CALENDAR
S M T W T F S
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28       
<<  2021 - 02  >>
CATEGORIES
ARCHIVES
PROFILE
    k1
OTHERS




三春城下馬場の湯温泉「若松屋」さんで、三春昭進堂家族の宿泊新年会です。




三春城下馬場の湯温泉「若松屋」さんで、三春昭進堂の宿泊新年会です。

この時期は温泉が一番!







こんな時だからソーシャルディスタンスをしっかりとって個室でゆっくり食事です。

コロナ禍の中にあって、with三春城下の銘打って、馬場の湯「三ッ美屋旅館」さん、そして「若松屋旅館」さんへ、数回宿泊食事会をさせていただきました。






お陰様で、孫みたいな豪栄道君もすっかり馴染み気取りで、温泉は行って美味しいご飯を食べて大喜びです。



それを見ている私たちはもっと大喜びです。






すっかり、爺と婆気分です。


ありがとうございます。







今年大学卒業の次男坊も”年の離れた弟”くらいに思っているんでしょう!








早いもので、若松屋の専務が他界してからもう一年経ちました。


追善供養になればとの思いからの宿泊食事会という気持ちもあり、ご焼香させていただきました。


コロナが終息を迎え世の中が落ち着きを取り戻したころには、是非また若松屋ディナーショーを開催したいものです!




三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍




| ryuichi | 05:14 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
西の内「鳥久 yakitori torikyu」開店祝い 




三春昭進堂へ私が入社した当初からですので、もう30年近い付き合いのある元アルバイトの”イ~君”こと、高久茂徳君が、夢であった自分の焼鳥店「鳥久 yakitori torikyu」をオープンしました。


開店祝いに、三春昭進堂組と共にお祝に駆け付けました!






彼は、須賀川にある焼鳥の名店「芋蔵」で修業を重ね、このたび夢、念願がかなって独立と運びとなりました。


本当にうれしいです。


焼鳥はコースで運ばれ、お世辞抜きの美味しさは修行の賜物です!

「芋蔵」で腕を磨いてきた通り、焼鳥の鳥も店で自分たちでさばいていたくらいですから、丁寧な仕事をすると思います。


冷凍食品が溢れているこの時代、一からの手料理には旨さが光るんだと思います。







「鳥久」の場所は、郡山市西の内、太田西の内病院のすぐ下です。


テナントとして入る建物が新築され、鳥久とイタリアンの店などが入り、食の店舗が集まった「西の内タウン」として期待の集まる場所です。








店は広々としており、ソーシャルディスタンスはバッチリです!


コの字方のカウンターの中央に焼き場を配し、目の前で焼き鳥を焼いてくれます。









なんだかんだ言っても一番頼りになるメンバーの一人です!







駐車場は道路を挟んだところにございます。

運転代行の手配もばっちりです。


ご家族ずれでお出かけください。








おたりまんじゅう本舗 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:51 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
ナニコレ珍百景での「福の神 宇賀神様」登録・採用の謝礼金を三春町に寄付して来ました。




先のナニコレ珍百景での「福の神 宇賀神様」の御利益のある看板登録・採用の謝礼金を三春町に寄付して来ました。



三春町町長室にて、坂本町長に出演者3人で手渡しです〜〜







久しぶりの三春町役場2階です。


コロナ対策もばっちりです。







自分たちで使うのは御利益がないということで、宇賀神様の周辺整備も考えましたが、三春町を通じて困っている人、特に昨今の新型コロナ対策に役立てていただきたいと寄付をしてきた次第です。


これも宇賀神様への寄付寄進の一環、そして、我々への功徳を積む福徳と考えています。

宇賀神様を含む鷹巣の事柄を本にまとめた橋本史紀様こと橋本家当主吉正様に敬意を表したいと思います。

さらには、地主である橋本家御家族様、高屋敷稲荷神社鈴木宮司様、そして、高屋敷さまに集う方々へご縁をいただいたことへ感謝申し上げます。









尚、この場所は交通量もあり、見通しの悪いS字カーブの坂道の途中にあります。


くれぐれも交通安全をお願いいたします。






後日、新聞(2020.9.9福島民報・民友朝刊縣南版)にも取り上げていただきました。








小さな城下町三春 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:16 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
三春昭進堂「豆大福」の看板を設置いたしました。




三春昭進堂「豆大福」の看板を設置いたしました。



店頭の付いた衝立型看板に設置です。





塩気の利いた豆大福130円税別です。


原材料を国内産餅粉を使用しています。








出来立てもおいしいんですが、当店では保存の為と腰を引き出すために、一度冷凍しています。


特にこの時期は、豆大福が完全に解凍する少し前の状態が一番おいしく召し上がれると思います。

一度お試しくださいませ






今朝の散歩の時に拾ったゴミです。

気になりだしたら目につくようになりました。

本日の成果です!




三春名物おたりまんじゅう本舗  御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:59 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
「逃げ水 (にげみず)」 三春昭進堂の水まんじゅう 看板設置




「逃げ水 (にげみず)」 三春昭進堂の水まんじゅう 看板設置






店頭の看板です。

「逃げ水」というネーミングは、ご存知の方も多いかと思いますが、子母澤寛の小説「逃げ水」から頂きました。

幕末の徳川幕臣で、大政奉還後、徳川幕府十五代将軍徳川慶喜の護衛の任務を最後まで遂行した奥詰、髙橋伊勢守謙三郎泥舟を描いた小説です。








幕末の幕臣。名は政晃,通称精一。

泥舟は号。旗本山岡正業の次男で母方高橋家を継ぐ。

槍術家山岡静山の実弟,山岡鉄舟は妹婿。

槍術に長じ,1859年講武所師範役となり,伊勢守に任ぜられた。

1862年,幕府徴募の浪士組を率い取扱として上京したが,浪士のうちに尊攘を唱える者が数を増し,新選組のみを残して江戸に戻った。

1868年遊撃隊頭として徳川慶喜の護衛に当たる。鳥羽・伏見の戦後は恭順を説き,新政府軍への使者に山岡鉄舟を推薦。維新後は仕官せず東京に隠棲。


勝海舟,山岡鉄舟と共に幕末三舟と称される。








三春水まんじゅう 「逃水(にげみず)」 



三春昭進堂の夏の定番水まんじゅうの「逃水」の販売を始めました。

一個 130円税別です。






昨年からの「塩レモン」も好評に付き定番として販売いたします。

価格は同じ一個130円税別となります。

レモンの酸味に塩味でアクセントをつけました。

どうぞお試しください。







冷凍販売でご案内しています。

これからの時期ですと、お買い上げから約30分~1時間位で食べごろになります。

そのまま冷凍保存もオッケーです!






日持ちは冷蔵庫で2日間位ですので、宜しくお願いいたします。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:28 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
 店頭暖簾を「三春昭進堂天使ロゴの暖簾」に交換いたしました。



三春昭進堂 店頭暖簾を「三春昭進堂天使ロゴの暖簾」に交換いたしました。


新たに作成したオリジナルです。





大きな天使が目印です。


このロゴは、昭和初期の当店ロゴマークを復活させたものです。







日中と夜間では印象が違いますね







大好きなロゴです!






折に触れ、真照寺の御灯明として昼夜点灯させていただきます。







梅雨時期の三春城下新町末郭外境の楽内集落の田んぼに蛍が飛び始めています。





携帯のカメラなのもで映し出す事は出来ませんが、数匹飛び始めています。


乱舞するタイミングに会えば、幻想的な光景に出会えます。







かつては、梅雨明けに挙行される田村大元神社夏季例大祭の寄付集めで小滝や四軒丁などに伺った際によく見かけていました。


最近は、農薬の使用や区画整理等で蛍のえさとなる「カンヤボ」等が減少して蛍の数も激減ですが、楽内集落はの田んぼはきれいな水のままなのでしょう~


尚、真照寺の方丈庭園の池周辺でもチラホラみられるはずです!



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:52 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
「雪村と三春」という三春町観光協会と三春郵趣会発行の雪村切手台紙



”資料は向こうからやってくる!”と、先輩から教えられていますが、今度は「雪村と三春」という三春町観光協会と三春郵趣会発行の雪村切手台紙が手元に届きました。


実物の雪村周継画「松鷹図」(部分)が印刷された日本郵便:日本の自然シリーズの1000円切手が同封されています。


正式な発刊年代は不祥ですが、雪村周継画「松鷹図」(部分)が1996年発行ですので、その頃かと思われます。





雪村と三春

雪村周継は、戦国時代の十六世紀のはじめ頃、戦国武将佐竹氏一族の子として、常陸国(茨城県) 太田に生まれました。
出家して禅僧となり、もっぱら画の修業にはげみ、会津、小田原·鎌倉など東北、関東の各地を遍歴し画人として大成しました。

晩年は、この三春の地に、小庵を結んで隠棲し、画筆を放すことなく、80歳余の生涯を終えました。

雪村は、雪舟と並ぶ水墨画の巨匠として知られ、大小画面を自由に描きこなし、どの作品にも清新な気塊と躍動感がみなぎっており、一貫して、人間的な暖かさと機智のこころが流れています。







表紙は、雪村自画像です。
紙本墨画淡彩一幅 65.5×22.2cm

月下に座す老僧は、 雪村その人であり、画面右側に書かれた讃も自身の手によるものです。「山川一色 綿よりも白し 茅屋斜めに連なり 淡煙を縫む」 は、 庵の前に広がる光景であったのでしよう。
雪村庵で描かれたと推定できる作品です。
本図の原本は奈良市の大和文華館所蔵繊であり、 写真は三春町歴史民俗資料館蔵の複製によりました。





尚、桜梅山雪村庵(観音寺ともいう)は、 竹林を背に静かなたたずまいを見せています。
天正年間雪村が居住してから約80年後、 本尊観世音菩薩を残して荒れ果てていたのを、 明暦4年、 時の三春藩主2代盛季より賜った高乾院住職、一元紹碩和尚が再興しました。
現在の庵は文政13年に再再興されたものの一部です。庵に掲げられている扇額も、 一元和尚によるものです。







そして、三春名所写真ポストカード


写真は、本陣本店先代の川又恒一氏です。







発行が三春町観光振興会となっています。



三春の一番熱かった時代なんだと思います!







そして、もう一点 三春名所木版画のポストカードです。






福島県郡山市出身の作家さんで民家シリーズで有名な廣長威彦(ひろなが たけひこ)先生の木版画です。






御城山と月と題された作品ですが、この場所がわかりません~ 愛宕神社か法蔵寺のような気がします。






| ryuichi | 04:18 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |