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ナニコレ珍百景での「福の神 宇賀神様」登録・採用の謝礼金を三春町に寄付して来ました。




先のナニコレ珍百景での「福の神 宇賀神様」の御利益のある看板登録・採用の謝礼金を三春町に寄付して来ました。



三春町町長室にて、坂本町長に出演者3人で手渡しです〜〜







久しぶりの三春町役場2階です。


コロナ対策もばっちりです。







自分たちで使うのは御利益がないということで、宇賀神様の周辺整備も考えましたが、三春町を通じて困っている人、特に昨今の新型コロナ対策に役立てていただきたいと寄付をしてきた次第です。


これも宇賀神様への寄付寄進の一環、そして、我々への功徳を積む福徳と考えています。

宇賀神様を含む鷹巣の事柄を本にまとめた橋本史紀様こと橋本家当主吉正様に敬意を表したいと思います。

さらには、地主である橋本家御家族様、高屋敷稲荷神社鈴木宮司様、そして、高屋敷さまに集う方々へご縁をいただいたことへ感謝申し上げます。









尚、この場所は交通量もあり、見通しの悪いS字カーブの坂道の途中にあります。


くれぐれも交通安全をお願いいたします。






後日、新聞(2020.9.9福島民報・民友朝刊縣南版)にも取り上げていただきました。








小さな城下町三春 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:16 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
三春昭進堂「豆大福」の看板を設置いたしました。




三春昭進堂「豆大福」の看板を設置いたしました。



店頭の付いた衝立型看板に設置です。





塩気の利いた豆大福130円税別です。


原材料を国内産餅粉を使用しています。








出来立てもおいしいんですが、当店では保存の為と腰を引き出すために、一度冷凍しています。


特にこの時期は、豆大福が完全に解凍する少し前の状態が一番おいしく召し上がれると思います。

一度お試しくださいませ






今朝の散歩の時に拾ったゴミです。

気になりだしたら目につくようになりました。

本日の成果です!




三春名物おたりまんじゅう本舗  御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:59 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
「逃げ水 (にげみず)」 三春昭進堂の水まんじゅう 看板設置




「逃げ水 (にげみず)」 三春昭進堂の水まんじゅう 看板設置






店頭の看板です。

「逃げ水」というネーミングは、ご存知の方も多いかと思いますが、子母澤寛の小説「逃げ水」から頂きました。

幕末の徳川幕臣で、大政奉還後、徳川幕府十五代将軍徳川慶喜の護衛の任務を最後まで遂行した奥詰、髙橋伊勢守謙三郎泥舟を描いた小説です。








幕末の幕臣。名は政晃,通称精一。

泥舟は号。旗本山岡正業の次男で母方高橋家を継ぐ。

槍術家山岡静山の実弟,山岡鉄舟は妹婿。

槍術に長じ,1859年講武所師範役となり,伊勢守に任ぜられた。

1862年,幕府徴募の浪士組を率い取扱として上京したが,浪士のうちに尊攘を唱える者が数を増し,新選組のみを残して江戸に戻った。

1868年遊撃隊頭として徳川慶喜の護衛に当たる。鳥羽・伏見の戦後は恭順を説き,新政府軍への使者に山岡鉄舟を推薦。維新後は仕官せず東京に隠棲。


勝海舟,山岡鉄舟と共に幕末三舟と称される。








三春水まんじゅう 「逃水(にげみず)」 



三春昭進堂の夏の定番水まんじゅうの「逃水」の販売を始めました。

一個 130円税別です。






昨年からの「塩レモン」も好評に付き定番として販売いたします。

価格は同じ一個130円税別となります。

レモンの酸味に塩味でアクセントをつけました。

どうぞお試しください。







冷凍販売でご案内しています。

これからの時期ですと、お買い上げから約30分~1時間位で食べごろになります。

そのまま冷凍保存もオッケーです!






日持ちは冷蔵庫で2日間位ですので、宜しくお願いいたします。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:28 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
 店頭暖簾を「三春昭進堂天使ロゴの暖簾」に交換いたしました。



三春昭進堂 店頭暖簾を「三春昭進堂天使ロゴの暖簾」に交換いたしました。


新たに作成したオリジナルです。





大きな天使が目印です。


このロゴは、昭和初期の当店ロゴマークを復活させたものです。







日中と夜間では印象が違いますね







大好きなロゴです!






折に触れ、真照寺の御灯明として昼夜点灯させていただきます。







梅雨時期の三春城下新町末郭外境の楽内集落の田んぼに蛍が飛び始めています。





携帯のカメラなのもで映し出す事は出来ませんが、数匹飛び始めています。


乱舞するタイミングに会えば、幻想的な光景に出会えます。







かつては、梅雨明けに挙行される田村大元神社夏季例大祭の寄付集めで小滝や四軒丁などに伺った際によく見かけていました。


最近は、農薬の使用や区画整理等で蛍のえさとなる「カンヤボ」等が減少して蛍の数も激減ですが、楽内集落はの田んぼはきれいな水のままなのでしょう~


尚、真照寺の方丈庭園の池周辺でもチラホラみられるはずです!



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:52 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
「雪村と三春」という三春町観光協会と三春郵趣会発行の雪村切手台紙



”資料は向こうからやってくる!”と、先輩から教えられていますが、今度は「雪村と三春」という三春町観光協会と三春郵趣会発行の雪村切手台紙が手元に届きました。


実物の雪村周継画「松鷹図」(部分)が印刷された日本郵便:日本の自然シリーズの1000円切手が同封されています。


正式な発刊年代は不祥ですが、雪村周継画「松鷹図」(部分)が1996年発行ですので、その頃かと思われます。





雪村と三春

雪村周継は、戦国時代の十六世紀のはじめ頃、戦国武将佐竹氏一族の子として、常陸国(茨城県) 太田に生まれました。
出家して禅僧となり、もっぱら画の修業にはげみ、会津、小田原·鎌倉など東北、関東の各地を遍歴し画人として大成しました。

晩年は、この三春の地に、小庵を結んで隠棲し、画筆を放すことなく、80歳余の生涯を終えました。

雪村は、雪舟と並ぶ水墨画の巨匠として知られ、大小画面を自由に描きこなし、どの作品にも清新な気塊と躍動感がみなぎっており、一貫して、人間的な暖かさと機智のこころが流れています。







表紙は、雪村自画像です。
紙本墨画淡彩一幅 65.5×22.2cm

月下に座す老僧は、 雪村その人であり、画面右側に書かれた讃も自身の手によるものです。「山川一色 綿よりも白し 茅屋斜めに連なり 淡煙を縫む」 は、 庵の前に広がる光景であったのでしよう。
雪村庵で描かれたと推定できる作品です。
本図の原本は奈良市の大和文華館所蔵繊であり、 写真は三春町歴史民俗資料館蔵の複製によりました。





尚、桜梅山雪村庵(観音寺ともいう)は、 竹林を背に静かなたたずまいを見せています。
天正年間雪村が居住してから約80年後、 本尊観世音菩薩を残して荒れ果てていたのを、 明暦4年、 時の三春藩主2代盛季より賜った高乾院住職、一元紹碩和尚が再興しました。
現在の庵は文政13年に再再興されたものの一部です。庵に掲げられている扇額も、 一元和尚によるものです。







そして、三春名所写真ポストカード


写真は、本陣本店先代の川又恒一氏です。







発行が三春町観光振興会となっています。



三春の一番熱かった時代なんだと思います!







そして、もう一点 三春名所木版画のポストカードです。






福島県郡山市出身の作家さんで民家シリーズで有名な廣長威彦(ひろなが たけひこ)先生の木版画です。






御城山と月と題された作品ですが、この場所がわかりません~ 愛宕神社か法蔵寺のような気がします。






| ryuichi | 04:18 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
昭和49年の福島県立安積高校の創立90周年・校舎落成記念の文鎮



お客様から文鎮をいただきました。

昭和49年の福島県立安積高校の創立90周年・校舎落成記念の文鎮です。


お客様とは、同級生のお兄さんでもある村上さんです。






当店にはシャッターはありません。

閉店後はブラインドと風呂折敷で目隠しをしています。


朝の日よけの意味もあります。

この風呂敷を支えるために様々な文鎮で押さえています。

それを知った村上さんが家にあった文鎮を持参していただきました。







そして、三春中学校1969年の卒業記念の文鎮



ありがとうございます。


使わせていただきます。






三春城下 懐かしの写真展 大町カネサン書店内



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:02 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |
「古きを尋ね、新きを知る」 三春城下2020 春爛漫!




三春城下は春爛漫!

例年ならば、三春が一番輝く季節を町民も観光のお客様も、その春を存分に謳歌していただけたんだろうと思います。

今年も春を迎えられた喜びに浸りながら、「日本に生まれてよかった!」、「日本に住んでよかった!」、「日本に来てよかった!」とそれぞれに思いを走らせ・・・・

お陰様で、当店では多数のお客様に御来店いただき三春花見団子やおたりまんじゅう、そして、豆大福の売れ行きが例年と変わらず、お客様には御礼を申し上げます。

しかし、今年は新型コロナウイルスの影響で、滝桜は満開ですが観光客家入れ中止という事態となっています。




以下は、本来ならという三春の案内文です。







三春は四季折々、自然の美しい彩りをうつしだします。


梅。桃。桜が一度に咲き競うと言う地名の由来のとおり、三春の春は春一統の春です。

中でも天然記念物の滝桜は、全国的にも有名で多くの人々を楽しませてくれます。

千年を越えるこの滝桜が、静かに見守ってきた町づくりの移り変わりをひもといてみると、 城下町としての形ができたのは戦国時代でした。

愛姫の祖祖父、田村義顕公が大志田山にお城を築き、大元帥明王社や菩提寺でもある、福聚寺を建てたのが始まりです。






戦乱の世が過ぎ、江戸時代初期には秋田俊季公が三春にはいり、 経済や文化を中心にして旧制の町都市をかたちづくってきました。

三春小学校の明徳堂の門や藩学校、 明治時代には自由民権運動家を育てた正道館の門と町の教育のシンボルでもあります。

自由民権運動は、 西の板垣退助、東の河野広中を中心にして国会開設、 憲法制定を要求する運動を展開してきましたが、加波山事件、そして秩父事件を起こし その幕を閉じました。






江戸時代から、三春に住む人々の労いのある祭りや行事が引き出したようです。

家内安全の祈祭でもある「水かけ祭り」、 一年の縁起、そして町と村の交流でもある「だるま市」、8月15.16日に開かれる「三春盆踊り」などが代表的なもので村々の鎮守様の祭りも、今なお受け継がれています。






ゆっくりと時代の流れをさかのぼっていくと、 三春には日本を代表するものもあります。

戦乱の世、 ただひたすら水墨画を愛した画匠、雪村がおりました。

雪村の作品は外国へ流出したものも多く、今では雪舟と並び評されています。





江戸時代、山村の地である高柴デコ屋敷の農家の人々はいろいろな三春人形を作り始めました。

まず、山村の地でこれだけ艶やかで素朴さを秘めた人形がつくられてきたのか、 不思議でなりません。

貴重な郷土人形を保存するために蔵を移設修復し「三春郷土人形館」を建設しました。
らっこコレクションを中心に展示されており、全国からの入館者で賑わっています。








明治大正時代と、三春は活発な商業活動をしておりました






大正3年には三春・郡山間に鉄道が引かれ、大正12年には田村中学校、 現在の県立田村高等学校が開校され、多くの優秀な人材をおくりだしています。 しかし、明治末期に開通した東北本線は、三春と郡山の経済流通機能を変えてしまいました。






数多くの一途歴史を見守ってきた滝桜は、今年もまた大木の一枝ー枝に可憐な真紅の花を咲かせるでしょう。

先人に、学ぶことの大切さを肌で感じる、新しい町づくりの拠点である歴史民俗浴資料館には、3万点以上の資料が収蔵されています。


今、「古きを尋ね、新きを知る」と言うことわざのとおり、三春は21世紀に向けて新しい歴史への頂点として、しっかりとした町づくりに取り組んでいます。



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春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:12 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |