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龍・辰年に向けて~蒼龍雑記~


来年の干支は龍・辰です。
私の名前が龍一です。
龍がついているということは昭和39年1月の生まれの辰年で、数え歳で、5回目の年男となります。
龍の年は、立つ年、昇る年、飛躍の年であり、また生命の源にたちかえり、大切にする年でもあります。
再生と復興への願いを込めて、龍を飾り佳い年を迎えたいものですね。
雨乞い信仰から生まれた龍神信仰は、恵みの吉兆のしるしの竜、天高く舞い上がる昇竜の竜、穏やかな川のように眠れる竜、怒りを表しすべてを破壊し人々が畏れる竜と、その威厳と力は絶大です。



また、好きな武将の上杉謙信が用いていた「龍」の旗。
旗には龍と綺麗に書かれてはなく、流れるような字で書かれています。
これは「懸かり乱れ龍」と言われており、突撃(全軍総懸り)する際に用いていたようです。
「龍」とは、仏教では不動明王のことです。
不動明王は動物で現すと龍になり、物では両刃になります。
そして仏像では剣を持っており、これを倶梨伽羅剣(くりからけん)といいます。
この倶梨伽羅剣には龍が巻きついており、この龍が仏敵を倒すとされています。
また不動明王は正しい智恵をもって人々の迷いや邪悪な心を断ち切るといったことも現しています。

「龍」の文字ですが、俗字である「竜」の字自体に「登る」という意味があります。
この字には「王者、豪傑、優れた人物」という意味があり、「登龍門」の「龍」でもあります。



当三春昭進堂店主には、菓匠蒼龍という号を自称しています。
由来は、私が大好きな歴史上の人物の一人に、幕末の長岡藩家老河井継之助という侍が居ますが彼の雅号「蒼龍窟」からいただきました。

河井継之助は、幕末時の越後長岡藩の上席家老で軍事総督を務めた人です。
司馬遼太郎は、河井が主人公の小説「峠」のあとがきの中で、このように記しました。
「幕末期に完成した武士という人間像は、日本人がうみだした、多少奇形であるにしても、その結晶のみごとさにおいて人間の芸術品とまでいえるように思える。」
自らを蒼龍窟(そうりゅうくつ)と号した、越後長岡の蒼き龍、最後の武士 河井継之助。
『為君幾下蒼龍窟』
(君が為に 幾たびか下る 蒼龍の 窟)
 という言葉は、道の為には、危険を冒してまでも龍の珠が欲しい。
人生何の道を歩んでも真剣であればあるほど、その道は厳しい、と解釈している。
「蒼龍窟」とは、「河井邸内の松樹を愛し、喬松が高くそびえて屈曲していて、緑のきぬがさが地を掩うようになっている」のにちなんで「蒼龍窟」を号としたという。
また、禅の『碧巖録』には、王陽明が竜場の難の途中に作ったという「険夷胸中に滞らず、何ぞ異ならん浮雲の大空を過ぐるに、夜静かにして海濤三万里、月明錫を飛ばして天風を下る」を継之助は愛諦している。


臥龍鳳雛
臥龍
地に伏せる龍の意味。
主に三国志の軍師として名高い諸葛亮孔明のことを指す。
この臥龍と言う二つ名は司馬徽、ホウ徳が名付けた名前だと言われている。
鳳雛
飛翔を待つ鳳凰の雛の意味。
言葉こそ全く違うが、意味としては臥龍とほぼ、同じ。
三国志の軍師である龐統士元のことを指す。
この鳳雛と言う二つ名も司馬徽、龐徳が名付けたものだと思われる。



尚、当三春昭進堂は大晦日(午後5時まで)まで営業します。
元旦はお休みをいただきます。
1月2日(月)、
3日(火)
午前八時より午後6時まで
景品付き初売りの大売り出しを行います。
皆様お揃いでお出かけください。

・イチゴ大福(120円)

・道明寺桜餅(105円)

・初春豆大福(120円)


1月4日(水)と5日(木)は正月休みをいただきます。


落語「饅頭こわい」 桂枝雀師匠



| ryuichi | 18:47 | comments (x) | trackback (x) | 🌸春陽郷三春 日暮硯 |