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紅蓮山観音寺だより 第七十六号  令和三年 九月吉日




紅蓮山観音寺だより 第七十六号  令和三年 九月吉日


島根県浜田市にある曹洞宗観音禅寺様より、「紅蓮山観音寺だより第七十六号令和三年 九月吉日」が届きました。

花吉方丈さまの「喜寿、偶作、他五偈」他、お寺の行事報告等々そして檀家の皆様方からの寄稿があり沢山あり楽しく拝読させていただきました。





諸行無常不待人  諸行は無常、人を待たず
光陰虚度恥六塵  光陰虚しく度り 六塵を恥づ
正師相見参禅決  正師と相見 参禅は決す
継続大難案鈍身 継続や大難なり 擁鈍の身

いたづらに過す月日のおおかりき
相逢究尽(そうほうぐうじん)せじ 悲しみぞ



諸行は無常にして、時 人を待たず
佛道参学に立志すれども、徒 らに光陰虚しく度りて、六塵挨の身心ぞ恥づかしき。
希有難思議かな。勿体なくも、俳法の正師に難値難遇の一大事因縁に遇う、相見相逢 を頂き、参禅の大事当処に決定なれども、継続の事これ又相続也大難なり。
果報少なき我が身の悲しみのみぞ多かりき。
癖鈍の現身なればなり。







冒頭の方丈様の仏詩「喜寿、偶作、他五偈」にはご自身の喜寿に際しての御心記された詩他、善福寺の住職となられた「与敬善福信和尚」と題された中村敬信和尚へ授ける仏詩、観音寺での修行を終えられる定岡蔵心和尚に送られた仏詩「餞蔵心和尚帰去来」などがあ、その中に懐かしいお名前を拝見しました。
もう20年前になりますが朝の坐禅をご一緒させていただいた平光疑堂和尚のお名前です 「平光孝行疑堂和尚 追懐」と題された仏詩がありました。






また、「戒名は必要なのか?」と題して方丈様による戒名の考えた方が示されていました。

戒法はお釈迦さまが、流転生死し、悩み苦しむ一切衆生を何とかせんと、救度の誓願が慈悲の紅心となりてあふれ出て、戒しめの法となりて説き示されたものであります。

我ら一切衆生は、本来悉有俳性の尊き生命をもって此の世に生れ来たにも拘らず、それとも気が付かず、凡夫身に身を持ち崩して輪廻生死しているのを憐感なされて、早く覚めなされよと、ご信心をお推めなさるのが戒法であります。

今日現在のお葬式にては、前半に戒法を授受する授戒会と、後半に告別式の故人とのお別れの式と、合せて行っております。

希しきご因縁が契うて佛教徒となったならば、例えば大地の砂の量と、抵み上げた爪の上の砂の量の多少は比較にならぬが如き、難値難遇の有難きご縁に感謝礼拝して、ご戒法を頂戴し、
戒名の俳名を拝受して下さい。

凡夫身の流転輪廻を脱落し、尊き佛身に気付き、安楽世界浄土に安心できる唯一の道であります。

詳細のお問い合せは、お寺に連絡ください。

と・・・







昨年はコロナ禍の影響があり帰省できませんが、観音寺にて直庭させていただいたことを肝に銘じ、日々精進に励みたいと存じます。

心より御礼申し上げます。

今年も行けるかどうか思案のし所です。







仏道をならふといふは、
自己をならふなり。
自己をならふといふは、
自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、
万法に証せられるなり。
万法に証せられるといふは、
自己の身心および他己の身心をして
脱落(とうらく)せしむるなり。
道元「正法眼蔵」「現成公案」


三春城下真照寺参道 おたりまんじゅう 三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:48 | comments (x) | trackback (x) | 島根石見國浜田 曹洞宗紅蓮山観音寺記::紅蓮山観音寺だより |