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三春物語568番「笹山立石延命地蔵堂」
 

 「笹山立石延命地蔵堂」

三春城下の北、旧笹山村立石にある延命地蔵堂です。


立石集落の方々に、祀られています。



地蔵信仰
無仏の世、六地蔵の観念(六道に出現)、境(サヘ)の神(道祖神)の信仰との習合、子供の守護神、賽の河原の信仰等があります。
この世に生を受けたものは、すべて生前の行い、因果に応報して、 「人間」「天」「修羅」「畜生」「餓鬼」「地獄」の六道を輪廻転生すると、されていたのです。
 死後の概念がかけ離れていたため、古代日本での仏教受容は、まず優れた学問や芸術をもたらすものとして受け入れられ、 そしてしばらく後、悔過(けか)という作法により、 次第に宗教として受け入れられて行きました。




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近くにある忠魂碑

| ryuichi | 04:54 | comments (x) | trackback (x) | 旧要田村::笹山・荒和田 |
三春物語565番「熊耳古舘十一面観音堂」


三春城下北境、旧熊耳村古舘にある十一面観音堂です。
要田は、中通り中部・阿武隈山地の西縁部八島川上流に位置し、熊耳(熊神)、笹山
(篠山)、荒和田(荒渡田)、南成田、北成田の5ヶ村から成る歴史的にも古い、由緒
のある地域です。

戦国期の田村四十八舘熊耳舘以前に、百済王朝の末裔と称する大内備前守居を構えていたと伝えられて、その舘のあった場所とされています。



十一面観音は、
頭に「怒り」「菩薩面」「大笑」「狗牙(くが)」など人間の善悪の相を象徴した十一の仏相を載せています。


これは、10の誓願
[諸病の苦を取る。如来の愛護を受ける。財宝を守る。敵の危害から守る。上司の庇護を受ける。毒蛇・寒熱の苦を免れる。刀杖の害を受けない。水に溺れない。火災に遭わない。天命を全うする]を表し、人間の持つ多面性をとらえながら慈悲心によって洗い清められていく教えを説いているとされています。



同時に「商売繁盛、家内安全、五穀豊穣の守護観音として効能あり」と衆生一切の願い事を叶えてくれる観音さまとして親しまれています。


また、阿弥陀如来の分身として、人の死後生まれ変わる6つの世界〔六道〕の1つ「阿修羅道」で人を助ける観音といわれています。       


| ryuichi | 04:08 | comments (x) | trackback (x) | 旧要田村::北成田・熊耳 |
三春物語535番「南成田の宗吾尊霊廟」
成田山宗吾霊地蔵尊



ぶらり、三春の郷を歩くと、道を行くとふと目に入る朽ちた石像、
いつの頃からか無言のまま立ち尽くしています。

道端の石像に祈りを捧げた人々の思いはどんなだったでしょう?
この山々に抱かれた奥深い山里にはかつて、中世以前から盛んだった修験道の行場や、庶民信仰の跡を物語る数多くの神社仏閣、祠、石仏、板碑など宗教遺蹟が多いことに気づかされます。



宗吾霊廟の本山ともいうべき千葉県成田市にある「東勝寺」。

宗吾霊廟のご本尊として祀られているのは佐倉宗吾(木内惣五郎)で約360年前、苛性に苦しむ農民を救おうと将軍に直訴したため、この寺の境内で子どもたちと処刑されと言われている。このため、農民の神様として広く親しまれている。

お寺自体は桓武天皇時代からあったのですが、江戸時代にこの地を治めていた堀田氏の圧政を徳川家綱に直訴した農民・佐倉惣五郎を祭った寺として 有名になりました(1653年)。


| ryuichi | 04:54 | comments (x) | trackback (x) | 旧要田村::南成田・庄司 |
三春物語533番「庄司西之内の子安地蔵堂」


三春城下の北
後醍醐天皇の孫、守永親王一行が落ち延びたという南北朝の伝承が残る庄司西之内集落にある
子安地蔵堂と巨石の上に建立された子安地蔵や供養塔群です。



日本には八百万(やおよろず)の神様や沢山の仏さまがいて、かつては諸々の神々や仏さまが人々の生活に根ざしていました。
自然とともに生きるとは、ある意味それらの神々や仏さまと一緒に暮らしていくという事に他なりません。
私の好きな場所の一つで、この場にいると心が安らぎます。



物質社会にまみれた今の世にあっては「神道の潔さ」、あるいは「仏教のもつ謙虚さ、慈悲深さ」など、現代人にはむしろ学ぶべき事の方が多いのではないでしょうか。
「物質的な豊かさと精神的な豊かさは、必ずしも正比例はしないよ。」
路傍のお地蔵さまが私達に、そう語っているような気がしてなりません。




慈悲深い表情と、すらっとした姿が特徴のお地蔵さま。
 名前の通り、安産と子育てのご利益を授けてくれるお地蔵さまで、ご利益を授かった際は赤いよだれ掛けを奉納する慣わしだそうです。





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| ryuichi | 04:46 | comments (x) | trackback (x) | 旧要田村::南成田・庄司 |
三春物語536番「南成田春日神社」


三春城下の北、旧南成田村、白光内に鎮座する春日神社です。
鬱蒼とした鎮守の森に守られています。



この山々に抱かれた奥深い山里にはかつて、中世以前から盛んだった修験道の行場や、庶民信仰の跡を物語る数多くの神社仏閣、祠、石仏、板碑など宗教遺蹟が多いことに気づかされます。



村中いたるところに点在している庚申塔やお地蔵様、そして石碑などは、今も、それにまつわる民話や伝説となって語り継がれているのです。
今になってもここに存在する、そのことがとても尊く思われます。



ところで、現代社会に一番欠けているのは信仰心。

のどかな、田んぼのあぜ道のほとりに、ひっそり佇む野仏や祠を訪ねて回ると、いつの間にか、異次元の世界に誘い込まれ、気づくと現世の雑念が吹っ飛び、リフレッシュしているという、とっても不思議な空間です。



三春昭進堂代表 菓匠髙橋龍一

| ryuichi | 04:59 | comments (x) | trackback (x) | 旧要田村::南成田・庄司 |
三春物語530番「笹山近馬場篠嶽山満円寺」


篠嶽山満円寺
三春城下の北西、一里余りにある旧笹山村近馬場にある曹洞宗のお寺です。
御本尊を愛宕地蔵尊としています。



愛宕地蔵尊は「本尊将軍地蔵尊」と記され、さらに、将軍地蔵尊は修羅闘争の瞋恚を調伏し太平静謐を加え給う云々とされているので、当地方にあっての重要な社であったことが伺えます。



戦国武将の愛宕信仰では、戦場に赴く際「愛宕山大権現守護所」の札を身につけていたという。
三春城下州伝寺の末寺とされています。



境内にある太子堂です。


参道を彩る桜並木

| ryuichi | 04:59 | comments (x) | trackback (x) | 旧要田村::笹山・荒和田 |
三春物語523番「熊耳薬師如来堂」




三春城下北に隣接する旧熊耳村に鎮座する、熊耳薬師如来堂です。


宝樹寺の宇内にあり、熊耳桜と呼ばれる枝垂れ桜の古木が、春には境内を彩ります。

薬師如来 


薬師如来は、正式には「薬師瑠璃光如来」、一般には「薬師しゃま」として知られています。
 「薬師」とは「医師」と同じ意味であり、古くから病気治療をつかさどる仏様として信仰されてきました。
 人間は誰しも生きているかぎり、病気災厄をまぬがれ、物心両面にわたって幸福に暮らしたいという願いを持っております。

『薬師経』には、薬師如来の十二の大願によって、現世と来世にわたってこれらの願いを満たすということが、くわしく説かれています。
 薬師如来は、右手は施無畏印、左手には薬器(薬壷)を持っておられるお姿が一般的です。日光菩薩と月光菩薩を脇侍として薬師三尊となり、眷属として護法神の十二神将を従えておられます。
 宝樹寺の場合は、薬師三尊はお厨子の中に秘仏として安置されていますので、普段はお目にかかれません。
秘仏とされている御尊像をお厨子の戸帳を開いて公衆に礼拝していただくことを開帳とか開扉とか言います。
かつては、60年に一度の御開帳でしたが、近年になり12年に一度の兎年となり、次回は来年度ということになります。
 




薬師如来は、今日普通に考えられている病難厄除や病
気平癒にとどまらず、衆生の全般的な苦(思いどおりにならないこと)から
の救済を願っておられます。
 そして、衆生を単に苦から逃れさせるだけではなく、救済された時には、
信仰心により仏の悟りを得させよう、自己本位の生活ではなく他人への
福利の人格を得させようとされるのです。このような悟りと福利がある願
いが「大願」なのです。





日光菩薩、月光菩薩を従えて三尊形式で祀られたり、十二神将を従えるときもあります。
薬師如来の浄土は浄瑠璃浄土と呼ばれ、物語などの浄瑠璃の言葉はこれに由来します。



別当修験文学院の管理元で、王子大権現と称し奉斉し祀っていました。


その後、天和四年、熊王子大権現と改めました。




明治維新の廃仏毀釈をうけて、明治二年熊野神社と改められ、社殿が廃棄されますが、本尊をこの薬師堂に合祀して地域の方々によって守られています。




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| ryuichi | 04:45 | comments (x) | trackback (x) | 旧要田村::北成田・熊耳 |