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「一里行けば一里の忠、二里行けば二里の義 」高杉晋作 下関功山寺挙兵




「今日の場合、一里行けば一里の忠を尽くし、二里行けば二里の義を尽さんとす」

高杉晋作
下関功山寺挙兵


功山寺は鎌倉期に創建された長府毛利家の菩提寺で、仏殿が国宝にも指定されている曹洞宗の名刹です。







今年の島根帰省の折りには、念願であった山口県は下関にある功山寺に行って高杉晋作馬上像を参詣してまいりました。


下関・馬関海峡で、攘夷を実行して異国に打ち払われ、「八月十八日の政変」で京都から追い出され、「禁門の変」の敗退で朝敵とされ、馬関攘夷戦の報復にやってきたイギリス・フランスなど列強4カ国連合に惨敗、そして、第一次長州征討・・・・幕府の征討軍約3万に取り囲まれるという、追いつめられた長州藩。

第一次長州征伐後、幕府への恭順を主導していた長州藩俗論派政権を奪い返すべく、高杉晋作が功山寺に80名の同士を集めて決起。

クーデターはみごとに成功して、以後長州藩は倒幕への道をひた走った。


回天義挙ともいわれるこの戦いに端を発する長州藩内の一連の紛争を「元治の内乱」という。







『晋作は、馬上の人になった...
馬の前脚が騰がったとき、この男はふりかえりざま、「いまから長州男児の胆っ玉をお目にかけます」...
彼はいつの場合でも狂言作者と役者をかねていたが、このとき舞台は雪の功山寺境内であり、相手役は都の貴人たちであった。時期は、長州の絶望的な政治的季節であり、その時に吐くべき台詞(せりふ)をこの男はみごとに作りだした。
司馬遼太郎著「世に棲む日々」から抜粋







高杉晋作は必死の説得を試みたが諸隊長の反応は鈍く、結局功山寺に集結したのは伊藤俊輔率いる力士隊と石川小五郎率いる遊撃隊のわずか84人だけであった。


晋作にとっては、生死をかけた賭けに出たと・・

最大の庇護者である白石正一郎の弟に自分の墓石を頼んでいます。


「故奇兵隊開闢総督高杉晋作則/西海一狂生東行墓/遊撃将軍谷梅之助也」

自分の墓には、そう刻んでほしい、と。

まさに松陰の教え「死して不朽の見込みあらば、いつにても死ぬべし」を実践しようとしていたのでしょう。

元治元年12月15日、雪の降る深夜。晋作は率いる部隊とともに、長府の功山寺の山門をくぐります。

客殿に長府功山寺に在する三條実美、三條西季知、東久世通禧、壬生基修、四條隆謌、五卿(澤宣嘉は平野國臣らの生野乱にて戦死、錦小路頼徳は病死)が潜居していました。

晋作は五卿を前に決起の趣旨を語り、祝い酒を振る舞われたといいます。

五卿らは、訳がわからなかったかもしれません。

この時、晋作は26歳。

紺糸縅の具足に、桃形の兜を首から背にかけ、玄関外まで見送りに出た五卿らの前で乗馬すると、振り向きざま叫びました。


「これより長州男児の肝っ玉をお目にかけます」と宣言し颯爽と挙兵。

18名(20名説もあり)からなる決死隊で三田尻の海軍局に攻め入り「丙辰丸」など軍艦3隻を奪取。

東山寺に転陣して馬関割拠の体制を固め、遂に長州藩正規軍を破り長州回天を成功させた。



夜明け・回天義挙の幕開き 







『動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し』 
伊藤博文は後に高杉晋作の墓所がある下関郊外清水山の「東行碑文」に
「動けば雷電のごとく、発すれば風雨のごとし。衆目駭然としてあえて正視するものなし。これわが東行高杉君にあらずや。」と揮毫したが、功山寺の情景を眼前に現す名文である。






「高杉晋作回天義挙像」
台座には晋作を尊敬していた岸信介の書で「高杉晋作回天義挙像」と記されている。
台座碑文「一鞭回天 明治維新 宇内うだいに輝く 嗚呼鬼神東行とうぎょう先生」(東行は晋作の号)







功山寺には、三条実美ら五卿(七卿)の御在所が現在も保存されており、境内には馬上挙兵に乗出す高杉晋作を映した見事な一鞭回天像があるが、傍らに「一将功成って万骨枯る」の碑があります。

尚、功山寺には、坂本龍馬と親交があり「寺田屋事件」のときにも槍をふるって龍馬を助けた長州藩士・三吉慎蔵の墓がある。






鶏声々訴清晨  
夢覚紅楼日已新
塵世笑他人事閙  
閑迎二十五年春
   東行 癸亥正月元旦作







春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:59 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::島根の夏休み |
石見「畳ヶ浦」 2018夏



島根浜田の家から車で10分位のところにある千畳敷石見「畳ヶ浦」です。



結婚してからですからもう21年浜田に帰ってきていますが初めて行きました。






絶景で知られるウユニ塩湖(コロンンビア)に似ているところから山陰のウユニ塩湖とよばれるようになりました。





そして、先ごろは火野正平さんのNHKBS「こころ旅」でも紹介された石見浜田の人気急上昇の名所です。







トンネルを通り浸食された海岸洞窟を抜けるとそこに絶景が待っていました。






駐車場は200円






紅の豚に出てくる島トンネル見たいです。







中にお不動さんを祀る御堂があったりして、心霊スポットにもなったことがあります。







日本海に沈む夕日と疊ケ浦は幻想的な光景が広がりますが、夕刻は忙しくて昼間の画像ですみません。






尚、浜田市観光協会の画像をお借りしました。



目の前にある海の家で宴会をしていたおじ様片に「石見の夏の烏賊(いか)」の烏賊そうめんと烏賊の酢の物、そして。「バトウ」のフライをごちそうになりました。



これがまた絶品!


今まで浜田で食した食べ物の中で一番のおいしさです。








山陰にお越しの際は数ある日本海の海の幸の中で夏は「烏賊」と「鯵」、そして「バトウ」・・・

冬は「のどぐろ」







家から徒歩3分の浜田漁港


この辺は外せません!





魚がおいしいわけですね~♪





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:56 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::島根の夏休み |
28 津和野 太鼓稲成神社参詣


津和野にある母方の墓参です。

島根帰省での恒例行事です。




津和野の名所「太鼓稲成神社に商売繁盛を祈願してきました。




この日もPーkan。暑いのなんのって!

東北とは湿度の違いでしょうか?

暑さが違います。



7

赤い鳥居と私です。

運動のために帰り配置も階段を歩かされています。


いよいよ三春帰還となります。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂

| ryuichi | 20:43 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::島根の夏休み |
島根山陰紀行



今年はそれぞれ高校生になった息子たちは、それぞれに用事があり浜田への帰省には同行してくれませんでした。

いつまでも一緒に来るようではと思っていましたが、大人だけと言うには、やはりさみしいものでね。
子供達の進学した後の生活を垣間見たような気がします。

今回の島根では、津和野への墓参。

そして、広島へは義伯母の見舞で儀従兄妹の方々と会食し、皆様の元気なお顔を観れて安心しました。

また、山口の周南市へ私の従姉、母方である本宮町太郎丸の観音様前にある小山菓子店の娘で、周南市新南陽の”なかがわ和洋菓子店”に嫁いでいますので久しぶりに顔を見に行ったりしました。

朝は、何時もの有福温泉で湯浴みです。


津和野太鼓稲成神社

これと言った観光地にも子供がいないと行かないもんですね。
最も、もう20年位の帰省ですので広島、呉、松江、出雲や京都、昨年伊勢神宮などそれなりの場所には行ったものですから…



なかがわ名物の「しゅうなん外郎」


しかし、周南の一つ上の従姉妹(郡山商業高校の先輩でもあります)には30年ぶり位に会えて、がんばっている姿には安心するとともに、私も頑張らなくてはと気合をいただきました。
母の実家本宮太郎丸の小山は、商人の最高の褒め言葉である”本当に稼ぐ”方々で、行くたびにパワーをいただいて来ていましたが、三春からすれば本州の西の果て、山口の周南市南陽で、その従姉妹から同じパワーをいただくなんて…想像はしていましたが。

三春昭進堂 高橋 龍一

| ryuichi | 16:27 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::島根の夏休み |
津和野にて’26夏


家内の母方の墓所が在る津和野です。

毎年墓参に来ていますが、今年はどうしても鮎が食べたくて、津和野観光の立ち上げ当初からの郷土料理屋「遊亀」さんで鮎三昧と洒落込みました。
鮎のフルコースをいただきましたが、その鮎は店内の清流池から注文を受けてからすくい上げ活き〆鮎を塩焼や唐揚げ、背越し刺身、お吸い物や炊き込みご飯等に仕上げて頂けます。
塩焼では何と私の鮎だけ子持ち鮎でした。

三春昭進堂 高橋 龍一

| ryuichi | 21:00 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::島根の夏休み |
津和野にて’26夏



仕上げは名物店で餅や団子そしてカキ氷で一服して婿殿としての一仕事を終えました。



太鼓稲成神社

三春昭進堂 高橋 龍一

| ryuichi | 20:57 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::島根の夏休み |
石見有福温泉


島根では、観音寺参禅の後に、車で10分位のところにある、有福温泉云湯浴みに行くのが日課となっています。

泉質もアルカリ単純泉で肌がすべすべにある「美人の湯」とされています。



細い道から石段をのぼるとすぐに見えるのが「御前湯」。

レンガづくりのその外観は、大正浪漫を彷彿とさせるレトロなレンガづくりに、歴史を感じつつ中に入ると、そこには昔懐かしい番台があり、昔のように湯銭を払います。

湯に入れば、中央の丸い石からこんこんと天然の温泉水が湧き出ている有福ではもっとも有名な外湯です。

また、”福が有る”という「有福」の名を戴く温泉です。
入っているだけでも、福が舞い込んできそうです。

ま、このように島根浜田での夏休みは、もっぱらこの一年に溜りに溜まった”市井雑多の塵芥”を、ひたすら洗い流す、私にとっての除夜の旅です。

明日より、心身ともに清々しい通常営業です。

皆さまのご来店をお待ちしています。

ps.中村敬信さまには、いつも”仁多米”を頂きましてありがとうございます。
修業でお忙しい中、奥出雲の実家まで取りに行かれます、重ねて御礼申し上げます。



寶慶寺での安吾無事終了されますこと福島の空の下より、こころよりご祈念申し上げます。



| ryuichi | 10:20 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::島根の夏休み |