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三春町立中学校職業体験のお礼状 令和元年




私ども三春昭進堂では、地域貢献事業として地域学習の一環で、三春町立の中学校の2年生の職場体験学習受け入れを毎年実施しております。



先に、三春町立三春中学校2年生の生徒3名、そして、町立岩江中学校3名の生徒がそれぞれ二日間ずつ、当三春昭進堂に職業体験に来店されましたが、その御礼の手紙が届きました。







生徒の皆さんからいただいた礼状を拝見しますと、よくまとめられていて、いい学び・気づきがなされているように感じました。

私も三春中学校の卒業生の一人、そして三春人として後輩たちを安心して未来を託せる三春健児と誇らしく思います。







かつて、私たちが子供の頃、三春の先輩方から様々なことを教えていただき学んできました。

そして、私なども今年で55歳になりますが、今でも先輩の皆々様に様々なことをご教授いただき導いていただいています。






この職業体験などの学校への協力は、上記の先輩の皆様方への恩返し、そして、後輩へと継承する三春の教育を少しでも果たしたいと考えています。

未来を担う、三春の後輩たちの”学び”に、少しでもお役に立てればいいなあと思います。


羽ばたけ三春っ子!




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:19 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
令和元年 三春町立岩江中学校2年生の生徒が職業体験に来ています。




私ども三春昭進堂では、地域貢献事業として地域学習の一環で、三春町立の中学校の2年生の職場体験学習受け入れを毎年実施しております。

当店以外にも三春城下の商店や企業、公共施設などでも実施しています。

三春町内の各中学校2年生の生徒が、運動着にエプロン姿で町内にあるスーパーやコンビニ、各商店、病院、そして保育所等々で活動する姿を見かけた方も多いことでしょう。


昨日から、2日間三春町立岩江中学校2年生の3名の生徒が職業体験に来ています。






当三春昭進堂はでは「三春町キャリア教育推進事業協力店」として、2日間と短い期間ではありますが、子どもは、日本の将来を担う社会の宝であり、社会の一員としての強い自覚をもち、たくましく成長することが少しでもお手伝いが出来ればと考えています。






朝礼後、店内外の掃除から、饅頭つくり体験、焼物の仕上げと製造補助、一日明るくきびきびとしながら、楽しく仕事をしていました。
短い時間ですが、何かを感じてもらえればいいなあと思います。






子どもたちは、親の働く姿を日常的に目にし、そこから多くのことを学んでいました。
  しかし、昨今の社会情勢の変化が目まぐるしく、核家族化や価値観の多様化等で、家庭生活も変わってきています。

家事の合理化、外部化により子どもたちが家事などの仕事を果たす経験も少なくなり、親子の会話も少なくなっていることも事実でしょう。
 
子どもたちに、夢や喜びを与えることのできる社会であることが理想だと思います。

  社会や人とどのように関わり、自分という存在をどのように存在させたいのか、それが自分の人生にとってどれ位意味があることなのかを仕事を通じて考えていくことがとても大切だと考えています。






昔から三春人は、教育・人間育成ということには驚くほどの力の入れようでした。
 
私たち三春昭進堂も、お菓子を通してこれに少しでも貢献したいと思っています。

そして、次代を担う若い人々が夢を持ち働くということは、社会や人と大きく関わり、つながっていくことだと実感してほしいと願っています。


饅頭つくりの体験では、自分で作った饅頭は御家族様へのお土産に持って帰ってもらいます。





私が子供の頃、子どもたちは親や地域の方々の働く姿を日常的に目にし、そこから多くのことを学んでいたような気がします。
未来を担う、三春の後輩たちの”学び”に、少しでもお役に立てればいいなあと思います。

昨今「社会総がかりの教育」が提唱されていますが、これは学校教育だけでなく、家庭、近所、地域、さらに産業界、あらゆるセクターの組織、あるいは人々が教育を支えるという意味だと解しています。






学校という狭い空間を飛び出し、働くことの楽しさ・厳しさを知ることによる彼らの成長は、将来の地域社会の発展につながると考えています。







商人は「無功徳」“陰徳を積む”という考え方がります。

「無功徳」とは、人に知られないように善行を施すことです。

“徳は閻魔様に知られないように積め”と云われています。

“人に知られないように”と言うのは、自己顕示や見返りを期待しないという意味もあるんだと思います。

三春の商人は、古より社会貢献の一環として、商いで蓄えた資金を地域社会に積極的に貢献するという「三春商人の精神」を伝え続けていきたいものです。













春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:08 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
中学生の職業体験 三春中学校2年生 令和元年 




今年度も、、2日間の日程で三春町立三春中学校2年生の3名の生徒が職業体験に来ています。

当三春昭進堂はでは「三春町キャリア教育推進事業協力店」として、2日間と短い期間ではありますが、子どもは、日本の将来を担う社会の宝であり、社会の一員としての強い自覚をもち、たくましく成長することが少しでもお手伝いが出来ればと考えています。









朝礼後、店内外の掃除から、饅頭つくり体験、焼物の仕上げと製造補助、一日明るくきびきびとしながら、楽しく仕事をしていました。


2日間という短い時間ですが、何かを感じてもらえればいいなあと思います。


私が子供の頃、子どもたちは親や地域の方々の働く姿を日常的に目にし、そこから多くのことを学んでいたような気がします。

これは今も変わりはないはずですが、地域社会の目まぐるしい変化や核家族化、そして、価値観の多様化等で地域での生活もずいぶんと様変わりしたように感じます。








働くということは、社会や人と大きく関わり、つながっていくことです。

社会や人とどのように関わり、自分という存在をどのように存在させたいのか、それが自分の人生にとってどれ位意味があることなのか、
そういう面で仕事を考えていくことがとても大切なんだろうと思います。






昔から、「 他 人 の 飯 を 食 べ さ せ る 」 と か 「 か わ い い 子 に は 旅 を さ せ よ 」と 云われています 。


私も、菓子屋の跡取り息子として、「他人の飯を食って、一人前になれ」と高校を出たら菓子修業に行けと小さい頃から云われてきました。

止宿して師匠と起居を共にし、技術だけではなく、人間的な面も含めて修業をする。

いわゆる親もとを離れて、他人の間で苦労を味わい、社会の経験を積むということだったのでしょう。

親 元 を 離 れ 他 人 の 間 で 苦 労 を 味 わ う こ と は 決 し て 無 駄 に は なら な い と い う こ と で す 。







明治維新後の、三春の教育

「日本の唯一の資源は人であり、人を育てるのは教育しかない」

「三春で学んだことを誇れる教育」 



かつて三春人は、教育、人間育成ということには驚くほどの力の入れようでございました。


先の三春舞鶴通信第15号に記載がありました「田村学生寮」

明治期に、三春は元より田村地方の若者が志を抱いて東京で勉学に励むことを扶けるために設立された学生寮です。

捨五郎さんの寄稿の中で、元家老家の浪岡具雄から「修行するのは少壮の時である。一家の些細なことに拘わり合っていつまでも田舎に居ると。一生の悔いになる。早々に上京すべき」と上京して勉学に励むことを進められた加藤木三兄弟の話。

そして、菅野吉雄さんの「田村学寮」跡を訪ねてでは、浪岡具雄が田村学寮建設を提唱したこと。「田村学寮雑誌」全八巻を合本して残したこと。

また、深間内久蔵氏が千三百余圓の私財を投入し建設資金にしたことや藤泉賢四郎(後の大林組社長大林賢四郎氏が設計施工を請け負ったこと。

等々の寄稿を拝読しますと、三春・田村の未来を担う後輩たちに、希望とチャンスを与えてくれていたことが読み取れます。

本当に頭が下がる思いで読まさせていただきました。








次代を担う若い人々に夢を持たせ、キャリア実務教育を施し一つ一つ形にしていくことの重要性を教え社会に送り出すのも、私たち地域に住む者の社会的役割なんだろうと思います。

そして、今回の職場体験を通して子ども達が少し大人になったというより、少し現実を見る・考えるきっかけになってくれればいいなあと考えています。


子供たちには将来の夢を急いで決める必要はないと思いますが、この職場体験をきっかけに、少しずつ将来のことを考えていただければ幸いです。

そして、学校教育や社会教育でも、どのような旅をさせて自立心や独立心を育むか、教育関係者の、子を持つ親の、そして地域社会の「知恵の見せどころ」のように思います。








人は、地域・社会環境の中で育つものだと考えています。

人を育てるとは、社会に出て生きていくためにふさわしい「生きる力」・スキルを身に着けるために、様々な環境を整えて、その動機付けとなる体験の機会を与えることではないでしょうか。

さらに付け加えるならば、教育を受ける一人ひとりの人間が社会的自立を果たし、よりよき存在になるために重要であるにとどまらず、社会や国の将来を左右するものであり、教育こそ人間社会の存立基盤といえるのではないでしょうか。








山本五十六が母校の長岡高等学校で講演したときの言葉を紹介いたします。

私は諸君に対し銃をとって第一線に立てとは決して申しません。
あなた方に希望するところは学問を飽くまで静かな平らかな心を持って勉強し将来発展の基礎をつくって頂きたいと熱望する次第であります。
どこまでも気を広く持ち高遠なる所に目標をおいて日本のため進んでください。

昭和14年 海軍大将山本五十六 

                       

春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂  菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:13 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
令和元年 三春探検 三春小学校6年生総合的な学習の時間




三春小学校6年生の児童9名が来店しました。

総合学習の時間で「三春探検・三春町マップの作成」での郊外学習です。

三春小学校の学習ビジョンにあるように、皆さん礼儀正しく、元気な挨拶をしてくれました。

三春の伝説を調べている班と、街並や地名を調べている班のご来店でした。


事前学習で、良く調べて来たらしく的確に質問をいただきます。

頼もしい三春健児たちです。







未来を担う子供たちが大人になるための「生きる力」を育んでいくため学びの場には、学校での教育、家庭での教育はもちろんですが、もう一つ地域での教育も重要です。
それぞれの教育の場がそれなりの役目を持っているんだと思っています。

自分が暮らす、地域社会の中で大人や様々な年齢の友人と交流し、様々な生活体験、社会体験、自然体験を豊富に積み重ねることが大切です。


そして、地域に住む、多くの方々が協力・連携・協働することにより、郷土三春の豊かな自然環境や歴史的環境、そして、それぞれの地域で培われてきた暮らしの知恵や文化を、子供たちを通して 次世代に伝えたい。







歴史と伝統のある三春に生きていることに誇りを持ち、未来を担う子供たちに、自らが住み暮らす三春の歴史や培われてきた文化について改めて知ってもい事を願い、このような機会を提供することで、自主独立の精神で三春の先人たちが築き上げてきた地位に対する愛着をより高めてもらいたいと考えています。

私たちは、より良い三春の構築の為に、この先人から受け継いだ三春という宝物を次代へと引き継いでいく当事者として責任を感じています。


三春昭進堂は、そんな願いを込めて学校の活動に積極的に協力する活動を進めています。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:36 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
三春小学校第3学年の総合的な学習の時間「町の人から教わろう」の御礼の手紙





先に行われた三春小学校第3学年の総合的な学習の時間「町の人から教わろう」の学習支援ということで講師を務めてまいりました。

その御礼の手紙を担当の先生が届けてくれました。



実は、この御礼の手紙が読みたくて学校の支援をしているのかもしれません。

3年生の皆さんの手紙を読みながら、どのように伝わったか?そして、皆さんの反応は?などいろいろ推測しながら読み返しています。

どの子供さんも真剣に聞いてくれていましたが、その思いが文面に表れていまして、いくらか安堵した次第です。



今回は、三春の和菓子屋やおたりまんじゅうについてのお話、三春の歴史や伝説など話させていただきました。

校長先生から御礼にも記されていましたが、子どもたちは、初めて知ることも多く発見や驚きがあったようです。







私たち三春城下に住む者、地域に住んでいる者が、三春の先輩である先人から学んで受け継いできたものを、未来を担う次世代にどう伝えていくかということを常に考えています。


この様な小学生の学習場で、親とも違う大人と出会い、職業の話や三春の歴史に関する話や思いを聞くことによって、少しでも三春町を誇りに思う気持ちや町の人に対する尊敬の念を持ってもらえることが理想です。


そしてそれが私たちに様々な事柄を教示してくれた先輩方々への恩返しだと思っています。










春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 05:40 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
「町の人から教わろう」 三春小学校3年生   三春昭進堂主人 髙橋龍一  於平成31年2月12日三春小学校



三春小学校より、三春小学校3年生の総合的な学習の時間での授業「町の人から教わろう」に、 講師の意頼があり、お話しをしてまいりました。



かつて、私たちが子供の頃、三春の先輩方から様々なことを教えていただき学んできました。

この恩返しになればいいなぁと考えながら、三春の和菓子、そして身近な歴史や伝説などを話をさせていただきました。

そして、自分に自信を持ってもらうには、自分を自分自身が大好きになってもらいたい。

“自分の家族”、そして自分が住む地域もです。

その為には、自分の足元である生まれ故郷三春を好きになってもらう必要があります。

これは生涯教育、そして今話題の100年生涯の分野にも言えますが、まず子供のころからの自己肯定型の学習が必要なんだろうと思います。








未来を担う、三春の後輩たちの”学び”に、少しでもお役に立てればいいなあと思います。

今後も三春城下で商人として様々な学習活動へ支援していきたいと考えています。


下記はそのレジメです。


資料として、当店発行の「塵壺」と平成版三春城下絵図「三春物見遊山」を児童数分持参し配布しました。








「町の達人に学ぶ」 三春小学校3年生   三春昭進堂主人 髙橋龍一  
於平成31年2月12日三春小学校

・三春城下の和菓子屋 

三春城下町にはお寺が多い。

有名なお坊さん

・戦国時代田村氏 ―・福聚寺物外和尚・雪村和尚

・江戸時代初期松下氏 -・天澤寺曹洞宗本山総持寺貫主輩出・

・江戸時代秋田氏 -・高乾院月船和尚・

・戦後・州伝寺 太地玄亀和尚 弟子主体で本堂再建 一億円

・弟子200人や檀信徒3000人参詣

・宿坊が多い荒町、精進料理豆腐・お茶・そして和菓子。

・昭和30年代・菓子屋・パン屋 21軒。豆腐屋18軒。お茶屋15軒。


・おたりまんじゅう

三春城下中町にある本陣本店の「本陣醤油」と北町にある中屋の「三春みそ」が練りこんである。- 三春の味 地元の味

原材料を国産にこだわる。

食の安全=兵庫の小麦、北海道の小豆、長崎五島列島のにがり塩

手作り・一日6000個 機械があるがー大手との差別化


商売とは

一寸法師はなぜ大きな鬼に勝てたか?

小さな針の先端にすべての力を注いだ

小さなお菓子屋が大手と勝負する 一つのことに特化する


三春での商い

・滝桜 毎年春には日本中(世界中)から脚光を浴びる 

・三春を宣伝すれば、三春の饅頭屋として知ってもらえる。 

・塵壺・物見遊山・ホームぺージ 最高の営業マン・最大の武器







三春の歴史

・戦国時代 田村氏=三春築城・磐城(がんばん)の城

・安土桃山 会津蒲生代官 商人

・江戸初期・松下氏=三春城下町整備

・江戸中期 秋田氏

三春城下 ― 郭堺黒門 ― 三春城内 

町割り木戸 ― 町割り区分 ― 夜間通行禁止 ― 夜間の集まり禁止

武家娘 ― 一人や娘だけのでの外出禁止 冠婚葬祭・お墓参り・祭礼・

農村 ― 庚申講・お伊勢講・熊野講・おかま講 夜間の行楽


三春小学校 御殿・政務所 能舞台

北町天神様・三春城内にあった とうりゃんせ♪~川越城  

太鼓堂(三春小学校北側山頂)-愛宕神社階段途中に移設

・愛宕神社本殿-三春小学校奉安殿(教育勅語・天皇のお言葉)

・鐘撞堂(田村大元神社麓) 三春城三ノ丸


田村大元神社にまつわる怖い話

・戦国末期・伊達派・相馬派・家中2分=田村家の存亡―世情不安

・大元帥明王社(現田村大元神社)- 

・不慮の死・田村清顕の亡霊 

・生首浮遊 藁人形 お百度参りの妊婦が殺された 伝説

・伊達藩に吸収―250家の11家 農兵分離以前の思想 土着


お城坂

・旧三春藩秋田家上席宿老(家老)山舘秋田氏の家老屋敷跡 

・猫塚 己丑(つちのとうし、きちゅう)2月6日 お城に向かって建てられていた。

・猫を弔っている 

・しだれ桜・土留め がけ崩れ予防


三春化け猫伝説

・天明の三春大火 三春城下の大半が焼けた

・家督争い 家老・荒木氏の役宅ががけ崩れ 一家即死
 
 徳川幕府幕閣から、町方まで巻き込こんだ三春藩の御家騒動で、三春藩主継嗣問題に端を発し、家老荒木玄蕃高村および四代藩主秋田頼季(玄蕃の子)の閉門となり、「三春猫騒動」にまつわる正徳事件・享保事件。


家老荒木内匠は、世継ぎとなりうる幼君を亡き者とし、我が子を藩主に据え藩の実権を握ろう企んでいました。

しかし、幼君の傳役滋野多兵衛にその野望を阻まれた、やがて滋野は荒木によって無実の罪をきせられ、大町紫雲寺の境内、白梅の木の下で切腹させられ、傍らにいた猫が怨霊と化し、間もなく野望を果たした荒木に祟るようになったと云います。

今も紫雲寺に、残る滋野多兵衛の墓には、猫の怨霊に苦しめられた荒木が、槍で突いたという傷がのこっています。

又境内の白梅は紅梅に変わり、猫の怨霊は、約七十年後の「天明の大火」の時再び登場します。

天明五年二月、八幡町より火の手が上がり荒町、高乾院・荒木家の墓を焼払い、北町を駆け下り、舞鶴城御三階を炎上させました。
その後も火の勢いは衰えず、大町から南町そして新町へと軒並み家屋を灰にしていきました。

時の藩主秋田千季(荒木玄蕃の孫)三春教北町口黒門(現三春分署)へ消火指揮に出向いたが火災が迫り、新町の真照寺へ避難するために向かう。
しかし、炎は殿様を追うかの様に勢いを増し南町、山中、新町へと向かった

真照寺住職が門前まで迎えに出たところ、殿様の後ろに猫の怨霊が見え、袈裟の袂で殿をかばい隠すようにして寺へ向かい入れました。

火勢は、今の昭進堂の場所で、三春全域を焼き尽くした火災は、鎮火したと伝えられています。

大火後も猫(滋野)の怨霊に夜毎魘された千季公は、真照寺へ、弘法・興教両大師像の中に紫雲寺で切腹した滋野多兵衛の位牌を入れて納め、怨霊を鎮めたといいます。

三春城本丸跡に石垣を備えた秋田家先祖の慰霊碑があります。
この石垣の部分は明治初年、三春藩解体時に浪岡家当主浪岡季令氏が中心となって建立したものです。










春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍


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三春中学校1学年「三春学習」 2018 御礼の手紙




三春中学校1学年「三春学習」 2018

先日、三春中学校第1学年の総合学習「三春学習」校外学習受け入れの御礼の手紙が届きました。

 


三春中学校第1学年では、9月から総合学習として「郷土三春の特色を様々な視点で捉え、自分との関わりを見つける中で、自らの生き方を考え、自分のアイデンティティーを確立していく」というテーマで毎年「三春学習」を実施しています。

当店には、三春昭進堂・おたりまんじゅうの事、そして、三春の歴史といった質問内容でした。

午後10時前から午後3時頃まで、三々五々5~6名の小グループに分かれた生徒さん6班に訪れていただきました。








彼らは、この学習において生徒達は、課題意識を持って学習方法を学び、自ら調べ体験した上で、自分たちが住む三春をどのような町にしたいかを考えるといった授業の成果を、学習発表会で発表されたようです。

かつて、私たちが子供の頃、三春の先輩方から様々なことを教えていただき学んできました。

この恩返しになればいいなぁと考えながら様々な話をさせていただきました。

そして、自分に自信を持ってもらうには、自分を自分自身が大好きになってもらいたい。

“自分の家族”、そして自分が住む地域もです。

その為には、自分の足元である生まれ故郷三春を好きになってもらう必要があります。

これは生涯教育、そして今話題の100年生涯の分野にも言えますが、まず子供のころからの自己肯定型の学習が必要なんだろうと思います。








未来を担う、三春の後輩たちの”学び”に、少しでもお役に立てればいいなあと思います。

我々三春昭進堂では、今後も三春城下で商人として様々な学習活動へ支援していきたいと考えています。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



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