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三春小学校第3学年からのお礼状 総合的な学習の時間「町の人から教わろう」の学習支援



先に行われた三春小学校第3学年の総合的な学習の時間「町の人から教わろう」の学習支援ということで講師を務めてまいりました。

その御礼の手紙を担当の先生が届けてくれました。



実は、この御礼の手紙が読みたくて学校の支援をしているのかもしれません。

3年生の皆さんの手紙を読みながら、どのように伝わったか?そして、皆さんの反応は?などいろいろ推測しながら読み返しています。

どの子供さんも真剣に聞いてくれていましたが、その思いが文面に表れていまして、いくらか安堵した次第です。



今回は、三春の和菓子屋やおたりまんじゅうについてのお話、三春の歴史や伝説など話させていただきました。

校長先生から御礼にも記されていましたが、子どもたちは、初めて知ることも多く発見や驚きがあったようです。







私たち三春城下に住む者、地域に住んでいる者が、三春の先輩である先人から学んで受け継いできたものを、未来を担う次世代にどう伝えていくかということを常に考えています。


この様な小学生の学習場で、親とも違う大人と出会い、職業の話や三春の歴史に関する話や思いを聞くことによって、少しでも三春町を誇りに思う気持ちや町の人に対する尊敬の念を持ってもらえることが理想です。


そしてそれが私たちに様々な事柄を教示してくれた先輩方々への恩返しだと思っています。










春陽郷三春城下 御菓子司三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:39 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
三春小学校 第3学年総合的な学習の時間 「町の人から教わろう」令和2年




三春小学校 第3学年総合的な学習の時間 「町の人から教わろう」令和2年
              
令和2年2月25日 於三春小学校


母校である三春小学校の第3学年の授業である総合的な学習の時間 「町の人から教わろう」の特別講師としてお話をしてまいりました。



三春昭進堂のこと

・三春小学校 四代目 おたりまんじゅう 四季折々の商品 
・桜餅・鶯餅 いちご大福 花見団子 柏餅 水まんじゅう 栗大福 豆大福 
・歳時 お彼岸 お盆 ひな祭り 五月節句 お月見 七五三 入学式 卒業式 土用







三春城下の歴史のこと

 三春城下の成り立ちは、室町後期の永正元年(1504年)に田村義顕が守山城から移り現在の場所に三春城を築城したのが始まりと言われ、初代義顕、2代隆顕、3代清顕の三世代が三春領を治めます。
義顕の三春城築城時に城を中心として北方位を北町、南方位を南町とします。現荒町は築城の町割りの時に新設した町ということで新町(あらまち)としました。
 中町と下大町は、後の蒲生代官時代に新設されています。

・お城山 太鼓堂(中町愛宕神社参道へ移転) 鐘撞堂 (田村大元神社三の丸)
・三春城主秋田家慰霊碑 戊辰戦争殉職者慰霊碑
・上校庭 お殿様御殿  下校庭 マホラ 中央大町 奉行所や役場
・歴民下 講所・明徳門 学校
・護国神社

・北町・南町 お城を境に
・天神口・天神橋 とうりゃんせ♪・防火用の池 池之端稲荷
・お城山への道 亀井坂・天神坂・三部坂
・月斎舘 100歳 天才軍師「畑にじ縛り 田にひりも 陣場に月斎」嫌いなもの
・御旗町 足軽 ・内藤醤油
・加藤木直親 三春藩柔術師範平藩 
・次男重親 もしもし 三男富造(勝沼)ハワイ移民の父

・八幡町・八幡神社 お城から移転 安部安東秋田氏由来
・丈六焼き 丈六佛 90センチ  八幡様の化身追いはぎ商人 灯籠
・三春大神宮 土砂崩れ 三春城下総鎮守 松尾神社・甲子神社・橋本神社






・中町福聚寺 戦国時代日和田八丁目
・本陣 秀吉の時代 近江松阪武将・商人 蒲生時代
・愛宕神社 火消 近江の蒲生時代か? 太鼓堂 西福寺庚申 
・秋田旗本五千石 清水寺田村公京都清水寺 田村麻呂田村堂 秋田阿弖流為 

・荒町本通り西側の山手には、法蔵寺、高乾院、光善寺、龍穏院、華正院、馬頭観音等が立ち並び、寺町を形成していました。

この場合、当時の町屋の者はその行列に遠慮して、通り過ぎるのを待って墓参に行く有様で難儀をしていました。
 今に伝わるお盆の墓参が、武士は12日、町屋は13日と決めたのも、
・荒町口から入る城下への街道は本宮口と小浜海道口がありました。

・大町山三伊賀屋渡辺商店 伊賀・武将の商人 カネイ 
・王子神社 おっしゃま 星信仰 百杯宴碑 川前紫渓 
・浪岡家(秋田) 北畠親房 荒木家 明智 細川家 
・紫雲寺 腹切梅 化け猫 秋田家猫塚 枝垂れ桜 真照寺 弘法・興教大師

・田村大元神社 三春藩五万石領内総鎮守 三春城三の丸 泰平寺 学頭坊 10修験
・大元帥明王 社 元寇 真照寺 別当 廃仏毀釈 阿吽仁王像 昭和30年代

「腹切り梅」
亡くなった広季の守役だった滋野は責めを負い切腹を申し渡されます。
その切腹場の紫雲寺に現れた滋野の飼い猫。滋野は「主人の代わりに怨霊となり、この恨みを晴らせ」と言い残し猫の首を斬り自らも切腹して果てます。その血に染められた傍らにあった白梅は、以来紅梅になったという。







「三春化け猫騒動」のこと

事件後、荒木玄蕃や藩主頼季の夢枕に毎夜猫の怨霊が現れるようになったと言うもので、以来、三春城下の大火の度に猫の怨霊が火を点けてながら駆け回ったと噂話になり、昭和のはじめ頃まで大火の度に囁かれたといいます。







三春郊外、貝山の泉沢に「御下屋敷」とよばれる荒木玄蕃の屋敷跡があります。

荒木は、幼君を亡きものと企む中で御殿医三宅良庵と老女鳴瀬とを巻き込み、朝の食事に一服盛り、幼君を毒殺したと伝えられています。
 その朝、荒木はこの下屋敷にあって舟形の大きな石を西方村の大滝根川から運ばせている最中でした。もう少しで庭に入るという時に、幼君急死の報せが本城からもたらされたので、悲しみを装って急ぎ登城したといいます。

 その後、“腹切り梅伝説”の忠臣滋野多兵衛の亡霊譚の下りとなりますが、荒木は御城下の上屋敷には居たたまれず、この下屋敷に逃れ大きな番犬数等と警固の武士を配して引き籠ったとされます。

 このとき西方村より運んだ舟形の庭石は、これも滋野の亡霊の祟りで、その後いくら手を尽くしても微動だにせず、庭外に放置されたまま伝説を秘めて風雨にさらされています。 
     





校長室の前に、三春舞鶴会員の日向野隆三様作「三春疎開の絵」がコーナー化されて掲げられていました。







日向野様は、元本田技研工業株式会社のデザイナーで、世界で一番売れたバイク「ホンダ・カブ」のデザインにも携わっていた方です。












春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


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令和元年三春中学校第1学年の総合学習「地域学習(三春学習)」におけるシンポジウム及び「校外学習」のレポート



先の実施されました三春中学校第1学年の総合学習「地域学習(三春学習)」におけるシンポジウム、そして、それに伴う「校外学習」の成果・学習のまとめとして作成したレポートの一部を資料として、校長先生の礼状と共に担当の先生が届けてくれました。






生徒たちは、それぞれの目線で、郷土三春の特徴を様々な視点でまとめ上げていました。











生徒たちは、それぞれテーマをもちこれからも三春で生きていくための目標や地域とのかかわり方について考え、生徒自身のアイデンティティーの確立を目的とした「地域学習(三春学習)」を「生き方学習」として自分の意見をまとめていました。








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


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三春中学校第一学年 総合学習「郷土三春」 三春町内現場学習 令和元年11月20日




三春中学校第一学年 総合学習「郷土三春」 三春町内現場学習 令和元年11月20日


先の三春中学校一年生の総合学習「郷土三春」の現場学習ということで、2班の生徒の皆様にご来店いただきました。






当店には三春の産業ということで和菓子屋としての質問が用意されていました。


「おたりまんじゅう」、観光、三春....






これから三春を、そして日本を背負って立つ若者たちです。

少しでもお役に立てればいいなあと思います。


これらの学校支援は三春の先輩方から受けてきたことへの恩返しでもあります。


また、後輩への郷土三春学習のバトンタッチでもあります。



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:11 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |
「和菓子講習会」船引小学校 第5学年親子活動 令和元年11月9日(土)





昨日は、ご縁がありまして田村市立船引小学校第5学年の親子活動の「和生菓子造り」の講師に招かれました。

上生菓子造りの講習とあっては、「おもてなし」~日本人の心~{わびさび}の世界ですので、お茶はつきものです。


お茶をたしなむ女将と共に船引小学校へ参じました。




第五学年の児童巣109名、父兄合わせて218名と共に和菓子、それも練り切りの上生菓子の製作です。









季節柄テーマは「秋」ですので”菊花”を作っていただきました。


菊花を色違いで二種類、しかもちょっと技術が必要な三重包餡を提案させていただきました。






当店女将は、子供茶道教室や税の教室などで小学校へ出向いているので子供たちの教えるのが上手いんです。


夫婦二人三脚で和菓子作り講習会の開始です。







学年委員長さんの采配で、早速お菓子造り開始です。


それぞれが工夫を凝らしながら、思い思いの意匠を巡らせ、練り切り餡で上生菓子を造っていきます。







そして、皆さん手先が器用なんでしょう、上手に造っていかれます。


白、ピンク、中こし餡の三種類を包餡し、箸や楊枝で花びらを造り、黄色で花弁、そして、抹茶の羊羹で葉っぱを付ける・・・・







自分で造った上生菓子はいかがだったでしょうか?


そてぞれ楽しんでおられた様子です。







そして、ご自身で造られた練り切り上生菓子「菊花」の実食です。


女将より、お茶会での菓子の食べ方を講義されて美味しそうにほおばっている姿に、出張してきたかいがあったように思います。







最後に、代表の児童たちによる和菓子造り体験の感想を発表、そして私たちの御礼の言葉をいただきました。

こちらこそ貴重な経験をありがとうございました。






少しでも和菓子、上生菓子に親しんでいただきお茶の心と合わせて興味を持っていただければ幸いです。

いつしか、自分でもお茶をたしなみ「お茶と和菓子」という日本文化を継承していただけたらなぁと思います。









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍






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三春町立第2保育所の町探検と買い物体験 令和元年 三春昭進堂




三春町立第2保育所の「町探訪と買い物体験」ということで、園児13名のみなさんが、保育士の先生、そして園長先生とご来店いただきました。


秋晴れの中、保育士の先生に引率されてのご来店です。






三春昭進堂でまんじゅうを買って、三春小学校の明徳門の下(階段)で、おまんじゅうをみんなで食べるという体験型の町探訪です。


園児の皆さんからすれば「探検」気分でしょうね~







かわいい園児の皆様に思わず顔がほころんでしまいました。


子供はかわいいですよね!


またのご来店をお待ちしています。




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


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総合地域学習「三春」 三春中学校 1年生 令和元年11.6  三春昭進堂主人 髙橋龍一




総合地域学習「三春」 三春中学校 1年生     令和元年11.6
                    三春昭進堂主人 髙橋龍一


三春中学校一年生の総合的な“学習の時間”総合地域学習「三春」のシンポジウムパネラー及び講師として三春のお話をさせていただきました。

 
 はじめに
照顧却下 禅寺の玄関に掲げてある木版
地元三春を見る=足元~自分自身
どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失わない 足元

私たちが子供の頃から、三春の先輩方から様々なことを教えていただき学んできました。
昔から三春人(商人)は、教育・人間育成ということには驚くほどの力の入れようでした。

この三春シンポジウム等の学校への協力は、上記の先輩の皆様方への恩返し、そして、後輩へと継承する三春の教育を少しでも果たしたいと考えています。
未来を担う、三春の後輩たちの”学び”に、少しでもお役に立てればいいなあと思います。

元家老家の北畠浪岡具雄から「修行するのは少壮の時である。一家の些細なことに拘わり合っていつまでも田舎に居ると。、一生の悔いになる。早々に上京すべき」と上京して勉学に励むことを進められた加藤木三兄弟の話。申します 勝沼 
また、戦前の三春小学校の卒業式に於いて成績優秀者に秋田賞と加藤木賞が贈られていたこと・・
谷中 田村学寮 初代寮長 河野広中
深間内久蔵氏が千三百余圓(大工手間39000万円)の私財を投入し建設資金にしたことや藤泉賢四郎(後の大林組社長大林賢四郎氏が設計施工を請け負ったこと。

三春の商人として、三春の歴史、三春で商売(和菓子屋) 県外での三春





経営者 仕事がら全国の経営者 
初めての人は、その人をフィルターとして三春を見ます。
挨拶や懇親会 お国自慢 自分の出身地を背負って 社会で活躍!
胸を張って三春の歴史や長所 伝える    

自分の足元=三春 足元を見る 自分自身を顧みる 


郡山にないもの 歴史 文化

町とは?
同じラーメンでも、醤油ラーメン、みそ、つけ麺、冷やし中華、喜多方ラーメン 博多ラーメン、チャルメラ カップヌードル 同じ種類じゃなくてもいい それが町・地域







1、三春との職業を通じた関り
三春は滝桜のお陰で毎年春には日本中、世界中から脚光を浴びる どんな展開も可能
最大のトップ営業マン「滝桜」
「三春」昭進堂 三春名物「おたりまんじゅう」 三春産にこだわる 三春の味 国産 安心安全
四季により作るお菓子が違う
 春・花見団子 夏・麩饅頭 秋・栗大福 冬・イチゴ大福 
通年商品 名物「おたりまんじゅう」 「豆大福」 コーンフレーク・クッキー









質問・
店が三春馬(畜産)セリ市場の前にあるということで競り市に来た方へのお饅頭を売った
後祭礼に出向いて打った

塵壺 平成3年より発行 ・支店やテナントを出すより経費が安い 
・三春にお客さんを呼びたい
饅頭屋の隣に魚屋 相乗効果 商店街の基本

平成版三春物見遊山 三春の宣伝!
三春(ロマンチックな名前)、瀧桜 全国区の地名 三春の饅頭屋 

2、三春の良さ 滝桜
三春という小さな町 少し目立つことをするとメディアが拾う
車社会 インターネット・SNS 県中 郡山33万人 近い 強味  
明治初年 三春小学校明徳門 学校の門(教育のシンボル)として残す
~三春人の民度の高さ 

街並み
城下の道は、城下町のなごりで、道路は狭くて複雑であるため、生活に不便な点もありますが、御城坂 北町の坂や桜谷、天狗谷、谷間が多く、道が狭いことがかえってこの街の魅力を高めています。
北国の小さな城下町三春は、城下にこそ魅力があると思います。

小さな城下町三春  観光バスが大勢の人がわんさか来る場所ではない 小グループ 
会津 仙台 金沢 江戸 京都 歴史的都市とは一線を画す
春先の桜の時期、観光バスはじめ 多くの観光のお客さまは、滝桜周辺を見てお帰り 
平均滞在時間は1時間  その一割でも町中に






世界的に活躍する日本を代表する建築家大高正人さんや照明デザイナー石井幹子さん(美人に見える工夫)、世界的写真家門馬金昭氏、そして、国の専門職などが長期間のプロジェクトに参加

きれいに整備され街並、一方昔懐かしい町並みの面影が残る

単に歴史や文化が感じられるというだけでなく、生活のにおいがする魅力的な小さな城下町 地元の人々が居住し生活する場であり、近郷近在よりの買物のお客さまが出入りする場であり、さらに近年は 春、桜の時期だけではなく四季を通じて観光のお客様が訪れる魅力的な城下町でもあります。

これは、城下だけではなく、それぞれの地区に様々な魅力がある

各神社の祭礼(郊外11月3日)「三春盆踊り」、だるま市、お城山まつり 秋まつり

様々なイベント 今を生きる私たちの生躍動する活観 


3、課題とその対策
地元に住んでいると案外地元が見えない 「灯台下暗し」外から三春を見てみる

4、中学生への期待
地元三春を見る=足元~自分自身
どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失わない 足元

CM 人生長いよ~大人って案外いいもんですよ

自分の生き方 仕事 家庭 趣味サークル 自信を持つ 自惚れて(うぬぼれ)
自分を肯定する生き方~子供たちは自己の肯定がすくない 







「自分を見つめ 自分にはなし 自分で答える」
 一、自分を見つめ・自分の足元を見つめること。
今回の学習テーマである郷土である三春を学ぶということは、自分自身の足元にを見る、即ち自分自身を見ることなんだろうと思います。

 二、自分に話し・様々な人や事柄に接し自分を磨くこと。
世の中には、様々な方々や事柄がいます。
いい人悪い人、老若男女。そして綺麗なもの汚いもの・・そんな様々な人や事柄に接して自分で識別できる目を養うこと。

 三、自分で答える 生き方を自分で見つける 自分の力で生きていく
一人の力で生きているのではなく、有縁無縁、周り居る方々が協力してくれたからうまく出来たんだと思う事が大切です。
日々正しくお陰様です。

質問にもありましたが、「これから三春はどうなっていくの?」「これからの三春の産業は?」
未来ある中学一年生、これからの三春を、そして、日本をしょって立つ人材です。

与えられた未来ではなく。自分自身で創り上げていってください!
そして、今の勉強がその基礎となることでしょう・・・







あえて、山本五十六の言葉を借りるならば・・・
昭和14年に山本五十六が母校の長岡高等学校で講演したときの言葉を紹介いたします。

私は諸君に対し銃をとって第一線に立てとは決して申しません。
あなた方に希望するところは学問を飽くまで静かな平らかな心を持って勉強し
将来発展の基礎をつくって頂きたいと熱望する次第であります。
どこまでも気を広く持ち 高遠なる所に目標をおいて日本のため進んでくださいますようお願いします。

山本は、日米戦争に反対していたのにも拘わらず、戦時特別編成である大日本海軍連合艦隊司令長官という立場から真珠湾攻撃の作戦立案に携わる事になりますが、その山本の苦悩が現れている講話です。









質問
新町の太鼓 盆踊り・江戸時代は城下では禁止
三春盆踊りの起源は、法蔵寺宗旨である時宗の「踊り念仏」、浜通り南部の「じゃんがら踊り」、さらには江戸時代後期の頃に相双地区を襲った大地震や津波で、被害を受けた地域の救済と復興のために入植した新潟や北陸の浄土真宗門徒がもたらした「踊り念仏」を起源とされる「相馬盆唄」など諸説あります。
三春城下は、岩城街道、会津街道をはじめとする主要街道が交差する文化と物流の交流拠点であり、それぞれの文化の影響を受けながら独自に進化していったものだと考えられています。

「踊り場」の地名が残る八幡町では、昭和20年8月の玉音放送を受けて町当局から盆踊りは自粛・中止せよとの沙汰が発令されましたが、八幡町若連では“盆踊りは国に殉じた戦死者供養だ!”と「いろはや食堂」の裏山に太鼓を持ち込んで朝まで盆太鼓を叩いて戦没者を供養したと伝わっています。






質問
商人や工人などの職業講の祭り 恵比寿講祭 荒神講祭 
農家 御釜講 旅講伊勢・熊野等々は現存

質問
名前・平安時代 荘園制度・京都公家藤原氏~紀伊和歌山の熊野大社 蒲の倉大祥院
鎌倉末期南北朝時代 
室町末期応仁の乱・戦国時代 
奥州仕置田村家取り潰し 
明治維新 武士の世の終わり

戦国時代 三春田村家 田村麻呂末裔 全国から召し抱え 土着 青山・千葉・影山・髙橋・  ベビーメタル神バンド(ホームページ)

豊臣秀吉による奥州仕置によって三春田村家が改易され、この時伊達家へ仕官した田村家旧臣は、田村本家である田村宗顕・牛縊定廣はじめ、御代田氏、田母神氏、橋本氏、村田氏、石沢氏、常葉氏、中津川氏、郡司氏、大越氏など分家した11家(分家下士含めると28家)にとどまります。
それ以外の旧臣は伊達家を嫌い旧田村領内の自分の領地にて帰農します。
時代が下がり松下、蒲生、秋田氏藩政下にあっても「在郷給人」として苗字帯刀御目見得を許された割頭(大庄屋)・名主を代々務めてと明治維新を迎えます。尚、この時代地方では農兵分離が進んでおらず帰農した大多数の田村旧臣は、合戦の敗北による主家断絶ではなかったため敗北感を持たず、剛腹で武勇に富み、家門を称して「御屋形様」呼ばれていました。

質問 寺の今昔
明治維新神仏希釈 日露戦争後仏教復権 
お寺だけ運営 住民票・過去帳 お葬式 

質問
寺社が多い 城下町 歴代藩主 寺社を残留

質問
水芭蕉 昭和50年代のディスカバージャパン 三春名所 安達町油井円東寺

質問
由来 見張り所 三春のともがら 
昭和30年代の町村合併 御木澤村 お祭 七草木 平沢 
斎藤・沼澤・鷹巣  柴原・瀧・根本・過足・狐田・込木・芹ケ沢
熊耳・篠山・荒和田  實沢・富沢・青石









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

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