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「色街遺産を歩く 消えた遊廓・赤線・青線・基地の町」 八木澤高明著 実業之日本社




実業之日本社発刊、八木澤高明著「色街遺産を歩く 消えた遊廓・赤線・青線・基地の町」
が届きました。


タイトルから察しられる通り、日本全国に分布現存している色街の遺産を紹介した本となっています。


三春城下にも、かつて本書に取り上げられるような色街である庚申坂、そして弓町新地がありました。


今回、本書にある三春弓町新地の資料を提供したということで見本誌として送付いただいたものです。



 

三春庚申坂・弓町新地「遊郭跡」

 三春昭進堂の向かい側の道を入ったところが弓町です、この一番奥が「新地」とも「新庚申坂」とも呼ばれた、遊里遊郭跡があります。
旧岩城街道は、「岩代の国」と「磐城の国」を結び、「磐城の国三春」から江戸に向かう重要な街道で、江戸期参勤交代にもこの道は使われました。
 




新町の坂を上りきって、化粧坂にかかる手前の井戸の上に、地蔵様がまつられ、その傍らに数基の庚申塚が建ち並んでいます。
その左手の坂が古庚申坂で、三春六入り口の一つ「岩城口」と称されていました。



花屋楼


 「奥州三春に 庚申坂なけりゃ 旅の馬喰も 金のこす」と三春甚句にも謡われた庚申坂には、江戸時代後期より遊郭があって、明治二十八年五月に新町小字弓町に移転するまでこの地で繁盛していました。
 弓町の遊郭は新開地の遊里ということで、「新地」と呼ばれましたが、世に知られた伝統的庚申坂の名は捨てきれず、「三春庚申坂」の名で呼ばれ、町の人々は、元の庚申坂を「古庚申坂」、弓町を「新庚申坂」と区別していました。


 
  島屋楼


「新庚申坂・弓町新地」の遊里には、花楼・島楼・二葉楼・島村楼・宮城楼と五軒(後に宮城楼廃業の為四軒)の遊郭がありました。

 その他、仕出し屋の「しんこや」や、一番奥には病院と呼ばれた娼妓の為の定期診療所があり、検診のため医師が週に一度福島から定期検診に来ていました。
 


双葉楼


妓楼の前の広場を「馬つなぎ」といい、ここで遊里だけの盆踊りも行なわれていたといいます。
 
新庚申坂が最も繁盛したのが、大正のはじめ頃、三春産馬の需要が最盛期を迎えた頃で、馬競市場の近くということで田村郡はもとより、県外からもお客さんが集まって来て、大変な賑わいだったと言います。



 島村楼


太平洋戦争敗戦後の昭和二十一年一月の「公娼廃止に関する連合軍総司令部の覚書」によって公娼制度は廃止され、昭和三十一年「売春防止法」が公布され、「三春庚申坂・弓町新地」の長い歴史に幕を閉じました。
 現在は妓楼の建造物四軒が、当時の面影だけを伝えています。
         蒼龍謹白・・・・・・・合掌








送り状にもありますが、昨今は若い世代、とくに女性の方々には、色街という響きに「歴史好きな中高年」とはまったく違った視点で魅力を見出している方が多くいるみたいで、各地を訪問する方も多いと聞き及んでいます。




この手あぶりは弓町新地の遊郭にあったものです。

本書は、著者である八木澤高明さんの情感あふれる写真とともに、八木澤さんが実際に訪ね、集めたエピソードで構成しており、そんな方々の“道しるべ”となれると思っております。





色街とは、人間の欲望だけではなく政治や経済とも密接に結びつき形成され、
間違いなく日本の歴史の一部であった。
ただひとつ言えるのは、色街は常に移り変わるものであり、かつて存在した色街は、もう二度と同じ形で息を吹き返さないということだ
「はじめに」より




春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:35 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍刹記::三春昭進堂雑記 |
月光菩薩さんのお顔のリレーフ 十三夜月見団子ご予約承り中



三春昭進堂の店内装飾品に新しい仲間が加わりました。

砲金製の月光菩薩さんのお顔のリレーフです。

ご縁があり、当店のお越しいただき正面の壁に飾らさせていただきました。


日光菩薩と月光菩薩は鏡を見ているようにそれぞれ左右対照的に造られることが多く、見分け方はといいますと・・・

手にはそれぞれ月輪と日輪を持っているとされています。

左手が上がっている造形が日光菩薩であるということですが、お顔だけでは区別がつきません・・・







 日光菩薩さん、月光菩薩さんは、『薬師経(薬師本願経)』に、薬師如来さんの浄土である東方瑠璃光世界の主要な菩薩であるされ、薬師如来さんの脇侍として一対で造像されます。
このために、日光菩薩さん、月光菩薩さんが単独での信仰されたり、造像はないと云われています。






日光菩薩さんは、日光遍照菩薩とも呼ばれ、太陽の如く光を照らして苦しみの闇を消すといわれています。


一方の月光菩薩さんは、月光遍照菩薩とも呼ばれ、月の光のようなやさしい慈しみの心で煩悩を消すといわれています。







美術品として店内に配させていただきます。


砲金(真鍮?)製ということですので、時間を見つけては軽く磨きをかけて、ピカピカに仕上げていこうと思っています。








今年平成29年の十三夜は旧暦の9月13日 平成29年11月1日(水)となります。


十三夜月見団子 十三個入り 650円税別


お月見さまを愛でながらの楽しいおしゃべりのお供にいかがでしょうか・・・


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:26 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍刹記::三春昭進堂雑記 |
「柳橋歌舞伎」平成29年度定期公演




「柳橋歌舞伎」平成29年度定期公演


先の柳橋歌舞伎伝承館(黒石荘)に於いて開催された、「柳橋歌舞伎」平成29年度定期公演に行ってきました。

会場となる黒石荘には、小雨の中大勢の観客が詰めかけ盛んに声援を送っていました。






柳橋は、当三春昭進堂先先代の女将の実家(長岡氏)があり、そこの当主も昨年は歌舞伎に出演しています。

そういってご縁があり、今回も案内をいただいていたので花を持って顔を出しに行ってきました。





演目

一、白浪五人男 稲瀬川勢揃いの場 (御舘中学校生徒)
二、義経千本桜 伏見稲荷鳥居前の場 (御舘中学校生徒)
三、神霊矢口渡 頓兵衛住家の之場 (柳橋歌舞伎保存会研究部)






普段なら、秋彼岸と重なり、繁忙期ということでとても行ける状態ではありませんが、今年は雨、そして彼岸の入りの前ということでなんとか時間を調整して臨場することが出来ました。



受付で差し入れの饅頭と御祝を納め、早速会場に入り観劇です。



雨の中にも関わらず、会場を埋め尽くす、入りきれないお客さんが来場され、丁度中学生の歌舞伎上演の真っ最中で、白熱した演技で、会場内は熱気に包まれていました。

また、会場内には売店が多数出展されていて、大盛り上がりです。






観光協会の資料によると、

柳橋歌舞伎は、柳橋は江戸時代、天領(徳川幕府が、直轄領地として直接支配していた地域)であったために芸能が自由に行われ、菅布禰神社の祭りに村人が芝居や歌などを楽しんでいたことが歌舞伎の始まりになったといわれています。





柳橋歌舞伎の特長は、舞台のセットから台本まですべて柳橋の農民の手で作られたものであること。

また、江戸の歌舞伎と同じく男性のみで演じられることです。 

明治時代、興行の取り締まりや規制が多くなり一時中断しましたが、昭和55年柳橋地区全戸で「柳橋歌舞伎保存会」結成して、の支援を得て復活しています。
現在では、演じる演目は「一ノ谷嫩軍記」など15を数えます。

この秋彼岸の前。

稲刈りの少し前になりますが、この時期に秋の収穫を願って、柳橋の村人が、見様見真似で芝居や歌を楽しんだと伝えられています。






平成の世になっても、目の前で繰り広げられているのかと思っただけで、是には、正直、感動しました!

かつて天領だった柳橋村の生活手ベルの高さがうかがえます。





尚、御舘小学校や御舘中学校生とも出演し伝統文化の継承に力をいれています。





御舘小・中学校は、平成18年から文部科学省伝統文化補助事業実践モデル校に指定され、御舘小・中では連携して柳橋歌舞伎の授業を行っています。

来週10月22日(日)の御舘中学校文化祭でも柳橋歌舞伎が上演されます。




この日も、会場内には、子どもたちから年配者までが、柳橋のほとんどの方々が来場され、一般公開当日の”柳橋の文化祭”的な雰囲気の中で、歴史ある伝統芸能を楽しんでいました。






春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 05:06 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍刹記::三春昭進堂雑記 |
第1回「三春の郷サイクリング大会」 Team Muratore (ムラトーレ)



第1回「三春の郷サイクリング大会」

第1回「三春の郷サイクリング大会」が開催され、三春昭進堂の天使マークのプリントされたチームジャージを着用した「Team Muratore (ムラトーレ)」も出場されました。

ご縁がありロードレースを、ご兄弟、そしてご家族で楽しまれている郡山在住の橋本様から、ジャージを造る際の当店のロゴマークを入れたいとのお申し入れがあり、二つ返事をさせていただきました。






そして今回のサイクリング大会にもお誘いを申しあげて今回の出場となりました。




今回は、弟さんではなくご友人の方とご一緒の参加ということですが、そのご友人の方は前日には猪苗代のレースにも参加しての2連チャンのサイクリングということになります。

尚、Muratoreとはイタリア語で”レンガを積み、漆喰をぬる職人さん”という意味で尊敬される職業だそうです。





曇り空の日曜日、午前11時ごろに三春城下新町を通過ということです。





その時間には、当三春昭進堂のマスコットである豪栄道君も、店の前にスタンバっていまして、「がんばれー!」「がんばれー!」と声援を送り、鈴なりになって通過する出場選手のみなさんを激励しています!







選手の方々から手を振られたり、ベルを鳴らされたりしているのもで、おおはしゃぎです!







春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:15 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍刹記::三春昭進堂雑記 |
「これからの三春町観光の在り方」 中部大学経営情報学部教授児玉允晴氏講演会 三春町異業種交流会



「これからの三春町観光の在り方」
中部大学経営情報学部教授児玉允晴氏講演会    三春町異業種交流会

三春城下大町の割烹八文字屋の女将さんからご案内をいただきまして、三春町異業種交流会主催の「これからの三春町観光の在り方」中部大学経営情報学部教授の児玉允晴氏の講演会を拝聴しました。


「三春滝桜」一本の観光からの脱却!というテーマでお話していただきました。

・「滝桜は日本三大桜の一つで、春になるとみんな見に来てくれる~」という請けにの搬送だけでは時代に取り残される。

・三春町は歴史ある城下町なので、もっと掘り下げれば観光につながる種はがあるはずですが“井の中の蛙”でアイデアが出ない。

講演会では、上記の事柄を踏まえて「これからの三春町観光の在り方」と題された通りに、三春町そして観光に携わる商工業者が観光ビジネスで成功する秘訣についてユーモアたっぷりなお話を伺うことが出来ました。

私の三春滝桜に関わる観光観に整合する部分がたくさんあり、頭の整理がつきました。

滝桜への観桜の奥客様が三春城下へ来城する比率がある一定に時期より極端に減りました。

三春駅と滝桜を結ぶ滝桜号からバスガイドさんが姿を消したことが原因ではないかと考えています。
乗車していた時期は、ガイドさんが沿線沿いにある寺社仏閣や食事処、そしてお土産処など、さらには秋の紅葉の話などサービス満点の御国訛りでガイドされていました。

また、沿線の停留所でも昇降が可能で、ガイドさんにはずいぶん当店の名物「おたりまんじゅう」をご案内頂きました。

しかし、バスガイドの廃止や新町橋の改修で一時期、城下を避けて八幡町経由で運行したことがありました。
そんなことが重なり、春の桜の時期の城下への観光のお客様が激減したと考えています。

当店などはありがたいことに、上記のような理由や滝桜へのお客様の増減に関係なくご来店いただけるお客様が多く大変ありがたく思っています。

何せ、震災の年の春には、花見自粛ムードの中で花見だんごの注文がすべてキャンセルだったんですが、店頭販売だけでしたが、三春昭進堂始まって以来の売り上げが最高値を記録したぐらいですから・・・





話を戻しましょう・・
まず、自分の町のことしか考えない、古い工業化時代の思考パターンではダメで、お客様中心主義の情報化時代の思考パターンが重要である。
まずは、観光で来る人の身になって考えること、旅行行会社の立場になって考えることが求められる。
旅行会社は観光ルートを売るわけなので、旅行する人(販売先のお客様)に寄り添わないと旅行商品は売れない。


昨年度から開催の「和算算額巡り」や「三春城下寺院数珠巡り」の活用
算額巡りについては、日本全国の数学科のある大学へオファーをかける。
学生のゼミや卒業旅行の誘致

「数珠巡り」は御朱印帖の人気に似て非なるもので、もっと売り出してはいかが?
先週、当店にも数珠巡りで三春に来られた約40名の南相馬の方々がご来店!

ウォーキングと御朱印

観光客の非日常のサプライズを 旅行商品として売るのが情報化時代の思考パターンの典型。そのためには、競争相手が多く、時期的に期間が限られる一過性の桜の花だけにとらわれてはいけない。

また、旅行者は三春だけ目指して来るわけではないという観点から、広域観光ルートが重要なので、三春町だけにとらわれてはいけない。

「とんかつ・キャベツ逆転論」の重要性!
三春町(滝桜)がとんかつ(主役)だと思っていては情報化時代に生き残れない。
○○ツアーのついでに、キャベツ(脇役)としての三春町立ち寄りコースの設定だってあり得る。
いわき広域観光や会津広域観光の首都圏向けパンフレットには春は滝桜が主役として明記されるが、食事や宿泊でそれぞれの当該地域をアピールしている。

観光客の関心をパターン分け(テーマ化)して、広域での観光ルートの創出が求められる。
季節ごとの広域観光ルートになるべくたくさん、三春を含めるようにして、旅行会社にルートを提案できるかどうかにかかっている。

先生からの提言1:
提携する旅行会社から得られる下記の情報をどう収集して、実現させてゆくかの活動を行うこと。
(1)町の観光資源化の具体化方法
(2) 旅行テーマの設定方法
(3)旅行会社の既存ツアーへのカスタマイズ方法、動線設計方法
(4)広域に観光資源を見れる中核都市の三春町として、旅行会社に支援できることの、旅行会社別のすり合わせ
(5)カルチャーセンターなどでの、旅行を提案する協力体制の構築
→人気講師への三春町の観光情報の提供など
(6)優先順での 街のインフラの改善要望の情報収集





先生からの提言2
自分本位ではないお客様目線を重視するために、第三者の目の有志者を活用すること。
(三春町を見慣れてしまった在住者ではダメ)
また、この有識者も参加して、三春町からの旅行会社に提案して提携先を発掘する、旅行会社向けの広報のホームページを作ること。

セールストークの中で「当町は!」はやめて"「当地域は!」と言うことが重要!

自らの町や施設の価値や魅力を伝えることは、営業活動として大切なことであるが、旅行会社に営業をするなら「当地域は! 」と言うことが必要である。

旅行会社は、「町や観光施設そのもの(単体)」だけをお客様に販売しているわけではない。
「ツアーコース(旅行行程)」を企画し、それをお客様へ販売している。その中に、町や観光施設を含んでもらえるように提案するのが、旅行会社への営業活動である。

そうなると地域の価値や魅力も伝えることが必要だと気が付く。

例えば、旅行会社が車を売っているとする。
「どんな車を作れば売れるのか!?(ツアーコース)」と悩んでいる旅行会社の元に、ある町や観光施設が、ハンドル(自分の町だけ)を売り込むことになる。

他の競合するところも、やはりハンドルを売り込むが、旅行会社が悩んでいるのは、ハンドルのことではなく、「どんな車を作れば売れるのか!?」ということである。

「車」を「ツアーコース」だとすれば、町や自施設(ハンドル)を売り込むだけでなく、ツアーコースで(車本体)を企画して売り込むことが、営業成果を上げるためのひとつの方法ということである。

例6:
団体予約を受けられない小さな店舗でも団体客を集客する!
こんな要望を聞くことが良くある。
「近所に観光バスが来ていて、団体旅行の観光客がいるんだけど、うちの店は小さくて、とても団体さんには対応できなくて でもせめて店の前を歩くお客さんに入ってもらう方法ってありませんか?」

小さな土産店や飲食店の場合、バス1台、30名~40名の団体客の受け入れが、売場の広さや座席数などの問題で難しいというケースはよくある。

地域には、観光バスが来ていて、団体旅行のお客様が歩いているのに積極的に旅行会社へ営業して、団体集客できる「店舗のキャバ(収容力)が無い」ということである。

そんな場合もあきらめることはなく、集客できる可能性として30名~40名の団体予約を受け入れるのが難しいなら、『フリータイムの団体客』をねらうこと。

その方法のひとつが、『バス車内でのクーポン券の配布』!
お土産プレゼントや割引などの特典を付けたクーポン券を作り、バスツアー当日のバス車内で、そのクーポン券を配ってもらえるように、旅行会社にお願いする。






早速当店独自のアプローチは勿論ですが、関係各位への提案、そして次世代を担う方々への提案をしていこうと思います。



児玉先生ありがとうございました。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:54 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍刹記::三春昭進堂雑記 |
満員御礼!「綾小路きみまろ笑撃ライブ2017 IN 三春!」~笑って生きようよ~




満員御礼!

「綾小路きみまろ笑撃ライブ2017 IN 三春!」 ~笑って生きようよ~


(協)みはるスタンプ会設立25周年記念イベントとして公演した「綾小路きみまろ笑撃ライブ2017 IN 三春!」は、満員御礼の中で大盛況で無事終了することができました。

ご来場いただいたお客様には厚く御礼申し上げます。


まほらホールは小さなホールですので、どの座席でご覧いただいても全てSS席だったのではないでしょうか?


終演後、会場から出て来られるお客様のご尊顔は…

笑顔~ 笑顔~ 笑顔~ 笑顔~・・・・・・

「3年分は笑わさせてもらったよ~!ありがとうね!」

「面白かったよ~ ありがとうね!」

「笑いすぎておなかが筋肉痛になりそうだ~ありがとうね!」

「久しぶりにこんなに笑ったよ!ありがとうね!」

「ありがとうね!また、よろしくお願いしま~す!」

「ありがとうね!これからもみはるスタンプ会の加盟店で買い物すっかんねぇ~」

等々・・・・お客様方も大満足の様子でした。

会場から出て来られる笑顔のお客方の口々からは”ありがとうね!”の言葉があふれていました。


本当にありがとうございます。






みはるスタンプ会の協同組合設立25周年記念事業として行ったイベントです。

公演告知やチケット販売の手法の切り替えで、お馴染み様、お得意様への感謝の気持ち、そして、新規お客様開拓など、実りの多いイベントとなりました。


また、このライブをサポートしていただいた綾小路きみまろ事務所、東北ショー企画、青葉企画、三春交流館まほら、三春町役場等の皆様にはスタンプ会一同より御礼申し上げます。

本当にありがとうございました。






昨年4月初めの理事会の折に「まほらの企画の協力をいいんだけど、スタンプ会独自の企画をやってみっちなぁ~!例えば綾小路きみまろさんに来てもらったら面白しべなぁ~!」という理事の一人、三春城下八幡町のおおうち茶舗さんからの一声から始まりました。


イベントとなれば、もう25年来の付き合いになる郡山のNAVIステーション、憲之介さんに相談…

以来、様々な偶然が重なり、三春城下に綾小路きみまろさんが来てくれました!




みはるスタンプ会綾小路きみまろライブ実行委員会女性部の面々



きみまろさんは、テレビで観る印象と変わりなくとっても気さくな方で、公演前の忙しい時間にも係わらず私たちスタンプ会のスタッフとの記念写真にも快くポーズをとっていただきました。

この時も三春スタンプ会が誇る美人女将さん達でしたので軽いジョークで笑わせていただきました。





きみまろさんやスタッフのお昼の弁当は、みはるスタンプ会が誇る三春の料理仕出し屋「橋長」の特製弁当をご用意させていただきました。


橋長さんでは普段は弁当は作っていません。

特例として、新町鎮守田村大元神社夏季祭礼時の神職用弁当を造ることを知っていましたので、料亭の板前経験のある橋長四代目社長の貢社長に無理を言ってお願いしました。


事前に、きみまろさんは野菜中心の食事がご所望ということでしたので、これは橋長の貢さんに頼もうと最初から決めていました。

おかげさまで、きみまろさんはじめスタッフの皆様も大喜びの特製三春弁当でした!

お世話になりました。






公演場所の三春交流館「まほら」は客席404しかない小さなホ-ルです。

まさかこの小さな箱(会場)に来てくれるとは、だれもが思っていなかったはずです。

私も様々なイベントに関わってきましたが、今回の綾小路きみまろさんの三春での公演というのは、奇跡に近いことなんだろうと思います。


また、人と人の御縁というものの大切さ、そしてありがたさを改めて学ばさせていただきました。







きみまろさんのライブを模索中からこの企画プレゼントのベースとなっていたのは、「子供の頃に三春中学校体育館で観た人気絶頂の時の“ちあきなおみ”リサイタル。
約40年前の感動、そして三春の商人魂の記憶がまだ残っています。その時空を超えた感動を、もう一度三春城下で!」というものでした。

これが現実となりました。

正に、三春商人の心意気です。

三春城下の歴史に新たなページが刻まれました。


三春商人魂は、まだまだシャボクレテなんかいませんよ。

今後ともお買い物は三春城下みはるスタンプ会加盟店でどうぞ!
お客様のご来店を待ちしています。


「え!次何やんの?」

打ち上げの時のテーマとなりました…







一度きりしかないから、人生って素晴らしいんじゃないかと。

1回しか生きられないから、「一生」と書くんだと知りました。

それ以来、私はこの言葉が好きです。

綾小路きみまろさんの語録より




春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:31 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍刹記::三春昭進堂雑記 |
水彩画「セリ場」~故前川三郎先生



三春城下南町の前川様より、御主人の故前川三郎先生の色彩の版画「セリ場」を拝領いたしました。

以前、版画の「セリ場」をプワール様より拝借して店内に飾らさせていただいていましたが、その報告を兼ねて当ホームページに掲載した画面をプリントして持参させていただきました。

その際に、「家にある同じ構図の水彩画を店に飾る?」とお話を頂きませて、もちろん二つ返事で今回店内展示となった次第です。




本当にありがとうございます。

さきのNHK総合テレビ「ものがたり」でも紹介していただきましたが、当店のスタートがこの「セリ場」であり、言うなれば三春昭進堂のバックボーン的存在、セリ場と共に歩んできた4世代です。




前川さんは、幼馴染・同級生の伯父さんでもあり、お得意さんでもあります。



セリ市場側から見た当三春昭進堂の工場の部分です。





まだ県道側の大屋根があり、当店工場にも煙突が付いていますので、20年くらい前の作品でしょうか?


大切に店に飾りたいと思います。



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂



| ryuichi | 05:27 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍刹記::三春昭進堂雑記 |