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「三春影山一二・キクのルーツを辿る」~ミッション1:戸籍を遡れるだけ遡れ!~




当店発行の塵壺330号 「三春版ファミリーヒストリー調査の顛末記」 

平成31年1月発行でご紹介した東京のN様のご先祖探しが一つの形を迎え、その第一弾として先ごろ「三春影山一二・キクのルーツを辿る」~ミッション1:戸籍を遡れるだけ遡れ!~という報告書にまとめられました。

当店にも送付いただき、感心しながらも楽しく拝読させていただいています。

“三春の滝桜は1000年以上もどっしりと根を張って生き続けています。

先祖が代々眺めています。人間はそうはいきませんから、短い命のバトンリレーです。

バトンを繋いできたご先祖様に感謝して、自分はこの瞬間を精いっぱい生き、次のバトンを子に渡したいと思います。”と記されていました。“








これぞご先祖探し、そして、地域の歴史探訪の原点なんだろうと思います。

まだ、途中経過の報告ということですので今後の展開が楽しみです!




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:28 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録 |
「職業シンポジウム」 三春中学校 3年生   令和元年9.13




「職業シンポジウム」 三春中学校 3年生   令和元年9.13

            三春昭進堂主人 髙橋龍一


先日、母校である三春中学校3年生の総合的な学習の時間で職業シンポジウムの講師に招かれお話ししてまいりました。

私たちが子供の頃、三春の先輩方から様々なことを教えていただき学んできました。

昔から三春人は、教育・人間育成ということには驚くほどの力の入れようでした。
 
私たち三春昭進堂も、お菓子を通してこれに少しでも貢献したいと思っています。

そして、次代を担う若い人々が夢を持ち働くということは、社会や人と大きく関わり、つながっていくことだと実感してほしいと願っています。

この職業シンポジウム等の学校への協力は、上記の先輩の皆様方への恩返し、そして、後輩へと継承する三春の教育を少しでも果たしたいと考えています。

未来を担う、三春の後輩たちの”学び”に、少しでもお役に立てればいいなあと思います。







私は、三春城下の和菓子屋という立場から“三春の良さ”と共に“三春の強さ(利点)”を伝えました。

東北は福島県の小さな三春という町。
東京や大阪、仙台などの大きな都市みたいに誰もが知っているところとは違い「遠方の人は誰も知らねえべぇ~」、「田舎の小さな町の名前なんか判るのかよぉ~」と思っているかもしれません。

しかし、滝桜を筆頭とする町内の桜たち。
日本人が一番心待ちにする季節である「春」には、三春が日本・世界で一番脚光を浴びる町となります。

テレビや新聞などのマスコミが「三春」という名前を日本国内はもとより世 界各国に向けてもドンドン宣伝してくれるのです。

桜の発信力が経済効果を生み「三春」と聞けば“枝垂れ桜の綺麗な処”と全国の人が知っている場所になるのです。
三春昭進堂の名前を個人で全国区にするのは途方もないお金と労力がかかります。

しかし、滝桜のある小さな城下町「三春」という名前は全国どこでも通じます。


この三春をメインに宣伝すれば「三春の饅頭屋」で充分に全国区になりえるということをお話しました。

当店独自のホームページや、チラシ「塵壺」、そして、「平成版三春城下絵図三春物見遊山」を発行し、桜のセールスポイントにプラスして「小さな城下町三春」をアピールすることにより三春昭進堂を大きく宣伝していることになるということを説明しました。

これらの事柄を念頭に「三春」生まれということが、自分に自信を持つ根源の一つとなってほしいと思います。

“自分を好きになる”ということは“自分自身を顧みる”ということ、つまり、禅寺に掲げてある「照顧却下」足元を顧みることが大事ということを話しました。

足元とは生まれ故郷である“三春(地元)”を顧みることです。



下記は講演内容です。


三春昭進堂 
四季により作るお菓子が違う
 春・花見団子 夏・麩饅頭 秋・栗大福 冬・イチゴ大福 

通年商品 名物「おたりまんじゅう」 「豆大福」

月見 団子 春秋のお彼岸 おはぎ 三月お雛様 桜餅 
五月端午の節句 柏餅等々 お菓子

スタッフ5人 一日6千個 

手作りのこだわる 機械製造でのノウハウは大手菓子メーカーには敵わない


三春は滝桜のお陰で毎年春には日本中、世界中から脚光を浴びる

最大のトップ営業マン「滝桜」

塵壺 平成3年より発行 

・支店やテナントを出すより経費が安い 

・三春にお客さんを呼びたい

・饅頭屋の隣に魚屋 相乗効果

平成版三春物見遊山 三春の宣伝!

ホームページ 三春9割  全国に発信!

三春(ロマンチックな名前)、瀧桜 全国区の地名 三春の饅頭屋 







修業 湘南は茅ケ崎 東京 三春が言えなかった みんな知っている
郡山商業 大学行ったら三春に帰らない


経営者 仕事がら全国の経営者 

初めての人は、その人をフィルターとして三春を見ます。

挨拶や懇親会 お国自慢 自分の出身地を背負って 社会で活躍!

胸を張って三春の歴史や長所 伝える    

足元を見る 自分自身を顧みる 自分の足元=三春 

三春という小さな町 少し目立つことをするとメディアが拾う
車社会 県中 郡山25万人 近い 強味  

CM 人生長いよ~ 大人って案外いいもんですよ

課題としては、今の子供たちは自己の肯定がすくない 
自分の生き方 仕事 家庭 趣味サークル 自信を持つ 自惚れて(うぬぼれ)
地元三春を見る=足元~自分自身

どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失わない 足元

人生の初めての選択 高校受験 大学受験 就職試験 会社での部署 昇給
生活環境の変化 選択 

人間ていうのは、必ずドアを叩かなきゃいけない時がくるのよ。その時、叩くって勇気いるよね、怖いしさ。どうなるのかななんて思うけどそこで分かれるよね。叩く人間とそうでない人間に・・・。
 
ある程度キツイ目にあわなきゃいかんのよ。萎縮しちゃうやつもいるけど、バイタリティになる。なにくそ、冗談じゃない。そう思えるだけ、オレは幸せだったかもしれないね。







 禅の心を表した語の中に「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」があります。人生には良い日も悪い日もなく、どんな日でも“好日”と受け入れることが大事であると解していますが、正に木村さんの生き方そのものです。
 「ありのままを受け入れていることも、各々の心の持ち様で、心の在り様です」と教えていただきました。

僧侶は、「袈裟」をかけています。
皆さんにも良いご縁が多々ございまして、親兄弟先生、そして友人年齢は関係ありませんよ。皆様方が「袈裟」を支える布、そして「ご縁」そのものです。
人とのつながりやご縁、そしてお陰様と日々感謝すると共に、ご縁を大事に、社会を支える大きな布に成ってください。



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| ryuichi | 04:47 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
BABYMETALの神バンド(バックバンド)の超人気ドラマー青山英樹さんにご来店いただきました。




先日、当店HPを見て先祖探しをされているおじいさまが白岩町のご出身とする東京在住の青山氏ご家族にご来店いただきました。

ミュージシャンの青山英樹さんです。


英樹さんは、世界的なドラマー故青山純氏の長男さんです。

純氏は、山下達郎さんや竹内まりやさんをはじめ、MISIAのツアーのバンドマスター的な存在になっていたミュージックシーンには欠かせない日本を代表するドラマーです。


そして、ご自身も世界的に活躍するBABYMETALの神バンド(バックバンド)のメンバーとして活動している超人気ドラマーです!


青山英樹






https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E8%8B%B1%E6%A8%B9

青山純
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B1%B1%E7%B4%94









郡山市白岩町出身の祖父のルーツを探るために当店ホームページからのご来店でした。

ご来店ありがとうございます。

青山さんは、戸籍などから旧三春藩領で現郡山市白岩町舘という住所にて江戸後期まで遡られて自筆の家系図を作っておられました

また、その筆頭者である初代が三春町鷹巣の影山氏から養子に入っているみたいで、そのお墓参りもしたいとのことでした。

白岩町出身の青山という高校の同級生(偶然にも住所が同じで直径の親戚!)がいたり、同じ白岩出身で舞木に在住のお客様で青山さん(体調を崩されていたのでこの日午前中に半年ぶりにご来店)がいました。

また、江戸末期の戸籍上に縁戚のある鷹巣の影山さんも当店の長年のお客様です。


さらに、田村四十八舘を調べている中でも白岩舘や関本舘関連に青山氏があったので知りうる限りでお話をさせていただきました。

偶然が重なりすぎるような、不思議なご縁を感じます。

三春青山氏は、戦国期には常葉の山根にあった関本舘主で青山氏
旧山根村(田村市常葉町山根)大字関本上野にありました。


三春城主田村氏の臣 青山忠興が居舘していました。

天正年間、岩城城主 岩城常隆の田村侵攻の際に落城しています。

・青山藤兵衛、天正13年に発生した「小手森館の戦い」で、伊達政宗勢に属した田村清顕に従い大内定綱勢と戦い負傷。

後、青山氏は、田村四十八舘白岩館新舘に居舘します。

豊臣秀吉による田村仕置によって田村家が伊達に去ってから青山氏は帰農して白岩村の名主として明治維新を迎えます。

三春青山氏の嫡男は代々名前に「忠」の文字が使われていることから徳川譜代や郡上八幡城主青山氏と祖先を同じくする上野国吾妻郡青山郷(現・群馬県吾妻郡中之条町青山)の出身の家系ではないかと考えられます。

旧白岩舘は「風神館」ともいわれる。

田村氏四十八館のひとつで、白岩主膳、後に久賀肥前守の居城。

この三春地方でも戦国乱世といわれたこの時代、三春城主田村氏を取り囲む環境は、群雄割拠、会津芦名、須賀川二階堂、相馬氏、伊達氏、佐竹氏等々周囲に強大な敵があり、正に四面楚歌の状況でした。





白岩風神舘は、三春城主田村義顕が築いた領内防備の後に云う「田村四十八舘」の一角で、須賀川二階堂氏への備えとして三春本城南西の重要な防御の要で、田村家中でも信頼できる城主として駐留させていました。

須賀川勢を率いる二階堂氏は常陸佐竹氏を最前線になったのが、三春城の南西にある斉藤舘と白岩風神舘です。
 二階堂氏の須賀川勢、岩瀬勢は、このそれぞれの侵攻口から斉藤、白岩舘に猛攻を加えます。

 しかし、久我肥前は、さすが三春田村氏の中で一、二を争うほどの戦巧者と言われた名将です。それぞれ与力衆を率いて神出鬼没の戦術を使い必死の防衛戦を展開し二階堂勢を苦しめます。さらには、野戦においても勇猛果敢に打って出て、それぞれの総大将めがけて突撃し死闘を繰り広げ、須賀川・岩瀬の二階堂勢は、次第に劣勢となり多数の戦死者を出すという痛手を被って敗退します。

この戦は三春田村氏の存亡にかかわる未曽有の危機から救った輝かしい武功だったと伝えられています。

 なぜ、白岩舘が「風神舘」と呼ばれているかといえば、舘北西一帯の安山岩が露出した断崖にある風穴から風が吹き出す音が、風神の風の音の様に聞こえるところから付いたとされています。

後にこの音は、この舘の攻防で戦死した兵の悲しみの叫び声が聞こえてくるとも伝えられるようになり、その激戦の様を今に伝えています。






    
後に白岩舘新舘を築城し青山氏が居舘しますが、青山氏は旧白岩舘をよく保護して戦没者を慰霊しています。

 現在、白岩舘の址には、白岩神明宮、御嶽神社が祀られます。

青山庄右門が、慶応二年奉納した灯籠を見ることができます。



先輩から聞かされた昔、年寄りから聞かされていた話として、

一族のルーツ、長男・青山氏--白岩庄屋、二男・神山氏---沼沢庄屋、三男・影山氏---斎藤庄屋

これを調べてみたいと思います。









美濃郡上八幡青山氏や篠山青山氏(宗家)と祖を同じくする名門です。

東京青山の地名の由来にもなっています。

江戸の古地図をみると、青山の各地に青山家が点在し、現在の青山中学校や青山霊園、乃木坂などの地に青山家の屋敷がありました。


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| ryuichi | 05:30 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録 |
福島県建築士事務所協会 県中支部青年部研修会 「三春周辺歴史・建築探訪」



一般社団法人福島県建築士事務所協会 県中支部青年部研修会 「三春周辺歴史・建築探訪」


福島県建築士事務所協会 県中支部青年部は、株式会社村上設計取締役村上様を会長とする県中の設計事務所の青年部の方々が所属する会です。


同会相談役のエーユーエム構造設計株式会社の浜尾様よりご依頼がありまして、昨日、三春城下の寺社仏閣や歴史的建造物をご案内いたしました。

公私共にお世話になっている郡山市雲龍堂の阿部様からのご紹介を受けた浜尾様からの依頼ですので、少しでも三春城下を知っていただこうと快諾してご案内をした次第です。


当日は、15名の方の参加され、初めに真照寺住職山岸和尚様には真照寺の説明と真言密教式座禅の阿字観をご教授いただきました。

また、庚申坂弓町新地の旧妓楼の所有者河辺様には、妓楼内をご案内いただきました。

ありがとうございました。




以下は案内した場所となります。

1、真照寺 三春藩主秋田氏祈願所 午前8時~
真照寺山岸住職及び三春昭進堂髙橋による三春城下歴史概要・真照寺説明

・藩主御殿遺構 欄間・木戸
・弘法大師、興教大師木造
・古四王堂
・方丈池









2、庚申坂弓町新地 河辺邸  午前9時過ぎより見学可能






私自身も、旧遊郭である妓楼へお邪魔するのは初めてのことです。







私自身も楽しませていただきました。














大正年間に撮影された満開の瀧桜と娼妓が写った写真がありました。

桜木として初めて国の天然記念物に指定された大正11年の翌年の春だと思います。日本髪の庚申坂弓町新地遊郭の娼妓さんが写っています。






これは貴重な構図です。





そして、終戦後の進駐軍兵士登楼お断りの看板!






陶器の便器




三春乗合自動車開業のポスター





河辺さんの旦那様による補修・修復によって保存状態がよく保たれています。






玄関引き上げ大戸の傷跡



3、田村大元神社 三春藩藩内総鎮守 



・仁王門

・本殿 

・熊野宮・北野宮 


4、天澤寺 曹洞宗 


・伽藍・天邪鬼 

・身代わり地蔵尊 

・駆け込み寺  

・柿の木地蔵  

・お城山 秋田家慰霊塔 北畠浪岡氏 

・上席宿老(家老)山舘秋田氏の家老屋敷跡

桜川沿い 

・百杯宴碑 


7、大町お祭通り ・磐州通り







7、三春文化伝承館 紫雲閣(現在立ち入り禁止)







座敷蔵「紫雲閣」は昨年から一部破損して居る為に現在立ち入り禁止となっていました。









盆過ぎとはいえ快晴の真夏日です。


暑い中お疲れさまでした。

また、メンバーの三条屋代表の宮川様とは幕末の長岡藩家老・軍事総統の河井蒼龍窟の話での楽しい情報交換をいただきありがとうございました。

これは別枠でもっとお話ししたいところです。




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| ryuichi | 04:30 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::講話集 |
巨大な急須(土瓶?)



巨大な急須(土瓶?)をお預かりいたしました。


期間限定で店先のウインドに飾らさせていただいております。






大きさがわかりますか?


陶器でできています。






持ち手は弦です。



急須と呼ぶには大きすぎるようで、土瓶と呼ぶものでしょうか?



ご来店の際にご覧いただければ幸いです。




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| ryuichi | 04:27 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
昭和レトロ ノスタルジックな手動式かき氷機 「HATUYUKI 初雪」




昭和レトロを彷彿とさせるノスタルジックな手動式かき氷機 「HATUYUKI 初雪」です。


富士山に初雪と描かれたトレードマークに、南極観測船とプラネタリュウム、そして衛星?を設えています。





和菓子屋として、男の生き方の師匠である郡山市堂前の「さかうち」菓子補から頂いてまいりました。







店内の夏の装飾品として店内に飾りたいと思います。







なかなか渋い氷削機です。







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| ryuichi | 04:25 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
三春小学校6年生の総合学習の時間「三春探検・三春町マップの作成」の御礼の手紙が届きました。






先ごろ実施された三春小学校6年生の総合学習の時間「三春探検・三春町マップの作成」での郊外学習の際に当店に来店された児童の皆様方の御礼の手紙が届きました。

ありがとうございます。

これを読むのが楽しみで講師役を務めているかもしれません。






歴史と伝統のある三春に生きていることに誇りを持ってもらいたい。

未来を担う子供たちに、自らが住み暮らす三春の歴史や培われてきた文化について改めて知ってもらいたい。

そして、このような場を提供することで、自主独立の精神で三春の先人たちが築き上げてきた地位に対する愛着をより高めてもらいたいと考えています。








未来を担う子供たちが大人になるための「生きる力」を育んでいくため学びの場には、学校での教育、家庭での教育はもちろんですが、もう一つ地域での教育も重要です。


それぞれの教育の場がそれなりの役目を持っているんだと思っています。

自分が暮らす、地域社会の中で大人や様々な年齢の友人と交流し、様々な生活体験、社会体験、自然体験を豊富に積み重ねることが大切です。







そして、地域に住む、多くの方々が協力・連携・協働することにより、郷土三春の豊かな自然環境や歴史的環境、そして、それぞれの地域で培われてきた暮らしの知恵や文化を、子供たちを通して 次世代に伝えたい。


私たちは、より良い三春の構築の為に、この先人から受け継いだ三春という宝物を次代へと引き継いでいく当事者として責任を感じています。


三春昭進堂は、そんな願いを込めて学校の活動に積極的に協力する活動を進めています。




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