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春爛漫「上野の御山」~「雪村-奇想の誕生-」~「茶の湯」展



春爛漫、観桜花見の名所としてしられる「上野の御山」

丁度、花見の真っ盛りに水を差す意地悪な春雨の中、東京藝術大学大学美術館で開催されている特別展「雪村-奇想の誕生-」を観にいってきました。

「雪村」晩年、三春在李田村(現郡山市西田町李田)に庵を構え「雪村庵」に住み最高傑作を次々と世に送り出した画僧と呼ばれる、雪村周継(せっそんしゅうけい)です。





その生涯は未だ謎に包まれていますが、常陸国(現在の茨城県常陸大宮市)で戦国武将佐竹氏の一族に長男として生まれた雪村でしたが、父が他の妻の子を跡取りとしたため幼いうちに出家し画業の道へと進みました。

水墨画の巨匠、雪舟に私淑し独自の水墨画を多く残しました。







今では、「西の雪舟」「東の雪村」と言われるほど、故郷である水戸佐竹氏や会津芦名氏、三春田村氏、東国各地を活躍の場としました。

後の世の絵師に深い影響を与えたその画法は、ひときわ革新的でありながら、人間味あふれる温かな水墨画を描き続けました。





晩年、三春を“終の棲家”として庵を構えますが、その創作意欲は衰えを知らず、しっかりとした技法と、逞しいほどの想像力を用いて傑作と呼ばれる画を次々と世に送り出します。






15年ぶりとなる特別展覧会とあっては、三春人としてどうしても見に行かねばなりません。





ポスターにも用いられている代表作「呂洞鬢図(りょどうひんず)」

龍を操る志那・宋代に実在したと云われる仙人の絵ですが、ユーもなすな顔をしている飛龍の頭にちょこんと乗った呂洞鬢が、天かける雲龍を見上げ、水瓶より小さな蒼龍を出して自在に操っています。

私も名前に龍が付いていますので、他人事は思えず、龍を巧みに操っているこの呂洞鬢が、女房殿に見えて仕方がありません・・・・



三春のポスターや地図も出口付近にありました。








そして、丁度この日は、東京国立博物館平成館で初日を迎える「茶の湯」展ありましたので、こちらにも臨場してみました。






まあ、歴史の教科書に出てくる、戦国武将織田信長や豊臣秀吉等々、そして公方足利義政、さらには当代きっての茶人千利休や古田織部等々の名だたる武将や茶人に愛され、時代を超えて人々の心をとらえてきた国宝や重文になる茶道具が一堂に会しています。




「はぁ~!」「憎らし~!」「へぇ~!」など、声にならない心の叫びが、ため息とともに自然と口から漏れ出しまいます。






戦国時代の域息遣いか聞こえてきそうです。






上野の御山は「うえのさくら祭」の真っ最中で、大勢の花見客でにぎわっていました・




不忍池弁財天も御賑わい!





夜桜~~




不忍池~~夜桜!




上野精養軒で宴席なんですが、外の花見宴会が気になって・・・・





華のお江戸のど真ん中、上野の御山で花見で~~す!




商売柄、花見の時は稼ぎ時なものでゆっくり桜の下で酒を酌み交わすという経験はありませんが、この上野の御山での花見客の多さには子供の頃に敬遠した三春のお城山の花見を思い出させていただきました。





上野公園で彰義隊の墓参を兼ねて花見です。





この墓碑は、放置されたままの上野戦争で戦死した彰義隊の遺体を三ノ輪円通寺の仏磨和尚と寛永寺の御用商人の三河屋幸三郎が戦死者供養の官許を受けて上野山で荼毘にふし、一部を円通寺に埋葬した。





政府軍による上野御山攻めの折、もっとも激戦が予想される黒門口が薩摩兵ということで、西郷南洲は、政府軍最高司令長官である大村益次郎に対し「薩摩兵を皆殺しになさる気ですか?」と問うと、大村は「はい、そうです」とにべもなく答えたという。

上野御山を攻めた西郷さんの銅像の後ろには彰義隊の墓です。






直江兼続が詠んだとされる「春雁似吾吾似雁 洛陽城裏背花帰」ではありませんが、三春帰還前は上野駅周辺で最後のの悪あがきをします。

これも、田村大元神社の長獅子が一年間眠りにつくのを嫌がって神社に上がるのをためらっている姿を幼き頃より見ていた三春城下新町に生まれた哀し性なのでしょう?

前日に鈴本演芸場で落語見物、池之端藪で蕎麦を・・・・・閉店していました・・・残念!

そして、帰りには上野藪蕎麦で一献と・・・上野じゃらくで・・・・






さあ、三春城下はこれからが花見の本番です!





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂






尚、約10万人が犠牲になったとされる昭和20年3月10日の東京大空襲。

この悲惨な体験を構成の残したいと落語家の初代・林家三平の妻で作家の海老名香葉子さんが建立された「時忘れじの碑」手を合わせてまいりました。


合掌

| ryuichi | 05:42 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::東京散歩 |
早春の都内散策  2017 梅まつり
三春舞鶴会第9回総会の会場が、九段下にあるホテルグランドパレスでしたので、折角ですので、早春のプチ都内観光と洒落込んでみました。



まずは、大手町にある将門塚参詣。




実は、昭和天皇崩御の時に、詣でて以来でした。

前年の大晦日に、修業を終え昭進堂の初売りを終えてから少し休みを貰い海外旅行(フランスへ洋菓子視察)へ行く準備をしていた時期で、丁度東京で友人たちとあれこれ必要なものを買い出しに行っていたときに崩御に接し皇居に弔問記帳した時以来です。





やはり平将門公を祭神とする神田明神関連の将門塚です。

商売繁盛を祈願してきました。



平川御門



金色の玉ねぎが見えます



清水門




そして、靖国神社。

丁度この日は、東京マラソンの開催日で、警備の警官と大会スタッフ以外は、車も人もまばらな大手町を抜け、皇居お堀の淵を沿いをとおり、平川御門、北桔梗御門、清水御門、田安御門、九段坂へ向かいます。



日本陸軍の創設者長州藩大村益次郎像

標準語を導入した方でもあります。




また、この日は2月26日。

二二六事件の日です。

尚、二・二六事件で処刑された将校の皆さんは、靖国神社には祀られていません。






靖国神社参拝の跡は、遊就館見学。





零式戦闘機がお出迎えしてくれます。





三菱零式艦上戦闘機五二型(A6M5)。

やっぱカッコいいすねぇ!



そして、液冷彗星艦上爆撃機一二型。




この彗星艦爆は、40年位前でしょうか、南洋ヤップ島で派遣された機体で、テレビ番組とのタイアップで修復した機体で、平和のシンボルとして靖国神社に奉納されました。

修復で塗装やさんがお孫さんと一緒に色を塗っていました。

平和のありがたさ、尊さを感じられるシーンです。






頭上の白い機体は、世界初の特攻専用のロケット攻撃機「桜花」です。

1トン爆弾に木製の機体をくっつけ、燃焼時間わずか9秒弱の固形燃料ロケットを3つのグライダーです。

母機となり一式陸上攻撃機に吊り下げて敵艦隊の近くまで運び、目標に向かって滑空、敵戦闘機が現れたらロケットを噴射して逃げるという代物です。


展示場背面にはこの桜花の運用部隊、海軍711飛行隊長野中五郎少佐率いる「雷神部隊」 通称”野中一家”の功績が記載されていました。

当の実戦運用部隊長である野中少佐は、終始この桜花の運用には反対していました。

「こんな軽業みたいなもの兵器じゃねえ」と言って航空本部の担当者に食ってかかっていた伝わっています。

そして、実戦では桜花発射後、帰還命令の出ているはずの母機となる自分達の攻撃隊も敵艦隊に向かって突入しています。


未来や夢が一杯詰まったはずのロケット開発。

しかし、こんな特攻専用兵器ロケットを造った技術者は悲しかったに違いありませんね・・・






丁度機体の修復中でした。




ダイムラーベンツ社製のDB601エンジンを国産化した液冷式熱田21型エンジンも展示されています。





日本の戦闘機では珍しい液冷エンジンラジエーター



ラジエーター空気排出口、サメのエラみたいですよね。

彗星艦爆は、高速の爆撃機として期待されましたが、液冷エンジンの不調、そして搭乗員の技量不足でなかなか本来の活躍は出来ませんでしたが、大戦末期の海軍131航空隊芙蓉部隊に於いては、高度な整備技術と熟練のパイロットたちの技量で、体当たりの特攻ではなく、知恵を使った通常攻撃にて、米空母相手に果敢に攻撃を仕掛けていました。




機体の大きさを見ていただくために私も一緒に写しただけですよ。






旧帝国陸軍の戦車97式中戦車「チハ」や人間魚雷回転も展示されています。





総会終了後には、商売繁盛祈願の為に「神田明神」参拝です。




商売繁盛祈願!
朝の将門塚と合わせてダブル効果です!





そして、次男坊の大学合格祈願。




梅まつり真っ盛りの、湯島の天神様です。




前期試験の日程ですので、沢山の参拝者でにぎわっていました。

これで合格間違いなし!




天神様境内女坂付近にある人間国宝 一龍齋貞水師匠建立の「講談高座発祥碑」 貞水師匠のご自宅の真上にあります。





直会は、上野アメ横界隈です。




上野の定番「大統領」は、ガード下工事の為に休業中で、今年の秋に再オープン予定!



〆には、帰りの定番「上野藪蕎麦」

一足早く”早春”を満喫した、有意義な東京出張でした。




帰りの新幹線にあるトランベール2月号です。

末尾広告ページにあった野村証券の広告ポスターですが、昨年秋鶴の湯温泉でご一緒したフォトグラファの興村氏に写真です。

知人の仕事ぶりを見て、明日からの活力も倍増です。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂




| ryuichi | 05:25 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::東京散歩 |
’26 浅草・柴又見物


消防団OB会の旅行です。


浅草寺と屋形船~そしてスカイツリーと柴又という、東京下町に触れるたびです。
健全です!



夏休み最後の日ということで浅草寺はたくさんの参拝客で賑わっていました。



夕餉の宴の前に、浅草一丁目一番地と云えば、そうです「神谷バー」で食前酒

夕暮れ時の神谷バーには、常連の方々お顔があります。
いつ来ても安心します。
たまたま同席させていただいた方も、よく見れば以前お話をしたことがある方でした。
また、そのかたの兄さんが作家の浅田次郎さんと同級生で、自身も懇意にしているとの事で写真まで見せていただきました。

浅田次郎さんの代表作「天切り松闇がたり」シリーズの中のこの神谷バーがほんの少しだけでてきますが、この常連さんは、その好で”神谷バーの事をもっともっと書いてよ”といったら「天切り松闇がたり」の最新本に詳しく記載してくれたそうで、早速私もカネサンに注文したいと思います。

テーブルには笹の川の純米酒のカードがありました。
風評被害名の関係ないことを実感です。

笹の川山口社長には、僭越ながら「いい仕事してますね~」
そして、ありがとうございます。




宴は、屋形船です。


「スカイツリーとアサヒビール金の泡と私」by吾妻橋

船宿は毎度お世話になっている「あみ清」さんです。




江戸前の寿司や天ぷらで宴会の開始です。
同伴の女性は?
居ませんよ~隅田川の船の上で江戸情緒を満喫です。



これです。この感じが大好きです。
三春じゃなかなか味わえませんよ。



あみ清さんには、お土産までいただき、ありがとうございます。



あみ清の娘さんです。
さすが浅草の娘、ちゃきちゃきの江戸小町ですよ~。
また、小学生の息子がお客さんを見送り、ちゃんと手伝ってる姿には頭が下がります。
お世話になりました。



宿泊は、浅草ビューホテルの浅草寺側を奢っていただきました。



窓の外には、スカイツリー!
浅草寺と花やしき・・・・

自分たちへのご褒美ですね。


翌日は、スカイツリーを満喫して




寅さんのふるさと、柴又帝釈天の参道散策です。



江戸川河川敷の柴又観光協会の駐車場に到着した時に、柴又の防災訓練を実施中でして避難訓練の小学生や放水体験をする町内の方々で賑わっていました。

寅さんの冒頭のタイトルコールのなかで、のどかな休日といった雰囲気のなかで野球やサッカーそして釣りなどその時代を反映するような場面のその場所で、柴又町内会の防災訓練がおこなわれているというのは何ともいいもんです。




帝釈天の裏手にある、柴又観光協会の”寅さん記念館”です。



とらやのセットが保存されています。



とりあえずお約束の一枚です。



何処に行くのでもその恰好なの?と聞かれます。
そうなんです。近年は背広か作務衣しか着る機会がなくて・・・・



映画で見る柴又帝釈天です。

夏休み明けの9月1日(月)ということで、 葛飾区柴又帝釈天門前参道商店街神明会は、本来の静けさにもどっています。



参道の神明会の商店街も昔ながらの風情があり、落ち着きます。

丁度今、BSではふうーてんの寅さん全48作を毎週土曜日に放映して毎週欠かさず見ているものですから、
この帝釈天の参道を歩いていると、渥美清さん演じる風テンの寅さんが、ひょっこりと現れそうです。



昼は、やはり「とらや」です。

実際に、8作目位まではこの店でロケが行われていたみたいです。



お土産には、やはり天ぷらで有名な”大和屋さんの柴又名物草だんご”と帝釈天の守り神御幣猿です。



三春昭進堂 髙橋龍一







| ryuichi | 09:02 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::東京散歩 |
’26浅草見物


消防団OB会の旅行です。


浅草寺と屋形船~そしてスカイツリーと柴又という、東京下町に触れるたびです。
健全です!



夏休み最後の日ということで浅草寺はたくさんの参拝客で賑わっていました。



夕餉の宴の前に、浅草一丁目一番地と云えば、そうです「神谷バー」で食前酒

夕暮れ時の神谷バーには、常連の方々お顔があります。
いつ来ても安心します。
たまたま同席させていただいた方も、よく見れば以前お話をしたことがある方でした。
また、そのかたの兄さんが作家の浅田次郎さんと同級生で、自身も懇意にしているとの事で写真まで見せていただきました。

浅田次郎さんの代表作「天切り松闇がたり」シリーズの中のこの神谷バーがほんの少しだけでてきますが、この常連さんは、その好で”神谷バーの事をもっともっと書いてよ”といったら「天切り松闇がたり」の最新本に詳しく記載してくれたそうで、早速私もカネサンに注文したいと思います。

テーブルには笹の川の純米酒のカードがありました。
風評被害名の関係ないことを実感です。

笹の川山口社長には、僭越ながら「いい仕事してますね~」
そして、ありがとうございます。





丁度浅草演芸場では、第三十三回「初代・林家三平追善公演」が掛けられていました。
三平師匠の追善として、毎年開催されている林家一門会が開催されていました。


来年新春の三春交流館まほらで開かれる「新春三春寄席」に出演する、林家たい平師匠の名前も見えます。

初代三平師匠の墓前に線香でもと思い、いくばくかの線香代として心づけを置いてまいりましたところ、三春帰還後に夫人の海老名香葉子さまからお礼の電話を頂きました。

さすが江戸の噺家の女房・御上さんです。
この義理堅さには感動です。




ありがとうございます。
海老名香葉子さまは、一昨年でしたか郡山条項会議所婦人部の記念講演に講師として出演いただきまして、当店女将の拝聴して感動して帰宅したことを思い出しました。

改めて御礼申し上げます。


又、演芸場へ道すがらにビートたけしさんの馴染みの店捕鯨船の大将にお目にかかり挨拶だけさせていただきました。





尚、浅草演芸場の9月中席の番組表ですが、前半の番組には、昨年新町睦会でお世話になった、”マジック・ジェミー”さんの名前もあります。



しかし、いつ来ても楽しい街です。



宴は、屋形船です。


「スカイツリーとアサヒビール金の泡と私」by吾妻橋

船宿は毎度お世話になっている「あみ清」さんです。




江戸前の寿司や天ぷらで宴会の開始です。
同伴の芸者衆は?



心配ご無用です。

あみ清やタカ船には不定期ながら、コンパニオンさんがエスコートしていただけるので安心です。

三味線や太鼓は持ち込めませんが・・・・
~隅田川の船の上で江戸情緒を満喫です。



これです。この感じが大好きです。
三春じゃなかなか味わえませんよ。



あみ清さんには、お土産までいただき、ありがとうございます。



あみ清の娘さんです。
さすが浅草の娘、ちゃきちゃきの江戸小町ですよ~。
また、小学生の息子がお客さんを見送り、ちゃんと手伝ってる姿には頭が下がります。
お世話になりました。



三春昭進堂 高橋 龍一

| ryuichi | 08:38 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::東京散歩 |
高田馬場牛込「高田穴八幡宮」~「一陽来復御守」商売繁盛


 早稲田 高田馬場牛込「高田穴八幡宮」の商売繁盛「一陽来復」のお札と御守を頂きました。

以前、所用があって、せっかく節分爺に都内に出たので、お客様から案内を頂いていた商売繁盛の神様である早稲田の牛込”高田穴八幡宮”へ「一陽来復」のお札を頂きに行ってから
数年ぶりの対面でした。


早速、節分の日。
真照寺での直会を早めに切り上げて、午前零時に店内の高いところへ貼らせていただきました。



穴八幡宮の場所は、早稲田通りを高田馬場から神楽坂方向に進むと、馬場下町交差点の手前にあります。

穴八幡宮で承けられる「一陽来復」のお札は「金運上昇・商売繁盛」にご利益があるとのことで、一年のうち、冬至~節分の約1か月半の間に頂けないとあって、全国の商人がそのご利益にあやかろうとこぞって参拝していました。




尚、「一陽来復」とは、説明版によれば、冬が終わり春が来ること。新年が来ること。
また、悪いことが続いた後で幸運に向かうこと。陰の気がきわまって陽の気にかえる意があるそうで、「陰が極まって陽に転じること」すなわち、「凶事が去って吉事がめぐってくること」という意味があるそうです。
配布の期間の初日が冬至というのも、1年の内で最も陽が短く、「陰の極まる日」から陽に転じていくということと繋がっています。


また、隣接する 放生寺で授けてもらう「一陽来福」のお札も、ご利益があるとのことで、冬至、大晦日から元日、節分 の年に3日間しかもらえません。





三春昭進堂 髙橋龍一


| ryuichi | 06:15 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::東京散歩 |
「真珠の耳飾りの少女」上野物見遊山
東京都美術館リニューアルオープン記念
マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」

ヨハネス・フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が来日しましたので、先日の休みを利用して、上野まで会いに出かけました。



フェルメールのシンボルともいえる、「真珠の耳飾の少女」(以前は青いターバンの少女と呼んでいた)との出会いは、禅僧である奈良宇陀市の大徳寺松源院の住職泉田宗健老師の著書「無へ 禅・美・茶のこころ」の表紙になっていたのを見たのがファーストコンタクトでした。



以来、作者であるフェルメールの謎めいた部分と相まってすっかりはまってしまいました。
以前、仙台へ開催された「フェルメールからのラブレター展」を見に行ったことがありますが、青いターバンの少女は来ませんでした。
「手紙を読む青衣の女」も魅力的でしたが・・・
今回は、上野のお山にある東京都美術館の2010年から3年にわたる改修で休館していた全面改装のリニューアルオープン第一弾 の企画だそうで、門外不出といわれた真珠の・・・を呼んでこれるのはやはり石原慎太郎東京都知事のチカラかな・・・



前泊をして先ずは前祝と行きたいところですが、真っ先に向かったのは息子の高校受験で願をかけた湯島の天神さんへ、無事高校合格の報告と御礼に参拝です。


湯島名物の鳥料理「鳥つね」で直会をして、親子丼で一献と思っていきましたが生憎の定休日です。

それでは「池之端藪そば」でと思い不忍池端を歩いていると「上野夏祭り」が開催されていました。
もしかして蓮見茶屋はとのぞいてみると今年もありました。
不忍池に張り出した“池床的”なサントリー蓮見茶屋の開店です。



不忍池夏の風物詩、大蓮を見ながら湖上を渡る涼やかな風を受けて夕涼み!



朝自修をそこそこに池之端藪蕎麦で、とりわさ・鴨焼き・せいろうで一献。
ちょっと飲みすぎましたが、ここは花の都の真ん中「上野」です。
寄席見物でもしなけりゃ始まりません。




鈴本演芸場で寄席見物と相成り、柳家喜多八師匠や紙切りの林家正楽師匠などで、充分に笑った後は、


お決まりの御徒町ガード下の大統領などの馴染みの店に顔を出して明日に備えます。




西郷南洲銅像


彰義隊墓所 西郷さんの銅像の後ろに彰義隊の慰霊碑とは何か意図を感じる配置です。

翌朝、早起きをして上野公園を散歩しながら場所を確認し、シャワーを浴びて身づくろい、朝ご飯を食べてから開館時間の午前9:30に美術館に向かいます。



上野駅から人の波を見て待ち時間をは覚悟しましたが、朝一ということもありストレスフリーで見られました。
皆さんお目当てはあの少女です。
そのブースだけ誘導路が造られ立ち止まりなしでの見学となっています。
以前、やはり上野で見た「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」での「受胎告知」を思い出だしました。



やはり本物は違います。
大きな青いターバンを巻いたまだ幼い顔に、少し口元があいた赤い唇が、無心で純粋な心が漂わせ、謎の微笑みをたたえながら、少女が佇んでいます。
耳に飾られた大きな真珠と、髪を包む鮮やかな青いターバンが、畏れ多いという感覚でしょうか、美しすぎて触れてはいけない
彼女の美しさを際立たせています。

さらによくよく見ると素朴さのなかに青いターバンというインパクトのある色がつかわれており、さらりその少女は真珠の大きな耳飾とつけていて唇が赤い・・なんとも違和感を感じる絵です。
少女の濡れた瞳が魅力的です。
少し開いたつややかな唇も、なんとも言えぬ魅力を放っています。

別名「青いターバンの娘」とも呼ばれる本作において最も特徴的な、黒色で統一される背景に鮮明に浮かび上がる少女の刹那的な表情は、極めて強烈な印象を与えます。
そして、エキゾチックな、青いターバン、そして東洋的な衣装。
そうして振り向き加減のポーズ全体が、観る者に何かを語りかけているみたいです。

何かもの問いたげに、強く、そして無邪気そのものといった眼差しで じっ~とこちらを見つめられると、己の心の中まで見透かされているようです。
前記の泉田老師の言葉を借りれば「観音様の眼差し」です。
何かを言いかけたかのような艶やかな口元は「観音様の口元」ということでしょうか。




約一時間ほどの美とのふれあいでしたが、帰りにはもう二時間待ちの人の波になっていました。


上野動物園も大盛況です。

その余韻をそのままに、山おろしを兼ねて「上野藪そば」でと思い、ニヤニヤしながら歩いているとやはり上野です。



中国雑技団のパフォーマンスをやっていました。
ここでも、来日早々の少女が一輪車に乗って高度な技を見せてくれました。



最高難度の技では、何回も失敗しますが、最後までやり遂げえる健気な姿に、心を打たれました。


成功したときの笑顔があの青いターバン・・・を彷彿とさせられます。
今日は少女から”力・パワーを貰う日”だったんでしょう、この子の無邪気さに脱帽です。
最後にちょっと御ヒネリをはずみました。


足の上に乗せた食器を次々と頭の上に飛ばして載せています。
2枚一緒、三枚いっしょ、そして四枚いっしょ!素晴らしい雑技です。


最後に、毎度の上野藪蕎麦で最後の悪あがき・・蕎麦で締めます。
はい、おあいそ!

マウリッツハイス美術館展
日時:2012年6月30日(土)~9月17日(月) 
    9:30~17:30 *入場は閉場の30分前まで
場所:東京都美術館 (東京・上野公園)
休室日:月曜 (但し、7/2,26、9/17は開室)
拝観料:一般1,600円、学生1,300円、高校生800円、65歳以上900円


朝日新聞の号外と出品一覧



| ryuichi | 05:46 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::東京散歩 |
「花の都大東京見物」浅草寺~浅草演芸場


当初の目的では、
浅草へ出て浅草寺さんを参拝して、

「ヨシカミ」

でビーフシチューをつっついて

「神谷バー」


で電気ブランをやってと思っていましたが、火曜日で定休日でした。

仲見世通りで、当店のユニホーム作務衣をお世話になっているsuzuyaさんで作務衣の打ち合わせをして、伝法院通りから六区へ・・・・


神谷バーから、スカイツリーと金の雲でおなじみのアサヒビール社屋が並んで立っているのだ見えます。


浅草寺にも残雪が残ります。


境内からのスカイツリー



参拝後は、浅草演芸場で寄席見物です。
浅草の町は、エノケン、渥美清、井上ひさし、ビートたけし。そうそうたる喜劇人を生んだ場所でもあります。
今でも浅草を根城に頑張っている多くの芸人がいます。



私はどうも「東京≒浅草≒寄席≒上野≒蕎麦屋≒ガード下」という公式からなかなか抜け切れません。
ローヤル喫茶店で軽く日替わりランチを食べてから、浅草演芸場です。
売店で、ビールとお酒、そして摘みにお稲荷さんを買って寄席見物です。
お酒を飲みながら長居をするときは2階席に行きます。






浅草演芸場(寄席)のある、浅草一の繁華街六区。
六区とは地名で、明治のころの行政区分からの由来です。



浅草寺のすぐ隣にある浅草の歓楽街の中心で、映画館や芝居小屋が並びます。
関東大震災で崩落した凌雲閣(浅草十二階)があったのもここ。日本で初めて映画館ができたのもここ。
どうも東北人には、上野御徒町そして浅草は居心地がよく、長居をしてしまう場所です。




帰りには、いつもの上野の「藪そば」

江戸藪の流れをくむ上野藪蕎麦

穴子の白焼きと揚げ茄子のそば味噌かけで燗酒で一献。
〆にせいろ一枚とお決まりのメニューです。


そして、ガード下の昔ながらの本店「大統領」で、もつにとテッポウで一杯ひっかけて新幹線に飛び乗り無事帰還でした。
毎度ながら、大変有意義な東京出張でした。


大きな地図で見る



| ryuichi | 05:29 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::東京散歩 |