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三春物語176番 「三春州伝寺第三十二世住持 大地玄亀大和尚」
 



三春州伝寺第三十二世住持 大地玄亀大和尚
 
「最後の説法」大地玄亀  前州伝寺住職故石龍正孝老師著(非売品)


  この本は、即妙玄亀大和尚の接心での最後の説法を故石龍木堂老師がまとめられた貴重な本です。

前住職石龍和尚ご存命であったころ、塵壺に州伝寺を掲載するための資料集めにお邪魔した折に、頂戴したものです。

「最期の説法」は老師が東京都台東区浅草松葉町曹源寺内曹玄窟で遷化される直前に門弟のために病重症の所をおして行った提唱です。

それは、側に綿に水を浸して唇をうるおし、時に、声がかれ、とぎれ、欺息して休み且つ続けるという提唱であった。







大地玄亀和尚は東北の地に「禅」を根つかせた位という想いから、三春でも檀用の少い州伝寺を選ばれて掛錫された太地老師。


タイトル通り、石龍和尚の師匠である大地玄亀和尚の最後の説法を録音テープなどから編集して本にまとめられたものです.









玄亀老師発願の書(原文は血書)からはじまり

・ 総参の話(この接心会の直後に胃癌の診断を受ける)

・ 臨終の時の法話(門弟一同への経誨)

・ 最後の説法(浅草曹源寺での遷化直前の接心 綿に水を浸し唇を潤しながらの提唱)

・ 無門関提唱

・ 玄亀和尚示衆

・ 出家の本懐

・ 菩提心と無常観

・ 托鉢印施

・ 策励句集と続きます。





「総参の話」は昭和二十七年八月二日より一週間福島県田村郡三春町州伝寺において催された大接心会の時の総参の話である。
会衆七十余名、過半は在家の方で、特に初心者の方のために語られたものである。



尚、老師はこの接心会の直後、胃癌という診断を受けられたのである。




州伝寺晋山式修行することになりましたが、要するに私は東北の地方に真の禅風を一拳揚したい念願からであります。

私は超州和尚が六十歳で出家なされて八十歳迄行脚せられた尊い勝麗を慕って私も六十歳再出家の気持であります。

しかも此の寺は州伝寺というのですから、超州の禅風を伝えるというように解釈して、転任の機会に一切の名利を捨てて真の納僧として上求菩提下化衆生の誓願を樹てましたが、菩提心の未熟にて未だ実行が出来ません。実に慣憶に堪えません。

ほんとうに良寛さまや乞食桃水和尚のように名利をなげ捨てた真の出家児になりたい心はありますが、なかなか容易ではありませんけれども衆生無辺誓願度の四弘誓願文に鞭うって、生々世々勇猛精進する覚悟であります。

大地玄亀和尚の言葉より






曹洞宗天翁山州傳寺は、江戸初期悲劇の三春城主松下石見守長綱が三春入府の際、二本松より移した寺で、重綱公、長綱公、豊綱公と松下家三代の位牌所です。
 
松下石見守長綱公は三春在籍十七年の間に、最後の戦国大名として三春城や城下町を整備して、現在の城下町三春の基礎を築いたと言われます。

 長綱公は豊臣秀吉が日吉丸と名乗る十六の頃、最初に使えた松下加兵衛之綱の孫で、初期徳川幕府にとっては、他の豊臣恩顧の大名と同じく目障りな存在であり、理不尽な理由を徳川幕府より押し付けられ、改易の憂き目に合いました。






 その後、江戸時代秋田家藩政下では先の領主菩提寺として厚遇され、全国的に有名な名僧高僧が在籍し、歴代住職への曹洞宗永平寺・総持寺両本山並びに関三箇寺から要職の下命等があり、管内の由緒ある寺院として「録所」を勤めました、また歴代住職の下へ、徳を慕いその教えを乞いに全国から雲水が参禅し、片法憧(格地)、東北の禅修業道場として名を馳せました。

近年に於いても、先の住職大地玄亀老師や、その弟子現住職石龍木童和尚が在籍し、この三春で禅宗の要として人々を導いておられます。




 
また丈六仏と呼ばれる御本尊の木像阿弥陀如来坐像は、坂上田村麻呂東夷追討に由来し、鎌倉期作とみられます、その昔郡山赤沼に安置され、戦国期田村氏三春入府に伴い、三春町丈六、廃寺万徳寺へ移り、その後丈六堂へ移り、明治期に州伝寺に移された仏像で、その長い歴史の中で、火災や様々な災難に遭遇しながらも、現存するその福与かな御姿に心が和み、自然と手を合わせます。




 州傳寺の玄関に「照顧脚下」の墨跡を見つけました、「脚下を照顧せよ」自分の足元を見よ、つまり自分自身をよく見つめなさいと言う教えです。

 山内には一時地蔵があり、子育て地蔵として、我が子を健やかに育てと願う親達の信仰を集め、八月二十四日には“みたま祭り“が開かれます。

 「拝む手から 一家円満の ひかりかがやく」  州伝寺立て札より






合掌


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 13:25 | comments (0) | trackback (x) | 三春城下新町::天翁山州傳寺 |
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