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塵壺383号 「紫雲閣」 旧吉田誠次郎亭別邸 蔵座敷 令和5年5月24日発行




塵壺383号 「紫雲閣」 旧吉田誠次郎亭別邸 蔵座敷 令和5年5月24日発行








  「紫雲閣」 旧吉田誠次郎亭別邸 蔵座敷 



蔵座敷「紫雲閣」は、明治時代の商人吉田誠次郎氏が遺した邸宅で、現在は三春町へ寄贈されて三春町文化伝承館として継承されています。


吉田誠次郎は、三春郷駒板村 (現郡山市中田町駒板) の吉田常三郎の次男として生まれ、三春城下中町の商人「釜屋」宗像善吾の次女と結婚して養子となりました。






釜屋善吾は三春生糸「三春駒」の商標を取得して東京や横浜で生糸商を営み、誠次郎は横浜営業所長として奮闘。


明治28年にはのれん分けして分家・独立し、益々生糸問屋として商いを拡げながら、取引先の外国人向けに錦絵や書画そして骨董の販売を行い、さらに金融業に手を拡げて1代で財を築きました。






分家を機に三春城下に於いて居宅を構え、その折に隣接する紫雲寺に由来したとされる「紫雲閣」も建てられました。

三春の商人の蔵は城下町だけあってちょっと独特な配置があります。







商人の力量である「財産」を自慢するように表通りに面して建てるのではなく、武士階級に遠慮して店舗・屋敷の裏手に建造していました。

これは明治になってもそれは変わりありません。


 この「紫雲閣」もその通りで、表通りから一本奥に入った紫雲寺参道にある自宅の一番奥まった場所に建ててあります。






 その外観は普通の蔵ですが、内部には龍が随所に施され、唐風の間や最高級の材料を惜しげもなく使った茶室等、装飾や部材等々目を奪わんばかりの贅を尽くした造りとなっています。





 また、隣接する紫雲寺の桜や城下を借景とした各部屋からの眺めなど外からは想像することが出来ない趣向となっており近代日本創成期の経済界をリードした豪気な三春商人の経済・文化の交流を考察しながら、粋な遊び心を垣間見ることが出来ます。







 その邸宅は文明開化に沸き立つ東京、そして、海外貿易の本場横浜で商いをする中で養ったと思われる独特な趣向で構成されています。


 中でも紫雲閣2階にある唐風の“漆ノ間(紫雲ノ間)”には床柱に色彩豊かな“龍”が絡みついた立体的な装飾が施されるなど異彩を放った感性で訪れた者を魅了します。






 黒く節目の入った薩摩杉の天井板や、桐の一枚板の透かし彫り入りの欄間に、棕櫚・楓・鉄刀木・柿・黒柿・栗・紫檀・黒壇・欅・櫟・杉と様々な銘木と称される部材を用いて組み上げた床柱・床框・梁部等々・・・彫刻や金具等含めてこれらの部材も当時福島県で開催されたという全国産業博覧会「共進会」で調達して無理やり設えた様にも考えられます。






 外観の蔵と内部が別々の構造を成していて、部材ありきで各座敷の設えを整えていった様子が随所に見受けられ、蔵が先に在って(曳家をして移動した形跡有)、調達した装飾の部材を生かすように内部を1階部分から創り上げていく・・・








正に、大工、左官、建具屋、漆塗師、そして、建主である誠次郎氏の見識と情熱が作り上げた豪華絢爛な遊び心がいっぱ
い詰まった建物です。






 そして、各所に“龍”のモチーフが数多く見られ、名前に“龍”の付く私にはとても心もちが良く居心地の好い空間が広がっています。

 幕末、戊辰戦争では三春藩は御城下に暮らす民の生命と財産を戦火から護るために戦場となって焦土と化すことを避けようと戦を回避しました。









 その土壌があり明治以降には三春の商人は総合商社として福島県経済を引率するリーダーとして活躍しています。

 さらに、三春商人は海外貿易の拠点東京横浜に乗り出します。






 新開港地「横浜」はまさに国内外の貿易商人の活躍する舞台であり、なかでも、日本の主貿易品目である金や絹を扱う不平等条約のしこりが残る中で居留外国商人と取引していた日本・三春の商人は激しい盛衰を繰り返しその動乱期を生き抜いた少数の貿易商達は短期間に莫大な富を築いていきました。






        蒼龍謹白  三春さ来ねげ!  拝 










「移・中山舘」の舘主は本多氏と考えています。
他の資料の訂正箇所や、地域の方々の苗字からも推測されます。

三春田村氏を示す当時物の資料が乏しく参考にできる資料が江戸時代に入って書かれた軍学資料ですので、何らかの理由があってか写し違い等で苗字の相違があったと考えています。











KFB福島放送「シェア」 ふるさとリポートin三春

三春担当の髙橋です。






5月24日(水)午後3時48分から~ 放送されます。


お楽しみに!










三春城下真照寺参道 御菓子三春昭進堂菓匠蒼龍


| ryuichi | 03:44 | comments (x) | trackback (x) | 🌸「塵壺」 三春昭進堂 |