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三春物語151番 「三春城下別格総藩社」
 三春大神宮  城下六町別格藩総社旧神明宮
 三春藩主秋田家初代俊季は、三春在城三年に大阪城在番中に亡くなります。城下町の整備の多くは二代盛季によって行われています。
盛季は57歳で死去し後室正寿院が、神明宮遷宮の基となります。正寿院は高崎城主の娘で盛季より三歳年上でした。正寿院七十歳のころに病に罹り、医薬祈祷も効がありません。そこで修験者を招いて「神降ろし」をすると未申の方角に霊験あらたかな神明宮の祠があると宣託が下されました。早速家臣を派遣すると、宣託通り城下外貝山村岩田に神明宮の祠があり、城内に遷して信仰すると病が癒えたといわれます。
母の信仰の深さに、三代輝季は、岩田に隣接する丘を神垣山と命名し三春城を望む高さに神明宮を仮安置して社殿の造営に取り掛かります。
遷宮は、元禄に年九月と記録に残っています。
昭和6年に、幣殿拝殿の再建にあたって、社殿周辺の敷石や基礎の用いるために、三春小学校児童約1700名と教職員は、町内を流れる桜川から川石一人二個づつを拾い境内に運び上げました。


| ryuichi | 16:13 | comments (0) | trackback (x) | 藩社神明社(三春大神宮)::三春大神宮 |
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