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春の笠石八幡参詣 2017



花見だんごも一段落した昨日、三春昭進堂の創業者でもある、おたりさんの生家旧根本村にある「笠石八幡宮」。

ひと月にわたる春の花見商戦大盛況御礼と端午の節句商戦における商売繁盛、そしてシーズン中の無事を祈願に詣でました。





散り始めとはいえ初めて満開の桜に中で参拝しました。

八幡様に感謝ですね。


参道に広がる古墳のような小山に植えられた桜たちも、若葉が生い茂りお天道様の日差しに、生命の有難さを満喫しているようにも見えます。

いつ行っても、心身を洗い流すような、爽やかな風が通り抜け、とても居心地の良い気持ちのいい場所です。

きっと、頑張って商いをしている私たちを”おたりさん”が褒めてくれているんでしょう。





当三春昭進堂の創始者おたりばあさんの亭主は、民四郎と云います。

込木は柳作の本家から苗字とこの場所を頂いて分家しました。

子供の時分より講釈と物書きが大の得意で、畜産組合の書記・庶務や、目の前にある庚申坂新地の遊廓でも、会計や伝票書きの仕事を手伝う傍ら、酒席が大好きらしく、座敷に入っては太鼓持ちをやっていたと聞き及んでいます。

また、民四郎さんは、政治や時事論が好きで、昼間から客と論じあっていたようです。

その間、おたりばあさんはせっせと饅頭や豆腐等で商いをして、10人の子供を育て上げました。

お世辞にも可愛いとか綺麗という賛辞の語は見当たりませんが、苦労が顔に滲みこの人に人生ありの素敵な尊顔です。





笠石八幡宮

柳橋海道から駒枝に抜ける途中の集落沿いにあります。

道路沿いに、木の鳥居があり、うっそうとした杉木立に覆われた境内には、本殿を取り囲むように巨岩が累々と積み重なっています。

小さな社殿の横から上方に掛けて、数体の岩が顔を出し、最上部に巨石が鎮座しています。






昔、八幡太郎源義家が安倍一族討伐の時、根本村に立ち寄ったところちょうど村では麻疹が大流行で村人たちは大変困っていた。

これを聞いた義家は、「それは大変だ。その悪魔を征伐してやる」と、笠石八幡の場所より南西の天目がけ、馬上より鋼弓に一矢をつがえて射放した。

麻疹の悪魔もその威勢に恐れて退散したのか、重い麻疹も急に快復した。

今も射放した場所には、馬蹄の跡が石についており、放たれた矢は、遠く堀越村の井堀に落下して井戸となったという。
この間を「一矢間(ひとやま)」と伝えられている。

笠石八幡の祠に至る前に、二つに割れた石の胎内くぐりがあって、笠石と呼ばれる巨大な石が載っているところから、笠石八幡と呼んでいたという。

その巨石には

「はしかとて 折ればかろし 笠石の蹄の址や 八幡の家」と刻まれている。


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂

| ryuichi | 05:45 | comments (x) | trackback (x) | 三春昭進堂菓匠蒼龍 髙橋 |
「Mad trax in ♯9」 次男坊高校生最後のボイパ―パフォーマンス!



「Mad trax in ♯9」 次男坊高校生最後のボイパ―パフォーマンス!

次男坊の高校生では最後となるボイスパーカッションユニット「Mad trax」のパフォーマンスを夫婦そろって観てきました。

場所は、郡山駅前アーケードにある郡山の音楽のメッカ「♯9(シャープナイン)」です。





安積高校に通う”Be-Bear”ことYutaと、安積黎明高校の”ふくろう”こと当店の次男坊による「Mad trax」でのライブは約一年ぶりです。

そうなんです。

二人とも受験を控えてこの一年は受験勉強のため活動を自粛していました。




お陰様で、二人とも大学合格が決まり、晴れて活動再開となった次第です。

このライブは安積高校軽音楽部の卒業記念散会live2017でして、Mad traxも出演ということに相成った次第です。


またまたやらかしちゃってくれています。






ま活動再開といっても、この二人は行く大学が新潟と仙台ということで離れ離れになるみたいなんですが、時折郡山に舞い戻ってはスタージに立つ計画らしいです。




今回も、趣向を凝らし一曲目が「ブルゾンちえみ」バージョン、途中フクロウのソロでは「パイナップル・・・・」が入ったり、来場したお客様方も大盛り上がりです!


私たち夫婦も楽しませてもらいました。




来月からは、新潟での一人暮らしが始まります。

大人への第一歩です。

親としては嬉しいような、ちょっと寂しいような・・・


まぁ、楽しんでもらえれば最高です!


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 05:36 | comments (x) | trackback (x) | 三春昭進堂菓匠蒼龍 髙橋 |
おたりさん家系図



当店の創業者“おたりさん”こと髙橋タリさんの実家である三春在根本の近内家当主近内一郎さんより、家系図のコピーをいただきました。

これは今から約28年前の三春ダム建設の際に、近内さんも含んだ数軒の共有地がありその権利放棄の為に当時の国土交通省が作成したものだそうです。





おたりさんの祖父である文政6年うまれの近内三内さん、キン(文政4年生まれ)夫妻から始まります。

その娘、近内ウノ(安政2年生まれ)とその婿三作夫妻、そして慶応元年生まれの近内三太郎と続いています。

この近内家は分家で、現当主からすれば7代続いているそうですが、本家は二十数代続くみたいです。


これは大変貴重です。




また、この本家近内さんの孫が現在首都圏の大学に通っていますが、そのバイト先のパートの方との話の中で、

出身地は?
福島の三春です。
え?私のおばあさんも三春なの!
といった、やり取りから偶然にも、当髙橋家から出た親戚筋同士ということが分かり、両人は勿論その親同士もびっくりしたという話をされていました。





これをご縁というんでしょうね?

驚きました。




根本笠石八幡宮


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂




| ryuichi | 05:36 | comments (x) | trackback (x) | 三春昭進堂菓匠蒼龍 髙橋 |
三春物語642番「三春昭進堂」


昭和初期戦前の三春昭進堂

尚、最後列右から4番目のメガネの方は、私からは大叔父にあたる髙橋哲夫さんです。



昭和20年代



小さな城下町三春で「三春昭進堂」の四代目として和菓子屋を営んでいます。



昭和30年代


当店は、三春城下旧磐城海道沿いの水芭蕉の咲く寺として知られる藩主祈願寺真照寺の門前、そして三春駒の名で知られる三春産馬や牛の「競り市場」の目の前に立地しています。



昭和50年代 

画面左の真照寺参道側に、左折れの松の古木があるのが見えますか?

店内の一部を真照寺参道を拝借していたものですから、この松の木が店内から生えているように見えていました。

この下り松は江戸時代から生えている老木で苔が生えています。
幹の太さは根元で1メートルは超えていました。

子供の頃は、よく幹に乗って遊んでいましたが、今思うとネバーエンディングストーリーにあった龍に乗って空を駆け巡っていたかに見えたのかもしれません。
敬慕する河井継之助にあやかり、今雅号としている「三春蒼龍」を彷彿つさせてくれます。
これも何かのご縁なのでしょうね〜〜。



昭和56年

新築した現店舗です。


商売の始まりは、明治の終わり頃、私の曾祖父の初代民四朗の妻おたりが、競り市に集まる博労(畜産農家)達に、売ろうと作った素人饅頭が美味いと評判になり、おたり婆さんが造る三春名物「おたりまんじゅう」として三春内外の方々に親しまれています。



そして、現在の店舗です。
  
 私は おたりまんじゅうです
 
砂糖や甘いものがまだ貴重品であった頃 三春に産声を上げました

私を造ってくれた おたりばあさん に似たのでしょう 

色黒で、ちょっと不細工の私ですが 私に出会った人たちが笑顔になってくれます

いくつもの時代を超えても その笑顔が忘れられなくて 

元気な笑顔のお客様にお会いしたくて

そして 愛され続ける存在でありたい・・・

そう願い続けて 毎日蒸気の中で生まれています

お客様から 愛する方々へ 

幸せを届けて行きたいと願っています。

そう思いながら、今日もそして明日も元気に産声を上げつづけます


 創業明治中期 三春名物「おたりまんじゅう」本舗 




三春昭進堂 髙橋龍一


| ryuichi | 07:10 | comments (x) | trackback (x) | 三春昭進堂菓匠蒼龍 髙橋 |
EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2016 『BUTCH!!』 in sendai



EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2016 『BUTCH!!』 in sendai

一昨夜、矢沢永吉さんのライブ2016年「EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 2016 『BUTCH!!』」が仙台はグランディー21セキスイハイムスーパーアリーナで開催され、今年の締めくくりとして参戦してきました。

年末の永ちゃんのライブに来なけりゃ年が越せませんよ


永ちゃん! 永ちゃん!  永ちゃん! 永ちゃん! 永ちゃん!

 今年は、22年ぶりに、コンサート用の白いダブルのスーツを新調してみました。





永ちゃんのライブは、会場前から大盛り上がりで、郡山からの仲間に加え常連の方々の顔も見えます。
今日もよろしく!の挨拶が飛び交っています。


やはり、E・YAZAWAのライブです。

独特の緊迫した囲気に会場全体が包まれています。






 同世代である友人たちは、永ちゃんのつもりで粋がっていても、しっかりメタボです。(気持ちはあの日のままですが・・・何か?)

 ステージは、永ちゃんの「言葉」であり、「魂」であり、それが全部のドラマを語っている・・・永ちゃん流の言い方でいうと、その奥深さ…分かるかな?

「まだまだ矢沢は走り続けます!70になっても80になっても・・・」その言葉通り、永ちゃんは、あら‘70とは思えないパワフルなステージです。

 目の前に、67歳となる永ちゃんがいる。

シワは増えていても、「永ちゃん、かっこいいよな、もしかして今の方がかっこいいんじゃないか」と思えるくらいです。





「成りあがり」 大好きだね、この言葉。

素晴らしいじゃないか。

こんな、何もかもが確立されきったような世の中で、

成りあがりなんて・・・

せめて、やってみろって言いたいよ。

矢沢永吉 語録より 






ライブは新旧取り混ぜての曲の構成です。

“世は歌に連れ・・・”という言葉があったかともいますが、正に自分の歩んできた道全てのシーンに永ちゃんの歌やコンサートは欠かせないものです。

永ちゃんのMCにもありましたが、「人生は、いろいろあるよ!」です。

白いスーツに身を包ん粋な姐さんがニコニコしながら近寄ってきます。
なんと、ガキんちょだった35年前に一緒に永ちゃんのライブに行ったことがある古い友人でした。

また、雰囲気が怪しい(喧嘩していた)カップルがいて、タオルのない可愛い彼女に、お土産に買ったタオルを差し上げたら、なんと私の友人の娘だったり・・・・ここれは、矢沢ミラクルです。

そんなことがありながら、みんなで大合唱した古いラブソング「you」の時には、両眼から涙がこみあげてしまいました・・・




いやがるものを 押しつけるほど 若くはないけれど

本気さ Don't say noかけらでも

Oh my darling  

You 罪な人 You 愛となく

You 魂を You 惑わせて・・・




流行のスタイルが変わるロック・シーンで、あくまでも1つのスタイルにこだわり続けるのはそう簡単なことではありません。


そして、アンコール!

”止まらないHa-Ha”、”トラベリン・バス”の大合唱とビーチタオル投げ!

最高の夜でした。永ちゃん、ありがとう!

永ちゃんコールに付き合てくれたみんな、ありがとうね!

来年も、ヨロシク!






私も、御多分に漏れず13・4歳でキャロルのボーカルである矢沢永吉を知り、すっかり魅了されてしまいました。

中坊の時に、キャロルが解散!

その翌年に、郡山市民会館(現市民図書館駐車場)に、矢沢永吉さんがソロコンサートにきました。

この時には、スタッフ気取りでお客さんの案内掛をしました。

この時永ちゃんに「お疲れ様。ありがとね!」といって握手していただいたのは一生忘れられない思い出でとなっています。

永ちゃんのコンサート、生の永ちゃんはこの時が初めてでした。

以来、40年来の矢沢永吉ファンです。





「うぬぼれと言うといやらしく聞こえるけど、

考え方一つ変えていい取り方すれば

うぬぼれ屋ほど自分の主張を大切にしているんですよ。

前向きなうぬぼれならいくらうぬぼれてもかまわないんです。

それは言い換えれば自信だから。

自信ということは何かといえば責任なんですよ」
                              矢沢永吉






永ちゃん! 永ちゃん!

永ちゃん! 永ちゃん! 

「ん!白い寅ちゃん?」・・・・・ち、違いますよ!





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂



| ryuichi | 05:30 | comments (x) | trackback (x) | 三春昭進堂菓匠蒼龍 髙橋 |
「やりたいことやっちゃう人生のほうが、間違いなく面白い」日産自動車(株)CM「やっちゃえ・NISSAN」
「やりたいことやっちゃう人生のほうが、間違いなく面白い」




お盆明け、少し涼しくなってきた日本列島に激震が走りました。
そうです、矢沢の永ちゃんが、日産自動車(株)【7201】の新CM「やっちゃえ・NISSAN」に出演しているではありませんか!
永ちゃんに似合う車といえば、キャデラックやコルベットのアメ車をイメージしてしまいますが、今回のCMで矢沢さんが乗るのはスカイラインでもシーマでもなく、なんと黒い電
気自動車「LEAF」



ご覧になった方も多いはずですが、夕焼けや夜の街をリーフに乗りスイーッと走る永ちゃんは、大人の雰囲気が増してまた違った魅力を見せて、還暦を過ぎてもかっこいい私たちのイメージリーダーは電気自動車も似合います。



「2種類の人間がいる。やりたいことやっちゃう人とやらない人。
やりたいことやってきたこの人生。
おかげで痛い目にもあってきた。 散々恥もかいてきた。
誰かの言うことを素直に聞いてりゃ、 今よりずっと楽だったかもしれない。
でもね、これだけは言える。
やりたいことやっちゃう人生のほうが、間違いなく面白い。
俺はこれからもやっちゃうよ あんたはどうする?」
矢沢永吉語録~(日産自動車CMより引用)




永ちゃんが、これまでの人生で挑戦の姿勢を貫いてきたことと、日産が改めて企業として挑戦の姿勢をとろうという意志が一致したことで、日産が企業覚悟を決めて、技術で挑戦していく姿勢を表明したこのCMが、多くの反響を呼んでいるそうです。
ちょうど、我が息子も自動車免許を取る年齢に達しました。




何か車を買ってやろうかと思っていますが、運転者の身の安全と事故に巻き込まれない車と考えますと、やはりキャデラックやサンダーバードなどの、古いアメ車や小ベンツなど外車のカブリオレになってしまいます。




ま、プリウスαを息子に譲って、私たち夫婦がアメ車乗れば済むことなんですが、残念なことに当家の女将が、バカデカくて、燃費が悪く、おまけにすぐに壊れる古いアメ車嫌いらしいんです。




また、アメ車は、当の本人は納得しないようなので、あれこれ探していましたが、リーフもいいですね。
「どうせお父さんが乗るんでしょ?」と息子は言っていますが・・・・




永ちゃんのカッコよさは、現在進行形であることなんだろうと思います。
永ちゃんは、私からすれば一回り上の世代です。




一足も二足も先に様々な経験をされています。




若いころのあこがれが今でも続いている・・・・ しかも、どんどん進化しながら。
その生きざま、足跡がすべて私の指針となっているように思います。



え?自動運転の白いリーフにも乗ってるぜ!

やっぱ、永ちゃんカッコいい!



「最近勝ち組とか負け組みとか流行っているけど、スタート切っているかどうかが僕は大事だと思うけどね」
「てめぇの人生なんだから。てめぇで走れ」




さすねぇぞい三春!  合掌  蒼龍謹白    拝





しかし、プリウスαの燃費には、当店女将も納得です。



| ryuichi | 06:12 | comments (x) | trackback (x) | 三春昭進堂菓匠蒼龍 髙橋 |
三春物語724番「根本笠石八幡宮とオタリばあさん」


おたりまんじゅうを造った「おたりさん」は、滝桜の先にある根本集落の出身です。



この根本には、「根本八王子神社」や「笠石八幡宮」、そして田村三十三観音霊場の札所「光谷東光寺」があり、信仰の厚い郷です。


東光寺観音堂

春には、至る所で枝垂桜、八重桜、染井吉野、山桜が咲き乱れます。




 笠石八幡宮
柳橋海道から黒木に行く途中の集落の裏山にあります。
集落の庭先を抜けて山腹を登ったところに石の鳥居があり、うっそうとした杉木立に覆われた境内には、本殿を取り囲むように巨岩が累々と積み重なっています。



社殿の横から上方に掛けて、数体の岩が顔を出しています。
 岩には横に亀裂が入っているものがあり、それが結果的に「積み重ねた」ように見えます。

これを、笠をかぶせた様子に形容したのでしょう。
 



その参道に昭和十四年改築記念の寄付芳名石版があり、高橋タリの名前が読み取れました。



おたりさんが、五番目の息子の出征に無地を祈願して生まれ育った根本にある笠石八幡宮に寄付したものでしょう。
また皇紀二千六百年大慶記念の石碑には、母親の信仰を受け継いだのでしょう、おたりばあさんの長男で当店の先々代高橋伝造の名前も見えます。
 


根本の笠石八幡
昔、八幡太郎源義家が安倍一族討伐の時、根本村に立ち寄ったところちょうど村では麻疹が大流行で村人たちは大変困っていた。
これを聞いた義家は、「それは大変だ。その悪魔を征伐してやる」と、笠石八幡の場所より南西の天目がけ、馬上より鋼弓に一矢をつがえて射放した。
麻疹の悪魔もその威勢に恐れて退散したのか、重い麻疹も急に快復した。



今も射放した場所には、馬蹄の跡が石についており、放たれた矢は、遠く堀越村の井堀に落下して井戸となったという。
この間を「一矢間(ひとやま)」と伝えられている。

笠石八幡の祠に至る前に、二つに割れた石の胎内くぐりがあって、笠石と呼ばれる巨大な石が載っているところから、笠石八幡と呼んでいたという。
その巨石には
「はしかとて 折ればかろし 笠石の蹄の址や 八幡の家」と刻まれている。
 



三春昭進堂 髙橋龍一


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| ryuichi | 05:20 | comments (x) | trackback (x) | 三春昭進堂菓匠蒼龍 髙橋 |