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三春舞鶴通信 第12号 平成29年10月5日三春舞鶴会発行



三春舞鶴通信 第12号

主に首都圏に三春からは離れて暮らす三春縁の方々で構成された三春舞鶴会(織方郁映会長)の機関紙「三春舞鶴通信」の第12号が発刊され、事務局の佐久間様より送付いただきました。

また、三春昭進堂店内配置分もございますので、早速店内に配させていただきます。







今回は、”三春舞鶴会の皆様へ”ー「三春舞鶴通信」第12号の送付に寄せてーと題された織方会長の挨拶を掲載させていただきます。


「三春舞鶴通信」第12号の送付に寄せて  会長 織方郁映

「夏期が去って柿が来た!」と先日のNHK-TVで、ダジャレの上手な南利幸気象予報士が言っていました。
ようやく秋が来た!との安堵感一杯です。

その涼風に乗せて会報第12号をお届けします。

長く続いた暑さに耐え、原稿をお届け下さった多くの方々と編集作業に従事下さった担当各位に心からの御礼を申し上げます。

編集担当者の最大の仕事は原稿集めです。
集め易いのはテーマを決め、目星をつけてお願いすることですが、ほぼ一巡して、手詰まり感が強い昨今です。

号を重ねる毎にマンネリ化しがちな紙面作りについて編集担当以外の役員も加わって対策を話し合った時の意見が最後の頁に載せられています。

会報は、皆さんが自由に、気軽に投稿してお互いに知り合う場で会報が息長く発行され続けるように、例示された様々な意見を参考に自主的にどんどん書いて下さるようお願いいたします。

今号は、会員の思い出、近況などに加え、三春の歴史をひも解いたものなど、ほぼバランスが取れた内容になったように思われます。





歴史物語としての橋本捨五郎さんの三浦守治にまつわるお話は内容の幅が広く深く、さすがはプロ作家です。

また、内藤則邦さんからいただいたのは、当会のお先祖様ともいえる「在京三春人会」のお話で、以前から望んでいた原稿です。

明治13年に、河野広中を社長とする政治結社「三師社」の結成と時を同じくして「三春会」が発足し、明治35年に始まった「田村青年会」は3年後には「三春会」と合同して「田村会」へと改称、「田村会雑誌」も発行された由。

当時、青雲の志を抱いていてふるさと三春から上京した人々の会です。

その後の、定かでない空白期を経て平成21年2月に発足した「三春舞鶴会」、そしてその会報「三春舞鶴通信」のことも、長く三春の歴史に刻まれることでしょう。






“会員でない人でもいいのではないか?”に応える原稿を遠山さんからいただきました。

遠山さんは、何度も三春を訪れている埼玉の人です。

毎度の土産品を買いに立ち寄った、「おたり饅頭」の三春「昭進堂」の店先にあった「三春舞鶴通信」なる小冊子の発行者の中に、自分の知友の名を発見して驚き、連絡して下さった方で、大の三春ファンです。

 いただいた原稿には、「これだけの観光資源を持ちながら、滝桜以外は知られていないのは勿体ない。PR努力が足りないのでは?」と書かれています。
その後に届いた私信には、改善した方が良い点やその方策などが具体的に提案されていました。

会員同士でも十分に意見を交換して、町の人々が気付かない点を指摘し、改善策を提案するのも町への貢献の一つでは?と思うのです。
そのような意見交換のためにも会報やMLが活用されることを期待します。





同窓会などは卒業年次毎の仲間が協力し合って次々と運営を継続できますが、出身校も居住地域も異なる会員からなる当会はそれができません。会員の三春に対する思いと、この会と会報を存続させたいとの熱意だけが頼りです。

その思いで役員になられ、会の運営に協力して下さる方の出現を、役員一同で切望しております。宜しくお願いします。

爽やかな秋を迎え、皆様のご健勝をお祈りいたします。






文中にもありましたが、店内に配させていただきますと新しいご縁が生じてまいります。

合掌



春陽郷三春城下御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:05 | comments (x) | trackback (x) | 三春舞鶴会 |