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春爛漫「上野の御山」~「雪村-奇想の誕生-」~「茶の湯」展



春爛漫、観桜花見の名所としてしられる「上野の御山」

丁度、花見の真っ盛りに水を差す意地悪な春雨の中、東京藝術大学大学美術館で開催されている特別展「雪村-奇想の誕生-」を観にいってきました。

「雪村」晩年、三春在李田村(現郡山市西田町李田)に庵を構え「雪村庵」に住み最高傑作を次々と世に送り出した画僧と呼ばれる、雪村周継(せっそんしゅうけい)です。





その生涯は未だ謎に包まれていますが、常陸国(現在の茨城県常陸大宮市)で戦国武将佐竹氏の一族に長男として生まれた雪村でしたが、父が他の妻の子を跡取りとしたため幼いうちに出家し画業の道へと進みました。

水墨画の巨匠、雪舟に私淑し独自の水墨画を多く残しました。







今では、「西の雪舟」「東の雪村」と言われるほど、故郷である水戸佐竹氏や会津芦名氏、三春田村氏、東国各地を活躍の場としました。

後の世の絵師に深い影響を与えたその画法は、ひときわ革新的でありながら、人間味あふれる温かな水墨画を描き続けました。





晩年、三春を“終の棲家”として庵を構えますが、その創作意欲は衰えを知らず、しっかりとした技法と、逞しいほどの想像力を用いて傑作と呼ばれる画を次々と世に送り出します。






15年ぶりとなる特別展覧会とあっては、三春人としてどうしても見に行かねばなりません。





ポスターにも用いられている代表作「呂洞鬢図(りょどうひんず)」

龍を操る志那・宋代に実在したと云われる仙人の絵ですが、ユーもなすな顔をしている飛龍の頭にちょこんと乗った呂洞鬢が、天かける雲龍を見上げ、水瓶より小さな蒼龍を出して自在に操っています。

私も名前に龍が付いていますので、他人事は思えず、龍を巧みに操っているこの呂洞鬢が、女房殿に見えて仕方がありません・・・・



三春のポスターや地図も出口付近にありました。








そして、丁度この日は、東京国立博物館平成館で初日を迎える「茶の湯」展ありましたので、こちらにも臨場してみました。






まあ、歴史の教科書に出てくる、戦国武将織田信長や豊臣秀吉等々、そして公方足利義政、さらには当代きっての茶人千利休や古田織部等々の名だたる武将や茶人に愛され、時代を超えて人々の心をとらえてきた国宝や重文になる茶道具が一堂に会しています。




「はぁ~!」「憎らし~!」「へぇ~!」など、声にならない心の叫びが、ため息とともに自然と口から漏れ出しまいます。






戦国時代の域息遣いか聞こえてきそうです。






上野の御山は「うえのさくら祭」の真っ最中で、大勢の花見客でにぎわっていました・




不忍池弁財天も御賑わい!





夜桜~~




不忍池~~夜桜!




上野精養軒で宴席なんですが、外の花見宴会が気になって・・・・





華のお江戸のど真ん中、上野の御山で花見で~~す!




商売柄、花見の時は稼ぎ時なものでゆっくり桜の下で酒を酌み交わすという経験はありませんが、この上野の御山での花見客の多さには子供の頃に敬遠した三春のお城山の花見を思い出させていただきました。





上野公園で彰義隊の墓参を兼ねて花見です。





この墓碑は、放置されたままの上野戦争で戦死した彰義隊の遺体を三ノ輪円通寺の仏磨和尚と寛永寺の御用商人の三河屋幸三郎が戦死者供養の官許を受けて上野山で荼毘にふし、一部を円通寺に埋葬した。





政府軍による上野御山攻めの折、もっとも激戦が予想される黒門口が薩摩兵ということで、西郷南洲は、政府軍最高司令長官である大村益次郎に対し「薩摩兵を皆殺しになさる気ですか?」と問うと、大村は「はい、そうです」とにべもなく答えたという。

上野御山を攻めた西郷さんの銅像の後ろには彰義隊の墓です。






直江兼続が詠んだとされる「春雁似吾吾似雁 洛陽城裏背花帰」ではありませんが、三春帰還前は上野駅周辺で最後のの悪あがきをします。

これも、田村大元神社の長獅子が一年間眠りにつくのを嫌がって神社に上がるのをためらっている姿を幼き頃より見ていた三春城下新町に生まれた哀し性なのでしょう?

前日に鈴本演芸場で落語見物、池之端藪で蕎麦を・・・・・閉店していました・・・残念!

そして、帰りには上野藪蕎麦で一献と・・・上野じゃらくで・・・・






さあ、三春城下はこれからが花見の本番です!





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂






尚、約10万人が犠牲になったとされる昭和20年3月10日の東京大空襲。

この悲惨な体験を構成の残したいと落語家の初代・林家三平の妻で作家の海老名香葉子さんが建立された「時忘れじの碑」手を合わせてまいりました。


合掌

| ryuichi | 05:42 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録::東京散歩 |