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春爛漫 丹伊田子安観音祭礼 狐林山真福寺 



丹伊田 狐林山真福寺

三春城下の西北二里余、旧丹伊田村(現郡山市西田町丹伊田)の天台宗比叡山派の狐林山真福寺。


山内には子安観音を祀る観音堂が鎮座し、毎年春、花見の頃に祭礼がおこなわれています。





この祭礼には、毎年当三春昭進堂の”三春花見だんご”を引きものとしてご用命いただいています。

ありがとうございます。





今をさかのぼること慶長3年(西暦1598年)に開山し、明治13年には寛永寺の末寺となりました。





この真福寺の北の小高い岡の上には、戦国期の三春城主田村氏の家臣新田土佐守顕成が居住する黒鹿毛館がありました。

すぐ近くには、鹿島神社や、丹伊田玄番の居城だった田村四十八舘の一つ丹伊田舘もあり、戦国期の三春城主田村家では、重要な場所だったことがうかがえます。






春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 05:21 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
純米吟醸 泉水「小野城 梅雪」 小野町小泉合資会社


先日、お客様から小野町の小泉合資会社さんの純米吟醸「小野城 梅雪」を頂きました。

梅雪?

小野城?

そうです。

戦国期の三春城主田村義顕の次男の名前です。



ちゃんと説明書きも入っていました。

小野城主 田村右馬頭顕基入道梅雪斎

田村梅雪斎は、伊達政宗の妻愛姫(めごひめ)の大叔父にあたる戦国田村氏の重臣です。

戦国大名三春初代城主田村義顕の三男で、父義顕の死後は兄の三春城主隆顕、そして甥の田村清顕に仕えます。

天正十四年(1586)十月九日、田村清顕が、嫡子のないまま卒すると、伊達氏を頼ろうとする家臣と相馬氏を頼ろうとする家臣の間で抗争となった所謂「三春天正騒動」
この時、相馬派家臣筆頭の田村右馬頭顕基入道梅雪斎、田村右衛門大夫清康を中心とする相馬派家臣が三春城を出て田村右馬頭清通の小野城(田村郡小野町)に入城します。



梅雪斎顕盛は、相馬義胤や田村家重臣・郡司敏良らと共謀して、伊達政宗に与する叔父の田村顕頼(月斎)や橋本刑部顕徳と戦います。
しかし、伊達政宗を後ろ盾にする月斎が優勢で、天正17年(1589年)に降伏したとされています。


今宵は、戦国大名田村家に思いを巡らし、焼き梅で一献!

三春昭進堂 菓匠蒼龍 髙橋龍一


| ryuichi | 05:48 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
宮森”かっか(母親)石”


かっか(母親)石

1569年の宮森城落城のとき、稚児が斬殺された後、
稚児と共に逃れた母親が囚われ、
大内備前の側室になることを強いられたが、
死を決して応じなかったため、大内備前は、
その節操(せっそう)の堅さに感銘し、遂に釈放した。




母親はこの石の傍らに庵(いおり)を設けて
亡き夫(大河内備中)と稚児の冥福を祈り、生涯をここに終えました。
二本松教育委員会の案内板より

三春昭進堂 髙橋龍一

| ryuichi | 05:12 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
三春物語725番「岩代國白沢村五斗内「三輪大明神(三輪神社)」


岩代國白沢村五斗内「三輪大明神(三輪神社)」



ご覧のように、県道沿いの断崖絶壁のところに建立されています。
石造鳥居は本震災で崩れてしまいましたが、拝殿は無傷です。



境内には、庚申や十三夜の講中石碑に混ざって三輪大明神の本尊である石造大黒天もあります。

大黒天の信仰が一般に広まるようになったきっかけは大黒天と大国主命の習合によるといわれています。
これは、大国主命の大国と大黒の音が通じ合うことから、両者が同一視されるようになったことにもよりますが、初期仏教の天台宗や真言宗からの働きかけもあったと考えられます。
 
旧白沢村には寺院が四ヶ寺(金礼寺、岩角寺、観音寺、円福寺)ありますが、すべて天台宗の寺院です。

安達三十三観音
31番札所
天台宗高松山観音寺  馬頭観世音
白沢村糠沢字高松27  

32番札所
天台宗白岩山金札寺  千手観世音
白沢村白岩字根岸386  

33番札所
天台宗岩角山岩角寺  聖観世音
白沢村和田字東屋口84 



調べた所によると、十四世紀に書かれたとされる「三輪大明神神縁起」によると、最澄の前に大黒天に姿を変えた三輪大明神が現われたとされ、三輪大明神は大国主命を祀っており、そこから大国主命=大黒天と伝えられてきました。

また、大黒天の信仰が広がると、台所の神様としての側面は、台所の中心となるカマドを守ってくれる神様ということで、カマド神の側面も持ち始め、大黒天が踏む米俵に象徴されるように、白沢村のような農村では田の神との役割もはたし、商家では商売繁盛の神様という役割もはたすようになります。
 




大神神社(おおみわじんじゃ)三輪さんと呼ばれる由来
ミシマノミゾクヒの娘のセヤダタラヒメ(勢夜陀多良比売)が美人であるという噂を耳にした大物主は、彼女に一目惚れした。セヤダタラヒメに何とか声をかけようと、大物主は赤い矢に姿を変え、セヤダタラヒメが用を足しに来る頃を見計らって川の上流から流れて行き、彼女の下を流れていくときに、ほと(陰所)を突いた。彼女がその矢を自分の部屋に持ち帰ると大物主は元の姿に戻り、二人は結ばれた。
こうして生れた子がヒメタタライスズヒメ(イスケヨリヒメ)で、後に神武天皇の后となった。

スエツミミ命の娘のイクタマヨリビメの前に突然立派な男が現われて、二人は結婚した。しかしイクタマヨリビメはそれからすぐに身篭ってしまった。
不審に思った父母が問いつめた所、イクタマヨリビメは、名前も知らない立派な男が夜毎にやって来ることを告白した。父母はその男の正体を知りたいと思い、糸巻きに巻いた麻糸を針に通し、針をその男の衣の裾に通すように教えた。翌朝、針につけた糸は戸の鍵穴から抜け出ており、糸をたどると三輪山の社まで続いていた。糸巻きには糸が3回りだけ残っていたので、「三輪」と呼ぶようになったという。

「日本書紀」参照


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| ryuichi | 05:00 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
三春物語696番「戦国期 磐城国三春城主田村氏要害舘城主一覧」
戦国期 磐城国三春城主田村氏要害舘城主一覧


百目木城跡

上石館(あげいしたて)/郡山市中田町上石/館主不明。
朝日館(あさひたて)/郡山市田村町栃山神 字川曲/青木平左衛門の居館跡。

穴沢館(あなさわたて)/郡山市西田町三丁目 字馬場/南北朝時代に穴沢左衛門尉成季が居住したという。

荒井館(あらいたて)/郡山市蒲倉 字荒井/館主不明。
荒井館(あらいたて)/郡山市安積町荒井/伊東治部左衛門弾正の居館跡。
石井館(いしいたて)/郡山市田村町谷田川/石井帯刀の居館跡。

岩入館(いわいりたて)/郡山市中田町木目沢 字岡ノ内/下方主膳の居館跡。
牛骨館(うしほねたて)/郡山市田村町栃山神 字川曲/遠藤貞衛の居館跡。

梅沢館(うめさわたて)/郡山市日和田町梅沢/国分内匠の居館跡。
大鏑館(おおかぶらたて)/郡山市富久山町福原 字古館/天正年間(1573~92)、福原左内が居住。
尾無館(おなしたて)/郡山市日和田町宮下 字一本松/伊東氏の居館跡。

鬼生田館(おにうたたて)/郡山市鬼生田 字町/館主不明。
表館(おもてだて)/郡山市中田町駒坂 字表/館主不明。

表館(おもてだて)/郡山市中田町木目沢 字表/木目沢式部の居館跡。

鹿島館(かしまたて)/郡山市富久山町八山田 字鹿島館/八津治郎の居館跡。
鹿島館(かしまたて)/郡山市西田町土棚 字狢内/館主不明。

金屋館(かなやたて)/郡山市田村町金屋/館主不明。
蒲倉城(かまくらじょう)/郡山市大平/城主不明。

上行合館(かみゆきあいたて)/郡山市田村町上行合/天正年間(1573~92)、田村顕盛が居住。
唐松館(からまつたて)/郡山市田村町岩作 字唐松/館主不明。


北向館(きたむかいたて)/郡山市中田町海老根 字北向/館主不明。
木村館(きむらたて)/郡山市西田町木村 字古館下/木村越中守の居館跡。

久保館(くぼたて)/郡山市中田町下枝 字久保/館主不明。

黒鹿毛館/郡山市西田町丹伊田 字館/新田土佐守顕成が居住。

黒木館(くろきたて)/郡山市中田町黒木 字大坂/天正年間(1573~92)、黒木信濃守が居住。
黒沢古館(くろさわふるたて)/郡山市日和田町黒沢/館主不明。

西平寺館(さいへいじたて)/郡山市中田町赤沼 字西平/赤沼弾正の居館跡。

茶黄田館(さきだたて)/郡山市中田町中津川町/館主不明。

申神館(さるかみたて)/郡山市田村町田母神/伊藤氏の居館跡。

山王館(さんのうたて)/郡山市富久山町久保田/館主不明。

地蔵館(じぞうたて)/郡山市富久山町八山田 字館/谷津治部の居館跡。
柴塚城(しばづかじょう)/郡山市田村町栃木/根本初左衛門が居城。

下館(しもだて)/郡山市田村町栃山神 字川曲/月山(田村)四郎の居館跡。
城内館/郡山市田村町栃山神 字川曲/柳沢但馬守の居館跡。

白石館(しろいしたて)/郡山市中田町牛縊 字生源沢/館主不明。

太古山館(たいこやまたて)/郡山市中田町柳橋 字太古山/館主不明。
大辰館(たいしんたて)/郡山市蒲倉 字広表/館主不明。

高倉城(たかくらじょう)/形式・・山城/郡山市日和田町高倉/二本松城主・畠山氏の一族である畠山政泰の居城。
その後、高倉畠山氏は天正3(1575)年に田村清顕に従属。

館(たて)/郡山市中田町上石 字館/館主不明。

館屋敷(たてやしき)/郡山市田村町上行合/館主不明。
茅野館(ちのたて)/郡山市蒲倉 字蒲倉/蒲倉相模守の居館跡。

伝城(つたえじょう)/郡山市田村町田母神/佐久間氏の居城。

栃山神館(とちやまかみたて)/郡山市田村町栃山神/佐藤兵部の居館跡。
中館(なかだて)/郡山市中田町高倉 字中館/館主不明。

中津川館(なかつがわたて)/郡山市中田町中津川町/天正年間(1573~92)、中津川兵部が居住。
西館(にしだて)/郡山市田村町大善寺/館主不明。

根木屋館(ねぎやたて)/郡山市西田町根木屋/伊藤将監の居館跡。


八幡館(はちまんたて)/郡山市中田町牛縊 字館/館主不明。
東館(ひがしたて)/郡山市田村町大善寺/館主不明。

平館(ひらだて)/郡山市西田町三丁目 字平館/穴沢左門衛尉成季の居館跡。
日和田館(ひわだたて)/郡山市日和田町 字館/室町時代、伊東左衛門が居住。

古館(ふるだて)/郡山市蒲倉 字前田/館主不明。
古館(ふるだて)/郡山市中田町牛縊 字袋内/館主不明。

古内館(ふるうちたて)/郡山市中田町海老根 字古内/古内肥前守の居館跡。
前館(まえだて)/郡山市西田町三丁目 字前館/穴沢左衛門尉成季の居館跡。

町裏館(まちうらたて)/郡山市中田町柳橋 字町裏/館主不明。
間所内館(まどころうちたて)/郡山市蒲倉 字宮ノ前/館主不明。
松峰城(まつみねじょう)/郡山市日和田町高倉/室町時代、畠山近江守が居城。

御館(みたて)/郡山市中田町下枝 字館/橋本刑部少輔真綱

南館(みなみだて)/郡山市中田町駒板 字南/館主不明。
明神館(みょうじんたて)/郡山市中田町木目沢 字表/木目沢善五郎顕継の居館跡。

御代田城(みよだじょう)/郡山市田村町御代田/二階堂氏の城。後に御代田伊豆守の居城。

向館(むかいだて)/郡山市中田町木目沢五斗蒔田/吉田和泉守の居館跡。

守山城(もりやまじょう)/郡山市田村町守山 字三の丸/田村氏の本城。

雷神館(らいじんたて)/郡山市田村町栃山神 字大久保/館主不明。

黒木館(くろきたて)/郡山市中田町黒木 字大坂/天正年間(1573~92)、黒木信濃守が居住。


三春城下高乾院から三春城を望む

| ryuichi | 12:20 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
三春物語670番「鬼生山廣度寺」


三春城下の西二里余にある、旧鬼生田村。
平将門の末裔とされる平氏田村一族伝説が残る鬼生田一族の所領としていました。
時を隔てて戦国期には、三春城主田村公の家臣鬼生田惣右衛門が西方与力二十五騎とともに田村四十八館の一つ鬼生田城に駐留して西の要としていました。



曹洞宗鬼生山廣度寺は、平将門の末裔とされる平氏田村一族、鬼生田城主鬼生田弾正顕常公が大同年間(806年~810年)に開かれたと伝えられています。



宇内には、「鬼生明神」があり、中風除け、厄除け、災難免れ、招福の明神様として祀られています。



十年位前になりますが私も、二泊三日でしたが参加させていただいた曹洞宗青年会主宰による報恩御受戒の会場となりました。
 そのとき「法岩龍道」という戒名を戴きました。




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| ryuichi | 05:19 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |
三春物語646番「天領柳橋村 龍頭山宝蔵寺」
三春城下の南三里余、江戸期は、幕府直轄の天領であった柳橋。
藩政から離れた天領であったため、柳橋歌舞伎などの芸事が栄えました。
現在も、この歌舞伎は伝承継承され、9月15日に歌舞伎伝承館(黒石荘)で開演されます。
戦国期には、町裏舘や、太古山舘などがあり三春田村氏の要害田村四十八舘の一翼を構築していたと思われますが舘主は不明です。




このお寺は、柳橋町向にある、真言宗龍頭山宝蔵寺です。


祖母方の菩提寺です。

境内に祀られている、不動堂と子育地蔵





優しいお顔の地蔵様が村人を見守っています。


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| ryuichi | 04:32 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘2 |