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福島民友新聞社主催 「河野広中没後100年記念シンポジウム」 in 三春 福島民友広告掲載



福島民友新聞社主催 「河野広中没後100年記念シンポジウム」 in 三春 福島民友広告掲載

 自由民権運動家で福島民友新聞の創始者である河野広中(1849年~1923年)の没後100年に合わせたシンポジウムを、故郷の三春町と、東日本で自由民権運動が始まった場所の一つとされる石川町で開催しました。







河野廣中先生研究の第一人者であった故髙橋哲夫氏は、当店出身で私からすると大叔父という関係があります。



喜んで広告を掲載させていただきました。








三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:06 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |
ほのぼのの御裾分け~爺バカ万歳!郡山市民オーケストラ定期公演での一幕です。




当店スタッフMが出演した郡山市民オーケストラ定期公演での一幕です。


開演前、アメリカン方式という登壇スタイルでスタッフMが着座すると、最前列に陣取っていた一人息子の悠大くんが手を振りお母さんにエールを送っています。


何ともほのぼのとした光景で、演者はもちろん会場全体が和みました。





さまざまな表情を見せてくれる悠大くん。


当店のマスコットのみならず、市民オーケストラでも人気者です!







爺バカ万歳!








三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍

| ryuichi | 03:58 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |
「第1回福島県献菓祭」が「第1回福島県献菓祭」が、「6月16日の和菓子の日」にちなんで、開成山大神宮で開催されました!



「第1回福島県献菓祭」が、「6月16日の和菓子の日」にちなんで、6月16日(木)15時から、郡山市の開成山大神宮で開催されました!


主催・福島県菓子工業組合、共催・郡山菓子商工協同組合






【式次第】修祓、献菓、祝詞、巫女舞、玉串奉典、撤饌

【献 菓】県内23メーカーの「代表銘菓」を献菓及び初穂料として故事にちなみ「通貨16枚」(100円玉16枚)を献上します。


【撤 饌】祭典終了後、午後3時40分より献菓したお菓子(小袋に2個入り)を先着100名様にお配りいたします。






西暦 848年(承和15年 嘉祥元年) の夏、仁明天皇が御神託に基づいて、6月16日に16の数にちなんだ菓子、餅などを神前に供えて、 疫病を除け健康招福を祈誓し、 「嘉祥」 (かしょう)と改元したという古例にちなみます。





「嘉祥」とは文字通り 「めでたいしるし」 であり、鎌倉時代には、のちの後嵯峨天皇が東宮となられる前に、6月16日に通貨 16枚で御供えの菓子などを求めて献じそれを吉例とし、皇位継承の後も続けられました。





その後、室町時代の 『嘉祥の日』には、朝廷で主上 (天皇)に「かづう」( 女房言葉 かつう、 かずうともいう 「嘉祥の祝」の菓子のこと) を差し上げるのが吉例であったことが 『御湯殿上日記』 (おゆどののうえのにっき) に記載されています。





このように、「嘉祥の祝」は、 疫を逃れ、健康招福を願うめでたい行事として歴史の中で受け継がれ、明治時代まで盛んに行われていました。

この 『嘉祥の日』を現代に復活させたのが「和菓子の日」です。

コロナ禍の出口がまだ見えぬ昨今、 疫病の払拭と菓子業界の繁栄を祈念し献菓祭を挙行いたします。




●大越菓子店 花かつみ
●手作り菓子工房大野屋 大野屋のあんぱん
●柏屋 柏屋薄皮饅頭
●かど屋 黒糖和すけ萬頭
●かんのや 家伝ゆべし
●菓匠きねや ちーず六方焼き
●喜楽堂菓子店 開成山太鼓
●郡山菓子協同組合 浮島
●坂本屋総本店 琴平矢越の杜みるくまんじゅう
●三万石 夢花
●菓匠清泉堂 福島 信夫山わらじパイ
●ダイオー いもくり佐太郎
●白河菓匠大黒屋 だるま最中
●郡山銘菓庵大黒屋 大黒屋くるみゆべし
●御菓子師玉嶋屋 玉羊羹
●太郎庵 天神様 (チーズ味)
●御菓子処日夏 洗心亭
●日之出屋物産店 天ぷらまんじゅう
●安積野菓子処平田屋 栗饅頭
●福々和本舗 福島夜曲
●宝来堂製菓 笹だんご
●三春昭進堂 おたりまんじゅう
●ヤナギ屋菓子店 開成山開拓最中


主催 福島県菓子工業組合

共催 郡山菓子商工協同組合






多数のお客様に御参詣いただきましてありがとうございました。











当三春昭進堂も、菓子業界の繁栄願い「第一回福島県献菓祭」の神事に参列して「献菓」の上、コロナ退散、商売繁盛、世界平和を祈願します。


| ryuichi | 03:54 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |
ひな人形 2021




結婚前(30年位前)に、妻の両親の実家のある島根に遊びに行ったとき、津和野へも足を延ばしました。


その時に買い求めた素朴な土の雛人形


いまでも店の真ん中に、一年中飾ってあります。



この時買い求めた雛人形と津和野太鼓稲成神社のご縁が、家内との結婚に結びついたものなんだろうと思います。






入ってすぐに”昇り龍”が目に飛び込んできました。










いただいた縁結びのお雛様です。















三春昭進堂 高橋 龍一


| ryuichi | 04:34 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |
髙橋哲夫著「福島自由民権運動史・その踏査と研究」のあとがきからの発見!



今回の塵壺を調べるにあたって当家出身の自由民権運動研究の第一人者髙橋哲夫氏の著書を数冊読んでいました。

その中の一冊「福島自由民権運動史 その踏査と研究」のあとがきの中に、当家に関する初めて知る記述がありました。

当新町髙橋家の初代民四郎氏は込木柳作から芹ケ沢の土地を譲り受け、その後現在の場所に移って、商いを始めたとは聞いていました。

その商いも様々な商売をしていたと・・・







その中に羽二重(絹織物)工場を経営していた記載されていました。

この事は昭和8年生まれの父も知りませんでした。

さらに、その工場は第一次欧州大戦(第一次世界大戦)後の世界恐慌のあおりを受けて倒産し民四郎とおタリ夫妻は途方に暮れたということも記されていました。

その後、おタリは持ち前の気の強さで果敢に商売を模索して、饅頭屋に落ち着いたという下りに繋がります。

そして、夫である民四郎は商売の失敗が響いたのか遊郭や畜産組合での書記や会計、さらには祭礼での露天商・・・友人たちと昼から酒を呑んでは時事を語り合っていたそうです。







以下は、上記のあとがきよりの文面です。

私の子供の時の古い記憶といえば、いつも最初に浮ぶのが、何か悪いことをして析艦されるときに、きまって裏の家(主家と離れた廃工場)に投げ込まれた思い出である。
その工場には幾つかの機織台が、興妹の巣やほこりにまみれて置かれてあった。

昼でもうす暗いその部屋には、どこかのふし穴から、さっと日光が何本か斜に走っていた。その光をじっと眺めていると、無数の微芥がうごめいていたりしているのを、泣きじ。くった顔で、ぼんやり眠めていたものである。

「裏の家に入れるぞ」これが兄弟たらにとって、一番恐ろしい宣告であったのである。これは、おそらく、私が五、六才の頃のことであるから、大正11年前後であったものと思われる。




すこしものごころついてからわかったのであるが、大正7年第一次欧州大戦の終了によって到来した大恐慌のあおりをうけて、父の経営するささやかな羽二重工場は、ひとたまりもなく倒壊し、それからずっと工場は閉鎖され、子供達の折艦の場と変貌していったのである。

この工場がいつ頃とりこわされたのかは覚えていない。






三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 04:43 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |
2020.5 お陰様で銀婚式を迎えることと相成りました。




お陰様で銀婚式を迎えることと相成りました。

これもひとえに、女房殿のお陰だと思っています。


心より感謝しています。

結婚したのは阪神大震災の年でした。


アッというあの25年でした。

また、その日三春城下は三春小学校の運動会だったように記憶しています。







夫婦二人三脚という言葉がございますが、文字通り三春昭進堂を夫婦二人で切り盛りしてきました。

スタッフも、常時一人から3人に増え、季節アルバイトは4~5人から2人へと経営基盤を固めてkました。


サラリーマンの家庭で育った妻は、妻として、二人の男の子を持つ母として、女将として、私共々三春昭進堂の大黒柱として支えてくれています。

数字に表せ切れないと思いますが、食事も1年365日、一日三食の25年分の外食も入れて9掛けにしても24637食、洗濯も家族分で一日2回だとしたら18250回です。頭が上がりません。

そして〜仕事です。女将として店頭販売から製造、経理~ 本当にお疲れ様です。

子供の世話も加味されると〜〜

感謝の言葉しか出てまいりません







また、昭進堂の古いジンクスやしがらみをすべて改善・改修しながら、新しい三春昭進堂の親戚付き合いも含めた歴史ともいうべきストーリーを歩いてきました。


結婚以来、毎朝、私の大好きな豆を挽いて入れてくれるコーヒー ・・








25年前の写真を見返すと、やっぱり若いっすね~ 









ありがとう💖~そして、今後ともよろしく~









あとは、本当の孫を待つばかりです。







I love you,OK ?

この世界に たった一人のおまえに 俺の愛のすべてを捧げる

抱きしめればせつなくなる 俺のこの腕でいつも幸せにしたい

I love you,OK

振り返れば 長くつらい道も お前だけをささえに歩いた

窓辺にともる灯りのように 俺のこの胸にいつもお前が燃えてる

求め合って生きていたい この世界のすべてが闇に消えても

I love you,OK!

見つめ合えば ただそれだけで解る 誓い合った言葉は

I love you

I love you,OK  矢沢永吉






春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:43 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |
遠くにいても親戚はありがたい親せき 2019.9




遠くの親戚もまた親戚!

先ごろ、大叔母である故萩元ギンちゃんの次男さん(御年70歳)ご家族にご来店いただきました。

おたりばあさんの孫で、当店3代目とは従妹という関係です。

私は初対面でしたが一目見ておぎんちゃんの息子さんだとわかりました。

新幹線好きのお孫さんを伴って新幹線を乗り継いでのご来店でした。

遠いところをありがとうございました!







大叔母のおギンちゃんには生前の母にはいつも気にかけてお声をかけていただいたのが今でも忘れられません。

お姉さんの博美さんには、時折おたりまんじゅうのご注文をいただいています。

「うちの三春のおばあちゃんの名前の付いたまんじゅうだよ~」と知人に配っていただいています。


ありがとうございます。








令和元年後半もいい年になりそうです。


またのご来店をお待ちしています!



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:57 | comments (x) | trackback (x) | 🌸三春昭進堂菓匠蒼龍 ::三春昭進堂髙橋 |