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三春物語871番「息子の卒業式」~天狗谷橋本一家


長男の高校の卒業式でした。

 商人、それも和菓子屋の息子の性です。
ひな祭り商戦と絡んで、とても出席出きる状況ではありませんでした。

本人は「誰も来なくてもいいよ~」等とはいっていましたが、悩みに悩んだ末に、第三番目の兄妹である”瞳ちゃん”にお願いした次第です。

二日前の夜に、仕事場から電話置入れたところ、自分の予定があるために、そのお母さんである”天狗谷の母”に話をふっていました。
すると天狗谷の母は、「龍ちゃん・息子の頼みとあっては行かねばなるまい!私でよかったらいくらでも出てやるぞ!」と即答です。
「着物がいいかなぁ?」「洋服かなぁ?」
そのやり取りが電話口に聞こえていました。





また、瞳は瞳で、やはり自分が出席する方法と、自分と猪苗代に嫁いだ友人と二人で店番をするから、家内を出席させる案など、手配をしながら、卒業する本人に意思確認してみては?等々・・・・・

自分だって予定があったのに、すべてをキャンセルして、他人の子供の卒業式に出てやると即答してくれる”天狗谷の母”そして瞳
~正に無償の愛ですね。
増して、自分の予定をすべてキャンセルして息子みたいな者の頼みを聞いてくれる・・・・

困ったときに援けてくれる人がいる。
信頼して任せられる人がいる。
こんな方々が身近にいる。

こんなに心強いことはないですよね・・・・

この母子の心意気のせいで涙腺が緩んだんでしょう。

嬉しくて、ありがたくて、涙が頬をつたってしまいました。

お蔭様で、瞳ちゃんに卒業式には出席してもらい、息子は無事卒業することが出来ました。

息子は、クラスメートと分散会へ行きましたが、荷物を持って帰宅した瞳ちゃんからは、「貴重な経験をありがとう・・・」と逆にお礼の言葉を頂きました。
本当にありがとうね!

この天狗谷橋本一家とのご縁は、長男が小学校の時に、車洗いに来て以来の付き合いですから、約30年来の付き合いになります。
長男が来はじめ、その友人たちが来るようになり、工場の洗い物やチラシ配り、車洗い等々アルバイトのまねごとをし始めます。
其れに連れられて、妹である瞳や末の弟晴夫の臨場となって行きました。




また、その他二人の娘さんとも、三春で暮らすさまざまな場面に於いて、ご縁があります。

さらに、母親である”天狗谷の母”」とよぶお母さんは、新町の重鎮である元県議会議員であり三春農業組合・田村農業組合の組合長を務めた古川悟郎氏の娘さんです。

ここは、私の父親の代からのお付き合いとなります。

天狗谷と呼んでいますが、三春城下清水の天澤寺参道西側の地区を”天狗谷”とよんでいますが、正式な地名ではありません。
元々修験の行者が管理する愛宕地蔵尊を祀ったお堂があった場所とされています。

また、約350年前、江戸期の三春城主秋田家が宍戸より三春へ移封の際に、愛宕地蔵堂えお城下中町へ移築し、秋田より移設した古四王堂(後に真照寺境内へ移築)の御借屋があった場所でした。

明治維新後は、近在の者たちが畑としていましたが、昭和の高度成長期ぐらいに古川吾郎氏が、開拓使して住宅地に生まれ変わりました。
天澤寺へ通いる「万年橋」や天狗谷への道路などなどすべて古川氏による開発(後に三春町へ無償譲渡)です。



長男悟の結婚式にて・・・

人が生きていく過程を「人生」と呼ぶんだろうと思いますが、その人生には必ず運命を左右するような「人生の節目」とよばれる「節所」に遭遇します。

もちろんこの節所では、自分自身の力で乗り越えていかなければなりませんが、そんな時に必ず近くに居て、見守ってくれる心強い味方であり、本当に頼りになる本当の家族以上の存在のご家族なんです。



多分、私と天狗谷を知る人の何割かの方々は、本当の母親だと思っている方も少なくありません。
何せ、天狗谷の名字は橋本なので、私は真顔で「橋本君」と呼ばれるくらいですから・・・・

心をより御礼を申し上げます。
ありがとうございます。


三春昭進堂 髙橋龍一



| ryuichi | 05:52 | comments (x) | trackback (x) | 菓匠蒼龍 焦心録::三春昭進堂雑記 |