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三春物語730番「三春銀行と伊賀屋(いがや)山三渡邊本店」


この新聞記事は、昭和二年十一月十三日付の福島毎日新聞(現福島民報新聞社)です。
三春城下で現在「ヤマサン」エネオスガソリンスタンドを営む旧家山三渡辺家にありました。



内容は、三春銀行(前第九十三国立銀行、後に東邦銀行へ合弁)の記事です。
昭和二年当時、山三商店の渡邊平助氏が頭取を務める田村郡金融の中心「三春銀行」が、田村地方の産業と発展に寄与し、さらに増資をして大銀行へ名を連ねたことを祝賀ムードで伝える記事で、
祖祖父である第九十三国立銀行の創始者である渡邊甚十郎氏、平八氏、英一氏、そして平助氏と四代に亘る山三渡邊一族の悲願達成を祝っています。


三春町史掲載の明治期の山三渡邊本店初売りの模様

秋田藩政下の江戸期、三春藩御用商人として活躍した富商「伊賀屋(いがや)山三」は、呉服太物商、質貸業、味噌醤油製造販売、そして両替商を営み三春藩に多大なる貸付けをおこない三春藩の財政を援けました。
名字帯刀を許されたのもこの功績によってなのでしょう。

明治維新後、藩への貸し付けが不良債権として不履行になりますが、三春商人はへこたれていませんでした。
明治に入ってますます商いを広げ、今迄の生糸や呉服などの生業に加えて、三春銀行ともいうべき「第九十三国立銀行」後の三春銀行という金融、「三春馬車鉄道株式会社」の運送、そして中郷村柴原の大滝根川に滝水力発電所を建設して「三春電気株式会社」の電力部門の創設と明治期の三春及び田村地方だけではなく福島の経済に中心的役割を担う総合商社として大活躍を見せます。



第九十三国立銀行株券と会社印(三春町史より)

下記は、第九十三国立銀行の創設願いを、時の福島県令山吉盛典に提出して官許を許可する際に「発起人の身許調べ」した時の発起人代表山三第五代当主渡辺甚十郎の身分証明です。

第九十三国立三春銀行発起人代表 渡邊甚十郎
一、  平民にして田村郡三春町に居住す。
        年齢は本年(明治十一年九月某日)五十一年一ヶ月。文政十年三月十五日生まれ
二、  往古は同郡同村字荒町に居住。文政五年同村字大町へ移住すること百十ヶ年余。
三、  地方に於て名望高し。金銀取引上に於て最も正直なり。
四、  謹直堅固にして堅く業を守り、父平助より本人に至れり家声を揚ぐ。
五、  家業は呉服太物商。質貸等本業の別なく営業す。
六、  家業の得意先とするものは、磐城国宇多郡中村を始めとし右近傍呉服太物商売を得 意とす。其他は近村の商家及び郡村農民等なり。
七、  取引上に於いて損耗あるを聞かず、歳々利益あるを聞く。
八、  凡そ百十カ年前より呉服太物商を始め、五十年以降質屋を営業す。
九、  祖先より永続すとも雖(いえども)初代平之助家業に堅く、当代甚十郎に於ては一層家事勉励し、子を分家せし三戸。富は多く此の甚十郎に成ると云ふ。
十、  分限聞く処の大概左の如し。正金一万円余、仕入れ物一万八百円余、持地耕地一町三反余、建家四カ所、土蔵五棟を有す。
十一、 追々旺盛の景況ありて衰微の兆しを見ず。
十二、 貸金聞く処の大概三千五百円余。他より借財なし。
十三、 是等の事に関係したるを聞かず。
十四、 是等の事曽て聞かず。



 三春銀行頭取 渡邊平助氏(昭和二年)

明治十一年当時の大臣の月給は800円の時代です。
富商といわれた「山三渡辺商店」の貴重な史料であるとともに渡辺甚十郎氏の人柄が偲ばれます。
尚、その他発起人身許調べには、三春の経済界の立役者である本陣本店川又彦十郎氏、佐久間忠次氏、内藤伝四郎氏、熊田文十郎氏、渡辺弥右衛門氏、春山伝蔵氏諸氏のお名前が見て取れます。

初代頭取 渡邊甚十郎
支配人 熊田文十郎

後にこの第九十三国立銀行は明治三十年には三春銀行に移行、そして昭和十六年には、白河の瀬谷銀行、二本松銀行とともに合弁して現東邦銀行へと移行します。

江戸、明治、大正、戦前から戦後の昭和という激動の時代を商人として「伊賀屋(いがや)山三渡邊本店」は、三春そして田村、さらには福島の経済界を牽引し来ました。


三春運送株式会社の前身渡辺本店運送部三春合名開運会社の看板(三春町史より)

三春銀行(第九十三国立銀行)とは、
三春城下大町の三春町商工会前に、第九十三国立銀行跡の石柱が建っています。

明治十一年の設立された、この銀行は、旧藩時代の借財解消補填の費用捻出のために発行された各種不換紙幣の不履行解消と、旧士族への給料および不払いを解消するため公債の代わりにこの銀行の株券を公債として支給して設立しました。

「旧藩時代借財を払えないから銀行の株券(紙切れ同然の)で勘弁してくれ」ということなのでしょう。
設立の目的として、旧士族の保護救済と三春地方の金融の円滑を図ったとありますが、当時の士族方々は経済にうとく、「士族は、公債証書を受けとると、多くは後のことも考えもなく、楽しみ悦び使い果たした」と記録されています。

 設立に当たっての資本金確保のために、零細株主の士族からの出資だけではなく、旧士族管財人から、不当な旧三春藩官地払い下げで、大儲けした富豪の商人からの出資を募りました。
経営の詳細は残されていませんが、大株主の富豪商人が名を連ねています。
後に、経済混乱収拾のため「日本銀行」が設立され、紙幣の統一が計られた。
これに伴い九十三国立銀行は、明治三十年に普通銀行の「三春銀行」と改称された。
尚、株式会社三春銀行も、昭和十六年に現東邦銀行に吸収され終焉を迎える。

『三春の春、みぃーつけた!』
自己紹介
小さな城下町・三春のほぼ中心部にあるENEOSマークのガソリンスタンド『やまさん』(三春町大町76番地)から、「三春桜」の話題を中心に、三春の四季折々の情報をお伝えして行きます♪ぜひお立ち寄り下さい!



| ryuichi | 05:33 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下大町 |