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三春城下天澤寺昭和8年屋根替え記念盃


三春城下天澤寺の昭和8年におこなわれた、本堂屋根替えの際に檀家一堂に配布したと思われる記念の盃です。
大町の鳥文精肉店の蔵から出てきたもので、当家の菩提寺ですし、私の骨董好きを知っている現社長から頂きました。




茅葺屋根から銅板に替えたときのものなのでしょう。
昭和8年と云えば、父の生まれた年です。



塵壺24年3月号 天澤寺「安寿と厨子王縁身代わり地蔵尊」

雪解けを待ち、春彼岸を迎えるようになりますと三春城下清水にある天澤寺の境内にも彼岸花を手にした人々が行き交います。
 森鴎外の小説「山椒太夫」で知られる"安寿と厨子王"。
この物語に縁のあるお地蔵さまが、この天澤寺境内の「身代わり地蔵堂」に安置されているお地蔵さまであることをご存知でしょうか?
これは、物語の主人公である安寿と厨子王の祖母が、三春城下に居たと伝えられて、その子孫がこのお堂を建立して身代わり地蔵尊を安置しました。
 森鴎外の「山椒太夫」は、江戸時代に流行した「説教」のひとつで、寛永16年に刊行された「五説教」の中の「山椒太夫」を原点として書かれています。
物語は、平将門の子孫で、相馬藩相馬氏と縁のある岩城判官平政氏は、康保4年に賊将が朝廷に背いたときに、それを討伐した恩賞として奥州の津軽郡、岩城郡、信夫郡を賜って岩城に国守として着任してきました。
 政氏には2人の子があり、姉は家臣・村岡重額の妻となり、弟の政道は父の後を継ぎました。
この政道が、安寿と厨子王の父親です。
しかし、家臣である村岡の陰謀によって父正道が無実の罪を着せられ西国に流罪となります。
安寿と厨子王、母、乳母の4人は、朝廷に無実を訴えようと京へ向かいますが、越後の直江津にたどり着いた一行は、人買いにだまされ、安寿と厨子王が丹後に、母と乳母は佐渡に売られてしまいます。
 丹後の由良で"山椒太夫"に買い取られた2人は、つらい労働を強いられます。安寿は、弟の厨子王を密かに逃がしますが、ひどい拷問の末に命を落とします。一方、厨子王は姉から渡された地蔵菩薩の霊験により身を守られ、無事京都にたどり着きます。
後に、父の無実が晴らされ国守に再任された厨子王は、長い苦難の末、母と再会するというお話ですが、お話の中に2人の災難を身代わりとなって救うお地蔵さまが出てきます。
それは、安寿と厨子王が山椒太夫の屋敷で仕置きを受け、やけどを負ったときのこと。
母から預かった家宝の地蔵尊像に祈りを捧げると、不思議や痛みや傷は消えたそうですが、その代りこのお地蔵さまにやけどの傷があったと伝えられています。
 この話に出てくる地蔵尊像が、天澤寺境内「身代わり地蔵尊」です。
 かつては1月24日の初地蔵と8月24日の地蔵盆には、多くの参拝者でにぎわい、地蔵和讃や御念仏を唱えてお地蔵さまに感謝し、家族の安全を祈願していました。
 また、戦前には出征兵士の武運長久を願う家族の参拝が絶えなかったといいます。
 今でも参拝する方々やご家族のその身に降りかかる病気や怪我などの災難を身代わりとなって負っていただけるという有り難いお地蔵さまです。
 先般の震災でもビクともしなかった"身代わりお地蔵さま"にはいつまでも人々の安全や健康を見守って頂きたいものです。
 現在では、毎年旧盆8月24日に身代り地蔵尊祭典があり多くのご参詣を頂いております。



蒼龍謹白 さすけねぇぞい三春! 合掌


三春昭進堂代表 髙橋龍一


| ryuichi | 05:05 | comments (x) | trackback (x) | 三春城下新町::萬年山天澤寺 |