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KFB福島放送 ふるさとシェア 三春 2月27日(火) 午後3時48分~放送分 三春城下に“春の訪れ”を告げるイベント 三春藩主祈願寺「真照寺節分会豆まき」 本日、火曜日は定休日となっています。





KFB福島放送 ふるさとシェア 三春 2月27日(火) 午後3時48分~放送分

三春城下に“春の訪れ”を告げるイベント 三春藩主祈願寺「真照寺節分会豆まき」












三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 07:01 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::KFB「シェア!」 三春 |
Kfb福島放送シェア 12月7日(木) 15:48~ 三春大神宮のライトアップと秋季例大祭、そして、中町若連神輿の川崎とのご縁






Kfb福島放送シェア 12月7日(木) 15:48~

三春大神宮のライトアップと秋季例大祭、そして、中町若連神輿の川崎とのご縁

三春城下晩秋の風物詩「三春城下ライトアップ」での三春大神宮のライトアップから三春大神宮の紹介。

そして、今回の主題となる、先ごろ行われた三春大神宮の秋季例大祭の模様とお膝元の町会である城下中町の中町若連と川崎市の深い絆・・・・現在の中町若連が誇る本格的な宮神輿・御神輿は、25年前に川崎市の浜川崎で洋品店を営んでいた第一屋洋品店の社長が代表を務める「浜町商店会・浜町睦会」から譲り受けたものです。

しかも、第一屋の先代が三春中町の旧桑原商店の大番頭というご縁で、人と人の絆と心意気が折り重なって無償で譲り受けたものです。

この神輿が中町に譲渡されるという段になって中町若連では、ある程度の謝礼を用意したみたいですが、「これはお金じゃないんだ、人と人の心で譲るんだ!大事にしてくれればそれでいい!」と第一屋さんにピシャッと断られた話しを伺いました。

以来、三春大神宮の祭礼には川崎から有志が連れだってお神輿担ぎに臨場し、夏には中町若連有志が川崎へお神輿担ぎや三春山車太鼓を披露しに出張して・・といった具合に交流を深めています。






昨今のコロナ禍によって数年途絶えていましたが今年四年ぶりにその交流が復活して、川崎に神輿担ぎへ、そして、先の三春大神宮祭礼には川崎からといった具合に熱い絆の復活の模様をお伝えします。

・紅葉の三春大神宮からスタートして、三春大神宮の紹介、紅葉ライトアップ、7つの町内の若連の皆さんが盛り上がる秋祭り、深谷悠大君も新町の花車を引いています。

そして、中町若連の山車と宮神輿のコラボ・・・三春山車太鼓と川崎どっこい神輿甚句のコラボ!

・中町若連と川崎の繋がり説明~ 川崎浜町でも神輿の様子!





・桑原商店の蔵の中に大切に保管してある宮神輿を改めて見入る「お祭り小僧(爺?)二人組!
この御神輿は、浜町睦会会長で第一屋洋品店2代目社長”勝ちゃん”こと橋本勝通さん、そして板金屋の粳田三郎さん、大工の秋元長吉さんが心血を注いで作った御宮造の本格派の御神輿です。

※私も若かりしころ、友人の桑原崇君と二人で一緒に二泊三日の神輿行脚として川崎へ神輿担ぎに出張しています。







古い写真と飲み比べはいかが?
ビフォアー&アフター 35年の時を超えて・・・

この様な流れに則った感じで動画は収録してあります。









以下、詳細説明

オープニング動画・三春大神宮前境内 鳥居前 挨拶・・龍一
三春大神宮の紹介・動画 昼間の景色 歴史・龍一の解説 

三春藩3代藩主秋田輝季が貝山岩田より神明宮として現在の神垣山に遷した三春藩五万石藩の神社で、以来、神明宮・シンメサマと呼ばれて領民に親しまれ、明治に入ってからは天照大神を御祭神とする三春大神宮と改称されました。

紅葉の名所 町民の憩いの場 

10月には例大祭が行われ、旧三春町内全域を神輿渡御に伴い、長獅子や各地区の山車、花車や御神輿大人、子供御神輿がにぎやかに練り歩きます。

棚織神社
三春大神宮境内末社 棚織神社は、三春地方の織物関係者の勧請により社殿を造成し共同でその祭祀にあたって信仰を集めていました

松尾神社(松尾大明神、松尾名神)
創建年月、沿革は不詳、山城国(京都)松尾大社より八幡町裏町に勧請し明治初頭に現三春大神宮末社笠森稲荷神社境内に合祀されました。松尾大明神を氏神にする秦(はた)氏は、奈良京都を中心に国内全域に亘って、酒造・水路・鉄器・国土開発・養蚕等の技術を伝承

 橋本神社
南朝の忠臣橋本正茂を祭神とした、同族神の神社で大正7年ころに作られたものです。
大正7年、正五位を贈られたことからはじまり,橋本姓を名乗る人々によって維持されていました。

動画・三春大神宮秋季例祭の模様  祭礼の紹介 若連連合会 龍一

動画・中町町会の山車と神輿 
三春大神宮秋季例大祭の先頭は、やはり、長獅子です。
新町田村大元神社と荒町八雲神社の長獅子が隔年交代勤める
・今年は新町田村大元神社の長獅子







・大神宮お膝元 城下中町の中町若連 
川崎市より市内でも一番大きい手作りの御神輿 三春へお輿入れ・譲渡 

・この第一屋さんというのは、太平洋戦争後の復興期から高度成長期にかけて日本橋に支店を設けて関東一円に商いを広げていた三春城下中町の衣料品屋「桑原商店」。
その大番頭を務めていた橋本亀義(勝通さんの父)さんとその妻ヨネおばちゃんが、独立して戦後復興景気で賑わう川崎市は復興の原動力ともいうべき大都会川崎は、川崎大師、日本鋼管に程近い浜町通り商店街に職人御用達の衣料品を商う出店した洋品店です。


私も若かりしころ(35年前)、友人の桑原崇君と二人で一緒に二泊三日の神輿行脚として川崎へ神輿担ぎに出張しています。

しかし、浜町でも都市化が進み約25年前にはこの御神輿が廃止の危機となりますが、城下中町の町内会・若連会がこの神輿を引き継ぎ現在に至っています。

この神輿が中町に譲渡されるという段になって中町若連では、ある程度の謝礼を用意したみたいですが、「これはお金じゃないんだ、人と人の心で譲るんだ!大事にしてくれればそれでいい!」と第一屋さんにピシャッと断られた話しを伺いました。

神輿が中町若連に来てからも川崎浜町とは縁が続き、毎年秋の大神宮祭礼には川崎の有志がこの神輿を担ぎにやって来ます。また、夏の浜川崎八幡神社の祭礼には中町若連の有志が神輿担荷に出向いて交流を深めています。





今年はコロナ禍もあって途絶えていた川崎出張も4年ぶりに復活して、私も参加してきました。
尚、中町でのあいさつは朝からお休みまで一年を通じて「どっこい!」ですよ!

動画・毎年川崎に神輿担ぎに行っている 今年4年ぶりに来訪

現在の川崎氏浜町二丁目の神輿と中町若連山車太鼓の競演


動画・シェア!と思いきや「ドッコイ!ドッコイ!シェア!」 






| ryuichi | 04:16 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::KFB「シェア!」 三春 |
KFB福島放送 シェア! 「ふるさとリポート in 三春」本日放送です! 2023 「第9回三春駅前 健康まつり」 の模様をお伝えいたします。







KFB福島放送 シェア! 「ふるさとリポート in 三春」

9月21日(木)15:48~の放送です!

先ごろ行われた、2023 「第9回三春駅前 健康まつり」 の模様をお伝えいたします。







雷クリニック・きよはし薬局による駅前健康まつり実行委員会主催

お医者さんと薬剤師による健康イベント!

4年ぶりの開催となります!

入場無料  検温・アルコール消毒されて受付 空くじなしくじ引き付

・売店ブースの飲食商品が当たります。

・協賛各社の商品の詰め合わせのお土産付き



田村高校吹奏楽部による演奏会からスタート。

早口言葉や落語まで楽しいステージショーの数々に、笑顔が流れます。

ためになる健康講話の後に駅前BOYZの演奏でフィナーレ

健康には笑顔、笑いが一番です!







1・田村高校吹奏楽部演奏会  田村高校の電車通学者の通学路にあります。

2・中村利孝 早口言葉 

   ※途中、津軽出身の薬剤師による「津軽弁」披露!普通の速度ですが・・・

3・舞団連有志による舞踊 ※三春盆踊り 三春はやっぱり盆踊り!

4・落語会 駅前寄席 独快亭来歌 (元ベトナム日本人学校校長・三春中郷中学校校長)

5・講和「健康寿命日本一の街」 足裏の形状の重要性


(有) みはる調剤薬局 濱田雅博先生  ブース紹介もしてもらいました。

(薬剤師・濱田薬堂本舗・カフェ・ブリキイヌ代表) 

浜田接骨院  濵田寿満院長 (雅博氏の弟さんです。※田村市県民リポーター)

・足裏重要体験実演



6・斎藤泰助さん率いるコロナ退散巫女舞太鼓

7・講話「AEDの実演と救急のABC」  

雷クリニック院長 雷毅先生
      
東北大学病院循環器科副看護師長 穀田知秋看護師(雷先生の同級生) AED実演



8・駅前BOYZ バンド演奏 雷院長、浜田薬剤師他






会場催しブース
 

・薬局スタッフのハンドマッサージで癒しの時間を。※リポーター体験

・美容専門員の肌測定も実施中!

・本格的な手相館定を実施中!  ※薬剤師 

   いつまでも美しい姿勢で健康的に歩きたいあなたへ。不思議体験ができます!

・東北共同乳業と東大教授が開発したヨーグルト、そして福島医大の医師と 漢方薬剤師が作った「心と体が盛うグラノーラ」を販売します。※リポーター試食







濱田薬堂本舗・ヘジチェックコーナー  ※浜田さんによる紹介

・濱田薬堂本舗は健康をテーマに体にやさしい商品を揃えています。

・今回はどんな試食があるのかな? ※無縁ケチャップ・リポーター試食

初登場 ベジチェックコーナー「野菜どのくらい摂れてますか?!

掌を約30秒センサーにあてるだけで普段野菜が足りているかがわかります。


野菜不足が気になる方もそうでない方もこの機会にぜひぜひお立ち寄りください。






• 介護相談『在宅介護支援住宅』

「24時間管理スタッフ常駐」「低費用で住宅介護」

介護しているけど…こんな時どうしたらいいのかわからない。

施設を探しているけど入所の費用などが心配・・・1人で悩まずまずはお気軽に相談にきてみませんか?明るいスタッフがお待ちしております。

・血圧測定 ※リポーター体験

・健康相談・足型測定(浜田接骨院)





協力 プログラムより抜粋

雷クリニック、みはる調剤薬局、浜田薬局 さくら調剤薬局、きよはし薬局駅前店、みはる調剤薬局ときわ店、白河旭町薬局、カフェーブリキイヌ、伊藤精肉店、田村高校吹奏楽部、(株)ライフプロモート、森永クリニコ、持田ヘルスケア、三春電化サービス、クロレラ工業(株)、健創製薬(株)、リスプラン化粧品 (順不同)

田村高校吹奏楽部









三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:27 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::KFB「シェア!」 三春 |
三春城下新町鎮守「田村大元神社夏季祭礼」 KFB福島放送「シェア」 ふるさとリポート三春











三春城下新町鎮守「田村大元神社夏季祭礼」 KFB福島放送「シェア」 ふるさとリポート三春

三春担当 髙橋龍一(別火講中OB)

放送日 2023.7.27(木) 午後3時48分~






三春城下新町鎮守「田村大元神社夏季祭礼」 

※ 旧三春藩五万石領内総鎮守「大元帥明王」のお祭り

※現在は城下新町の鎮守様 田村大元神社

旧三春藩の領内総鎮守の祭礼 起源は古く戦国末期より500年余続く祭礼

新町字民をはじめ城下を中心に三春の町民が広く氏子として奉仕しています。








7月15日(土) 宵祭 還御 新町縦町

7月16日(日) 夏季例大祭神事 社殿 
       町内神輿渡御 町内一円

還御(神輿が神社に還る) 新町縦町 

7月17日(祝・月) 直会




1. 宵祭り社殿前 仁王門にてオープニング 龍一・悠大 (宵祭)
2. 田村大元神社社殿に於いて出立前の神事、
神楽奉納・・・
3. 神輿渡御出立 境内及び門前での長獅子、三匹獅子 山中  (本祭)
4. 頭食い 獅子に頭を食べてもらうと頭痛がしないとか、病気をしないと言います    三春昭進堂前 悠大     (本祭)
5. 還御 御神輿行列 子供神輿いれる 
※ 随時、社総代・別火大世話人・三匹獅子世話人に話を伺う (宵祭)
6. 境内・長獅子奉納・三匹獅子奉納  (本祭)
7. 皆さんの平穏を祈念して、みんなでシェア! 






田村大元神社 宮司 田母野公彦
       
総代長 渡邊善二郎

       祭典掛 二番組大世話人 松井哲也

       長獅子掛 一番組大世話人 近内一彦

       三匹獅子世話人 橋本純一







◎ 御祭神が国土を守護する神さまである「国之常立神(国常立尊) (クニノトコタチノカミ)」、そして、旧祭神(藩政時代)が「大元帥明王(ダイゲンスイミョウオウ)」ということで、国を護り疫病退散、国家安泰を司る明王さまで、どちらも「国の安泰を司る」神様です。








田村大元神社 神輿渡御、及び還御 祭礼行列
・御触れ・御布令太鼓 渡御行列先導

・青天狗・白天狗 渡御行列の先払い

・長獅子 御神輿の露払い

・御神輿 御神体鎮座

・赤天狗 御神輿の警護

・神官、神社総代、字役員 奉仕官 御供奉

・三匹獅子 奉納

・子供神輿 奉納



町内一円を神輿が渡御して、宵になって神社に還る「還御」が行われ町内各所や社殿入口。そして、境内で各々舞を奉納します。








◎祭礼の実務は「別火講中」によって挙行
 
別火講中は、氏子・町内に居住する42歳までの男子

一番組・二番組の二つの組に分かれて組織され、それぞれ祭典掛(夏季祭礼の祭典全般を執行)と長獅子掛(文字通りの長獅子奉納)を隔年交代で奉仕

尚、祭典掛は、宵祭から2泊3日で神社に“お籠(おこもり)”(宿泊)して奉仕








◎長獅子

戦国期は、小山村(後の御祭村)の青年達が長獅子を奉納していました。

叉、獅子頭は、小山村(御祭村)の名工によって作られその地名を獅子造りと呼ばれています。


現城下荒町にある八雲神社の荒獅子が、秋田藩政期には領内総鎮守大元帥明王に露払い(悪魔祓い)として奉納されていました。

その様は、三春独特の獅子舞で、三春に在る長獅子の中では一番歴史が古く、現田村大元神社の長獅子は、これを明治期に伝授されたものと伝えられています。


※城下八幡町にある八幡神社の長獅子も同じ。


明治維新後の神仏離反、そして廃仏毀釈をうけた明治初期、大元帥明王社は、大志田神社を経て現田村大元神社に改宗改名した際に時の総代といざこざになり、荒獅子は八雲神社へ奉納、そして、三春大神宮へ隔年奉奉納となりました。






◎三匹獅子は

三匹獅子舞手3柱(太郎、花子、次郎)とササラ4体 同じく氏子・町内居住の中学生までの男子で構成

舞は、雄獅子が雌獅子を取り合う舞です。

長獅子とは違い、この獅子は鹿や猪(シシ)を表していると考えられ、田や畑に豊作祈願、そして、子孫繁栄などの家門繁栄を祈願したものと考えています。



三春町には田村大元神社の三匹獅子舞の他に、高木神社の三匹獅子舞、垢潜三匹獅子舞、蛇石の三匹獅子舞、樋渡の三匹獅子舞があります。







藩政時代の大元師明王社の御神輿渡御・還御


別当職として三春藩所祈願所真照寺住職の監督指揮により、三春藩明王奉行の下、旧三春藩領内(現小野町以外の田村郡全域と郡山の一部等五万石)六十六郷が、頭屋制を布き、当番の六十六郷中三十三郷を持って奉仕し、資金は明王講の積み立てにより工面していました。


祭礼行列も三日間を掛け三春城下を渡御し、その様は、絵図が示す通り荘厳で、神馬―槍持ち役人―世話人―母衣―万燈―お神楽(荒町八雲天王宮長獅子)に警護と使番が付きー禰宜―笛―大小太鼓―木馬の跨った子供の行列―日天坊―月天坊―甲冑行列―太鼓台―ささら・三匹獅子と続き、その後に「通り者」と呼ばれる祭礼踊り一行が従い、扇子踊り、槍踊り、太平奴の三番踊り他、が踊りを奉納していました。

近隣より、大勢の祭り見物のお客さんが三春を訪れ、その監視と整理のために役人を出し、櫓を立て寝ずの番をしたと言いますから、大変な賑わいだったと思います。
 

 明治維新後は、明治四年の三春藩庁の布令により、三春大神宮に祭事用具(御神体神輿以外)を引き継ぎ、旧暦の九月十五日から十七日を祭日として挙行され現在に伝わっています。







 祭礼の一切を取り仕切るのは「別火講中」。


心身を清めて精進生活のなかで、つまり宵祭りから俗世を離れ、清浄な火を使うことから「別火」と呼ばれてまいりました。

祭典掛は、宵祭りから直会まで2泊3日の泊りがけの御奉仕となります。

厄年を迎える年直しの数えで40歳までは講中としての資格があり、最後は大世話人として祭礼を仕切り退講ということになります。  






| ryuichi | 07:24 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::KFB「シェア!」 三春 |
KFB福島放送「シェア」とふくしまFMのコラボ企画「シェア旅×ふくしまFM」ということで・・・・本日、午後3時48分からのシェアで放送で



福島県ローカル番組「シェア!」(月~金 午後3時48分から放送中)

県内59市町村の魅力をアナウンサーが再発見!

ふくしまFMとのコラボ☆矢野真未アナウンサーが【シェア旅】のロケに!


最終回の今回は、食べて食べて食べまくる!!

#シェアkfb #ふくしまFM #矢野真未 #三春町 #グルメンチ #おたりまんじゅう #お寿司&ビール











ふくしまFMの人気パーソナリティー 矢野真未さんにご来店いただきました!


”生・矢野真未”ですよ~ ♪

KFB福島放送「シェア」とふくしまFMのコラボ企画「シェア旅×ふくしまFM」ということで・・・・本日、午後3時48分からのシェアで放送です! 








しかし、ラジオではいつも聴いている”ふくしまFMラジオグルーブ・矢野真未”さんですよ・・・


美人です!


ふくしまFM「ラジオ・グルーブ」にも・・・



本日、放送です!


尚、私の担当する次回ふるさとシェアは、7月27日(木) 放送です。

こちらもお楽しみに~



これも役得、滝桜、そして、三春のお陰です!








三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:11 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::KFB「シェア!」 三春 |
 KFB福島放送「シェア」三春「紫雲閣&山惣」 2023.5.24 三春担当 三春昭進堂菓匠蒼龍 代表 髙橋龍一




 KFB福島放送「シェア」三春「紫雲閣&山惣」 2023.5.24

三春担当 三春昭進堂菓匠蒼龍 代表 髙橋龍一






出演:髙橋龍一・深谷悠大

・神晃(神設備代表)

・吉村剛(吉村管工所代表)・

・三春町歴史民俗資料館:館長 平田禎文(ヒラタ サダフミ)

・菊地住建:社長 菊地和裕(キクチ カズヒロ)





・みはる味処「山惣」専務・スタッフ
TEL:0247-62-0166 三春町字北町9
営/11:00~14:00、17:00~22:00 4~16人(現在)まで 完全予約制
休/月曜 ※4月(桜祭り期間)のランチは予約なし・無休






・オープニング・紫雲寺山門 龍一・悠大  本日紹介する紫雲閣

「紫雲閣」 旧吉田誠次郎亭別邸 蔵座敷 

蔵座敷「紫雲閣」は、明治時代の商人吉田誠次郎氏が遺した邸宅で現在三春町へ寄贈されて三春町文化伝承館として継承されています。
吉田誠次郎は、三春郷駒板村 (現郡山市中田町駒板) の吉田常三郎の次男として生まれ、三春城下中町の商人「釜屋」宗像善吾の次女と結婚して養子となりました。






釜屋善吾は三春生糸「三春駒」の商標を取得して東京や横浜で生糸商を営み、誠次郎は横浜営業所長として奮闘。明治28年にはのれん分けして分家・独立し、益々生糸問屋として
商いを拡げながら、取引先の外国人向けに錦絵や書画そして骨董の販売を行い、さらに金融業に手を拡げて1代で財を築きました。




分家を機に三春城下に於いて居宅を構えその折に隣接する紫雲寺に由来したとされる、「紫雲閣」も建てられました。

三春の商人の蔵は城下町だけあってちょっと独特な配置があります。

商人の力量である「財産」を自慢するように表通りに面して建てるのではなく、武士階級に遠慮して店舗・屋敷の裏手に建造していましたが、明治になってもそれは変わりありませ
ん。




この「紫雲閣」もその通りで、表通りから一本奥に入った紫雲寺参道にある自宅の一番奥まった場所に建ててあります。


その外観は普通の蔵ですが、内部には龍が随所に施され、唐風の間や最高級の材料を惜しげもなく使った茶室等、装飾や部材等々目を奪わんばかりの贅を尽くした造りとなっています。





また、隣接する紫雲寺の桜や城下を借景とした各部屋からの眺めなど外からは想像することが出来ない趣向となっており近代日本創成期の経済界をリードした豪気な三春商人の経済・文化の交流を考察しながら、粋な遊び心を垣間見ることが出来ますね・・


その邸宅は文明開化に沸き立つ東京、そして、海外貿易の本場横浜で商いをする中で養ったと思われる独特な趣向で構成されています。

紫雲閣2階にある唐風の“漆ノ間(紫雲ノ間)”には床柱に色彩豊かな“龍”が絡みついた立体的な装飾が施されるなど異彩を放った感性で訪れた者を魅了します。





黒く節目の入った薩摩杉の天井板や、桐の一枚板の透かし彫り入りの欄間に、棕櫚・楓・鉄刀木・柿・黒柿・栗・紫檀・黒壇・欅・櫟・杉と様々な銘木と称される部材を用いて組み上げた床柱・床框・梁部等々・・・外観の蔵と内部が別々の構造を成していて、部材ありきで各座敷の設えを整えていった感が随所に見受けられます。





各所に“龍”のモチーフが多く見られ、名前に龍の付く私にはとても居心地の好い建物です。

これらの部材も当時福島県で開催されたという全国産業博覧会「共進会」で調達して無理やり設えた様にも見受けられます。





蔵が先に在って(曳家をして移動した形跡有)、調達した装飾の部材を生かすように内部を1階部分から創り上げていく・・・





正に、大工、左官、建具屋、漆塗師、そして、建主である誠次郎氏の見識と情熱が作り上げた豪華絢爛な遊び心がいっぱい詰まった建物です。


幕末、戊辰戦争では三春藩は御城下に暮らす民の生命と財産を戦火から護るために戦場となって焦土と化すことを避けようと戦を回避しました。

その土壌があり明治以降には三春の商人は総合商社として福島県経済を引率するリーダーとして活躍しています。





さらに、三春商人は海外貿易の拠点東京横浜に乗り出します。

新開港地「横浜」はまさに国内外の貿易商人の活躍する舞台であり、なかでも、日本の主貿易品目である金や絹を扱う不平等条約のしこりが残る中で居留外国商人と取引していた

日本・三春の商人は、激しい盛衰を繰り返し、その動乱期を生き抜いた少数の貿易商は、短期間に莫大な富を築いていきました。


 さあ、「紫雲閣」探訪はこの辺りにして、蔵繋がりで城下北町にある現代の蔵座敷、みはる味処「山惣」三春の郷土料理と地酒三春駒で一献!




蒼龍謹白  三春に来ねぇげ!  拝 


・工事の説明・菊地住建 社長

紫雲閣は、元々あった蔵の内部を、座敷として改築されており、当時の吉田誠治郎の遊び心と匠の技がふんだんに盛り込まれております。

現代では見られない 不思議で魅力のある建物となっておりました。

建てられた当時の状態に復元・修復するため、今回の工事では、 垂直に曳家を用いて 基礎工事と柱や耐震の構造の補強の内容で工事が進められました。

当初の工事内容で開始しましたが、柱・胴差まで腐朽していたため1階部分はほぼ解体となり、すべて柱と一部の胴差の交換となり、その都度変更しながらの改修工事となりました。

また、生かせる構造材は、 元に復元し、腐朽している構造材は新たな木材に交換しました。

銘木も数多く使用されていたので、現代ではなかなか手に入らない銘木もあり、 資材調達は大変でした。

そして、 蔵の外回りの修復として、漆喰やなまこ壁も新たに復元をしました。

現代では、 なまこ壁を工事出来る職人も少なく、今回の左官工事では、白河や会津からご足労いただき施工が進められました。

改修工事の間、ご協力いただきました事業所様、並びに現地で職にあたっていただいた 匠の皆様のご理解とご協力により、見事に工期内に完成し、令和5年4/9再オープンすることが出来ました。











 
※古い文化財を保存・継承していくためには、費用が必要なことから、下記の通り、同じく大町にある蔵座敷を利用した三春郷土人形館と共通で入館料をいただくことになりました。なお、旧吉田家住宅主屋(文化伝承館)は、従来通り無料でご覧いただけます。






・山惣 蔵座敷(蔵繋がり)・・・・・龍一・吉村・神・菊地

「みはる味処 山惣」は蔵を改築した三春町の郷土料理の店


こちらも三春の豪商の蔵を改築した風情たっぷりの和食処。

レトロな雰囲気の中で、明治の商人になったつもりで郷土料理を堪能!



カンパーイ!
味処 山惣 客席数16 三春町字北町9-2
営業時間 予約のみ4名様以上16人まで
※桜の開花シーズンは、ランチ営業もあります





・〆は龍一・悠大でシェア!




| ryuichi | 03:43 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::KFB「シェア!」 三春 |
「時空を超えた・伊勢神宮参詣記」 KFB福島放送「シェア」ふるさとリポーター 三春担当 三春昭進堂 髙橋龍一 


 
「時空を超えた・伊勢神宮参詣記」

KFB福島放送「シェア」ふるさとリポーター 三春担当 三春昭進堂 髙橋龍一 







1、 三春城下荒町 三春藩主秋田氏菩提寺「高乾院」
挨拶・髙橋龍一、深谷悠大 三春城下で一番早く開花する紅枝垂れ桜






2、伊勢神宮  内宮 宇治橋前 二見ヶ浦 夫婦岩 ・外宮・・・・バックの映像






3、 江戸時代の三春藩士 絵師でもある中村寛亭による代参日記「伊勢代参記」

 三春藩士 寬亭は、本名を中村匡(ただし)
文政3年(1820)、御小姓役で家中勤めに入りますが、文政12年(1829)、藩主の命により、絵師荒木寬快に師事し絵の修業に入り、三年後には寛快より「寬亭」の号を許されています。





三春藩領在郷・東郷(三春藩領在郷・東、西、中、南郷に分かれている)代官から始まり、四十五才で町奉行及び宗門奉行、起発奉行を務め、五十四才で三春町町奉行を拝命しています。


時に幕末、三春藩も激動の渦に巻き尾まれます。
三春藩鉄砲物頭(鉄砲組組頭)から外交を担う三春藩外事掛へ転じて諸藩との応接折衝やとなりこの激動動乱の時期を乗り越えました。







4、 伊勢神宮の参拝後のお楽しみ!おかげ横丁とおはらい町で食べ歩き 赤福付近 MC









5、秋田實季(あきたさねすえ)墓所「石城山永松寺」という古刹の宇内(境内)にある實季公の墓所は時が止まったかのようにひっそりと佇んでいます。








朝熊には側室の片山氏とその娘である千世姫が同行しています。

また、江戸期より明治初頭にかけて伊勢神宮参拝のお土産として名高い万能薬「秋田教方萬金丹」(現・萬金丹)は、實季公直伝によると伝えられています。






幽閉されたとはいえ朝熊での實季公は、歌道・文筆・茶道にも優れた教養人で「凍蚓(とういん)」“凍えるミミズ”という自嘲めいた雅号を号し優れた和歌や文筆を残しています。

「我が庵は 道みえぬまで 茂りぬる すすきの絲の 心ぼそしや」 凍蚓






尚、現在、永松寺の本堂は新築の為工事中です。


5、 三春へ帰ってきて、三春城下三春藩主秋田家菩提寺「高乾院」にある秋田家累代墓所の墓前に實季公の墓参の報告

三春城下安日山高乾院 尚、實季公の戒名院号が「高乾院」です。

龍一・深谷悠大コメント  シェア!







神宮から車で10分、伊勢神宮神田近くの朝熊(あさま)という集落に三春初代藩主秋田河内守俊季公の実父である秋田城介・安東秋田實季公(あんどうあきたさねすえ)(通称下国安東太郎)が幽閉された草庵跡と墓所があることをご存じでしたか?

この安東秋田實季公は、かつては「日之本将軍」と称した安東水軍の統帥で、正室“円光院”の父は、室町幕府管領家の吉兆細川氏の当主昭元、そして、母は織田信長の妹“お犬の方(お市の方の妹)”です。
即ち豊臣秀吉正室“淀君(茶々)”や徳川二代将軍秀忠正室“崇源院(お江)”と従姉妹という関係になります。





※永松院什物、実季公御作之硯箱、御納之天国之[太刀?]

御筆御歌之懸物、三十六歌撰之御筆画像屏風、[其?]外

御紋付御膳椀尤雁金御紋、天国ト二字銘弐尺八寸程□
  (太刀の図)

内宮ニ納候俵藤太之太刀同形同作之由住寺吐候へは?

 萬治二亥年 秋田城介

高乾院殿前侍従……      姫君様御妾之廟有

 十一月廿九日 安倍実季入道



三春秋田氏の先祖は、平安期の武将安倍貞任の家系とする安東氏で、平安の頃より出羽、東日流(津軽地方)を領有し、強大な戦力を持つ貿易水軍「安藤水軍」を率いて樺太や蝦夷(北海道)・朝鮮半島、そして中国は元より東南アジアやインド近郊まで海運貿易をしていた「蝦夷探題」を継承する海将の一族でした。

天正19年(1591)には、天下統一を果たした豊臣秀吉から「奥羽仕置」の際に、秋田郡5万2千石を安堵され、御蔵入地(秀吉の直轄領)2万6千石の支配も命じられますが前後して蝦夷地における勢力(蝦夷探題職・海外交易海運事業権等)が没収されます。

大坂冬・夏の陣では、徳川勢力(東軍)として参戦していますが、戦後の恩賞や祖父伝来の土地である秋田への復帰や水軍を召し上げられたことなどへの不満が幾重にも募り、剛毅な戦国武将らしい気骨ある實季公らしく、それらの不満を徳川幕府二代将軍秀忠や三代家光にぶちまけて居たのでしょう、官位からの苗字「秋田」を名乗らず「安倍」や「安東」そして「生駒」を名乗ったりしています。

本来であれば宍戸藩安東秋田氏自体が改易なのでしょうが、生真面目な嫡男俊季公や家臣一同の幕閣への働き掛けもあり實季公の朝熊幽閉と相成ったと私は思っています。






幕府からの命で、宍戸藩主を長男秋田俊季(後に三春へ転封)に譲渡され、自身は“領内に圧政を布いた”ということで寛永7年、わずかな近習を引き連れて伊勢の朝熊(あさま)へ蟄居を命じられます。

千世姫は、實季公が齢50歳を過ぎた頃に出来た愛娘でしたが体が弱く、僅か11歳という若さで病没。そして、片山氏も、実季に先立つこと8年前にその生涯を閉じます。

實季公本人は、約30年永松寺草庵にて蟄居生活を送り当時としては長命の85歳で生涯を閉じ、愛娘と妻が眠る墓所に埋葬されています。

その墓石には戒名「高乾院殿前侍従隆巌梁空大居士」そして、秋田城之介という官位銘と安倍實季入道の法名が刻まれています。

菩提寺である永松寺本堂の須弥壇には實季公のお位牌の納められた厨子、そして片山殿、娘のお千世方のお位牌が安置されています。





三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 19:11 | comments (x) | trackback (x) | 🌸菓匠蒼龍 心洗洞刹記::KFB「シェア!」 三春 |