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「お陰さまで・・・郷土三春」 三春生涯学習会講話会  於まほらR4.9.13 三春昭進堂 髙橋龍一




「お陰さまで・・・郷土三春」

「舞鶴大学」 三春生涯学習講話会  於まほらR4.9.13
                    
 三春昭進堂 髙橋龍一

はじめに

テレビ出演・KFB福島放送「シェア」ふるさとリポーター 5週間に一回くらい

県内59市町村の中の一人 三春は紹介するところは豊富

小さい町だからすぐに目立つ メディアが拾ってくれる

滝桜・春だけでも世界中から脚光を浴びる

小学館発行の人気雑誌「サライ」(令和4年10月6日発刊)へ三春町の特集が4ページ

三春町と連携協定が締結されたアウトドア用品メーカーのmontbell(モンベル)、そして、サライも加わっての「三春特集」です。


歴史への興味 

学校の先生からの^三春藩裏切り

三春と云えなかった自分 高校生

商売柄全国の経営者と話す機会 お国自慢


塵壺 毎月一万五千部発行 三春・船引・常葉・中田・西田・白岩

三春に来ていただきたい 当店だけではなく 経費やリスクが支店を出すより低い

平成3年3月~令和4年9月で374号 30年有余年 (手配200平成7年より新聞折込)


令和版「三春城下絵図・三春物見遊山」

・お菓子の紹介が3割、三春7割


三春昭進堂ホームページ お菓子0.5%、95%は三春

全国新聞折り込み広告大賞2022福島県代表でエントリー




伊勢参り お陰参り 

朝熊永松寺 高乾院殿 安倍實季入道 片山殿、娘のお千世方

中村寛亭 藩士 「御代参日誌」江戸末期の天保五年(1835)、早春から初夏にかけて行った“伊勢神宮参詣”の道中記








 三春昭進堂の髙橋 四代目 セリ場の横 おタリさんのおたりまんじゅう 
込木柳作 明治の終わりごろ 当初「おタリさんゲ」昭進堂は対象に入ってから命名


三春田村家三代

 義顕・隆顕・清顕 (愛姫父)10万石(郡山、岩瀬含)
 伊達政宗 田村大元神社宿所
磐城国の由来 御城山掘削(地デジアンテナ工事)
 
三春城下の成り立ちは、500年前 

室町後期の永正元年(1504年)に田村義顕が守山城(日和田八丁目舘)から移り現在の場所に三春城を築城したのが始まりと言われ、初代義顕、2代隆顕、3代清顕の三世代が三春領を治めます。
義顕の三春城築城時に城を中心として北方位を北町、南方位を南町とします。

明王町(大元帥明王の門前)は明王にかかわりのある神官や宮大工等々の町

現荒町は築城の町割りの時に新設した町ということで新町(あらまち)としました。

 中町と下大町は、そして、新町(新南町)後の蒲生代官時代に新設されています。

・お城山 太鼓堂(中町愛宕神社参道へ移転) 鐘撞堂 (田村大元神社三の丸)

・三春城主秋田家慰霊碑 戊辰戦争殉職者慰霊碑

・上校庭 お殿様御殿  下校庭 まほら 中央大町 奉行所や役場

・歴民下 講所・明徳門 学校 ・護国神社

・天神口・天神橋 とうりゃんせ♪・防火用の池 池之端稲荷

・お城山への道 亀井坂・天神坂・三部坂

・月斎舘 100歳超 天才軍師「畠に地縛り、田に、蛭藻、田村に月斎なけりゃよい」


・八幡町

 八幡神社 お城から移転 安部安東秋田氏由来
・丈六焼き 丈六佛 90センチ  八幡様の化身追いはぎ商人 灯籠
・三春大神宮 土砂崩れ 三春城下総鎮守 松尾神社・甲子神社・橋本神社

・中町
 福聚寺 戦国時代日和田八丁目
・本陣 秀吉の時代 近江松阪武将・商人 蒲生時代
・愛宕神社 火消 近江の蒲生時代か? 太鼓堂 西福寺庚申 

・荒町
 本通り西側の山手には、法蔵寺、高乾院、光善寺、龍穏院、華正院、馬頭観音等が立ち並び、寺町を形成。

藩主及び士族の菩提寺

お彼岸・お盆・命日等 町民は道を開けるその行列に遠慮して、通り過ぎるのを待って墓参に行く有様で難儀をしていました。

 今に伝わるお盆の墓参が、武士は12日、町屋は13日と決めたのも、

・馬頭観音は石段の減り具合 参詣者のひとの多さ

・大町 
大商人街 山三伊賀屋渡辺商店 伊賀・武将の商人 カネイ 
・王子神社 おっしゃま 星信仰 百杯宴碑 川前紫渓 
・浪岡家(秋田) 北畠親房 荒木家 明智 細川家 
・紫雲寺 腹切梅 化け猫 秋田家猫塚 枝垂れ桜 真照寺 弘法・興教大師

新町

・松下家町割り 新南町 
田村大元神社 三春藩五万石領内総鎮守 三春城三の丸 泰平寺 学頭坊 10修験
・大元帥明王 元寇 真照寺 別当 廃仏毀釈 阿吽仁王像 昭和30年代





「正徳・享保事件」お家騒動 化け猫騒動の発端

江戸期の三春藩秋田藩政時代に起きた藩主後継者問題による御家騒動。

「腹切り梅」「猫冢(塚)」化け猫伝説の証明

御城坂にある家老屋敷跡から「猫冢(塚)」が発見されました。

旧三春藩秋田家上席宿老(家老)山舘秋田氏の家老屋敷跡の庭

•化け猫騒動として三春城下が大火災に見舞われ御城まで消失します。

•大雨の影響で荒木屋敷が土砂崩れで崩壊し多数の死者を出します。

この枝垂れ桜は樹齢200年以上です。

又、枝垂れ桜は土砂崩れ防止にために植樹したと考えると、その樹下に猫冢を置くというのは、何か因縁めいたものを感じます。


主夜神(しらしん) 夜神

三春城御花畑にあったという「主夜神」紫雲寺山内にもあったと記録に在ります。

この辺にも「三春城下化け猫伝説」との何かしらの因果が見えてきます。

おわりに

故郷の歴史を知るということ 自分自身の足元を見る、自分自身を見る「照顧却下」

昨今、子供の中で「自己肯定」する割合が低いとされていますが、このような三春のお話をすることによって三春に興味を持ってもらいそれらを自身につなげてもらえればいいなあと考えています。

是非、家に帰ったら子供さん、そしてお孫さんに対してこういうお話をしていただいて、三春で生まれたこと、三春に縁がある事を通じて「どこに行ってもどんな状況でも、自分自身を見失
わない」「三春に生まれたことを誇れる」という自身の自己肯定を以て、成長の過程に少しでも寄与していただければと考えています。

「三春で学んだことを誇れる教育」 



三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 04:32 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::地域貢献 歴史講話 |