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三春郊外込木の八方谷地内に向日葵畑が出現!2021




三春郊外込木の八方谷地内に向日葵畑が出現!





ご覧いただけますでしょうか?

ひまわり畑です。


多目的込木集落の「景観作物」 ひまわり畑2021!







午後は逆光です♪






三春昭進堂から車で3分!







磐越道の高速道路からだとバッチリの角度です。



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:33 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村 |
「半夏生(はんげしょうず)」 込木見渡神社「辻切り」の御札




田植えを終える目安とされる「半夏生(はんげしょうず)」の頃、三春城下在の各地の集落入口付近で、細竹の先に「御札」を括り付けて村境付近に建てられているのを目にします。





磐越自動車道と飯野三春石川線の辻



 これは「五穀豊穣」と「村内の安全」を祈願して「夏越の祓(なごしのみそぎ)」として神主さんに「辻切り」の御祈祷を受けた「御札」を、村の入口の「辻」と呼ばれる道の交差するところ、特に鬼門(東北)や裏鬼門(南西)の方角に立てて村外からの疫病などの災厄(さいやく)が、村内に侵入するのを防いでいるものです。





 この御札には「込木見渡神社」等の鎮守名と「御祈祷 御璽(ごきとうぎょじ)」と共に「村内安全」ではなく「洞内安全」と記載されています。

込木洞…この洞(うつろ・ほら)とは、室町期以降の東国の武士、地侍の一族郎党が所領する集落を指しています。






三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:47 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村 |
三春町まちづくり協議会中郷支部の皆さんによる「花いっぱい運動2021」の植樹です。







三春町まちづくり協議会中郷支部の皆さんによる「花いっぱい運動2021」の植樹です。













毎朝の滝桜までの散歩の沿道に植えられていて目を楽しませてもらっています。














楽内、柴原、滝、その他、各地区にあるんだと思います。















込木 田中坂








三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:26 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村 |
滝桜の種(実生)採取ブルーシート 2021




今朝も三春滝桜まで、朝の賛否に出かけますと、いつもとは様子が違います。





滝桜の枝下根本を囲うように、ブルーシートが敷き詰められています。



これは滝桜の種(実生)の採取の為のシートです。

滝桜保存会の皆様により、三春の桜守として千年後にも生き続ける桜を育てようと、苗木からではなく、種からの育成(実生)しています。






2008年に地元小学生が拾った種(約200粒)は、スペースシャトル・エンデバー号で国際宇宙ステーションに届けられ、日本のモジュール「きぼう」船内で、若田光一宇宙飛行士とともに4100回地球を回る8カ月半(08年11月~09年7月)の旅を行ったことでも話題になりました。









三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:06 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村 |
滝桜と大蛇




滝桜と大蛇です。

お客様の拝見させていただきました。

40年前位の写真のようです💕

以前、滝桜に隣接する滝公民館に併設されていた滝特別保育所の先生が、桜の開花の記念に園児と記念写真を撮ろうと外に出たところ偶然に撮影された写真です。

当時の子供たちも覚えていたらしく、~ちゃんのおなか位太かった!先生の太もも位!とか・・・枝位太かったといっていました!






枝と桜花から推測するに、3メートル近くありそうです。


御利益がありそうです!








その模様から巨大なシマヘビのように思います。


老桜には精霊が宿るといわれていますが、この大蛇は滝桜の主か神様のようにもかんじます。

そういえば、この付近には蛇石など蛇にちなむ地名もあり、大蛇伝説が多く残されています。







平成版怪奇伝説「蛇石の蛇神様」(2017/12/02 05:27:22)

塵壺平成28年3月号 「三春の昔話」三春町史より 三界滝・不動滝の大蛇(2016/03/13 06:26:04)

三春物語124番 「荻久保不動滝の大蛇」(2009/07/12 05:04:54)

三春物語136番 「蛇石の大蛇退治」(2009/06/16 21:13:06)

三春物語96番 南成田の「蛇なぶり石」(2009/06/05 20:51:53)













三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:09 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村 |
旧貝山村 白山比咩神社




三春在旧貝山村に鎮座する白山比咩神社は、大同年間に加賀国白山比咩神社より分霊を玆(ここ)に移したと伝えられています。






加賀の白山比咩神社は、全国約三千社にのぼる白山神社の総本宮です。





白山比咩神社では、御祭神は、菊理比咩命という『日本書紀』に登場する女神さまです。

菊理比咩命とともに伊弉諾尊・伊弉冉尊も祭神として祀られています。






菊理比咩命(尊)の菊理(くくり)は「括る」にもつながり、現在は「和合の神」「縁結びの神」としても崇敬を受けています。


『日本書紀』によると、天地が分かれたばかりのころ、天の世界である高天原(たかまのはら)に、次々と神が出現し、最後に現れたのが、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)でした。

この男女の神には、国土を誕生させる「国生み」と、地上の営みを司る神々を誕生させる「神生み」が命じられました。





伊弉冉尊が火の神を出産した時のやけどで亡くなってしまうと、悲しんだ伊弉諾尊は、死の国である「黄泉の国」へ妻を迎えにいきます。
ところが、醜く変わった妻の姿を見て伊弉諾尊は逃げ出してしまい、怒った伊弉冉尊は夫の後を追います。

「絹本著色白山三社神像」重要文化財黄泉の国との境界で対峙するふたりの前に登場するのが菊理比咩尊で、伊弉諾尊・伊弉冉尊二神の仲裁をし、その後、天照大御神(あまてらすおおみかみ)や月読尊(つくよみのみこと)、須佐之男尊(すさのおのみこと)が生れます。







享保二年八月土用月に、村中で奉納した石造鳥居です。


飢饉の回避祈願でしょうか・・・






山内西御殿と称される白山公園にあるブナの木です。


昭和二十年四月の日にちと一緒に男子の名前が刻まれています。



出征する我が子の無事帰還祈願でしょか?








郡山市中心部が一望できます。







白山神社のふもとに旧貝山村にある貝山観音堂です。


田村三十三観音の第三十一番札所となっています。


十一面観音をお祀りしてあります。
高速道路建設に関連して、白山神社の麓に移設建立されています。








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:44 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村 |
込木見渡神社、楽内熊野神社 五穀豊穣、洞内安全祈願の辻札




三春城下郊外、「込木洞」込木集落入口にある込木見渡神社の五穀豊穣、洞内安全祈願の辻札です。


昔より、三春城下在村人は、村の外から疫病(えきびょう)や災厄(さいやく)が村内に入り込むのを防ぐために、村の出入り口で「道切り(みちきり)」と称される「祈祷(きとう)」や「呪(マジナ)い」をしました。









毎年、夏越しが過ぎ7月はじめ付近になると、三春城下郊外の村々では御祈祷といって一家の戸主(世帯主)が村内の神社神前に集り、神主さんを呼んで、洞というくくりでの村民の無病息災・五穀豊穣を祈念しています。


その祈祷した「お札」を竹に括り付けて「御祈祷御璽(ごきとうぎょじ)」、「辻切り(ツジキリ)」の辻札として、辻などの突当りとなる村の入口、特に鬼門(東北)や裏鬼門(南西)の方角に立て「魔物の防壁としたもので、 ...外部より病魔や災難が村内に進入しないように願っています。









お札には、洞(ふら・うつろ)内安全と記載されています。

洞(うつろ)とは、集落を指しています.

その語源は、室町時代後期から安土桃山時代・戦国時代にかけて、三春城主田村氏(奥州及び坂東の戦国大名)に見られた田村氏一族以外の配下・合力与力の「武士団」形態で、田村領八十八郷の村々の地侍・惣領である地域の当主を中心に一族呼ぶ総称です。










鎌倉武士の「一所懸命」という感覚で、生活の糧である先祖代々伝わっている所領(田畑土地山林、屋敷など)を一族郎党で命をかけても守るという考え方が残り、力関係で国主.盟主の配下として与力する一つの武士集団のくくりで、農兵分離後の江戸幕藩体制の確立に基づく近世大名における「家中」、家臣という位置づけです。








戦国時代の仙道(今の福島県中通り地方附近)は、中小の戦国武将・地侍がひしめく激戦区でした。


田村荘司田村氏の流れを汲む三春田村氏も同じ、長年にわたり四面楚歌の状態が続いています。


その状況下の中で、三春田村領内に於いて地侍と地縁的、族縁的な「洞中」の領主連合を形成し、その盟主としての地位を固めていったと考えています。







楽内熊野神社 「楽内洞」の辻札










医学の未発達な時代、人々にとって「疫病」は大きな脅威でした。

疫病に罹らないように行われたこうした加持祈祷には、人々が期待し、慎み、みんなで協力して疫病や災厄を祓い、それによって幸運が訪れることを願う気持ちは現在も同じです。










また、村の入口には道祖神が祀られています。


「塞の神」とも呼ばれ「塞(ふさ)ぐ」という意味です。





込木末の馬頭観世音石碑



この神さまも、村の外から来る疫病 (伝染病)や災害などをもたらす悪霊を防ぐために、村の入り口(村境)や道が交差し様々なものが吹き溜まるところとされる“辻”に祀られた神さまであります。






辻切りのためなのか、川平道と滝道の辻の突き当りに建立され「魔物」の防壁としています。






田中坂末の馬頭観音石碑





こちらも、芹ケ沢道と滝道(御館道)の辻の突当りに建てられています。







込木洞の一つです。







高速道路「磐越道」の陸橋下、柳橋道の立体交差にも設置してあります。







交差する辻は、平面立体問わず、天界・地獄界も含めた”辻”という意味合いも含まれており、位階的な感覚なのでしょう。


行き場のない魔物や禍が迷い澱む場所とされています。


洞内の交通安全祈願です。








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 04:07 | comments (x) | trackback (x) | 旧中郷村 |