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三春物語679番「小野保 東堂山満福寺昭和羅漢」


坂上田村麻呂の東征の折、副将軍としてこの地にきた小野永見
この小野永見の子は、815年(弘仁6年)に陸奥守に任ぜられた小野岑守であり、その子小野篁は小野小町の父である。



平安の頃、小野篁(おののたかむら)が陸奥守として田村市滝根町の一部を含めて「小野六郷」と総称したのが「小野」の発祥といわれています。
小野篁(802年~852年)は平安時代初期の学者、歌人、官吏で「令義解」の選者として有名で、小野道風や小野小町の祖父になる人です。



小野篁の冥土通いと云えば、京都の「六道の辻」にある六道珍皇寺。
この地は六道世界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)の入口とされ、参議・小野篁が夜毎に珍皇寺の井戸から冥土に通い、閻魔大王に仕えて庶務の仕事を処理し夜明けに戻って朝廷に出勤した・・・という伝説も生まれています。



戦国時代三春城主田村義顕公は、三春入城後、嫡子隆顕を三春におき、さらに本拠の守りを固めるため次男憲顕を船引城主に、そして三男の顕基(梅雪)を小野城主に封じたとされ、この頃小野の保に触手を伸ばし、掌握しつつあったと思われる。



東堂山の中腹には、大同2年(807年)に奈良の高僧徳一大師によって開山されたといわれる満福寺があります。
古くから家畜繁盛・守護のご利益があるとして広く信仰を集めてきました



天然記念物に指定されている杉並木の表参道を抜けると、巨大な自然石の上に建つ鐘楼にたどり着きます。
巨石の上に建立された万延2年(1861年)建立の鐘楼は、近世木造建築の粋を集めた見事なものです



 羅漢の奉納は昭和60年から始まり、喜怒哀楽を表したもの趣味を楽しむ姿など、宗教観にとらわれず豊かな表情とユニークな姿は微笑ましくも感じます。





| ryuichi | 06:43 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘1 |