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平成23年度学校運営協議会委員・学校関係者評価委員研究協議会発言録写
平成23年度学校運営協議会委員・学校関係者評価委員研究協議会 発言録写

日時:平成24年1月23日(月) (協議会 10:30~16:30)
    パネルディスカッション11:00~12:20 (80分間)


会場:国立オリンピック記念青少年総合センター(明治神宮・代々木公園隣接) 
(受付:カルチャー棟1階 小ホール)

パネルディスカッション参加者
 <パネリスト>
 ・貝ノ瀬 滋 氏 東京都三鷹市教育委員会教育長
 ・片山安基夫 氏 岡山市立岡輝中学校校長
 ・高橋 龍一 氏 福島県三春町立三春小学校学校運営協議会会長
 <コーディネーター>
 ・松浦 晃幸 文部科学省初等中等教育局参事官付学校運営支援企画官


広報「みはる」に掲載されました。




パネルディスカッションでの私の発言内容です。

「子どもたちが三春で学んだことを誇らしげに語れる教育」

           髙橋龍一

○地域の立場から、学校にかかわることの魅力とは?
また、地域住民として、どのようなことを目指して、学校にかかわっておられますでしょうか。

【はじめに】
 ・公立の小学校から公立中学校への進学率は99パーセント
公立中学校から公立高校へは85パーセントという土壌があります。
「地域が学校にかかわる」というのは、決して新しい取組ではない。
特に三春では、過去、独自の教育 改革・地方自治改革の流れの中で、地域住民と連携した学校づくりが進められてきた。

前三春町長伊藤寛氏と元教育長武藤義男氏による「三春町の教育改革」
30年前の三春町の教育改革は、当時三春町教育長の武藤義男さんと、武藤さんを教育長に抜擢した前町長伊藤寛さんの教育改革そして地方自治改革です。
現在も続く「三春町教育研究員制度」などの教員の意識改革や、地域住民と連携しながらの学校つくりなど、いまの「学校運営協議会コミニティースクール」の原型が垣間見れる画期的な教育改革でした。
この伊藤・武藤体制での教育改革は、今の教育改革、そして地方自治行政改革へとつながる大きな一歩だったように思います。


また、現在の三春町政は、公共事業の一般入札制度導入や行政職員のプラス査定制度など鈴木町長の強いリーダーシップの下で様々な行政改革が進み、町民の声が町に届きやすい町政に反映しやすい体質になっています。
これらが、今の三春小学校学校運営協議会の導入の母体となったとかなあと考えています。

地方自治の学校運営
国ができないことは自治体単位で、自治体で行き届かないことは地域のみんなが自ら組織を作って助け合って考えていかなければならないということ、そして人と人とのつながりの大切さを改めて思い起こさなければならないと考えます。
大きな町と小さな町ではおのずと町の政策が違います。
地方自治、地方分権を政府では、公正かつ普遍的な統治構造を維持するため、国家全体の運営について画一的、均一的運営を行うことが要請されていますが、地方の実情や地方における住民からの要望は各地方によって様々であることからこれをすべて同一に運営することは不可能であり、地方の運営に当たっては地方の独自性を考慮する必要が生じはじめているように感じます。
そこで、地方の総合的な運営は地方に委ね、政府は国家に係る根幹的な事柄を担当し、かつ、国家全体の総合的な調整を図るという役割分担がなされることになってきました。
そういう意味に置いても、このコミュニティスクールは、非常に分権的な制度だとおもいます。

日本の未来を担う子供たちの義務教育の場である学校を「新しい公共」の場として『官』から『公』へという考え方の元で、保護者や地域住民が、子どもたちの将来のために協力し合うことを通じ、学校や教育を教員や行政だけに任せるのではなく、「自分たちの学校」という意識を持ってより良い学校及びより良い地域を目指す仕組みとしての創造。

保護者や地域の人が参加して、地域の学校の教育課程や行事そして施設設備などをどうするか、どのように予算を使っていくのかなどを校長らと一緒に話し合って決めていけるようになれば、学校のことはよく分かるし、関心もでて、日本の公立学校は大きく変わることになるかもしれません。

公共学校の運営に保護者や地域住民が参画することを通じて,学校の教育方針の決定や教育活動の実践に,地域のニーズを的確かつ機動的に反映させるとともに,地域ならではの創意や工夫を生かした特色ある学校づくりができる。
一方、学校においては,保護者や地域住民に対する説明責任の意識が高まり,また,保護者や地域住民においては,学校教育の成果について自分たち一人一人も責任を負っているという自覚と意識が高まっていくと思います。
さらには,相互のコミュニケーションの活発化を通じた学校と地域との連携・協力の促進により,学校を核とした新しい地域社会づくりが広がっていくことでしょう。


【地域が学校にかかわることの魅力・よさ】
 自分自身も、現在、三春小学校において学校運営協議会の会長として学校にかかわっているが、その魅力は、地域と学校との協働による良い取組が上手く進み、子どもの教育が充実していることである。
 
運営協議会委員の三春町内にある各種団体からの排出
・町全体の情報の共有化(学校から地域へ・地域から学校へ)

①登下校の交通安全などの安全教育(見守り隊及び地域住民)行政防災無線の活用

②盆踊りや祭礼などの地域行事へ参加及び警備(PTA及び地域住民)

③職場体験や地域の歴史研究などのキャリア教育(観光ボランティア及び地域住民)

④学習支援体制 三春小学校ボランティア・コーディネーター(サンボラ)
ゲストティーチャーや○付けボランティア等

三春小学校学校運営協議会の委員は、それぞれ町内にある様々な組織機関に加入しているかそのOBで組織されている。
特に今年度は過程を公のものとして町教育委員会より、区長会、民生委員、町づくり協議会、PTA、老人会、商工会等々の組織機関に委員排出の協力要請をして参集していただいた委員の方々が加盟。

各委員が所属機関で学校及び児童生徒の関する事柄をそれぞれ持ち寄っていただいている。
また、運営協議会での内容をそれぞれの所属機関で話してもらっている。
私自身の関与に関しては、個々には元三春町防犯協会三春支部長及び元三春町消防団三春分団長という立場での運営協議会参画ということで、防災や防犯という見地からの意見や質問、そして提案をしている。
また、自営業という立場で保護者や地域住民からの学校や児童生徒への様々な意見を聴取している。


公立学校
公共(パブリック)というのは、市民的な、市民による共同の、という意味で、役所=官を指す言葉ではないのですが、民主主義になった後も日本では、公共というと、役所=官のことだと思われてきたわけです。
ここから脱却して、公共とは、主権者である「私」がつくるものという意識に基づいて国・社会を運営していくことが必要であり、そのようなシチズンシップ(市民精神)に基づく公共を【新しい公共】と呼ばれています。

民主主義国家では、ほんらい、「私」はこの国・社会をつくっている一人の人間であるという自由と責任の下に「私」が公共を担うとされています。
市民がつくり・雇っている「役所・役人=官」は、専門家として、その市民の公共を支え、守るために仕事をすることが原則だと考えています。
 


【学校へのかかわり方、目指していること】

 こうした取組が実現できるのは、本校が学校運営協議会制度を導入していることが大きなポイント。
 11月に横浜で開催された文部科学省の推進協議会で、質疑応答にあった「教育とは?」という漠然とした質問がありました。
私は、教育には「家庭でしか教えられない教育」、「学校でしか教えられない教育」、
そして「地域でしか教えられない教育」と、それぞれ違った分野の三つの教育があると考えます。

そして、学校運営協議会とは、この三つを結ぶパイプ役と考えています。
 学校運営協議会を上手く機能させながら、これらの教育を充実させることが、自分の目指すところである。
 学校運営協議会として取り組んできたことは、多岐に渡る。
例えば・・・
 ・地域の特色を生かした「総合的な学習の時間」の充実
・地域・保護者からの意見要望を「教育課程」へ効果的に反映
・詳細な教育課程の策定
県教育委員会への要望として
・バランスのとれた教職員の男女比率
・特色のある教育活動への教職員の配置
・特別支援教育(学習障害や適応障害等)充実のための教職員の配置(本年度も要望)
県内での指定校の少なさ=要望が通りやすい
県教育委員会からの人材面での優遇

【学校運営協議会の効果】
       情報の共有化
 公共学校の運営に保護者や地域住民が参画することを通じて,学校の教育方針の決定や教育活動の実践に,地域のニーズを的確かつ機動的に反映させるとともに,地域ならではの創意や工夫を生かした特色ある学校づくりができる。

一方、学校においては,保護者や地域住民に対する説明責任の意識が高まり,また,保護者や地域住民においては,学校教育の成果について自分たち一人一人も責任を負っているという自覚と意識が高まっていくと思います。
さらには,相互のコミュニケーションの活発化を通じた学校と地域との連携・協力の促進により,学校を核とした新しい地域社会づくりが広がっていくことでしょう。
例えば、特別支援教育においては、三春町の子供にその対象児童が多く在籍しているのではなく、5歳児検診などの事前審査や障害者福祉施設及び作業所の充実の中で、親御さんたちのネットワークで三春小学校の特別支援体制の充実を知り地学区外や移住による登校している。

○学校と地域が目標を共有して取り組むためには、地域の方と教員とのコミュニテケーションや共通理解などが 重要。
また、教員、地域住民の双方に過度な負担があっても上手くいかないと思われるが、何か工夫されていることなどはおありでしょうか。

コミュニティスクール化のメリットを3点挙げてみたいと思います。
第一に、単一校ではなく三春町(地域全体)に学校運営協議会が作られることによって、常に先生が、親や地域の方々の評価の目にさらされるという点。

第二に、単一校ではなく三春町(地域全体)に学校運営協議会に参加する保護者自身が、自らの子供への接し方、家庭教育の行い方について確認、学習ができるという点。

第3に、単一校ではなく三春町(地域全体)に定年退職を迎えた方など、第二の人生を歩もうとされている方々にとって、学校運営協議会に入ることは、子育てや社会人としての経験・体験を発揮する場を得ることができ、生きがいを感じることができるという点。

衆議院の付帯決議では、「学校運営協議会を導入するにあたっては、学校は地域コミュニティの拠点であることをふまえ、保護者や地域住民の主体的な意欲と要望を尊重すること」と期されています。


【教員と地域住民との距離感の解消】

 教員と地域住民とのコミュニケーション、協議の機会を確保することが大切。
  それも無理なく行うことがポイントである。
  例えば、学校評価や教育課程の編成はどこの学校でも行うものだが、ここに地域住民がかかわるということも 一つの方法。
教員と地域住民(本校は学校運営協議会が中心だが)が一緒に考えて、つくる、という場を作れば、おのずと距離感は縮まるはず。
  本校では、アンケートの実施と分析、公表を協働で行っている。
児童や保護者はもちろん、教職員からも様々な声が聞かれる。
  また、教育課程の編成にも地域がアイデアを出すことで、地域の特色が生きた学習につながる。
当然、教育課程の詳細はプロである教員がつくるものだが、地域を知る者がそこに情報を提供することは重要。
  協働して良い学習活動が構築できれば、教員も地域の力を信じてくれるようになる。
 
 また、学校を公開する機会をできるだけ充実することも大切。
・校内授業研究会や三春中学校区小中連携授業研究会の公開。
・三春町教育研究発表会の開催(町内全教職員)と公開。
・学習発表会「三春っ子」のへの招待
・保健委員会への参加
などなど様々な分野の学校行事に於いて参加の呼びかけがあり、一体感が感じられる。

教職員の資質向上を目指し
「子どもたちが三春で学んだことを誇らしげに語れる教育」として児童生徒の学力と人間性の向上に寄与していただいている。  
地域が力を貸すことで教員の負担も減るものと思う。

○地域との連携が、どうしても一部になってしまうという参画の偏りの問題があるが。その点ではいかがでしょうか。

【参画の拡大】ということ
 学校の頑張りを地域の目線で、地域の声として多くの保護者や地域住民に周知していくことが大切。
また、学校運営協議会が取り組んでいることを積極的に発信し、新しい学校の在り方に興味をもってくれる人を増やすことだ。
  各種団体からの人選での、相互情報提供という部分でクリアしている

自分も協力してみようという意識を引き出していきたいものだ。
  また、地域人材の世代交代は、戦略的に行うべき。
三春では、学校運営協議会委員の選定を工夫している。
  それは、世代交代は活性化として大変重要な内容と思われます。
その中で、小さな町だからの欠点として人材の確保が挙げられます。

これは、学校や行政に参画する特定の地域住民が集中してしまうという点です。
このために、以前から導入していましたが、三春小学校学校運営協議会の委員選定を、今年度はその選出過程を公のものとして捉え、三春町教育委員会より、区長会、民生委員、町づくり協議会、PTA、老人会、商工会等々の組織機関に委員排出の協力要請をして、それぞれの組織の中で選出していただいた。
そして、この事柄もそれぞれ組織の規約にも盛り込んでいただいた。

○最後に一言お願いします。
「今後の目標に代えて】
・地域に根差した運営協議会そして地方自治
近年「新しい公共」という言葉が聞かれるようになってきました。
もちろん自民党政権下でもささやかれていた言葉ですが、地域主権の確立を目指す「新しい公共」とは、教育や福祉、あるいは医療や自治等を、官と住民が一緒に作り上げる仕組づくりだと思います。
そこで生まれた課題が「地域文化をつくる教育」であり、地域の自然, 伝統, 文化,そこに生きる人々やその暮らしなど、自分が生まれ育った土地と人を愛する人間こそが、人々が平和に共存できる新しい社会を築くことができるんだろうと思います。

「自分たちの地域の学校」を良くするという意識が、「自分たちの地域」を良くするという意識につながり、成熟した「新しい公共」を担う意識へと発展することで、人々の支え合いと活気のある社会が実現されるんだろうと思います。

・サロン的性格の付与
子育てに悩む保護者の方々は、実は本心を打ち明ける相談相手がいなくて、孤独感の中で、苦しんでいる場合が多いと聞きます。
そんな時、PTAではカバーしきれない分野の担当として、「公共の場」としての学校運営協議会委員が介在して、その組織編制の特性である「地域の人生の大先輩」である方々に気軽に相談できるような仕組みがあれば苦情処理の円満解決のツールとなり「モンスターペアレント」などありえないのではないと考えます。

・小中一貫校
三春中学校でも導入予定していますが、公立学校として義務教育の小学校教育六年間と中学校教育三年間を別々に考えないで9年間というスパンで子供を教育する。
所謂「中一ギャップ」と呼ばれる小学校六年生と中学一年生の隙間をなくし、15歳で卒業のときに、どういう学力をつけさせる、どういう子供を育てるということをきちんと明確にするような、そういう長期的な視野にたった一貫した教育が必要なんだとおもいます。

公共社会教育の「ハードウェア」は学校です。
学校には空き教室があり、保健室、図書室、花壇、校庭があります。
そして学校の立地は町の中心地となっている場合がほとんどとなっています。
そのようなことを総合的美見ると学校はコミュニティソリューション(地域に住む皆で連携し、情報を共有し、皆で問題)の拠点になるのではないかと思います。
介護施設と学校が一体化しているモデルは京都などにありますが、例えば、健康教室。
高血圧にはこうしたらいいとか、健診を受けたほうがいいという指導は学校の保健室を活用すればすぐにできます。
あるいは午後や夜は学校の教室で大人のための健康教室も開けます。直ちに健康を中心とした予防医療のためのコミュニティ医療もできますし、そこで保育、子育てもできます。

または、町立図書館も公立学校の図書室を拡充してその任に充てるというのは如何でしょう。理屈は同じです。
 
そのときに行政をどのように使うのか、どうやって教育の専門家を使うのか。教育委員会は基本的には学校関係者、地域の関係者、保護者、教育専門家、行政担当者で構成されますが、例えば、そこで教育の専門家を医療の専門家に変えればいいですし、行政の担当者も担当部局に変えていけばいいわけです。

子どもや高齢者など弱者が大切にされない家庭や地域や国は、それがどんなに科学や経済が発展したものであっても、よい社会ではありません。地域の地理的・文化的・人的・歴史的財産を学び、地域を愛し、お年寄りを愛し、小さな子ども達を愛し、これからも地域を盛り立てていこうとする青少年を一人でも多く育てることは、教育の大切な役割の一つだと私は思います。
また、そこに住む子ども達が地域を守るため、地域を活性化するため、地元の高校や大学で、地域に根ざしたいろんな産業・歴史・文化・専門知識などを身につけていこうという気持ちになってくれるような教育プログラムが日本には今まで欠けていたのではないでしょうか。
そして、そういう仕組みが出来上がっていくことを願っています。


あとがきに代えて

一昨年前にNHKで放送した司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」。
その文庫本のあとがきに
「日本の唯一の資源は人であり、人を育てるのは教育しかない・・・」
という一文があります。
明治の日本は、いずれは欧米諸国の仲間入りを果たすという目標(坂の上の雲)を追うためには、教育(勉強)しかないという姿勢が庶民のレベルまで浸透し、個々の教育の重要性をうたったものだと解していますが、 北国の小さな地方自治体である現代の三春もまたしかりだと思っています。

森田先生から「武藤義男元教育長遺稿・追悼文集」と共に頂いた、その著書「三春町の教育改革・資料合冊」を大変興味深く拝読しています。
この膨大な研究資料を読み進む中で、その研究意義の深さを改めて感じた次第です。

昨今の学校教育にかかわる諸問題がメディア等で取り上げられる中で、教育とは?学校とは?教育委員会とは?という漠然とした疑問や質問が噴出しているように感じています。
いじめ問題しかり、ゆとり教育からの脱却しかりです。

人間が人間である最大の意義というものは、広い意味での教育を通じて成長することではないでしょうか。
教育を通じ、先人が築いてきた知恵や文化を身に付けるとともに、新しい考え方や行動を編み出してゆく。
また、教育によってそれぞれの才能を開花させ、一人の人間として自立するとともに、家族や社会の一員として、さらには日本国民として、他の人を尊重し、誇りと責任を持って生きていくことを学ぶものなのでしょう。

人は、地域・社会環境の中で育つものだと考えています。
人を育てるとは、社会に出て生きていくためにふさわしい「生きる力」・スキルを身に着けるために、様々な環境を整えて、その動機付けとなる体験の機会を与えることではないでしょうか。
さらに付け加えるならば、教育を受ける一人ひとりの人間が社会的自立を果たし、よりよき存在になるために重要であるにとどまらず、社会や国の将来を左右するものであり、教育こそ人間社会の存立基盤といえるのではないでしょうか。

そして、それにふさわしい環境とは、目標を意識できることであり、そこでの体験を通して子どもたちの思考・態度が形成されるベクトルを共有し、その過程を意図的に設定および捻出する場が、教育であり学校だと思っています。

司馬遼太郎著『坂の上の雲』に描かれている明治という時代は、永く続いた封建社会が崩れ、外国に負けない近代的な国家の建設に向けて歩み出した激動の時代でしたが、幕藩体制から解き放たれた国民みんなが、身分を越えて「日本人」として、ひとつの目標を共有したはじめての時代でもありました。
松山に生まれた正岡子規や秋山好古、真之兄弟も、あらゆる困難に直面しながら、激動の時代を、それぞれが『坂の上の雲』という夢や目標を持って、ひたむきに生きてゆきました。

豊かになった現代の日本では、その日さえ楽しければいいという刹那的な生き方で、夢や目標を持つことを忘れてしまった人が多くなっていると感じます。

だからこそ、明治人が持った気概や情熱を現代に生きる私たちが学ばなければならない、そう考えます。

大きくても小さくても、かまいません。みんなで夢や理想や目標を持ちませんか?
それさえ見えれば人はそれに向って一生懸命生きることができ、そのことが人生を充実したものにしてくれるものと思います。
そして、この三春町での教育を通じて、ひとりでも多くの子供たちが夢や目標を持つことの尊さを感じて欲しいと願っています。

前をのみ見つめながら歩く。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。
 司馬遼太郎著 『坂の上の雲』(第一巻「あとがき」)より



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