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三春物語873番「田村乃小史」~北鹿又 佐藤光易様より拝領


北鹿又のお客様、佐藤光易さまより、昭和三十三年発行の「田村乃小史」を頂きました。

著作編集は尼ケ谷の新聞記者影山常次氏。
発行所 田村郡史蹟保存会となっています。



これは大変貴重な冊子で、元来上記の田村郡史蹟保存会の会員向けに造られた175ページの小冊子です。

当店のチラシ「塵壺」を読んでいただいている佐藤様より、自身の伯父様で丈六に住んでいた佐藤金四郎氏から譲り受けたそうで、「塵壺の執筆の参考にしてもらえれば・・・」ということで頂きました。

本当にありがとうございます。



本題を読んでみますと、今までにはない三春及び田村の貴重な資料が満載です。

特に、戦国期の三春城主田村氏家臣団の舘・城配置や、秋田家の三春入城の割り振り等々の第一級品の資料です。

ごはんを食べるのを忘れるくらい読みふけってしまいました。

さーこれから忙しくなるぞ・・・・・



また、こちらは中身を見せていただいたものですが、昭和二年の「田村郡衆議院選挙有権者名簿」です。

まだ、現在の普通選挙とは違い、男性のみの選挙権で、年齢も25歳以上でしたか・・・・



当店の初代で、「おたりまんじゅう」のおたりさんの連れ合いである髙橋民四朗さんの名前も見えました。



こちらも資料としては第一級品です。

田村郡内全ての地名と名前が記されています。

もちろん地名は旧態です。



佐藤様には、本当に貴重な資料を頂いたり見せていただいたりと、心より御礼申し上げます。

また、塵壺への期待の高さに恐縮して、気を引きしめ直したいと思います。



また、その時持参していただいた昭和51年5月28日日付の福島民報の時期です。

佐藤様の伯父にあたる、三春城下丈六の佐藤金四郎氏の自宅にあった「土佐断金隊体長美正貫一郎肖像画掛け軸」の発見の模様を伝える紙面です。




その記事には、当時福島民報に連載中の弊社出身で自由民権運動研究の第一人者髙橋哲夫著「新・河野広中伝」を読んでいてで気が付いたと記されています。

是も不思議なご縁だと思います。
また、先日大先輩より伺った哲夫おんちゃんの言葉とされる「資料は向こうからやってくる」・・・・まさにその通りなんですね。

土佐金隊 美正貫一朗とは
毎年、春と秋の彼岸の期間中に、龍穏院小書院に掲げられる掛け軸があります。
作者は、戊辰戦争当時、三春を戦火から救った土佐断金隊隊長「美正貫一朗」です。

美正貫一朗は、天保15年(1844)1月~明治元年(1868)7月28日、医師・下村惇斎の次男として生れ、23歳で高知城下南奉公町の徒士格美正家を継ぎます。
明治元年戊辰戦争では迅衝隊一番隊司令として出征。
同年3月2日甲州に入り浪士掛探索役となったが、江戸到着後、甲州の有志を中心として遊撃隊を組織し”断金隊”と称してその隊長となり、恩愛よく部下を掌握した。
閏4月21日今市に戦い、各地の探索と宣撫工作を続けて北上し、貫一郎の献身的な周旋によって奥州越列藩同盟の一角であった三春藩の無血開城が実現し、彼の徳を慕う有力者から三春滞留を求められたが実現せず、慶応4年7月27日二本松城攻略のため本宮に向う途中、阿武隈川渡河の際、銃弾に当って戦死したます。

享年25歳

三春名物「おたりまんじゅう本舗」 三春昭進堂

| ryuichi | 05:11 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春藩始末記 |