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「紅蓮山観音寺だより」 第六十八号



島根県浜田市の曹洞宗紅蓮山観音寺さまより、観音寺暦、「立春大吉」のお札と共に、平成29年1月吉日発行の「紅蓮山」観音寺だより第六十八号を受領いたしました。




方丈様、そして板野総代長はじめ総代の皆様方からの新年のあいさつから始まります。

方丈様からの年頭にあたりてでは、夏の参禅の折にはいつもお世話になっている定岡蔵心和尚の伝法式、そして竹原祖燈和尚の静岡焼津の旭伝院さまへの掛塔されたことが記載されていました。




おめでとうございます。


また、夏の帰省の際にはよろしくお願い致します。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂



| ryuichi | 05:23 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |
紅蓮山観音寺だより 第六十七号 秋彼岸



島根県浜田市真光町にある曹洞宗紅蓮山観音寺様より、同寺季刊誌「紅蓮山観音寺だより 第六十七号」が届きました。

今回は、平成二十八年五月、三隅郷海蔵山龍雲寺にて挙行された、野原真承様の晋山式関連の寄稿がたくさんありました。




先の浜田帰省の折には、遅ればせながら晋山式のお祝いをいたしたく、龍雲寺にお邪魔して、真承方丈様にお目にかかりお祝いを述べさせていただいたところでした。

また、同行した家族一同で「平和の鐘」を鳴らさせていただき、晋山の祝いと世界平和を祈願したところです。


龍雲寺第四十四世住職 おめでとうございます。




冒頭の「只今観音寺」の中でも、観音寺の方丈様からも、龍雲寺の晋山式の模様が詳しく紹介されていました。


薦福發心尊出家

正傳眞海相承嘉

龍雲結夏安吾坐

願度衆生來喫茶






また、昨年の夏に、お土産だけでもと思い、龍雲寺様を訪れました折に、お世話いただいた紅心近藤蓮華さまの、静岡可睡斎僧堂での修業の様子も紹介されていました。



雲遊可睡入僧堂

求法参禅正覚場

不会相伝興志気

無量誓願度生忙





編集後記を読みました、永年観音寺だよりに携わっておられた長岡昭夫さまが、引退とのこと・・・・長年に渡り事務局そしてカットの挿絵ありがとうございました。

浜田より1200キロ離れた東北三春の地でも楽しく読んでいました。

本当にお疲れ様でした。




夏の参禅の折には、観音寺方丈様はじめ、寺住の皆々様には大変お世話になりました。

観音寺で直庭させていただいたことを肝に銘じ、日々精進に励みたいと存じます。

心より御礼申し上げます。






春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍




| ryuichi | 05:10 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |
紅蓮山観音寺だより 新年 第六十六号


島根県浜田市の曹洞宗紅蓮山観音寺さまより、平成28年1月吉日発行の「紅蓮山」観音寺だより第六十六号を受領いたしました。

今回は、方丈様、そして小笠原総代長の新年のあいさつから始まります。



寄稿では、野原和尚が住職を務めている浜田市三隅龍雲寺に「平和の鐘」を移設した寄稿が多数あり、参加された方々の寄稿があり、いつもの観音寺だより、加えてより一層楽しく読まさせていただきました。



三春昭進堂 髙橋龍一

| ryuichi | 05:44 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |
「紅蓮山」観音寺だより第六十四号~平成27年1月


島根県浜田市の曹洞宗紅蓮山観音寺さまより、平成27年1月吉日発行の「紅蓮山」観音寺だより第六十四号を受領いたしました。

今回は、新年のあいさつに加え昨年十月の挙行された「お授戒」の特集記事が組まれ、参加された方々の寄稿があり、いつもの観音寺だより、加えてより一層楽しく読まさせていただきました。

御菓子 三春昭進堂 髙橋龍一

| ryuichi | 05:23 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |
紅蓮山観音寺だより 第六十三号 


島根県浜田市の観音寺さまより季刊誌「紅蓮山観音寺だより」第63号が届きました。

来月開催される、方丈さまより島根県曹洞宗石見祖門会主催による「一名華藏会」~お授戒会~の案内が記され、先月、お世話になった竹原祖燈和尚の寄稿「典座修行に逢う」などが掲載されていて楽しく拝読させていただきました。



毎度ながら事務局の皆様には大変なご苦労と存じますが、読者のため頑張ってくださいますよう心よりお願いと御礼を申し上げます。

また、方丈さまよりの佛詩「お茶とおたり饅頭」を頂きまして心より御礼申し上げます。




「一名華藏会」~お授戒会~のお知らせ

今秋、島根県浜田市の曹洞宗紅蓮山観音寺さまで、曹洞宗島根教区石見祖門会主催による「お授戒会」と呼ばれる「一名華藏会」が加行挙行される運びとなりました。

平成二十六年十月八日 (水) 受付午前八時 〜 十月十二日 (日) 正午までの五日間。

戒を受けることは、お釈迦さまのお弟子となり、真の仏教徒としての自覚を持ちながら、仏心の花を開くことです。


「石見祖門会」授戒会活動について
石見祖門会は、石見曹洞宗百三十ヶ寺中の有志の方丈さま方々のかいであります。

その期する方針は、
一、 道元禅師高祖道の賛仰と履践を冀う
二、 佛道の慕古と考順を願う
三、 佛法和合僧に住して、尊貴奉重なさんと行動する。

その祖門会にて、お授戒会が石見にて長らく三十年来開催されておらず、そこで、どこでも(小院小寺)、誰でも(自戒師)、いつでも(最小限予算の手作り)出来る五日間、登壇、本脈、完戒上堂、お授戒会の開筵を発願するものであります。

一、 佛法教化の根源たる戒法の授受、佛法の種蒔きであります。
二、 授戒行法進退を伝承し、後継者僧の育成を目指すものであります。

● 第一回は、観音寺を道場とし、堂頭和尚を戒師、説戒師を兼ねる。
● 最小限人数でも可能にするために、直壇、知殿、室侍、説教、梅花等を習儀会得して、相互に協力奉仕して運行荷担する。
●経費は戒金にて運営し、謝誼なし。
●第四教区檀信徒を中心とし、優婆塞二十名、優婆夷二十名。
●参籠、外出を原則禁止する。
  ●粥斎戒弟と共に展鉢し、中食に供養を行じる。
  ●典座寮にて造食する。
  ●三千佛名拝写納する。
  ●五条衣把針し拝受し、登壇時に着用す。



観音寺だより 冒頭住持挨拶より




| ryuichi | 05:00 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |
「紅蓮山観音寺だより」第62号


島根県浜田市にある曹洞宗の古刹「紅蓮山観音寺」さまより、季刊誌「紅蓮山観音寺だより」が届きました。

今回は、新年号ですので、花吉方丈さま、小笠原総代さまはじめ観音寺役員の代表の方々からの新年の挨拶に始まり、「話したいこと」と題された寄稿の部では、夏の浜田帰省の折の参禅で、お世話になっている、野原眞承和尚や、定岡藏心和尚、そして先ごろ観音寺にて得度なされた土井龍操和尚のアメリカ訪問記が掲載されて興味深く読まさせていただきました。



また、方丈さまの新年の御挨拶の中に在りました、平成26年10月8日(水)~10月12日(日)までの5日間、二十五年ぶりに観音寺で加行挙行される、石見祖門会による「一華藏法会」お授戒会のご案内をホームページに、後ほど詳細を記載したいと思います。



私も、お授戒会は、平成11年11月に、郡山市において開催された、曹洞宗福島県青年会主催「一華藏法会」「報恩大授戒会」に参加したことがありまして、「法岩龍道」という戒名を頂いています。
興味本位ではありましたが、生きているうちに戒名が貰える短期間ではありますが、雲水修行と聞き、少しは覚悟をしていましたが、一日中、畳三分の一の処に座って説法を聞くと云うことがあれほど辛いとは思いもしませんでした。
また、普段から偏食気味でしたので、決められた精進のお斎だけというのは、大変辛い修行です。
坐る、お斎、を通じて、「知足」(我、足りるを知る。)をご教授され、普段の生活においての戒めとしております。


今回は、私も「さすけねぇぞい福島!」と題して寄稿させていただきました。

下記はその内容です。




「さすけねぇぞい福島!」

紅蓮山観音寺門前川上縁  福島県三春町 髙橋龍一

東日本大震災、そして原子力発電所の事故以来、福島が「フクシマ」と呼ばれるようになり、方丈様はじめ観音寺縁の皆様には大変ご心配を頂きましたこと心より御礼申し上げます。
幸いにも私の住む三春は福島県の中央部に位置し、古来より“磐城之国”と呼ばれ、強固な岩盤の上に立地しており、周辺市町村に比べれば揺れは少なく、最大でも震度5強くらいの揺れで納まりました。
周囲を見渡しても、屋根の瓦が数件で落ちた被害はありましたが、負傷者の被害報告などはなく、念のため不要の外出を控えている程度で、電気ガス水道と云ったライフラインも通常通り機能していました。

また、私の営む和菓子屋「三春昭進堂」では、ちょうど電気窯でカステラを焼いていて、ガス窯ではこしあんを30キロ炊いている途中でしたが通常通り作業、そして営業を続けられ、被害も最小限だったと思います。
発生直後は「どこか遠くで大きな地震でもあったのかなぁ?」と云った感じでしたが、時間とともに、テレビや新聞などの情報により、大地震の実態か明らかになってきますと、近隣の市町村ではライフラインが止まり営業どころか建物倒壊などにより甚大な被害を受けているとの事でしたが、ここ三春は奇跡的に被害がなかったと安堵した次第です。

以来、お彼岸前と云うこともあり、混乱の中ではありましたが、通常通りの営業を心がけました。
しかし、福島第一原子力発電所の事故発生後、在来線や新幹線などの公共交通機関の運休や幹線道路の寸断など、通常営業が困難な状況の中で、引菓子など注文の延期やキャンセル。いつまで続くのか?先の見えない不安の中で「甘いものを食べてほっとした」「元気が出たよ!」との言葉とともに来店していただくお客様に、私たち店側が励まされ「休まず営業してよかった。よ~し!気合を入れて、今自分の出来ることやろう」と思うことが出来ました。



無我夢中で一月が過ぎたころ、何事も無かったように桜は咲きました。
三春には、樹齢千年とされる日本三大桜の一つ「瀧桜」がいます。
この瀧桜の持つ生命力にどれだけの人々が癒され、勇気づけられたことでしょう。
震災発生の翌月、大震災、原発、風評などの最中でしたが、例年通りですと花見の時期で、和菓子屋の当方としては、地元の方々や観光客のみなさまに「三春名物花見団子」を販売する一年で一番忙しい時期。
今年は無理か?どうする?心が折れそうになりながらも、出来ることからやろう。少しでも皆様に安心を買っていただこうと、社長として、家長として明一杯に気張ってその春を迎えました。



しかし、その心配を他所に、「三春瀧桜」の開花が宣言されたかと思うと、当店には「花見団子」や三春名物「おたりまんじゅう」を求めて来店するお客様が列を成していただきました。
その日以来、約三週間に渡って大勢のお客様のご来店を頂き、花見期間の売り上げとしては当店始まって以来の売り上げ記録達成です。
工場より望み見る、お菓子を買って帰るお客様の後姿に、笑顔が見えています。
菓子屋として一番嬉しいひと時です。

 自慢に聞こえるでしょうか?しかし、私は声を大にしてこの実績を吹聴したいんです。
それは、震災以前から、三春に限らず日本全国の商人の元気がありませんでしたから。
小さな三春の小さな饅頭屋の気を吐いてがんばっている姿に「負けてたまるか!」という気概を、三春・福島はじめ全国の商人の皆さんに持っていただきたい。



“風評被害など何処にも無い、風評は自らが作り上げているんだ!”ということを判っていただきたいと思っていたからです。
この瀧桜満開の繁忙期とき、観音寺方丈様より陣中見舞いとして、山陰浜田の海の幸「浜田の干物」を頂戴し、家族と従業員皆でおいしく頂きました。
翌早朝、仕込みのために一人工場で作業をしていると、家内がおにぎりと「浜田の干物」を朝食として持ってきてくれました。

時間を見て、誰もいない作業場で、方丈さまとのご縁に感謝し手を合わせながら頂だいていますと、張り詰めていた緊張が緩んだのでしょう、方丈様の心遣いが心にしみて、ありがたくて、うれしくて、涙がとめどもなく流れ落ち、ここ東北の三春の地で、浜田の味と共に、幸せをかみ締めたことを一生忘れられません。
本当にありがとうございました。



今年の夏も妻の実家の墓参りを兼ねて島根県浜田市に帰省しました。
毎年、方杖さまのご厚意に甘え、滞在中の短い期間ですが毎朝参禅し、本堂の座禅場の末席を拝借「心」の軌道修正をさせていただきました。
参禅では、いつも方丈さまから修行僧として人間として基礎の重要性を説かれ、「自然に逆らわず、ありのまま」に受け入れることの大切さを教授していただいています。
   先の震災以来、この「ありのままに」という言葉が心にどっしりと今まで以上に重さを感じていましたが、方丈さまの全てが精進という生き方から、自然体に生きる大切さを学べる参禅です。



今年は、「因果因縁」と「ご縁」を教授いただきました。
人が生きている以上、一人では生きていけません。他人・家庭・社会等と関わり合いながら生きています。良くも悪くも自分以外の方々と様々な摩擦があって当然でしょう。
この様な生き方の全てが前世での因果が現世へ、さらに来世へと繋がっているとされています。
これは、今が諸事情によって楽しくもあり、時に苦しいのは前世からの因縁で、現世でそれらに耐え克服しておかないと来世でも同じ運命が待っていると教えられました。
例えば、今つらい目にあっていたとします。しかし、これを克服せずに、逃げ出しては、来世へとその因果が持ち越されてまた辛い目を受ける運命が待っています。
結局、過去現在未来を通じて、ゼロに戻しておかないといけないと、堂々巡りが続く様です。



そして「ご縁」。例えば、100円玉十枚に番号をふって無作為に二枚取り出します。仮に1番と3番が出たとしますが、次に取り出す時に同じく1番と3番を取り出せる確率は1000分の1の確率です。
夫婦になる男女が、ご縁があり結ばれて家庭を築くというのは、何億という人間の中でこの二人が世の中で巡り会う確率は天文学的確率と云う事になります。
当に、摩訶不思議な巡り合わせとしか言いようがありません。
それが仏様に導かれた仏縁であり、その仏縁に日々感謝しなければなりません。



私も、震災以降に、この「因果因縁」そして「ご縁」と云うもの考えるようになりました。
川上の娘と縁があり結婚して東北の三春から遠く離れた山陰の浜田へ帰省する。
そして「心の師」と仰ぐ方丈さまとの出会いがあり、様々な教えを乞い、満ち足りた幸せな人生を送れることは「仏さまからのご縁」だと思っています。
東日本大震災による原発事故からもうすぐ3年の月日が経過しようとしています。

福島・三春でもようやく落ち着きを取り戻し、メディアで云うほど風評被害なども感じられることが少なくなってきました。しかし、まだまだ避難区域や避難住民の方々等局地的には、収束が見えない状況にあります。
こうした状況の中で、因果因縁を次世代や自分の子供たちに押し付けないためにも、ご縁を頂いている家族や仲間とともに様々な障害を克服し、自分たちなりに乗り切りたいと思います。



末筆になりますが、観音寺だよりを頭が下がる思いで毎回拝読していますが、この編集に携わっている長岡様はじめ編集委員の方々には御礼を申し上げます。
ご苦労な事とは存じますが、楽しみにしていますのでこれからもよろしくお願いいたします。

 “さすけねぇぞい”とは、“心配はないですよ”という福島弁です。 



    蒼龍謹白 拝

三春昭進堂 髙橋龍一


| ryuichi | 22:00 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |
「紅蓮山観音寺だより」第61号


「紅蓮山観音寺だより」第61号

第61号の観音寺だよりを受領いたしました。
来年10月に、観音寺で加行挙行される、石見祖門会による「一華藏法会」お授戒会の勧めや、浜田帰省の折に拝聴した方丈様のアメリカ訪問記など拝読いたしました。

方丈様の訪米は、十年前に観音寺で半年間安吾されていた日系のアメリカ人僧侶坂元穆州和尚が、サンフランシスコ郊外にある自宅農家の2階を寺院に改装して「虚玄庵」と命名して禅修行に励んであられますが、その坂元様のお招きと云うことでした。
私も、坂元和尚とは、一度ご一緒させていただいたことがあり、懐かしいご尊顔を拝しました。

また、いつもながら、編集事務局の皆様にはご苦労に存じますが、お蔭様で楽しく読まさせていただいています。
ありがとうございます。

お盆の帰省の折に参禅させていただきましたこと、改めまして御礼申し上げます。



朝の接心(御挨拶)へ教授された「仏縁」「ご縁」
「自分だけが幸せになるのではなく、まず周りの方々を幸せにしてからというのが仏縁をいただいたものの勤めるである」を心に刻みまた一年頑張ろうと思います。

坐禅
あるがまま、自然の流れに身を任せ、
ただ、ただ坐るだけ。
ひたすらに現実を見つめ、何も求めずに、ただひたすら坐禅することです。

只管とは、ひたすら、余念を交えないという意味、打坐とは坐禅するということです。つまりただひたすらに坐禅をするという意味です。



羅漢様

私の若いころを顧みますと、我ながら、自分でもよくもよくも放蕩三昧の道楽息子と呆れてしまうぐらいでした。
しかし、20年前の結婚を期にすっかり卒業してしまいました。
これも方丈様にお会いして、参禅させていただいてからのような気がします。
“目から鱗が落ちるが如く”と申しましょうか、三春から1200キロ離れた山陰の田舎町(失礼します)のお寺さんで、本物の禅僧に接見した時の衝撃は今でも忘れることが出来ません。
以来、せっせと夏休みには毎年浜田へ帰省し、一年の間に溜りに溜まった浮世の垢を流してもらうべく、方丈様の下へ押しかけ参禅しています。

今では、煙草も辞め、車もハイブリットエコカー、夜遊びもすっかり鳴りを潜めてしまっています。


本堂の座禅場の末席を拝借

この世知がない世の中を、半世紀近くを生きてきまして、何やら先の見通しがおぼろげながら見え始めた年代に到達したからでしょうか、今迄の生き方を振り返ってみるようになった気がいたします。
忙しい毎日を送っている私たちは、つい自分を見失いがちですが、そうならないためにも、意識して反省をする習慣をつけなければならないと思いますが、現実にはなかなかできません。

観音寺での参禅での、座禅は、「顧己却下」自分を顧みる人生を送ることにより自分の欠点を直すことができ、人格を高めることができるんだろうと思いますが、この世代こその最たる期会だともいます。

先輩諸氏には、「何をこの若造が!」とお叱りを受けそうですが、これからの人生を少しでも楽しく、悔いの無いように納得の行くまで生きていきたい・・・そんなことを考えるようになっていました。

人生の後半戦。
ますます人生を謳歌するか、年齢と共に徐々に坂を下りはじめ「落ち目」を迎えるか・・・
これは、後半戦を自分の足跡を見ながら惰性で生きるか、新しい人生の価値観を探し求めるかが、その分岐点を見極める・・所謂ところの「生甲斐を見つける」と云うことなのでしょう。


方丈さまより拝領の仏詩(平光嶽道様書)

「艱難辛苦を我に・・・・」ではありませんが、いつまでも自分を高めるためのプレッシャーを追い求めたいと思います。
人生というのは魂の修行の場ではないかと考えています。



物の本で、「独楽の舞倒れ」の禅的解釈を読んだことがあります。
それは、く回る独楽(コマ)が、やがてその勢いをなくして倒れるように、死ぬ直前まで廻り続けるという禅僧の理想だと・・・・

まだまだ先のことかもしれませんが、本年の参禅で教授された「没足跡」(足跡を残さない・即、己の過去の業績にすがらない)の教え、人生が終わりを迎えるその時まで、新たな情熱を持ち続け、今を楽しみながら生真面目に地道な努力を続け、毎日ドキドキ・ワクワク高揚しながら生き抜いていたいもんです。
このいかにも愚直にも見える方法が、実は満足した人生を送り、幸せをもたらす一番の方法なのではないでしょうか・・・。






「知足」

佛曰。諸の苦悩を脱せんと欲せば、まさに知足を観ずべし。

知足の法は、即ちこれ富楽安穏の処なり。

花吉方丈さまより拝領の「佛詩」



三春昭進堂代表 菓匠髙橋龍一

| ryuichi | 05:21 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |