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コント集団カジャラ #4「怪獣たちの宴」 郡山公演を観に行ってきました。




コント集団カジャラ #4「怪獣たちの宴」 郡山公演を観に行ってきました。

演劇を志す次男坊がとったチケットでしたが、当人主催の劇団きのこ集団Protomassの第5回公演 『なんでもない、なんでも......』 リハーサルと重なり泣く泣くチケットを当家女房殿に譲ってくれたものですから、夫婦そろっての観劇となりました。







久しぶりのデートです!

女房殿は初の小林賢太郎です。

今回の舞台は、コント集団カジャラということで、コント短編集仕立てでまとめ上げるという笑い中心の舞台です。

もう笑いっぱなし!


しかし、落ちも・・・・





コント集団カジャラ #4「怪獣たちの宴」
作·演出:小林賢太郎

出演:なだぎ武/竹井亮介/小林健一/加藤啓/辻本耕志/小林賢太郎

コント集団カジャラ#4「怪獣たちの宴」へようこそ。
目の前の壁をご覧ください。
味気ない舞台セットですが、これからこれがいろんな空間に見立てられ、いくつものコントが出来上がっていきます。
このシステム、すごく便利なんです。
例えば映画なら、怪獣を表現するのにCGや着ぐるみが使われます。
でもここならコント師が「怪獣が出た-っ!」って言えば、お客さんは「ああ、怪獣が出たんだな」って思うしかないわけで。つまり、こっちのやりたい放題。
さぁ、まもなく開演です。
「やるな」と言われてもやるんです。
「来るな」と言われても来るんです。なんせ、怪獣ですから。

コント集団カジャラ代表 小林賢太郎 フッライヤーより







当家の次男坊成知(なりちか)が座長を務める演劇集団です。


きのこ集団Protomass 第五回公演

『なんでもない、なんでも......』



会場:福島県 郡山市公会堂


公演日:3/9(土)、3/10(日)


開場17:45 開演18:15


脚本・演出 髙橋 成知


きのこ集団Protomass

役者

会議者1:佐藤 夢子

会議者2:渡邉 麗奈

会議者3:東洲斎 竹蔵

会議者4:圓谷 颯

会議者5:髙橋 成知

偽蜂駆除業者:櫻井 孝樹

妨害者:新良貴 飛梁

付き添い:たつろう

裏方 制作:櫻井 孝樹

進行管理:佐藤 夢子

舞台監督:稲田 清香

音響:二瓶 碧

照明:飛田 ことみ

宣伝美術:大江 優花

裏方補佐:熊田 康太


あらすじ 自殺件数の増加に悩むとある地区。 この問題を解決すべく住民による会議が幾度も行われたが、話し合いはいつも上手くいかない。 蜂駆除業者の謎の自殺を契機に、会議が再び行われることになった。 しかし、話し合いにおける奇妙なルールや予期せぬ訪問者の登場により、 会議者たちは困惑を隠せずにいた。会議が進むにつれて、困惑は更に深まり続けるばかりで...
他人を理解するには、嫌気がさすほど自分自身に苦しんでいなければならない。というのも、こういう嫌気は健康の兆候であり、自分の悩みに囚われないための必要条件であるから。 ―エミール・シオラン



春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 05:09 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::エンターテイメント |
新日本プロレス『旗揚げ記念シリーズ 2019』 郡山大会




新日本プロレス『旗揚げ記念シリーズ 2019』 郡山大会


1972年3月6日に大田区体育館で旗揚げ戦を行った新日本プロレス。

設立47年目を迎える2019年も『旗揚げ記念日』として『旗揚げ記念シリーズ』が開催され、先の3月4日(月) 郡山・ビックパレットふくしま大会に参戦してきました!






三春昭進堂用人相川氏と、用人で郡山市安積町でウェルネス安積整体院の院長大津氏を伴っての観戦です。


会場には、2000名近くのプロレスファンが詰めかけ、熱気に包まれています。

やはり、今どきのプロレスです。

若い女性や、子供さんが多くみられます。







プロレスとみていると、他界した祖母も大のプロレス好きで、40年数年前に郡山にプロレスを見に行った時のことを思い出します。


場所は、元ボウリング場だった郡山セントラルホールです。

当時の全日本プロレスだったかと思います。

どうも、ジャイアント馬場さんのファンだったらしく、プロレスが始まるとテレビの真ん前に陣取って大声で応援していました。






外国人レスラーに栓抜きなどの凶器を使って攻撃され、いつもいつもやられながら、最後は正攻法で勝利するというお決まりのパターンです。


馬場さんがやられるたびに祖母は・・・

「バカ馬場、避けろ~」「バカ馬場、負けるな~」と「バカ馬場」と叫んでいました。

最後には興奮しているんでしょう「バカ馬場」「が「馬場・馬場」そして「ババババ」「ババババ」と連呼が始まっていました。







そして、プロレス観戦当日を迎え、家にあったビール会社からもらった大きめの栓抜きをもって出かけようとします。

「その栓抜きはどうするん?」と聞くと

祖母は「いつも馬場が、外国選手の凶器(栓抜き)攻撃でやらっちばっかりだから、この栓抜きを渡すんだ~」と言い残し意気揚々と出かけていきました。


私も友人と同じ会場に臨場していましたが、栓抜きを手にして本気でリングに熱い視線を送る祖母のそわそわした姿が今でも忘れられません。

結局その栓抜きは渡せるはずもなく、晩年までそのことが悔しかったらしく、時折話の中に出てきておりました。






私たちは私たちで、花道で試合終了後の毛羽立った外国選手の肩をたたいたり、出血した額にタオル終わてたりしに何度もチャレンジしていましたが、いつも撃退され外国人レスラーや若手選手にボコボコにされていました…

それはそれでいい思い出です!







時代を超えたプロレス観戦!   最高です!







今回も当家長男坊とその友人、そして、次世代のプロレス会場係アルバイトを担う三春城下荒町の伊藤肉店三男坊とその友人の7名で会場係を務めました。







それぞれに楽しんだようです。










今回は伊藤肉店専務夫婦もプロレス観戦の後に臨場。

そして、郡山市神明町にあるつけ麺や自家製麺工藤の大将夫妻もお見えです!



新日本プロレス・Tさん・青葉企画・息子・アルバイト・ひら山・伊藤肉店・相川・大津・・・

一瞬と呼ぶべき短い人生の中で、様々な深いご縁あって、今生、、互いに巡り会い、そして、一つの時を共に一堂に会して酒宴を共にする。

たくさんの方々とのご縁をいただき、楽しい時間を過ごさせていただいたことを大変嬉しくありがたいことだと思っております。










その中で、全国1000万のプロレスファンから絶大なる人気で支持されているT選手。


当日郡山入りして、試合直後で疲れているのにもかかわらず 、疲れを微塵も見せず、同席させていただいた私たちのサインや写真撮影に笑顔で気さくに応じてくれました。

また、体つくり・筋肉の話、ファッションの話、同席できなかった方々への配慮など、気配りの中で様々なお話を聞かせてくれました。


ありがとうございます。

2000年代半ば、危機的な状況にあった新日本プロレス。

あらゆる遠征地に先乗りし地方局の番組にこまめに出演するなど、長年にわたる地道なプロモーション活動など総合格闘技とは異なるプロレスの魅力をアピールして、新しいファンを呼び込もうと頑張ってこられました。

先代の残した“負の遺産”に苦しみ、倒産寸前だった新日を支え抜き、不屈の精神と努力で奇跡の復活へ導き団体を改革して経営不振から、今の地位まで押し上げてこれた理由がわかりました。


実際お会いすると、こんなに爽やかな偉丈夫がいるのか?というくらいの好男子!


老若男女を問わずトリコになるわけです


”自信がないから頑張れる。 失敗するから成功できる。”

まさに“Tという「新日の太陽」は決して沈まない”です。

本当にありがとうございました。


本当にご縁の中で生かされていることを実感いたしています。







とりあえず買ってみました!




春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:06 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::エンターテイメント |
第三回 三春込木寄席(くぐりきよせ)  十代目春風亭傳枝師匠



第三回 三春込木寄席(くぐりきよせ)
 

先日に「三春込木寄席」が行われました。 







出演は、(公社)落語芸術協会所属の真打、十代目春風亭傳枝さん。

新進気鋭の人気落語家です。








 親戚筋の込木宮ノ下は“こしまき”こと武田泰夫さんの主催とあっては、落語好き饅頭屋の私も喜んで寄席見物と相成った次第です!

 伝枝師匠は、“こしまき”の娘婿である青木さんの友達だそうで、そのご縁で込木寄席開催の運びとなったということで昨年に続いて3回目です。


事前に町内の商店に数か所へポスター貼付をお願いしていたところへ、傳枝師匠がサイン入り色紙をもってあいさつに廻っていただきました。


当三春昭進堂創業者の髙橋民四郎の本家は、込木の柳ケ作(やなさく)の髙橋家です。


民四郎は本家から“髙橋”という苗字と現昭進堂の土地を貰って分家し、妻おたりまんじゅうの名前となった妻“おタリ”と共に商いを始めています。



そして、私の祖父である民四郎の長男が傳蔵。

傳つながりで… 傳枝師匠!






さて、落語。
 
古典落語の定番「饅頭怖い」と寄席踊りの「かっぽれ」を挟んで「宿屋の富」の二席。
 
会場には、込木はもちろん楽内や柴原、芹ケ沢、そして新町などから約80名のお客さんが詰めかけ「満員御礼」です。

 会場内を見渡しますと幼き頃より見知った方々ばかりで、「お久しぶりです~」「元気でしたか~」の挨拶が止まりません!






そして、「観桜三春寄席」の主任“独快亭来歌”こと田部さんのお顔も見えます。










「おたりまんじゅうがこわい~」「子の千三百六十五番~」ってなもんで・・



噺は、さすが真打!

時間の経つのもあっという間で、もっと聴きたいと思いました。落語って面白いですね。

落語は手ぬぐいと扇子だけを小道具に話が展開されるシンプルな話芸です。


 噺が始まると、ここは新宿末広亭か?浅草演芸ホール?はたまた池袋の演芸場か~?



傳枝師匠は、流暢な江戸弁で枕からお客さん関心を徐々に引き寄せ、噺にはいると一人で高座で演じているはずのなのに、仕草や表情、声色の違いで、そこに何人もの登場人物がいるみたいで、それぞれの場面が目に浮かん来ては、会場のお客さんがどんどん話に引き込まれて、東京下町の演芸ホールの様相を呈しています。

この臨場感は、大きなホールや会館では味わえない醍醐味です。




 一気に落語噺の世界に引き込まれ、もう笑いっぱなしです。
    

~ヨ、真打~伝枝師匠! 




 おっと、前座がいました。

青木さんと、友人の喜多さんが務め会場を温めてくれました。







 そして、お待ちかねの打ち上げです。
 
伝枝師匠を囲んで、来場の方々と橋長魚店のオードブルと地酒三春駒、そして泰夫さんの挨拶、佐藤込木長生会会長の乾杯の音頭で宴会開始~


敬老会での楽しい宴会の様相を呈し、老若男女楽しい打ち上げが続きました!







 私の中に先祖伝来の込木DNAが入っているせいでしょうか?

場所も込木、そして落語会というのは、とても居心地が良くて、楽しい時間を過ごさせていただきました。


打ち上げ二次会のこしまきでも~








昨年の引き続き、プロレスの技の掛け合い~







何をやっているんだか~ ~ 傳枝師匠、お付き合いありがとうございます。

これも込木DNAのなせる業です!








当三春昭進堂髙橋の本家のある込木で行われる寄席。

仕掛け人が親戚筋の武田さんの娘婿。

子供の頃より見知った込木はじめ楽内、芹ケ沢、柴原の皆様・・・

ここで落語に興じ酒を酌み交わす。

これは、素敵な御縁が幾重にも重なりあっているとしか言いようがありません。


人との出会いは人生でもっとも大きな財産だと言われます。
また、「人」という漢字の成り立ちを説明するまでもなく、人は支え、支えられてこの世に存在しています。

そして、人と人の間(関係性)にあってこそ人と人との御縁の中で成長していくものであり、多くの人との「ご縁」を持つ事は、とりもなおさず自分の「人」としての器を大きくする事にこそ人としての存在・価値があるように思えます。


「生まれたこと、今こうして生きていること、こうして巡り会うことのできたご縁に感謝」










 
尽力いただいた武田家の皆々様、そして、お手伝いの村上様ご夫妻には大変お世話になりました。


   






さすけねぇぞい三春!  合掌  蒼龍謹白  拝




春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:32 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::エンターテイメント |
「親父の逆襲 第16弾 Rock 'n' Roll!」 〜ベルヴィ郡山館 2019




「親父の逆襲 第16弾 Rock 'n' Roll!」 〜ベルヴィ郡山館




今年も、郡山に親父バンドが大集結!


4時間に及ぶ”親父の逆襲”です。


三春城下「山惣」社長からのお誘いです。


2月は、繁忙期。

何とか仕事のやりくりをしながら、途中からの参戦となります。










今回のMC には、昨年続いて田代まさしさん、そして、いわき市出身の歌姫”toshie (小沼寿江)”さんが復帰です!


toshieさんは、歌も披露しています!









そして、スペシャルゲストには・・・



そうです!「COOLS」でーす。

ボーカルにコニーを迎えてRock 'n' Roll!



実は、コニーさんと直接お会いしてお話をするのは初めてなんです。









若かりし頃のはなしです。


コニーがボーカルを務めていたビーナス。


キッスは目にして!というヒット曲で知られていますよね!


まだ、代表曲「キッスは目にして!」が、ヒットする前にこのビーナスを私たちのロックンロール愛好会主催のダンスパーティーに呼ぼうと頑張った時期がありました。

しかし、オファーをかけてすぐに同曲がピットパレード大躍進!結局スケジュール的にも予算的にも無理という結末でした。


懐かしい思い出です。









そして、CCOLSのリードギター・ジェームス藤木さん!



かっこいいっす!



まだまだ親父達も元気ですよ!







え、ロックンロール踊れんの?

聞かないでください、今はメタボです・・・・




春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:29 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録 |
「鹿島立ち」 鹿島神宮参拝 奥宮売店



成田まで所用で出かけました。


2月です。

節分がすぎて立春を迎え、新しい節がはじまりました。


春は、はじまりの季節!

ここは始まりの無事完了を祈願すべく「鹿島立ち」の起源ともなる鹿島神宮に参詣しようと高速道路を降りました。








鹿島神宮では、天皇陛下在位30年の記帳台が置かれていました。


もちろん、記帳してまいりました。







鹿島神宮本殿に参拝して、奥宮へ通じる参道を進んでいきますと不思議と心が落ち着きます。



もう一つ、鹿島神宮詣でには、鹿島神宮奥宮近くにある茶店のな女将さんに、ご挨拶、そして教示を乞うという訳もございました。




ここの「厄除けぜんざい」「甘酒」が絶品なんです。


いつも暖かい優しい笑顔で迎えてくれる女将さん。


優しい物腰やお心使い、そして柔らかいお話のトーンに、緩やかな時間が流れます。





そして、売店の女将さんとの何気ない話の中から、様々なヒントが生まれてきたり、懸案が解決したり・・・・

暖かい女将さんから、御利益というんでしょうか、生き抜く力というのは大袈裟かもしれませんが、毎回パワーをいただいてきます。









また、お邪魔するたびに、鹿島神宮のことをいろいろ教えてもらっています。



「鹿島立ち」という語も女将から教示いただきました。


鹿島神宮は、伊勢神宮、香取神宮と共に、神宮の名前を持つ一の宮です。


そして、この鹿島神宮だけが、都の東側にある神宮となります。

東と云う方位はお日様が上がる方位と云うところから、一日の始まりを意味します。

つまり、全ての物事の始まりや、出発、そして旅立ちの時に参拝するとご利益があるとされています。


立春の2月。


どおりで、茨城からのお客様が口々に「忙しくなる前の2月に鹿島神宮参詣に行きなさい」と、そして「この春・が商人の一年の始まりなんだよ・・・」とおっしゃるわけが分かりました。








防人たちの鹿島立ち

最前線基地である九州方面へ防人が旅に出る前、鹿島神宮に道中の無事を祈願したことに由来する言葉という。

防人とは、大化の改新後、朝鮮半島の百済救済のために出兵した大和朝廷が、{白村江の戦い}に於いて、唐・新羅の連合軍に大敗します。

今度はその報復に、唐が攻めてくるのではないか?との憂慮から、九州沿岸の防衛のため設置された国境警備の兵です。

飛鳥時代から平安時代の間に課せられていた税(兵役によって納税)の1つで、北九州、対馬、壱岐に防御施設を築き戦に備えて配されていました。

この時代は税とはいっても、お金ではなく布などの現物や兵役や労働で納めていました。

時代にもよりますが、総勢2000人ほどからなり、任期3年、旅費及び任期中の生活費などはすべて自分持ちで、自ら耕して自給生活を送っています。

白村江の戦いの兵士は西国からの徴兵だったためか、防備の防人は、東国の各地から徴兵されます。









万葉集に納められている「防人歌」は、大伴家持が選者とな出征する防人たちの歌を集め、84首を万葉集に選びました。

防人として出征による別れを悲しむ愛惜の念のこもった歌が中心です。

出征する防人らの歌は、愛する家族との別れを歌を記しています。

また、出征するわが子や夫を思う、父母や妻の記したが歌も収められています。












因みに、この参道は本殿を過ぎて奥宮へ通じる参道なんですが、いつ来ても凛と張りつめた空気が肌に伝わってきます。



また、ここを通る時だけ冬は暖かい「風」が、そして夏には涼しい「風」が音を立てて通り過ぎてゆくのが分かります。



これも茶屋の女将さんに訪ねたところ、「皆さんがそうおっしゃいます」ということでした。


巨木で被われた鎮守の森の「パワースポット」なのでしょか?








最近、鹿島神宮、香取神宮、そして、市来神社の三社を詣でるとご利益アップということで参拝者が増えたということで、初もうではもちろん、土日は大変にぎわっているそうです。



奈良春日大社と同じご神体を祭っているそうです。

ここ鹿島神宮の鹿が神様を運んだと伝えられているそうです。


尚、BSで放送されたという松平健さんとの下り、見たかったなぁ~


立春、鹿島神宮初詣、そして奥宮売店詣でもすませて、一年の始まりの節目として新年は清々しい気持ちでスタートが切れました。



お土産ありがとうございます。


また伺わさせていただきます。



P.S 帰宅後、10日ほど経ったころです。

フジテレビの製作スタッフから電話が入りました。

春の桜の時期時放送される番組「もしもツアーズ)の取材・撮影オファーでした。

番組の内容は放送日(4月20日の土曜日・午後6時半から)の一週間前からの告知となります。


ちょうど、先にお邪魔した際に全国放送の効果的な話をしていたものでこの案件は驚きです。

以前お邪魔した際にも、NHK新日本風土記のオファーがあったり、スタッフが入社したり、大きな契約が取れたり・・・・


これも鹿島神宮、そして奥宮売店の女将効果だとおもいます。


私の女神の感謝です!


本当にありがとうございます。





春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 05:05 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録 |
成田山新勝寺参詣 寺庭お食事処「い津美や」




先日、所用があり、成田空港のある成田市に一泊することになりました。



折角なので、成田山新勝寺門前にある、旅館「若松屋旅館」さんに宿をとることにしました。

折角の成田です、空港近くのホテルに一泊では味気がありません。






新勝寺の門前といっても本当に目の前なんです。

ここは一つ、翌朝成田山新勝寺にて朝六時から行われる一番の御護摩祈願に出頭しなければ話が始まりません。

護摩祈願の朝一番のお護摩祈願です。


御護摩祈願の「御火加持」(おひかじ)と呼ばれる御護摩祈祷(おごまきとう)です。


お不動さんは、災厄消除災厄をことごとく消除するいわれています。

商売繁盛、家内安全、そして父親の病気平癒祈願をお願いしてきました。


また、願望成就、道を切り開く力と困難を乗り越える知恵をもたらすともされているそうです。

新勝寺のご本尊不動明王さんは、大日如来の化身であり、「疫病退散の神」としても祀られています。




朝一番の祈祷はこれで2回目となります。

以前より、三春城下真照寺の住職からは、折角門前に泊まるんだったら朝一の護摩祈祷に参詣しては!と案内をいただいていました。

これも、さきの真照寺成田山講中で参詣した折や、一昨年の成田出張時に経験していましたので、“勝手知ったる”です。









毎年6月の三春城下真照寺「成田山講」で参詣に訪れているでは、旅程の関係で11時からの御護摩祈祷です。

門前で商いをさせていただいているとうご縁から、祖父の代から3代にわたって三春城下真照寺の「成田山講中」の成田山新勝寺参拝を兼ねた旅行に参加しています。

近年では、成田山新勝寺参詣の後は、その時節にあった名所旧跡などを廻り、近くの温泉に宿泊していますが、1985年のつくば万博までは、この若松屋本店さんが定宿でした。







2月の月曜日とあってお陰様で仕事も忙しく、家を出たのも2時近くでしたが成田までは高速道路が充実していまして、成田には4時過ぎにはとうちゃこ!です。

早速、新勝寺寺庭にある食事処「い津美や」の女将さんにご挨拶に伺いながら、特製おでんで一献!

このまだ日のあるうちの新勝寺寺庭で一献、これ最高です!


嫁に来てから60年も商売をしているという女将。

息子さんが私と同年代で、女将さんのおじいさん(明治25年生まれでしたか)のお名前が「龍吉」という名前だそうで、同じ名前ということで、これも御縁だろうと、数年前にお邪魔してからご縁が続いています。

年賀状を頂戴したり、先にも成田山新勝寺節分会の「御福豆」と節分会福御守「剣守」を頂戴いたしました。






その御礼も兼ねてお顔を拝見しに当店自慢の饅頭をもってお邪魔した次第です。

先に記しましたが、女将さんにも・・・
「実は、福豆が届けられた日というのは、この2日後に新年会を兼ねた当店スタッフの海外旅行激励会として成田山門前若松屋さんに宿泊する手配となっていた矢先でしたので、その驚いた」ということをお話しさせていただきました。

女将さんも、驚いたみたいで、「これが御縁というものなのかと!」お互いが驚いて、大笑い~






それにしても、いつも温かく迎えていただき、お母さんの待つ実家に帰ってきたみたいです。

逆にお土産までいただいて、本当に、ありがとうございます。

ご縁の始まりの「長命箸」を頂戴いたしましたので、今度は義母に渡したいと思います。







夜は、宴会は若い方に任せて、成田山新勝寺の参道にある老舗”成田菊屋”さんにて一献!

築95年で、昔は旅籠として使われていたそうで、なんとも風情のある建物です。

そして、ここは成田市です。

国際線旅客機パイロットのと静かな宴会です。







菊屋さんからも、ご縁のある方に差し上げようと最後に残しておいた成田山新勝寺節分会の「御福豆」と節分会福御守「剣守」を頂戴いたしました。


菊屋の美人店長さんに「い津美や」さんから頂戴したいきさつをお話したら、新勝寺御不動様の導いたご縁なんでしょうと話されていました。




ここはお寺成田山新勝寺の門前町ですよ・・・・

門前で宿泊し、門前町で飲食をし、お土産を買う。

昔ながらの成田講中を経験しています。

これはアリですね!

心身ともに満たされているよう気持ちです。







夕食の酒席もほどほどに切り上げて、早朝の5時45分。

新勝寺本堂を目指します。

護摩を焚きながら朝課をされます。

本堂内に上がり、他の参拝者と一緒に心静かに待ちます。

午前6時から(日が伸びれば5時開始)の御護摩祈祷に先立って案内役のお坊さんから、仏教での修業とは「心と身体、そして言葉の清らかになる修練です。」と教示されました。







いよいよ導師様が入場されて道内に大太鼓が響き渡り御護摩祈祷の開始です。

20人もの僧侶が集まった勤行・護摩祈祷は迫力がありました。






御護摩祈祷は煩悩を炎で焼き尽くし災厄を祓い開運平安を願うものです。

薪を煩悩に見立てて、不動明王の炎で焚き上げるとされています。


この時、参詣の方々が手荷物を手に前の方に進み、若いお坊さんや紋付き袴の職員にそれらを手渡し、護摩の焔で炙ってもらっています。

これは、成田山の御護摩祈祷では、自分の大切な鞄や財布などを護摩火にあてて、不動明王のご利益をいただく「火加持」(ひかじ)は、邪気を払うというされています。
他の参拝者の続いて、財布や携帯電話、そして免許証、車のキー、御数珠、さらには家族全員の保険証、学業成就祈願お守り等を入れて来た巾着をお坊さんに託し護摩の焔で炙っていただきました。



祈祷が終わると導師(一番位が高い僧侶)だけが残り、他のお坊さんは足早に外居に向かいます。


そして、常連の方も足早に退場して本堂正面外に並んでいます。


私も、常連さんに促されて、何が始まるのか分からず一緒に並んでいますと大きな日傘を持った袢纏姿の寺男衆に引率されて導師が退出され道内巡りのために山内を進んでこられました。

この際に、手に持っているその御数珠で、私たち参拝者の低頭する頭を触っていかれました。

いわゆる「お数珠頂戴」というで、導師さまの功徳を分けていただけると教えていただきました。

これには皆さん御利益を受取り満足そうにされていました。

これが新勝寺一番御護摩祈祷の醍醐味だったんですね!

成田山新勝寺の御護摩祈祷は非常に強い浄化のパワーとご利益があるといわれるわけですね!


これで金運アップ!商売繁盛!家族の健康!父親の病気平癒も間違いなしです。







前日に、い津美やの女将に教えていただいた「出世稲荷」にも詣でてみました。


山内、本堂の左手奥の階段を上ると見えてきます。







しっかりと、商売繁盛!を祈願してまいりました。



成田山では梅まつりが開催されています。











春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:41 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録 |
松島・愛姫、五郎八姫墓参紀行



新年会出席のため、松島海岸まで出張してまいりました。


丁度、定休日前日と重なっていました。

もちろん、早めに松島入りして定宿である「絶景の館」さんに車と荷物を置いて、松島散策。

政宗を祀る瑞巌寺、愛姫の眠る陽徳院、五郎八姫墓所天隣院参詣です。






修復の終えた松島海岸にある五大堂付近はきれいに整備さて例ます。







瑞巌寺も、1月の平日とあってゆったりしています。








瑞巌寺の掲示板に「祥風 今年一年 清らかな風を 起こしましょう」とありました。


今年のテーマが決まりました。







宝物殿では、「達磨展 一華五葉を開く」が開催されていました。


この宝物殿には、三春町歴史民俗資料館で先春に開催されていた『陽徳院 愛姫』~439年ぶりに愛姫が帰ってきます~ の時に展示されていた陽徳院木像、そして「伝 田村殿愛用赤楽茶碗」が展示されています。





天正7年(1579)、三春城主田村清顕の娘愛姫は、12歳の時に三春田村家の存亡をかけて、米沢城主(当時)伊達輝宗の嫡男、後の仙台藩祖・伊達政宗の元へ嫁ぎました。

伊達家当主となった政宗は破竹の勢いで南奥羽を制覇しますが、時はすでに織田~豊臣と移り変わり、同18年(1590)、小田原の合戦後に豊臣秀吉の軍門に下り、奥羽仕置・田村仕置にて田村家は改易されます。





寛永13年(1636)に政宗が亡くなると、菩提を弔うため出家し、法名陽徳院として仏門に入り、承応2年(1653)に江戸で86歳で生涯を終えました。







こちらは、愛姫の娘で、西館殿とも呼ばれた五郎八姫(いろはひめ)・法名天麟院(てんりんいん) が眠る天麟院内の定照殿(じょうしょうでん)(御霊屋)
五郎八姫の御霊屋


天麟院は、伊達政宗の正室・愛姫(めごひめ)との間に生まれた娘・五郎八姫(いろはひめ)の菩提寺です。

瑞巌寺の並びにあります。

陽徳院、円通院と並んで松島の三霊廟に数えられています。


五郎八姫は、徳川家康の六男、松平忠輝の正室でした。

忠輝とは仲睦まじかったが子供は生まれなかったと言われています。

そして1616年、忠輝が改易されると離縁され、父の政宗のもとに戻り、以後は仙台で暮らします。

このとき、仙台城本丸西館に住んだことから、西館殿とも呼ばれていました。









本堂、境内は小さいですが横の参道から山に登ると霊廟の”定照”や樹齢300年以上の”はりもみ”の巨木や伊達一族供養塔がある”天燐院洞窟群”などがあります。








松平忠輝は、徳川家康の六男で越後高田六十万石の城主。

大阪夏の陣直後の元和元年(1605)、家康から勘当を申し渡されます。

翌年、幕府から高田藩も改易され、正室である五郎八姫(伊達政宗の長女)とも離別、飛騨高山から諏訪に流されます。

天和三年(1683)、諏訪大社のある諏訪にて九十三歳の生涯をここで閉じ、諏訪にある貞松院に葬られます。

尚、改易の理由は乱暴な振舞とも、大久保長安等と組んで天下取りを企てたとも伝えられています。









さて、瑞巌寺、陽徳院、天隣院を廻っていたらお腹がすいているのに気づきました。

お昼がまだだったんですね~。

新年会までは時間があります。






ここいらで朝自習といきますが・・・・


五大堂の袂にある「げんぞう」さんにて松島冬の味覚「牡蠣フライ」







そして、船乗り御用達・海の駅「松島玉手箱」にて、「焼き牡蠣」、そして「焼き蛤」








最高です!








夕暮れの松島湾で一献!といいたいところですが、厳冬の1月です。

そこは無理がりました。







宿に入って、絶景の松島湾を拝見!






夕暮れの松島







そして、日の出の松島







これが見たくて、ここ「絶景の館」を定宿にしているのかもしれません。







翌朝は、塩釜に用事がありましたので、塩釜神社まで足を延ばして新年参り。






なんと、境内の早咲きの四季桜が咲いていました。







この日は、スーツから普段着の作務衣に着替えて塩釜神社を散策していましたら観光で来日中の外国の方から声をかけられました。



作務衣という格好でいるせいでしょうか、観光地では必ず体験する光景です。



トイレはどこですか?


次の見どころは?・・・・


今回も「近くのパワースポットはどこですか?」というものでした。


昨夜の宴会でも、「宮城に着たら金運上昇、商売繁盛、財力向上を祈願して竹駒稲荷(現竹駒神社)と金蛇水神社に参拝して帰りなさい」と教わったので、そのことを教えてみました。








私も、帰り道ということもあり「竹駒神社」参拝に行ってみました。







ここでも、桜が咲いていました。







小野篁が創設という竹駒神社です。


初めての参拝となります。


竹駒神社は、京都府の伏見稲荷・茨城県の笠間稲荷と並び日本三稲荷の一つに数えられています。

大鳥居をくぐり石畳の参道を進むと江戸時代に建てられて随身門、それに続いて向唐門があり奥に本殿・拝殿があります。


向唐門に向って右には「竹駒の神のみやしろ もうできてほころびひそめし初桜みる」と彫られた土居晩翠の歌碑があります。









そして、幼き頃より身近なところで「竹駒講中」という名称を聞いていたのでなじみはあったんですが、訪れたことはありませんでした。







竹駒の駒・・・・・・・竹駒神社にある馬事資料館



これは三春駒に関する竹駒講中があってもおかしくはありませんね?


三春家畜セリ市場の目の前で商いをしていた祖父も「竹駒講中」として行っていたわけですね。



私も、改めて商売繁盛祈願と御礼をしてまいりました。






竹駒神社といえば真照時の法会で世話になっている須賀川白山寺住職松木和尚のご実家が、竹駒神社にほど近い真言宗寶窟山竹駒寺です。







これは参詣しなくては・・・

江戸時代までは竹駒神社の別当寺でした。

明治2年(1869年)の神仏分離政策で、竹駒神社に隣接する位置から現在の場所に移っています。









大きな会館も備えた大きなお寺さんです。








竹駒稲荷神社に参拝の折には、竹駒寺もお参りしたいものです。







そして、金蛇水神社



竹駒神社から車で5分くらいのところにあります。







商売繁盛、金運アップを祈願する方々でにぎわっていました。







金蛇水神社の社殿手前にある、金蛇水弁天様があります。

参拝のお客さんにこちらもお参りしないとご利益がないよ!と教えていただきました。


弁財天堂の横には、自然木のうろの中に白蛇がいるような切株が奉納されています。


この白蛇のご神木からは、開運幸福、金運上昇、商売繁盛のご利益を授かると言われています。

特に最近は金運のご利益で有名なようで、境内の脇にある蛇を彫った石に自分の財布を撫で付けて金運を祈る人もいました。



これで金運アップまちがいなしです!




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 05:19 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録 |