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「猫冢(塚)」 旧三春藩上席家老屋敷より発見!



旧三春藩秋田氏の居城「三春城」


その御城坂にある家老屋敷跡から「猫冢(塚)」が発見されました。

旧三春藩秋田家上席宿老(家老)山舘秋田氏の家老屋敷跡をの庭を修復している当家御庭番のから注進が入りました!






昨年から手掛けている秋田氏庭園のお城側の土手の雑木を伐採中に、紅枝垂れ櫻の根本付近から出土したということです。







三春藩と「猫」といえば「三春藩化け猫騒動」が連想されます。

その中心人物別格家老荒木玄蕃。

•化け猫騒動として三春城下が大火災に見舞われ御城まで消失します。

•大雨の影響で荒木屋敷が土砂崩れで崩壊し多数の死者を出します。




この枝垂れ桜は樹齢200年以上です。
又、枝垂れ桜は土砂崩れ防止にために植樹したと考えると、その樹下に猫冢を置くというのは、何か因縁めいたものを感じます。


これらの事を年代順に置いて行けば面白いことが判明しそうです。

己丑(つちのとうし、きちゅう)2月6日の刻印が彫られています。


三春御家騒動以後の”己丑”の歳付近の三春藩での出来事を紐解いていくと面白いことが分かるかもしれません・・・


己丑 明和6年(1769年) 2年前の明和4年、秋田千季(荒木玄蕃の孫)従五位下信濃守に叙任される。
                前年に新町大火、
                 
己丑 文政12年 (1829年) この年12月、秋田肥季従五位下信濃守に叙任される。
 
己丑 明治22年 (1889年)  ・・・・



尚、家老屋敷跡は個人所有の私邸ですので現在は非公開です。











三春城下新町にある旧三春藩所祈願所真照寺の本堂須弥壇左右に鎮座する「弘法大師木造座像」と「興教大師木造座像」。








天明の凶作や天明5年の大火による城下町の焼失後も猫(滋野)の怨霊に夜毎苦しめられた三春藩4代藩主頼季。

その孫である7代藩主倩季(千季)公が、この木像の胎内に滋野多兵衛の位牌を入れて祈願所である真照寺に納めて、その怨霊を鎮めたと伝わる木像です。

この弘法大師と興教両大師木像は、木像安置の70年前に起こった「正徳・享保事件」そして「腹切り梅」「三春化け猫騒動」と呼ばれる、三春に伝わる古い伝説が付随しています。






三春御家騒動・正徳、享保事件と「三春猫騒動」
 
 三春藩主継嗣問題に端を発し、「三春猫騒動」にまつわる正徳事件。

そして、家老荒木玄蕃高村および四代藩主秋田頼季(玄蕃の子)の閉門を中心とした享保事件。

徳川幕府幕閣から、町方まで巻き込こんだ三春藩の御家騒動です。
 
正徳事件・「三春猫騒動」・当時、家老荒木内匠は、世継ぎとなりうる幼君を亡き者とし、我が子を藩主に据え藩の実権を握ろう企んでいました。

しかし、幼君の傳役滋野多兵衛にその野望を阻まれた、やがて滋野は荒木によって無実の罪をきせられ、大町紫雲寺の境内、白梅の木の下で切腹させられ、傍らにいた猫が怨霊と化し、間もなく野望を果たした荒木に祟るようになったと云います。






今も紫雲寺に、残る滋野多兵衛の墓には、猫の怨霊に苦しめられた荒木が、槍で突いたという傷がのこっています、又境内の白梅は紅梅に変わり、猫の怨霊は、約七十年後の「天明の大火」の時再び登場します。




 
享保事件は、家臣団の勢力争い・対立の末、幕府老中同士の対立を呼び、その政治紛争で負けた、荒木玄蕃高村の蟄居と、その子である、藩主秋田頼季の閉門により、正徳の事件より約八年続いた、御家騒動は、幕閣の介入により幕をとじました。
 
天明五年二月、八幡町より火の手が上がり荒町、高乾院・荒木家の墓を焼払い、北町を駆け下り、舞鶴城天守を炎上させました、その後も火の勢いは衰えず、大町から南町そして新町へと軒並み家屋を灰にしていきました。

消火指揮に出向いた、時の藩主秋田千季(荒木玄蕃の孫)の避難所・真照寺へ追うかの様に火は、勢いを増し南町,山中、新町へと向かった




 
真照寺住職が門前まで迎えに出たところ、殿様の後ろに猫の怨霊が見え、袈裟の袂で殿をかばい隠すようにして寺へ向かい入れました。
火勢は、ちょうどその場所・今の昭進堂の場所で、三春全域を焼き尽くした火災は、鎮火したと伝えられています。

この大火後も猫(滋野)の怨霊に夜毎魘された千季公は、真照寺へ、弘法・興教両大師像の中に紫雲寺で切腹した滋野多兵衛の位牌を入れて納め、怨霊を鎮めたといいます。








春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍





| ryuichi | 05:25 | comments (x) | trackback (x) | 磐城國三春藩主秋田氏 |