占う習慣から来ています。

十五夜はあまりすっきりしない夜空であることが多いのに対し、十三夜の夜は晴れることが多いようで、「十三夜に曇り無し」という言葉もあります。


| ryuichi | 04:26 | comments (x) | trackback (x) | 三春ノ信仰2 |
三春物語623番「秋の彼岸」
お彼岸

春分、秋分の日をはさむ前後七日間を彼岸です。
初日は彼岸の入り、中心の日は中日、最後の日を彼岸明けといって、合わせてこの七日間は、各寺院、家庭で彼岸会の法要が行なわれています。
「春分の日」は「自然をたたえ生物をいつくしむため」に、また「秋分の日」は「祖先を尊び、亡くなった人をしのぶため」に、国で祝日に定めているように、彼岸は、あの世(彼岸)の死者の安らかな成仏を願うという意味にあてられているます。

仏教では、生死の苦しみに迷う現世を此岸と言い、悟った捏磐(ねはん)の境地を彼岸と言います。
この彼岸が、なぜ春分、秋分の日と結びついたかというと、浄土三味経に八王日(立春春分、立夏夏至、立秋秋分、立冬冬至に善行を修すべし)の思想があり、また春分と秋分が、昼夜等分で長短のない中道の時で、仏道もまた中道を尊ぶところから、この時に仏事を行なうという考え方が生まれたと言われています。

彼岸の習俗としては、寺参りや墓参りをして亡き人を供養し、家庭では仏壇を清めて精進料理やおはぎ・ぼたもちを供え、親類知人に配るなどが一般的です。


年に2回(春・秋)のお彼岸には、お盆のときのように特別な飾り方などはございません。
お仏壇をきれいに掃除し、お供え物(菓子・花など)も新しくして菩提寺とお墓へのお参りをしましょう。


| ryuichi | 04:25 | comments (x) | trackback (x) | 三春ノ信仰2 |
三春物語625番「秋の社日 田の神様・山の神様」
社日は生まれた土地の神様(産土神)を祀る日です。
春と秋の2回行われ、春のものを春社〔しゅんしゃ/はるしゃ〕、秋のものを秋社〔しゅうしゃ/あきしゃ〕といいます。
春分(3月20日頃)と秋分(9月23日頃)のそれぞれに最も近い戊〔つちのえ/いぬ〕の日を指します。
「戊」という文字には「土」という意味があります。

田の神様・山の神様
産土神は元々はその地の守護神ですが、社日に見える産土神は守護神というよりその土地の生産力を司る神の意味が強いようです。
日本の農業神としては田の神・山の神信仰があります。
田の神様はまた同時に山の神様でもあって、春になると山から下りて田の神 となり、収穫が済んだ秋には再び山へ帰ってゆくと言う神様です。
農業が主要な産業であった日本ではこの田の神・山の神を信仰し、これを祀る多くの年中行事がありますが、中国から渡って来た社日は、元々が土地の神を祀る行事でしたから、土地の生産力を司る田の神信仰と上手く結びついて、春社は田の神を迎えて秋社は田の神を送る行事と考えられるようになりました。そしてそれはまた、農作業の始めや終わりの一つの目安ともされました。

社日を祝う習慣は元々中国にありました。
その土地の守護神であった「社」を祀り、作物の豊熟を祈ったことが始まりとされています。この風習が日本に入ると、土地の神様を信仰する習慣と融合して全国に広がり、一般的に豊穣を祈願する節日になったといわれています。
古来から自分の土地の神様をとても大切にしていた日本人には、受け入れやすい風習だったのではないでしょうか。

社日の禁忌
社日は元々土地の神様、また農耕を司る「土の神様」の日と考えられますから、この日に土をいじる、掘り起こすなどの行為を忌む風習があります。
土いじりは神様の歩行を妨げるとか、土掘りは神の頭を掘ることだとか考えられたようです。

最近は「彼岸行事」は盛大に行われますがこの社日は彼岸に呑み込まれてしまって影が薄くなっています。
ご近所の神社に、立ち寄って土地の守護神にお参してはいかがでしょうか。


| ryuichi | 04:32 | comments (x) | trackback (x) | 三春ノ信仰2 |
三春物語620番「施餓鬼供養」
死んでも祀る人のいない「無縁仏」や、事故や災害にあって死んで成仏できない「餓鬼」は、人に災害をもたらす特に危険な存在なので、ていねいに祀られます。
 無縁仏や餓鬼を祭るには、「餓鬼棚」という特別の盆棚を作ります。
  餓鬼棚は、一般に井戸のそばや屋根の下の雨垂れ落ちに置かれます。



井戸のそばに祭るのは、昔、井戸があの世とこの世の通路であると考えられていたからといわれています。
無縁仏や餓鬼が井戸から出てきても、祀る人がいないとそこに集まってしまうので、井戸のそばで祀らなければならないとしたのでした。
また、寺では、無縁仏や餓鬼を送りだすために「施餓鬼供養」を行います。
 川や掘割が縦横に走る三春は水死者が多く、その霊を祭るために各川で「川施餓鬼(かわせがき)」の供養が行われています。



人は死すると、当然のことですが自らの身体を維持する機能が停止してしまいます。
自らの身体を維持できないと言うことは亡くなった方の遺体は腐敗が徐々に進み、更に時間が経てば蛆虫等もわいてきます。
想像したしただけでも大変に気持ちの良い物では有りません。
そんな死を不浄なものであると忌み嫌う遺伝子が今の我々の中にも存在しているのではないでしょうか?
日本人は「死」と言うことを忌み嫌います。
そして死体を凄く怖がります。
これは昔の人だけでなく現代を生きている我々にも共通していることではないでしょう。
自分の身内で生前良く可愛がってくれた、おじいちゃん・おばあちゃんでも死んだ瞬間から怖い存在なると勝手に思ってしまうところが、今でもないでしょうか?
日本人は昔より死は不浄なものと意識してきました。
死は恐ろしいもの不浄なものと意識してきました。





| ryuichi | 04:44 | comments (x) | trackback (x) | 三春ノ信仰2 |
三春物語453番「奪衣婆」
人間は、死後「三途の川」を渡っていくと言われている。

 三途の川は、3カ所の渡り場所(強深瀬、山水の瀬、橋渡)があることから、このように呼ばれている。
 生前になした善悪の程度によって渡る場所が違い、悪人は強深瀬を、罪の浅いものは山水の瀬を、善人は橋渡をそれぞれ渡る。
 向こう岸に待ちかまえている(だつえば)が渡し賃(六文銭)を持たないものの着物をはぎ取り、懸衣翁がそれを川の畔にある大樹(衣領樹)に架ける。その者の生前の悪行により枝のたれ方が異なり、善人ほどよく垂れるそうだ。



| ryuichi | 05:40 | comments (x) | trackback (x) | 三春ノ信仰2 |
三春物語439番「三界萬霊供養塔」
 三界萬霊供養
  ・ 三界とは生まれ変わり,死に変わりする三つの世界,すなわち前世,
     現世,来世の迷いの世界をいう。この世界を輪廻する仏の救いの対
     象となる,全ての衆生を供養するのがこの石塔である。飢饉による
     餓死者を弔ったものが多い。


高乾院墓所の三界萬霊供養塔

| ryuichi | 05:25 | comments (x) | trackback (x) | 三春ノ信仰2 |
三春物語404番「三春の年神さま」


正月には、年神=「年徳神」「歳徳神」「正月様」とも言われる神様がやって来ます。
年神様は高い山から里に降りてきて、里人に一年の実りと幸福を約束してくれる神様で、正月の卯の日にお帰りになるとされています。
  古代の信仰では、すべてのモノ、鉱物、植物、動物や人には魂があると考えられていました。また、穀物の生命(いなだま)と人間の生命(たま)を一つのものと考えていました。魂はもともと一つのものであり、人が亡くなるとある一定期間を過ぎると"祖霊"という魂の集合体に入り、常世の神になると信じていたのです。
  祖霊は春になると「田の神」となり、実りの季節が終わり秋になると山に帰って「山の神」に、そして正月には「歳神様」となって、各家庭に繁栄をもたらすため訪れ、子孫の繁栄を見守ってくれるのだと考えたのです。
 年神は祖先の神様であり、また穀霊でもあったのです。
そこで、大晦日から元日にかけて祖先を祭る「霊祭り(みたままつり)」が各地で広く行われ、墓参りをするのです。

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私たちが日々生活をしている中には、知らず知らず人を傷つけてしまったり、罪や過ちを犯してしまうことがあります。「大祓」は、これら心身の罪穢(つみけがれ)を祓い清め、人として清浄で正直な心に立ち返り、明るく穏やかな世の中になるよう祈る行事です。

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| ryuichi | 20:57 | comments (0) | trackback (x) | 三春ノ信仰2 |