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平成版三春古蹟漫歩「木村城小伝」



木村城西田村小伝

永亨年間、田村庄司田村満顕公の家臣左京之介忠高築城、木村氏と号し木村舘と呼ぶ。

忠高、康正元年死歿、法名円月玄松。

木村氏は、忠高以来子孫九代栄え、天正十年迄百五十年間居城。

七代清慶木村右馬之介は永録六年の春、田村隆顕に従って、二階堂信濃守輝行と石川郡江持に戦ふ。敵将渡辺刀称外一将の首を討ちとり武功を立てた勇将と伝わる。
元亀二年三月十七日死去、法名「安岳宗栄」





八代信常左京之介英太郎は、永録八年二月十八日田村清顕公につき石川小平大膳を攻め、敵本田太郎右工門親子を討取りたる名将であったが、天正十竿に至りて田村氏と不和を生じ、ひそかに会津芦名氏と親交を結んだので清顕の怒りをかう。

清顕憤り自から軍を揮いて木村舘を攻め信常戦い利なく、鬼生田弾正と組対して死し、その子信光も父と共に戦死、天正十年春木村城落つ。

信光妹鶴女は大熊川に身を投げて自害します。

この淵は今でも鶴ヶ淵と呼ばれている。


田村小史参照


春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂


| ryuichi | 05:12 | comments (x) | trackback (x) | 田村四十八舘1 |