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「おたり饅頭の願い」 佛詩拝領 浜田市曹洞宗紅蓮山観音禅寺 方丈穆清和尚




島根県石見は浜田市にある曹洞宗紅蓮山観音禅寺の方丈花吉老師より額装された「おたり饅頭の願い」と題された佛詩を拝領しました。

方丈様の雅号穆清和尚で記された佛詩を、弟子である定岡蔵心和尚が書に認めた大作です。


早速店内に配させていただきました。







今年の夏前に詩は頂戴していましたが、立派な額に入れられたものを拝領して感無量でございます。

詩も方丈様の人柄が現れた優しさと慈愛に満ちた心温まる句の中に、禅的生き方を示唆するお導きの句がちりばめられており、日々我が身を顧みて、今年に夏のご教授された無功徳的な生き方、そして詩にある“没蹤跡”の生き方を目指したく存じます。






おたり饅頭の願い

どうぞ皆さん 一口召し上がれ 心に安らぎ与え申さん
どうぞ皆さん 二口召し上がれ 康らぎ施し申さん
どうぞ皆さん 三口召し上がれ  信心発祈り申さん

功名を知られず 
利を多く求めず
ただ餡を練ります
饅頭作り申さん

没蹤跡に去りにし
三春の地より
本に細やかなりし 
幸福お届け申さん

穆清和尚の詩






「没蹤跡(もつしょうせき)」とは、足跡を残さない生き方

足跡を残さない生き方とは・・・・?

生死を含めた過去を引きずらず、未来にもこだわらない。唯々今に没頭しなさいということなんだとしています。

即ち、没蹤跡とは、今を懸命に生きることで「過去や未来と言った時間的なこだわりまでも捨ててしまえ!」という教授なんだと思います。


公案と肝に銘じて、日々の精進の中で学びたいと思います。





御礼の電話を差し上げました。


いつ時でも変わらず優しい声で発せられるお言葉と、お心遣いをいただいたことへの感謝の気持ちと嬉しさ・・・・

そして、優しい御母堂様のお心遣い、書家でもある蔵心和尚の達筆な書・・・

心が満たされたのでしょう、手を合わせて物資を拝見していますと涙があふれ出てまいりました。

本当にありがとうございました。

また、このような素晴らしい老師と巡り合うことが出来たのも、当女将と出会ってからこそのことです。

女将がいて、浜田出身のご両親がいる


家があり、お墓もある・・・・様々な要因が重なり今がある。


このご縁に感謝です。





お坊さんは、小さな布を継ぎ接ぎした「袈裟」をかけています。

その「継ぎ接ぎ」は「ご縁」そのもので、その小さく切った一枚一枚の布が回りの布に支えられている姿に、この世のすべてのことは、他のものによって生じている、そして人の生き方そのものだと説いています。

私には良いご縁が多々ございまして、観音寺方丈様をはじめ、先輩、後輩、そしてお客様など様々な方々に支えられております。

「人の生き方」「商人の心得」「命の大切さ」「町衆の心意気」等を教えていただき、そして皆様方が「袈裟」を支える布、そして「ご縁」そのものとして、応援を頂き、支えられて商いをさせて頂いています。

「俺が俺がの「我」を捨てて、お陰お陰の「偈」で生きよ」と云う語がありますが、全ての事柄は自分一人の力で出来たのではなく、有縁無縁、周り居る方々のお陰ということを改めて学びました。


また一つ心が洗われました。






春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:42 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記 |
「紅蓮山 観音寺だより」第69号(平成29年9月吉日発行)



「紅蓮山 観音寺だより」第69号(平成29年9月吉日発行)が届きました。

冒頭の「只今観音寺」方丈様の寄稿住持 穆清(雅号)には、「禅寺と掃除作務」と題されて掃除の功徳が記されていました。

草取とけよと、雲水の仕事として命じられています。
それはただの雑草取りではなく、一草取り除くごとに煩悩妄想の草を取り除いているんだと老師は教えています。




 
禅宗の掃除についての考え方は、汚れていれば美しくすることはもちろんですが、汚れの有無にかかわらず、日々清掃することが修行であり、掃除が日課とされています。

夏は草の成長が早く、取っても取っても直ぐに生えてきます。

秋には、落ち葉が・・・

冬には、雪が・・・

春には・・・

というように、かくのごとく雑念もまた然りです。

このように人々の心の中に生えてくる様々な煩悩妄想や雑念は振り払っても直ぐに湧いてきます。

その煩悩妄想などの雑念という”雑草”を毎日取り除くのが修業です。

そして、取り除くことによって佛性が出現するとご教授していただきました。






これは夏の草取りだけではありません、家や店舗は今生における修行の場ですので、毎日掃除をして不染汚(汚れなき清らかな場所)を保ちなさい。
そのために毎日の掃除は欠かしてはいけないということなんだと思います。
正に、日々掃除するのは、掃除そのものを不染汚の修行としているからということなんですね。

また一つ心が洗われました。




今回も38ページにも及ぶ編集作業。
編集に携わっている小笠原正克様はじめ編集員の方々には大変お疲れ様です。
お陰様で、楽しく拝読させていただいています。



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:32 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |
浜田紅蓮山観音寺参禅記2017 若い先生へのエール



浜田帰省観音寺参禅の御褒美、観音寺方丈様との薬石会食に招かれました。

これが楽しみで毎年参禅していると言ったら怒られるかもしれませんが、方丈様と同じ世代を生き同じ空間にいるということだけで有り難さを感じます。

薬石のお話の中で、様々な事を御教授頂きました。

その中で、先にご挨拶に来られた檀家さんのご子息でこの春より教師になられた方へ送った方丈様の仏詩を紹介させていただきます。





「若い先生の誓願」
みな素晴しい生命一杯の仏性の子
覚めよや どうぞ お手伝いします
互に尊貴なれば、ただ奉仕あるのみ

みな溢れる個性一杯の業生の子
気付けよや どうぞ 手助けします
型に填めざれば、応病与薬自在なり

みな 素直な純粋一杯の法性の子
伸ばせよや どうぞ保護します
時節到来せば、鉄は熱い中に打たん





「教師応援歌」
師資一枚の法門あり。本より虚心坦懐なれ
先生の方からとび込みなされ恩愛一杯
隔てなければ、秋空に片雲なし

師勝資強の禅語あり。眼合せて相い見る
学生の心を受け止めなされ
因縁一杯 尊貴なれば、春陽に若芽立つ

浜田紅蓮山観音寺方丈





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 10:00 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記 |
浜田紅蓮山観音寺参禅記2017 座禅



島根の家内の郷浜田では毎年朝三時起床です。

三時半、と言っても真っ暗闇の引き締まった空気の中、冷たい水で顔を洗って、徒歩一分という目の前にある観音禅寺に参禅にむかいます。

気付いたら長男が生まれてからですのでかれこれ20年になります。

洗足をして本堂の奥にある火焔窓前で座禅をします。





暁天(キョウテン)坐禅です。

暁天とは夜明け前の空のことで、須弥壇の蝋燭球の仄かな明かりの中、夜の闇に包まれた本堂。

虫の声や出向する船の音以外は無音で、静かに坐って過ごすことが毎朝の楽しみになっています。

この観音寺での数日間の座禅を快適に出来るよう念頭に置いて、一年間生活しているような気がしています。





座禅では次の3つのことを調えることが基本だと方丈様に教えていただいております。

一、調身:身を調える。

一、調息:息を調える。

一、調心:心を調える

禅寺では朝起きてから顔を洗ってお水を備え線香をあげて坐禅をするまで、毎朝同じことを、まっすぐやることが大切だとされています。

坐る時は何も考えない、とは言っても凡人たる私には出来るはずもありません。

一から20までゆっくりと数を数えて雑念を払拭しようと試みています。

しかし、様々な思いや考えが湧いて来て仕方がないので、それぞれの想いをめいいっぱい巡らせ、足や腰が痺れてまいりますので、時には足を組み替えたり伸びをしたり部屋を見渡したりもします。





一年間待ち望んだ一番有意義な時間です。

そして、ゆっくり自分の身体や心と向き合う大切な時間です。

約一時間半ですが暁天坐禅を心ゆくまで堪能しています。

今年は幾分涼しく感じますが、それでも座っているだけでも全身汗でびっしょりです。





次に朝課です。

朝課とは、朝の読経のことで、曹洞宗日課に則り厳粛な雰囲気の中粛々と執り行われます。

お経に間に全身を使った禮拝があり、これがまたいいスクワット運動になります。

それぞれの読経は、御釈迦様から代々続く歴代和尚の名前を唱え、先祖やまわりの有縁無縁の人々、環境全てに感謝回向し、福壽無量を祈願します。





また一つ、心が洗われました。


楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、さあ、三春、そして娑婆へ帰還の時間が迫って来ました。

夢のようなひと時でした。

また来年浜田紅蓮山観音寺参禅に来れますよう一年間頑張ります。





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 11:29 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記 |
「無功徳」浜田紅蓮山観音寺参禅記2017


今朝の接心では禅宗の祖、達磨大師と中国・梁の武帝の問答の時の達磨の返答を例に挙げられ「無功徳」を御教授いただきました。


達磨大師が中国に禅を伝えるために渡ったとき、梁という国の武帝に謁見しました。
梁の武帝は仏心天子と人々が呼ぶほど仏教に篤く帰依した皇帝でした。

武帝は次のように問います。
私は寺院を建立し、多くの僧を得度させた。どのような功徳があるだろうか。
これに対して達磨大師は無功徳と答えたと伝わっています。




"功徳を求めれば功徳なし"
無功徳とは、自分が何かしたとき見返りを求めないっていう意味だと解しました。

私たちは普段から無意識のうちに相手に見返りを求めがちです。

人に対して「何かやってあげる」「やってやった」ではなくて、逆に「やらせてもらってありがとう」って思う気持ちが大事なんだと思います。


私も商人ですので近江商人の教えである「陰徳善事」を思い出していました。

~ 陰徳あれば、必ず陽報あり ~
 「人知れず善行を積んだ者には必ずよい報いがはっきりと現れる」(淮南子「人間訓」)という言葉があるように、報いを求めない行為は禅僧の目指すところの「解脱」を示し、真の人間性や信用が生まれてくるものなのでしょう。




昨日も津和野にある義母方の墓所にて高齢の叔父に変わりお寺さんから鎌を借りて鬱蒼としたお墓を掃除しました。子供たちそして義母の健康を念頭に掃除をしていたら何故か涙が出てまいりました。

こうして三春の地より遠く離れた石見津和野にて墓掃除をさせていただいている事。これも何かご先祖様からの御縁何だろうなあと思います。


直接は血のつながりのない娘婿として島根へ来て、義母方のお墓掃除やら家の補修やらをさせていただいておりますが、毎朝の参禅という御褒美があります。


ただただ己の良心に従って行動し、見返りを求めない。おのおのが信じる善行を積み重ねていくことが大切なんだろうと思います。
正にこれが無功徳の功徳なんだろうと実感しています。

そして、この御縁の有り難さに心より感謝している次第です。





合掌


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍 拝






| ryuichi | 07:46 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記 |
石見国三隅 海藏山龍雲寺平和の鐘 2017夏



ご縁があり、以前、浜田観音寺様にてお世話になった野原眞承和尚が住職を勤めている海蔵山龍雲寺方丈の野原眞承和尚にご挨拶に伺いました。

浜田紅蓮山観音寺花吉和尚の下へ参禅するようになったのは、今年二十歳になる長男が生まれてからですのでもう20年余になるかと思います。

眞承様と最初に観音寺でご一緒させていただいたにもその頃です。





今年もまた三春より、龍雲寺参詣、眞承和尚の御尊顔を拝し平和の鐘を打ち鳴らさせていただきました事。改めて御縁の有り難さと平和の尊さを感じました。




本日、津和野のでお墓掃除の際に北朝鮮のミサイル発射に向けたJアラート訓練が聞こえて来ました。バルセロナなどのテロもありました。

この地球には様々な人種様々な宗教がありますが、求めているのは人々の平和なはずです。
みんなで平和の鐘を鳴らしましょう!





以前、眞承様と浜田観音寺さまにて薬石をご一緒させていただいた折に、伺ったご自信が体験されたエルサレムメッカの話を思い出していました。

「宗教や人種を問わず全ての方々が世界平和を祈るという事が理想です」と語っておられましが、そのことが体現されたような平和の鐘だと思っています。




この平和の鐘には曹洞宗老師の言葉と浄土真宗の老師の言葉が刻まれた珍しい鐘です。
浜田市高尾山から搬送移築された平和の鐘です。

この平和の鐘、仏教徒によるものでは日本で1地番最初の物だそうです。




浜田にあった旧帝国陸軍二十一連隊戦没者諸英霊追悼のための鐘です。

ご縁があり龍雲寺山内に檀信徒皆さまのご協力により移設されました。





また一つ心が洗われました。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 17:23 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記 |
浜田紅蓮山観音寺参禅記2017「五観の偈(ごかんのげ)」




今朝は3時起床にて観音禅寺にむかいます。

洗足し本堂の壁(暑いので花頭窓)に向かって後夜・暁天座禅から朝課勤行です。

老師接心では今年の公案ともいうべき「没蹤跡(もつしょうせき)」を御教授頂きました。





また、今回は一人での帰省ということで朝ごはん(小食)を作法に従って食させていただきました。

方丈様はじめ敬信和尚、蔵心和尚に手ほどきをいただきながら、雲水さんの使用する応量器の作法、要領でいただきました。

本来ならお粥と焼塩や漬物だけですが、酢飯を用意していただきました。

着座するところから既に食事儀式は始まっていて、赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)の作法に則り、偈(呪文)をとなえます。

十年くらい前になりますが、観音寺の修行僧平光嶽堂和尚から手ほどきを受けたことを思い出しながら食をいただきました。

・話は一切しない
・背筋を伸ばし、坐禅を組んでいただく
・食器の音を立てない
・食器は必ず両手で持つ
・食べるときに音を立てない
・すすって食べない
・口いっぱいに食べ物を詰め込まない。
・食べ物を残してはいけない
・舌で口囲をなめない。
・皆と食べる早さを合わせる。

などの決まりごとです。





食事の前に禅僧が唱える「五観の偈(ごかんのげ)」
一つには、功の多少を計り、彼の来處を量る。
 
二つには、己が徳行の全缺と忖って供に応ず。
 
三つには、心を防ぎ過を離るることは貪等を宗とす。
 
四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんがためなり。
 
五つには、成道の為の故に今この食を受く。
 
 上分三宝 中分四恩 下及六道 皆同供養 一口為断一切悪 二口為修一切善 三口為度諸衆生 皆共成仏道

 お経は、この食物がどれだけの苦労や手間を労してここにあるのかをよく考えて感謝し、自分が果たしてこの食を得る資格があるのかを省みて、食事に対する貪りや怒り・愚痴(三毒)を捨てて好き嫌いなくいただくこと。
 そして、これは枯れた体を癒す良薬であり、この食を摂ることによって即ち人間として
正しい道を歩むことを誓います、という教えを示しています。

正に、食事そのものが修行だということです。





さらに、一人ということは洗濯も自分でやっています。

改めて女房殿のありがたさに手を合わせた次第です。

合掌

また一つ心が洗われました。

 春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 07:53 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記 |