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紅蓮山観音寺参禅記 2018.5 その2 「卒啄同時 (そったくどうじ)」




今朝も、本堂内を肌寒い位の涼やかな風が通り過ぎ、初夏の気配を感じながら座禅をさせていただきました。


坐禅

“ただひたすら座る”というだけです。

過去の行いや出来事、これから起きることを全部自分の中から捨て去って、ただ座るということ教えられています。

それが今生きている実感や生かされていること、日常のありがたさに気付くことにつながるんだろうと思います。



三春への帰還の朝の挨拶では「卒啄同時 (そったくどうじ)」という言葉をご教授いただきました。


卒啄同時とは、禅の修行の中で「絶妙なタイミングで師弟の呼吸がぴったりと合い、悟りの境地へ導く」ことをさしています。               

これになぞらえ、禅の世界では、師匠と弟子の間で佛法を相続、伝授するときに使われる大切な教えです。


これを、鶏の親鳥と、生まれ来る雛鳥を例えにして導いていただきました。

雛が卵の外へ出ようと殻を内からつつくことを「啐」、そして親鶏がそれに応じて殻を外からつつくことを「啄」といい、両者が一致し同時であってこそ雛は誕生することができる。

夫婦、親子、友人関係など様々な人間関係においても、相互の啐啄が合致していれば、うまくいくでしょう。

「機縁」という語があります。
これは、あることが起こるようになるきっかけをあわらしていますが、おのずとおとずれてくるものであって、つくろうとしてもつくれるものでもありません。

この機縁がこそ「啐」であり、「啄」だということなんだろうと思います。






まさに、観音寺参禅での接心では、方丈様にいつも私自身の普段の行いや、心の内を見抜かれた様なお言葉でご教授いただいています。

磐城三春から石見浜田は約1200キロ離れています。

普段の行動か見えているはずはありません。

しかし、気付かないうちに己の顔や態度に出ているんでしょう、毎回「ハッ!」として自身を顧みています。









禅の老師は、「啐啄の機」をもって雲水(修行僧」を指導されたと伝えられていますが、まさにこのことなんだと思っています。


このような素晴らしい老師と巡り合うことが出来たのも、当女将と出会ってからこそのことです。

女将がいて、浜田出身のご両親がいる・・・







家があり、ご先祖様のお墓もある・・・・様々な要因が重なりあって今がある。


そして、夫婦をはじめとする世の中の人間関係においても、この「啐啄同時」の教えは、とても意味深いのもなんだと肝に銘じた次第です。

さらには、ご縁に感謝です。

ありがとうございました。








楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、さあ、三春、そして娑婆へ帰還の時間が迫って来ました。

正に、夢のようなひと時(3日間)でした。


それにしても山陰浜田迄は遠い〜〜

往復2400キロ、高速道路日本海ルートで約12時間!

京都ぐらいなら毎月帰れるのになぁ〜〜とも思いますがこの距離も「卒啄同時 (そったくどうじ)」なのでしょう!






浜田で評判のすし屋にも行けたし、有福温泉にも入れました。





また夏に浜田紅蓮山観音寺参禅に来れますよう頑張ります。







春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:25 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
紅蓮山観音寺参禅記 「夏安吾(げあんご)」 2018.5



春「お花見商戦」そして「端午の節句」と立て続けに忙しい日々が続き、三春の和菓子屋は一年で一番忙しい繁忙期でした。


特に今年は桜前線が驚異的な速さで三春に訪れてくれたお陰で4月当初より繁忙期に入らさせていただき、スタッフや家族も約一つ期間休みなしの営業です。

三春昭進堂では、毎年の習慣通り「端午の節句」、そして「ゴールデン・ウィーク」の終了した7日(月)~9日(水)までの3日間連休をいただきました。






子供たちとも予定が合わない3連休です。

女将とどこか温泉でも・・・などとあれこれ考えていましたが、4月の島根県太田市を中心とした地震の折に浜田市観音寺様に安否伺いの電話をした際に、方丈様のお舗絵を拝聴して急に“里心”が付いたのでしょう?

私の中では、秘かに連休明けは山陰浜田の観音寺花吉方丈さまの下に参禅しようと決めていました。

さらに、昨年末に広島にいる女将母方の叔母が亡くなりその葬儀にも参列できませんでしたので、お墓参りも兼ねての急速な浜田帰還と相成った次第です。







浜田では3時起床にて曹洞宗紅蓮山観音寺に於いて師と仰ぐ方丈様である花吉道久老師の下で朝だけですが、座禅と勤行に参禅させていただいています。

3時、と言っても真っ暗闇の引き締まった空気の中、冷たい水で顔を洗って、徒歩一分という目の前にある観音禅寺に参禅にむかいます。

方丈様の下への参禅も気付いたら長男が生まれてからですのでかれこれ20年になります。


1年分の溜まりに溜まった心の塵芥の洗濯です。

後夜の座禅(私は、3時起床、3時半着座)、そして朝課。

お寺では、方丈様の弟子である善福寺持住の中村敬信様、定岡蔵心様に御指導いただき、観音寺方丈様の下で、座禅、そして朝課勤行に勤しんでいます。






観音寺様では90日間の集中修行である「夏安吾(げあんご)」が始まっていました。

山陰浜田の曹洞禅院観音寺様では、朝課、勤行 の中で「大仏頂万行首楞厳陀羅尼(だいぶっちょうまんぎょうしゅりょうごんだらに)」という題名のお経を唱えます。

楞厳会(りょうごんえ)と言ってこの経を読みながら本堂を歩きながらお経を唱える「行道」をして修行期間中の無事を祈念しています。




   紅蓮山観音寺  暁天座禅後
      朝課諷経

 開経偈
 懺悔文
 三帰依文
 三帰礼文
 
・羅漢拝稱号

・楞厳会

大仏頂万行首楞厳陀羅尼
   
・仏殿諷経

 摩訶般若波羅蜜多心経

 消災妙吉祥陀羅尼 三遍
    
・応供諷経

 参同契(奇数日)
 宝鏡三昧(偶数日)
   
・祖堂諷経
 
 大悲心陀羅尼
   
・開山歴住諷経
 
 妙法蓮華経如来寿量品偈
    
・祠堂諷経
 
   普回向
 
摩訶般若波羅蜜多心経
 
消災呪 三遍
 
韋駄尊天陀羅尼等 七遍
 
座禅儀 会下








文字通り「門前の小僧(50過ぎのおっさんですが)」、約3時間半のプチ参禅です。


何物にも代えることの出来ない、満ち足りた一番有意義な“しあわせ”な時間です。

そして、ゆっくり自分の身体や心と向き合う大切な時間です。

約一時間半ですが暁天坐禅を心ゆくまで堪能しています。

今回は、久しぶりの五月の連休明けの参禅です。

夏とは違って涼しく、快適な座禅を行うことが出来て足の痛ささえ心地よく感じます。






禅寺の朝は忙しく動きます。

曹洞宗日課に則り厳粛な雰囲気の中粛々と執り行われます。

その間に、宇内の仏さま方のろうそくに火を灯し、線香をあげて回ります。

その後、数種類のお経を読経している間に、方丈さまや上席修行僧が仏さまに各々お茶を差し上げます。

本堂でのお勤めが終わると、玄関に鎮座する韋駄天様前にて、数種の読経。


そして、山内の仏さまや神様に線香を上げに回ります。






そして庫裏の各仏さまに線香をあげ、方丈さまとの会下(接見)にて、法話を頂きます。
そののち北堂様にご挨拶し、上席雲水の下同門の挨拶。
私はここで退散しますが、時刻は6時30分過ぎ・・・

私など、門前の小僧で周りをきょろきょろとみているだけですが、とにかくお坊さんの朝は忙しく走り回り、無駄な時間がありません。


今朝の挨拶では「無所得」、「慈悲の心」という禅僧の修行におけるたしなみを示す言葉をご教授いただきました。

「禅」結果を求めないところにこそ真の修業があると説いていただきました。



誰かに褒められよう(所求)、名前を売ろう(所得)などといった下心があれば、良い結果が得られないものでしょう。

それは、修行だけに限らず、仕事でも同じ事、またそれを大括りに行動とみても 変わらないと思います。
 
 女将と共に招いていただいた夜の会食会で方丈様は、「禅の師家は、その人を磨くのではなく、本来その人が持っている本来の自分自身に気付かるように招いている。例えば、押しつけの教育の様にメッキをするのではなく、本来人は金無垢なはず。その本来の姿に戻るためのきっかけやヒントを導き出している」と説いていただきました。

そして、「その人に他人を思いやる心を起こさせなさい」とご教授いただきました。

また一つ心が洗われました。






今日はこれから、広島から柿ノ木村経由で津和野へ墓参です。







柿ノ木村は、亡き叔母のご亭主の出身地です。

神童と云われ飛び級して旧制広島中学、京都大学を卒業し三菱レーヨン社長まで勤め上げられた方でした。




シボレー社1957製Oldsmobile Super 88






広島二日市から柿ノ木村経由津和野までの「旧津和野街道」で発見!

つい、シャッターを・・・・







そういえばこの道・・・・十年以上前の話ですが、当家の目の前、弓町の松本さんの長男が転勤で二日市島根の山奥の農場へ配属されてから毎日通っていた道だということを思い出しました。


ここで奥さん出会って見事ゴールイン!





そしてこの車も、当時から看板としてあるそうです。



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:08 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
岩見浜田の家の補修! 2泊3日の山陰浜田弾丸出張ツアー!



島根県は石見浜田市にある女房殿の父方の実家へ、2泊3日の弾丸帰省してまいりました。

片道1200キロ、本来なら約12時間の車の旅です。


この度は、台風21号が三春通過という最悪のコンデションの中です。


大雨の中、高速道路も”親知らず”付近で通行止めのため海沿いの一般道を経由、さらに、若狭道通行止めで渋滞の名神道へ、そして極めつけは真夜中の浜田道広島と島根の県境の通行止です。


三森峠の旧道のような山中の道をひた走りで、14時間かけてやっとさ浜田帰還となりました。





以前よりの懸案だった実家の雨漏り対策・屋根の修理と外装木部補修の為なんです。


今回なんとか時間を調整して、三春城下新町の根本看板の専務と、中町のポリシス社長に出張を依頼しての今回の帰省となりました。






築100年は経つであろう商家造りの古民家です。


私も、この家の娘婿としては、少しでも長持ちをさせて次世代へ伝えたいという思い、そして、留守にしている家なので港町浜田市真光町のご近所さんのご迷惑にだけはしたくないという思いがありました。







持つべきものは・・・やはり気心の知れた仲間は頼もしいです。


私が思い描いたよように中一日半という短時間で出来る限りの修繕を施していきます。





腐食に強いトタンを張って石州瓦の下地にして屋根の補修。


約30年前に、構造上無理して拵えた雨どいの補修も、トタンで箱を造りコーキング補修しながら水路の確保!





外装にある木部のペンキ塗り。

古い台所の棚の補修。

そして、古くなった屋根雪止めの撤去等々・・・・・





朝から晩まで、そして翌日の午前中をかけて施工していただきました。


お陰様で、見違えるような仕上がりです。


翌朝、雨が降ってきましたが補修箇所は、ばっちり機能していました。





この家の守り神である、鬼瓦も大満足の様子です。






北国奥州磐城国の小さな城下町”三春”から、山陰は石見国浜田に出張していただいたからには、日本海の海の幸を堪能していただかないと、日本海に申し訳が立ちません。


早速、昼には浜田で一番人気のすし屋「すし蔵」で”山陰の海の幸”を堪能してもらいました。


のどぐろ・鯖・烏賊・ほうぼう・・・・・






そして、作業の関係で遅くなった夕食は、やはり浜田で一番人気の和食の店「植本本店」で”海の幸”と山陰名物”石見おでん”を堪能してもらいました。





秋の山陰。


海の幸も旬を迎えた白見魚が沢山上がっていました。






浜田帰省といえば目の前にある禅寺観音寺様方丈花吉和尚の下での参禅が一番の目的なんです。


浜田へ到着したのが深夜2時近くでしたので、翌朝にご挨拶に伺い先に頂戴した「おたり饅頭の願い」の扁額の御礼と帰省した挨拶をさせていただきました。


そして、参禅の許可をお願いしたところでした。

その翌朝は参禅の予定でしたが・・・・・時間調整不足で朝起きれませんでした・・・・残念!





帰り間際、改めてご挨拶に伺いました。

美味しいお茶を頂きながら、少しの時間でしたが近況を報告などのお話をさせていただきました。

いつも思いますが、方丈様のご尊顔を拝する、お話を伺う、そして、同じ時間を共有するというだげで心が洗われる気持ちになります。

まさに、”尊く、ありがたい”という言葉が頭をよぎります。



さあ、帰りの時間が迫ってまいりました。

方丈様は、いつもの通り優しい笑顔で見送っていただきました。







今月号の「禅の心」の”開山”と題された特集記事に使用されている写真が三隅の龍雲寺野原眞承和尚晋山式の模様が使われているということで拝聴してまいりました。

写真には、観音寺雲水定岡蔵心和尚、観音寺花吉和尚、そして龍雲寺眞承和尚がばっちりアップされています。









帰りの車中で、禅語「喫茶去」を考えていました。

帰り際、出発前のあわただしさの中、方丈様の下へご挨拶に行った際、あえてお茶を勧めていただきご馳走になってきました。

私が、疲れのせいで朝の参禅に来れなかったことを悔やんでいるだろうと、強いてお茶を勧めてくれたんだろうと解しました。





喫茶去(きっさこ)はと“まあ、茶を飲みなさい”ということですが、方丈様は、お茶を飲む、家の修繕をするこれらすべての日常生活の中に仏道修行があるということを教えようとするものです。

正に禅でいう「修行こそが悟りであり、悟りこそが日々の修行」ということを教えていただきました。


また一つ、心が洗われました。


ありがとうございます。






浜田で、いつもお世話になている床屋の土田さんの女将さんはじめ、真光町のご近所の皆々様にご挨拶と感謝を申し上げて帰路につきました。


今回も、様々な方々のお陰で、こうして幸せに暮らしているということを学ばさせていただいた旅となりました。


心より感謝申し上げます。



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| ryuichi | 06:19 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
浜田紅蓮山観音寺参禅記2017 若い先生へのエール



浜田帰省観音寺参禅の御褒美、観音寺方丈様との薬石会食に招かれました。

これが楽しみで毎年参禅していると言ったら怒られるかもしれませんが、方丈様と同じ世代を生き同じ空間にいるということだけで有り難さを感じます。

薬石のお話の中で、様々な事を御教授頂きました。

その中で、先にご挨拶に来られた檀家さんのご子息でこの春より教師になられた方へ送った方丈様の仏詩を紹介させていただきます。





「若い先生の誓願」
みな素晴しい生命一杯の仏性の子
覚めよや どうぞ お手伝いします
互に尊貴なれば、ただ奉仕あるのみ

みな溢れる個性一杯の業生の子
気付けよや どうぞ 手助けします
型に填めざれば、応病与薬自在なり

みな 素直な純粋一杯の法性の子
伸ばせよや どうぞ保護します
時節到来せば、鉄は熱い中に打たん





「教師応援歌」
師資一枚の法門あり。本より虚心坦懐なれ
先生の方からとび込みなされ恩愛一杯
隔てなければ、秋空に片雲なし

師勝資強の禅語あり。眼合せて相い見る
学生の心を受け止めなされ
因縁一杯 尊貴なれば、春陽に若芽立つ

浜田紅蓮山観音寺方丈





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 10:00 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
浜田紅蓮山観音寺参禅記2017 座禅



島根の家内の郷浜田では毎年朝三時起床です。

三時半、と言っても真っ暗闇の引き締まった空気の中、冷たい水で顔を洗って、徒歩一分という目の前にある観音禅寺に参禅にむかいます。

気付いたら長男が生まれてからですのでかれこれ20年になります。

洗足をして本堂の奥にある火焔窓前で座禅をします。





暁天(キョウテン)坐禅です。

暁天とは夜明け前の空のことで、須弥壇の蝋燭球の仄かな明かりの中、夜の闇に包まれた本堂。

虫の声や出向する船の音以外は無音で、静かに坐って過ごすことが毎朝の楽しみになっています。

この観音寺での数日間の座禅を快適に出来るよう念頭に置いて、一年間生活しているような気がしています。





座禅では次の3つのことを調えることが基本だと方丈様に教えていただいております。

一、調身:身を調える。

一、調息:息を調える。

一、調心:心を調える

禅寺では朝起きてから顔を洗ってお水を備え線香をあげて坐禅をするまで、毎朝同じことを、まっすぐやることが大切だとされています。

坐る時は何も考えない、とは言っても凡人たる私には出来るはずもありません。

一から20までゆっくりと数を数えて雑念を払拭しようと試みています。

しかし、様々な思いや考えが湧いて来て仕方がないので、それぞれの想いをめいいっぱい巡らせ、足や腰が痺れてまいりますので、時には足を組み替えたり伸びをしたり部屋を見渡したりもします。





一年間待ち望んだ一番有意義な時間です。

そして、ゆっくり自分の身体や心と向き合う大切な時間です。

約一時間半ですが暁天坐禅を心ゆくまで堪能しています。

今年は幾分涼しく感じますが、それでも座っているだけでも全身汗でびっしょりです。





次に朝課です。

朝課とは、朝の読経のことで、曹洞宗日課に則り厳粛な雰囲気の中粛々と執り行われます。

お経に間に全身を使った禮拝があり、これがまたいいスクワット運動になります。

それぞれの読経は、御釈迦様から代々続く歴代和尚の名前を唱え、先祖やまわりの有縁無縁の人々、環境全てに感謝回向し、福壽無量を祈願します。





また一つ、心が洗われました。


楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、さあ、三春、そして娑婆へ帰還の時間が迫って来ました。

夢のようなひと時でした。

また来年浜田紅蓮山観音寺参禅に来れますよう一年間頑張ります。





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 11:29 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
「無功徳」浜田紅蓮山観音寺参禅記2017


今朝の接心では禅宗の祖、達磨大師と中国・梁の武帝の問答の時の達磨の返答を例に挙げられ「無功徳」を御教授いただきました。


達磨大師が中国に禅を伝えるために渡ったとき、梁という国の武帝に謁見しました。
梁の武帝は仏心天子と人々が呼ぶほど仏教に篤く帰依した皇帝でした。

武帝は次のように問います。
私は寺院を建立し、多くの僧を得度させた。どのような功徳があるだろうか。
これに対して達磨大師は無功徳と答えたと伝わっています。




"功徳を求めれば功徳なし"
無功徳とは、自分が何かしたとき見返りを求めないっていう意味だと解しました。

私たちは普段から無意識のうちに相手に見返りを求めがちです。

人に対して「何かやってあげる」「やってやった」ではなくて、逆に「やらせてもらってありがとう」って思う気持ちが大事なんだと思います。


私も商人ですので近江商人の教えである「陰徳善事」を思い出していました。

~ 陰徳あれば、必ず陽報あり ~
 「人知れず善行を積んだ者には必ずよい報いがはっきりと現れる」(淮南子「人間訓」)という言葉があるように、報いを求めない行為は禅僧の目指すところの「解脱」を示し、真の人間性や信用が生まれてくるものなのでしょう。




昨日も津和野にある義母方の墓所にて高齢の叔父に変わりお寺さんから鎌を借りて鬱蒼としたお墓を掃除しました。子供たちそして義母の健康を念頭に掃除をしていたら何故か涙が出てまいりました。

こうして三春の地より遠く離れた石見津和野にて墓掃除をさせていただいている事。これも何かご先祖様からの御縁何だろうなあと思います。


直接は血のつながりのない娘婿として島根へ来て、義母方のお墓掃除やら家の補修やらをさせていただいておりますが、毎朝の参禅という御褒美があります。


ただただ己の良心に従って行動し、見返りを求めない。おのおのが信じる善行を積み重ねていくことが大切なんだろうと思います。
正にこれが無功徳の功徳なんだろうと実感しています。

そして、この御縁の有り難さに心より感謝している次第です。





合掌


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍 拝






| ryuichi | 07:46 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
石見国三隅 海藏山龍雲寺平和の鐘 2017夏



ご縁があり、以前、浜田観音寺様にてお世話になった野原眞承和尚が住職を勤めている海蔵山龍雲寺方丈の野原眞承和尚にご挨拶に伺いました。

浜田紅蓮山観音寺花吉和尚の下へ参禅するようになったのは、今年二十歳になる長男が生まれてからですのでもう20年余になるかと思います。

眞承様と最初に観音寺でご一緒させていただいたにもその頃です。





今年もまた三春より、龍雲寺参詣、眞承和尚の御尊顔を拝し平和の鐘を打ち鳴らさせていただきました事。改めて御縁の有り難さと平和の尊さを感じました。




本日、津和野のでお墓掃除の際に北朝鮮のミサイル発射に向けたJアラート訓練が聞こえて来ました。バルセロナなどのテロもありました。

この地球には様々な人種様々な宗教がありますが、求めているのは人々の平和なはずです。
みんなで平和の鐘を鳴らしましょう!





以前、眞承様と浜田観音寺さまにて薬石をご一緒させていただいた折に、伺ったご自信が体験されたエルサレムメッカの話を思い出していました。

「宗教や人種を問わず全ての方々が世界平和を祈るという事が理想です」と語っておられましが、そのことが体現されたような平和の鐘だと思っています。




この平和の鐘には曹洞宗老師の言葉と浄土真宗の老師の言葉が刻まれた珍しい鐘です。
浜田市高尾山から搬送移築された平和の鐘です。

この平和の鐘、仏教徒によるものでは日本で1地番最初の物だそうです。




浜田にあった旧帝国陸軍二十一連隊戦没者諸英霊追悼のための鐘です。

ご縁があり龍雲寺山内に檀信徒皆さまのご協力により移設されました。





また一つ心が洗われました。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 17:23 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |