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平成版三春今昔物語岩江村(現三春町岩江)
岩江村(現三春町岩江地区)

岩江村は、三春町の西端で、郡山市に近接する下舞木、上舞木、山田の3集落があります。

上舞木のにある「直昆神社」は千数百年前、四道将軍の遺跡と伝えられています。

崇神天皇十年四月、大彦主命は、北陸から阿賀川を上り会津に入った。
その子である、武渟川別命(タケタナカワワケノミコト)は、関東まで水路で常陸に上陸、岩城から小野、仲田、中郷、鷹巣を経て上舞木に一泊します。
ここで「直昆神社」に戦勝祈願している。

さらに北小泉から川を越えて、 保成(母成)峠から会津に入り、親子対面したと伝えられている。


古くは田村領、その後会津領となり、さらに三春領から元禄12年、守山(現郡山市田村町守山)藩(藩主松平大学頭)の2万石領となり明治維新を迎えます。


磐城守山藩は、松平氏で御三家の水戸藩の分家でした。
藩祖は水戸黄門で有名な徳川光圀の異母弟で、家康の孫にあたります。
当然幕府内での家格が高く、江戸城では仙台伊達氏や長州毛利氏、薩摩島津氏と同じ大広間詰でした。

また、本家である水戸藩は、江戸幕府特例で江戸に常在していました。
即ち参勤交代がありませんでした。
これに伴い、守山藩もいわゆる江戸常府で参勤交代が免除されていました。

上記のような事情から守山藩主である松平氏は勿論藩士でさえも代官の藩士3人以外は一度も守山を訪れたことはないのではないか思います。

明治4年、平県から磐前県となり、同9年福島県と改められ、戸長制度が設けられて西部18ヵ村が鷹巣戸長役場の支配を受けた。

明治22年には、町村制がしかれて岩江村となりました。

根木屋、芹沢は、西田村(後郡山市西田町)

下舞木、上鈆木、山田は三春町、

白岩、下白岩、阿久津、安原、横川と上舞木の一部が郡山に合併します。

郡山、三春間の県道は、明治17年専横をきわめた三島県令が、県会議長の河野磐洲先生らを国事犯として投獄し、その留守中に開設した道路とされています。

明治19年三春馬車鉄道会社が新設され、大正3年7月まで営業を続けていた。

岩江は、古くから田村と安積を結ぶ交通の要路でした。

藩政時代は、三春城下起点の江戸街道を、鷹巣から別れて上舞木延命寺下から大峯の黄金玉滝の流れにそって、今に残る「弘安碑」の下を舞木駅向いの桜清水のほとりを通り、阿久津から渡し舟で行くのがただ一つの道とされていました。



春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂

| ryuichi | 04:53 | comments (x) | trackback (x) | 旧岩江村 |