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総合地域学習「三春」 三春中学校 1年生 令和元年11.6  三春昭進堂主人 髙橋龍一




総合地域学習「三春」 三春中学校 1年生     令和元年11.6
                    三春昭進堂主人 髙橋龍一


三春中学校一年生の総合的な“学習の時間”総合地域学習「三春」のシンポジウムパネラー及び講師として三春のお話をさせていただきました。

 
 はじめに
照顧却下 禅寺の玄関に掲げてある木版
地元三春を見る=足元~自分自身
どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失わない 足元

私たちが子供の頃から、三春の先輩方から様々なことを教えていただき学んできました。
昔から三春人(商人)は、教育・人間育成ということには驚くほどの力の入れようでした。

この三春シンポジウム等の学校への協力は、上記の先輩の皆様方への恩返し、そして、後輩へと継承する三春の教育を少しでも果たしたいと考えています。
未来を担う、三春の後輩たちの”学び”に、少しでもお役に立てればいいなあと思います。

元家老家の北畠浪岡具雄から「修行するのは少壮の時である。一家の些細なことに拘わり合っていつまでも田舎に居ると。、一生の悔いになる。早々に上京すべき」と上京して勉学に励むことを進められた加藤木三兄弟の話。申します 勝沼 
また、戦前の三春小学校の卒業式に於いて成績優秀者に秋田賞と加藤木賞が贈られていたこと・・
谷中 田村学寮 初代寮長 河野広中
深間内久蔵氏が千三百余圓(大工手間39000万円)の私財を投入し建設資金にしたことや藤泉賢四郎(後の大林組社長大林賢四郎氏が設計施工を請け負ったこと。

三春の商人として、三春の歴史、三春で商売(和菓子屋) 県外での三春





経営者 仕事がら全国の経営者 
初めての人は、その人をフィルターとして三春を見ます。
挨拶や懇親会 お国自慢 自分の出身地を背負って 社会で活躍!
胸を張って三春の歴史や長所 伝える    

自分の足元=三春 足元を見る 自分自身を顧みる 


郡山にないもの 歴史 文化

町とは?
同じラーメンでも、醤油ラーメン、みそ、つけ麺、冷やし中華、喜多方ラーメン 博多ラーメン、チャルメラ カップヌードル 同じ種類じゃなくてもいい それが町・地域







1、三春との職業を通じた関り
三春は滝桜のお陰で毎年春には日本中、世界中から脚光を浴びる どんな展開も可能
最大のトップ営業マン「滝桜」
「三春」昭進堂 三春名物「おたりまんじゅう」 三春産にこだわる 三春の味 国産 安心安全
四季により作るお菓子が違う
 春・花見団子 夏・麩饅頭 秋・栗大福 冬・イチゴ大福 
通年商品 名物「おたりまんじゅう」 「豆大福」 コーンフレーク・クッキー









質問・
店が三春馬(畜産)セリ市場の前にあるということで競り市に来た方へのお饅頭を売った
後祭礼に出向いて打った

塵壺 平成3年より発行 ・支店やテナントを出すより経費が安い 
・三春にお客さんを呼びたい
饅頭屋の隣に魚屋 相乗効果 商店街の基本

平成版三春物見遊山 三春の宣伝!
三春(ロマンチックな名前)、瀧桜 全国区の地名 三春の饅頭屋 

2、三春の良さ 滝桜
三春という小さな町 少し目立つことをするとメディアが拾う
車社会 インターネット・SNS 県中 郡山33万人 近い 強味  
明治初年 三春小学校明徳門 学校の門(教育のシンボル)として残す
~三春人の民度の高さ 

街並み
城下の道は、城下町のなごりで、道路は狭くて複雑であるため、生活に不便な点もありますが、御城坂 北町の坂や桜谷、天狗谷、谷間が多く、道が狭いことがかえってこの街の魅力を高めています。
北国の小さな城下町三春は、城下にこそ魅力があると思います。

小さな城下町三春  観光バスが大勢の人がわんさか来る場所ではない 小グループ 
会津 仙台 金沢 江戸 京都 歴史的都市とは一線を画す
春先の桜の時期、観光バスはじめ 多くの観光のお客さまは、滝桜周辺を見てお帰り 
平均滞在時間は1時間  その一割でも町中に






世界的に活躍する日本を代表する建築家大高正人さんや照明デザイナー石井幹子さん(美人に見える工夫)、世界的写真家門馬金昭氏、そして、国の専門職などが長期間のプロジェクトに参加

きれいに整備され街並、一方昔懐かしい町並みの面影が残る

単に歴史や文化が感じられるというだけでなく、生活のにおいがする魅力的な小さな城下町 地元の人々が居住し生活する場であり、近郷近在よりの買物のお客さまが出入りする場であり、さらに近年は 春、桜の時期だけではなく四季を通じて観光のお客様が訪れる魅力的な城下町でもあります。

これは、城下だけではなく、それぞれの地区に様々な魅力がある

各神社の祭礼(郊外11月3日)「三春盆踊り」、だるま市、お城山まつり 秋まつり

様々なイベント 今を生きる私たちの生躍動する活観 


3、課題とその対策
地元に住んでいると案外地元が見えない 「灯台下暗し」外から三春を見てみる

4、中学生への期待
地元三春を見る=足元~自分自身
どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失わない 足元

CM 人生長いよ~大人って案外いいもんですよ

自分の生き方 仕事 家庭 趣味サークル 自信を持つ 自惚れて(うぬぼれ)
自分を肯定する生き方~子供たちは自己の肯定がすくない 







「自分を見つめ 自分にはなし 自分で答える」
 一、自分を見つめ・自分の足元を見つめること。
今回の学習テーマである郷土である三春を学ぶということは、自分自身の足元にを見る、即ち自分自身を見ることなんだろうと思います。

 二、自分に話し・様々な人や事柄に接し自分を磨くこと。
世の中には、様々な方々や事柄がいます。
いい人悪い人、老若男女。そして綺麗なもの汚いもの・・そんな様々な人や事柄に接して自分で識別できる目を養うこと。

 三、自分で答える 生き方を自分で見つける 自分の力で生きていく
一人の力で生きているのではなく、有縁無縁、周り居る方々が協力してくれたからうまく出来たんだと思う事が大切です。
日々正しくお陰様です。

質問にもありましたが、「これから三春はどうなっていくの?」「これからの三春の産業は?」
未来ある中学一年生、これからの三春を、そして、日本をしょって立つ人材です。

与えられた未来ではなく。自分自身で創り上げていってください!
そして、今の勉強がその基礎となることでしょう・・・







あえて、山本五十六の言葉を借りるならば・・・
昭和14年に山本五十六が母校の長岡高等学校で講演したときの言葉を紹介いたします。

私は諸君に対し銃をとって第一線に立てとは決して申しません。
あなた方に希望するところは学問を飽くまで静かな平らかな心を持って勉強し
将来発展の基礎をつくって頂きたいと熱望する次第であります。
どこまでも気を広く持ち 高遠なる所に目標をおいて日本のため進んでくださいますようお願いします。

山本は、日米戦争に反対していたのにも拘わらず、戦時特別編成である大日本海軍連合艦隊司令長官という立場から真珠湾攻撃の作戦立案に携わる事になりますが、その山本の苦悩が現れている講話です。









質問
新町の太鼓 盆踊り・江戸時代は城下では禁止
三春盆踊りの起源は、法蔵寺宗旨である時宗の「踊り念仏」、浜通り南部の「じゃんがら踊り」、さらには江戸時代後期の頃に相双地区を襲った大地震や津波で、被害を受けた地域の救済と復興のために入植した新潟や北陸の浄土真宗門徒がもたらした「踊り念仏」を起源とされる「相馬盆唄」など諸説あります。
三春城下は、岩城街道、会津街道をはじめとする主要街道が交差する文化と物流の交流拠点であり、それぞれの文化の影響を受けながら独自に進化していったものだと考えられています。

「踊り場」の地名が残る八幡町では、昭和20年8月の玉音放送を受けて町当局から盆踊りは自粛・中止せよとの沙汰が発令されましたが、八幡町若連では“盆踊りは国に殉じた戦死者供養だ!”と「いろはや食堂」の裏山に太鼓を持ち込んで朝まで盆太鼓を叩いて戦没者を供養したと伝わっています。






質問
商人や工人などの職業講の祭り 恵比寿講祭 荒神講祭 
農家 御釜講 旅講伊勢・熊野等々は現存

質問
名前・平安時代 荘園制度・京都公家藤原氏~紀伊和歌山の熊野大社 蒲の倉大祥院
鎌倉末期南北朝時代 
室町末期応仁の乱・戦国時代 
奥州仕置田村家取り潰し 
明治維新 武士の世の終わり

戦国時代 三春田村家 田村麻呂末裔 全国から召し抱え 土着 青山・千葉・影山・髙橋・  ベビーメタル神バンド(ホームページ)

豊臣秀吉による奥州仕置によって三春田村家が改易され、この時伊達家へ仕官した田村家旧臣は、田村本家である田村宗顕・牛縊定廣はじめ、御代田氏、田母神氏、橋本氏、村田氏、石沢氏、常葉氏、中津川氏、郡司氏、大越氏など分家した11家(分家下士含めると28家)にとどまります。
それ以外の旧臣は伊達家を嫌い旧田村領内の自分の領地にて帰農します。
時代が下がり松下、蒲生、秋田氏藩政下にあっても「在郷給人」として苗字帯刀御目見得を許された割頭(大庄屋)・名主を代々務めてと明治維新を迎えます。尚、この時代地方では農兵分離が進んでおらず帰農した大多数の田村旧臣は、合戦の敗北による主家断絶ではなかったため敗北感を持たず、剛腹で武勇に富み、家門を称して「御屋形様」呼ばれていました。

質問 寺の今昔
明治維新神仏希釈 日露戦争後仏教復権 
お寺だけ運営 住民票・過去帳 お葬式 

質問
寺社が多い 城下町 歴代藩主 寺社を残留

質問
水芭蕉 昭和50年代のディスカバージャパン 三春名所 安達町油井円東寺

質問
由来 見張り所 三春のともがら 
昭和30年代の町村合併 御木澤村 お祭 七草木 平沢 
斎藤・沼澤・鷹巣  柴原・瀧・根本・過足・狐田・込木・芹ケ沢
熊耳・篠山・荒和田  實沢・富沢・青石









春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍

| ryuichi | 05:27 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::学校支援 |