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28紅蓮山観音寺参禅 三日目「涅槃寂静」



本日は、満月の月明かりに励まされながら、三日目の参禅してまいりました。

お寺では、善福寺持住の中村敬信様、定岡蔵心様、竹原祖燈様に御指導いただき、観音寺方丈様の下で、座禅、そして朝課勤行に勤しんでいます。

文字通り「門前の小僧(50過ぎのおっさんですが)」、約3時間半のプチ参禅です。





今朝の方丈様との会下接見では、昨夜の薬石会食のお話しの延長で「涅槃寂静」を説いていただきました。

煩悩が消え平穏で静かな心持ちを(境地)とされる「涅槃寂静」





1日の始まりを夜とするお釈迦様の教えの根幹は、熟睡中の心と身体が一番リラックスしている、これは座禅によって得られる無の境地そのものである。
即ち仏教徒は座禅によって得られた心地よい平穏な心の状態を一日中保つことが大事である。





そして、この平穏な心持ちを周りの方々やあらゆるものにも分け与えるということこそ眞の仏さまの教えです。
その持続の為には、慈悲の心が必要です。




又、仏教を志す者は、自他行と云われるように、自分のことはさて置いても他人に対し慈悲の心で施しをさせていただくという事が肝要です。


己自身の日々の暮らしを振り返って見ますと、まさに説かれているそのものの意味が見えてきます。
また一つ心が洗われました。

ありがとうございました。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂

| ryuichi | 07:20 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
28紅蓮山観音寺参禅方丈様薬石会食




浜田帰省観音寺参禅の御褒美、観音寺方丈様との薬石会食に招かれ喜んで入山させていただきました。

薬石のお話の中で、様々な事を御教授頂きました。


方丈様のお話の中に、座禅の為のアドバイスをよくいただきます。方丈様の生き方そのものなんですが、睡眠と食事の関係をお話ししていただきます。
たくさん食べるから睡眠時間が必要になります。

また、肉や魚などの栄養価に高い食物はその消化の為にエネルギーが必要になるという云うわけで、修行僧は菜食の精進料理を食すと教えていただきます。


禅寺の食事とは正に理にかなった食事で、所謂精進料理と云うように雲水が修行の為に必要最低限にして最高の食事であると教えていただきます。

本来、寝っ転がっているより楽な姿勢とされる座禅。その最中に睡魔に襲われる、腹痛が起こるなど食べ物による要因が多々あるようです。
また、座禅姿勢は身体のバランスのとれた最高の姿勢とされていますが、これも過食にて太っていると坐禅の足組も辛いものです。




朝の接心でお話しいただいた、中庸や一枚業に通じる教えを説いていただきました。

私たちは、普段の生活に於いて、朝起きて「今日も1日頑張るぞ!」〜日中の日々の暮らしの中で、心身ともに疲れが生じます。
その疲れを癒す為に熟睡を欲しています。

しかし、仏の教えでは朝の気力みなぎる心を一日中持ち続けることが大事であると説いています。




如何に一日中心の平穏を保っていけるか?という事が、お釈迦さまが説かれた仏教の原典何だろうと思います。

合掌





春陽郷三春城下  御菓子三春昭進堂


菓匠蒼龍

| ryuichi | 20:35 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
紅蓮山観音寺参禅 28「中庸の教え」



今朝は、満月を明日に控えた明るい月明かりの中、時折、本堂内を涼やかなそよ風が通り過ぎ、秋の気配を感じながら座禅をさせていただきました。

「中庸の教え」
両極端を避ける

中庸とは、極端に傾くことを避けて、「適材適所」ということである。と御教授されました。





その場その場で、最も適した行動をするために、常にフラットな姿勢でいる事が大切であり、心を自由自在にコントロールする事が重要である。

自他共に、厳しくするときは厳しく。優しくする時は優しく。

また一つ、心が洗われました。

ありがとうございます。




合掌



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 06:44 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
龍雲寺平和の鐘28


浜田観音寺様にてお世話になっている野原眞承和尚が住職を勤めている海蔵山龍雲寺様に、晋山のお祝いを兼ねてご挨拶に伺いました。眞承さまのフェイスブックにて平和の鐘を鳴らしたいとも思っていました。




この平和の鐘には曹洞宗老師の言葉と浄土真宗の老師の言葉が刻まれた珍しい鐘です。

他の場所にありましたがご縁があり龍雲寺山内に檀信徒皆さまのご協力により移設されました。



以前、観音寺さまで薬石をご一緒させていただいた折に、伺ったエルサレムメッカの話を思い出していました。

「宗教や人種を問わず全ての方々が世界平和を祈るという事が理想です」と語っておられましが、そのことが体現されたような平和の鐘だと思っています。





また、雲龍寺さまには、眞承和尚の徳を慕い、老若男女問わず日本の方はもちろん、外国の方々も世界各国から参禅されています。





家族みんなで鐘を鳴らさせていただきました。




山陰石見にお越しの折には、浜田三隅の龍雲寺平和の鐘を鳴らしてみて下さいね。





」春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 17:45 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
平成28年浜田観音寺参禅「一枚業」


本日より、夏休みをいただいて当家女将の実家のある島根県は石見浜田市に帰省しています。

浜田では3時起床にて例年、目の前にある曹洞宗紅蓮山観音寺に於いて師と仰ぐ方丈様である花吉道久老師の下で朝だけですが座禅と勤行に参禅させていただいています。





1年分の溜まりに溜まった心の塵芥の洗濯です。

後夜の座禅(私は、3時起床、三時半着座)、そして朝課。

その後の、本日の老師会下では「仏道は一枚業」を御教授頂きました。




相対は本来ならあり得ない。

仏道は「一枚業」真理は現社会にある。
人やモノ、そして環境まで自他と区別するのではなく、同一であると考える。相対的に見ることで障害やストレスになる。
何事も、相手に立場になって考えるということを実践していくことが大事である。と教えていただきました。




己自身の日々の暮らしを振り返って見ますと、まさにそに教えそのものが見えてきます。
また一つ心が洗われました。

合掌


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 08:44 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
【裸にて 生まれてきたに 何不足】 本日の観音寺


【裸にて 生まれてきたに 何不足】

人は元々裸で生まれてきて、何も持っていなかったのですが、成長するに従って、自我と云う心の欲がどんどんと頭をもたげてくるものです。
もちろん人間には、108つの煩悩と云う様々な欲、例えば食欲、睡眠欲、物事に取り組もうとする意欲、などがあり、生きていく為には必要不可欠なものとされています。

しかし、ただ自分の欲求を満たす為だけに、欲を追求してしまう自分(我)がいるもの確かです。
自分の求める欲を、何から何まで、全て満たすことは決して出来ないのはわかっているはずなんですが…人が生きて行くと云うことは自我と理性のバランスにおいて均衡が保たれているんでしょう。




また、欲を求め過ぎるとと、そのことが返って悩み・苦しみを生みだすのです。
たえず不満をつのらせ、自分は何と不幸せなのだろうと考えてしまう。
そうした状態に陥らない為にも、「人間本来無一文」という、ことがとても大切なことなのでしょう。

方丈様のお話の中に、座禅の為のアドバイスをよくいただきます。方丈様の生き方そのものなんですが、睡眠と食事の関係をお話ししていただきます。
たくさん食べるから睡眠時間が必要になります。
また、肉や魚などの栄養価に高い食物はその消化の為にエネルギーが必要になるという云うわけです。



禅寺の食事とは正に理にかなった食事で、所謂精進料理と云うように雲水が修行の為に必要最低限にして最高の食事であると教えていただきます。

本来、寝っ転がっているより楽な姿勢とされる座禅。その最中に睡魔に襲われる、腹痛が起こるなど食べ物による要因が多々あるようです。
また、座禅姿勢は身体のバランスのとれた最高の姿勢とされていますが、これも過食にて太っていると坐禅の足組も辛いものです。



ここに前記した【人間本来無一文】に繋がっていきます。

家内曰く「あなたの身体を心配して方丈様が諭してくれている〜]と喜んでいます。



因みに観音寺の朝は忙しく動きます。
朝3時起床にて、観音寺に向かい5時ごろまで座禅です。
そこから朝のお勤め「朝課」ですが、その前に各仏さまのろうそくに火を灯し、線香をあげて回ります。
その後、数種類のお経を読経している間に、方丈さまや上席修行僧が各仏さまにお茶を差し上げます。

本堂でのお勤めが終わると、玄関に鎮座する韋駄天様前にて、数種の読経。
そして、山内の仏さまや神様に線香を上げに回ります。

そして庫裏の各仏さまに線香をあげ、方丈さまとの会下(接見)にて、法話を頂きます。
そののち北堂様にご挨拶し、上席雲水の下同門の挨拶。
私はここで退散しますが、時刻は6時過ぎ・・・

私など、門前の小僧で周りをきょろきょろとみているだけですが、とにかくお坊さんの朝は忙しく走り回り、無駄な時間がありません。

また一つ心が洗われました。

いよいよ三春帰還です。
また一年間頑張れそうです。


御菓子 三春昭進堂 髙橋龍一

| ryuichi | 02:50 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |
【人間本来無一文】本日の観音寺



【人間本来無一文】
何も無い処から全てが生まれる

人間は本来はだかで生まれてきたのだから、例えば、失敗しても、何も手に入れられなくても生まれたままの状態よりもマイナスになることはありません。




【無常】【無我】【涅槃】と云う禅の基本を言い表わしている禅語として御教授いただきました。

人として生きて行く中で、現実には何も持たず全ての欲を無くすこと、またあらゆる感情(煩悩)を無くすことは難しいことと思います。

しかし、そのような日常生活の中でも禅を忘れず、心身を落ち着ける時間を創り、静かな環境に一人「身」を置いて暫し「無」の気持ちになることも大切なことです。

正に、座禅の基本で在る【無の境地】が大事。と方丈様は説かれます。

また一つ心が洗われました。




【光陰矢の如し】楽しい時間とはあっという間に過ぎるもので、明朝三春へ帰還となります。

方丈様。
敬信様、蔵心様、そして祖燈様の皆様には様々な事を御教授いただきました事心より御礼申し上げます。

三春昭進堂 高橋 龍一

| ryuichi | 08:50 | comments (x) | trackback (x) | 石見國浜田曹洞宗紅蓮山観音寺記::門前小僧の参禅記 |