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三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2018 諸願成就祈願!




三春藩主秋田家祈願所 真照寺節分会 2018


一昨夜、三春城下の旧三春藩主祈願所日乗山東門院真照寺の節分会が盛大に開催されました。

朝から、檀家や近所のお手伝いの方々や、ご祈祷を受ける方々や福授け豆まきの景品を奉納する方々、そして古いお札や正月飾りのお焚き上げの方々だ度がなどが、行き交う参道です。

山内には、多くの方々が福を拾いに詰めかけました。







早めの夕食を済ませた方々が、三々五々境内に参集してきます。

豆まき開始は午後八時ごろから、二回に分けて行います。

豆まきには、例年通りの大勢の方々が来場し、住職や年男、そして役員の方々が撒く「福豆」を拾っていました。
もちろん、お目当ては「磐梯熱海一力」や「馬場の湯若松屋」「斉藤下の湯」などの宿泊券です。



さらには、豪華景品は、魚券、酒、ゲーム、毛布、プラモデル等々、今年初めの運試しです。






露天商、そして火気警備の消防団員や三春分署員さんもその賑わいの演出者となっています。

皆さん、お焚き上げの炎で体を温め無病息災を祈願しながら、豆まきの時を待ちます。






裃姿の福男がお焚き上げの炎にあたり、邪気を払い豆まきの準備万端!

本堂内で、ご祈祷です。






所願成就の祈願を申し込んだ参詣者や、豆まきをする方々が、”護摩焚き”によるご祈祷を受けています。


今年は、真照寺ご住職や妹である瞳ちゃんのご配慮で、先週から肺炎で入院する父の病気回復、そして、長男坊の就職を祈願して、裃姿での豆まきとなりました。

ご住職さま、御心使い本当にありがとうございます。







福は内! 福は内!  福は内!  福は内! 福は内!

真照寺では、鬼は外とは言いません。

何故かって?






御本尊の不動明王さんは、改心すれば鬼をも助けるということです。

心の中にいる鬼も改心すれば・・・「罪を憎んで、人を憎まず!」です。


人間、誰にだって心の中に「鬼」を持ってます。

日常生活の中で、カッ!となる「心」を鬼と呼ぶんでしょう。






「福」というのは自分の長所であり、「鬼」というのは自分の短所つまり欠点のことだと云われています。
 
人は、それぞれ長所・短所を持ち合わせているものです。

節分の豆まきは、「春」立春を迎える「節分」にあたり、豆を撒いて1年に1度、短所を追い払い、長所を伸ばそうという行事なんだろうと思います。
 
心の中の鬼を調整するのも自分の心次第、そういう心を戒めて、心穏やかに暮らしていけるよう日々生活していきたいものです。







そして、いよいよ豆まき、ペアの旅行券やお酒、魚、醤油や油、任天堂3dDS,ソニーPSP等のゲーム、そして特賞掃除機等々豪華賞品を目指します。


今年も沢山の方々が来場していただきました。

”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” ”笑顔” 笑顔が境内にあふれます。






一般の交換が終わった後には、祈願申込者の方々限定の大交換会が始まります。

この場合も、お札受け本人もしくは代理の方がいないと無効となりますので、皆様そのまま待機しています。






住職が大鐘の中から名前の記載された紙を見ながら当選者の名前を呼ぶたびに、ため息とともに歓声が上がります。

私も、ここ数年はあたりがありませんが、以前は旅行券や婦人服などなど豪華景品をゲットしていました!


また、祈願成就のお札を申し込まれた方々には”福銭”が下されます。

この福銭を一年間財布やレジに入れておくとお金がたまるといわれています。

そして、一年後に本堂のさい銭箱にお礼の気持ちを込めてお返しください。


その後は、不動明王さんに奉納されたお神酒の御下がりを頂き、直会を行って撤収となります。







ご本尊「不動明王立像」もちょっとだけ顔をのぞかせています。
前にある白木の大日如来座像です。


そして、須弥壇左右に鎮座する「弘法大師木造座像」と「興教大師木造座像」です。





天明の凶作や天明5年の大火による城下町の焼失後も猫(滋野)の怨霊に夜毎苦しめられた三春藩4代藩主頼季の孫である7代藩主倩季公が、この木像の胎内に滋野多兵衛の位牌を入れて祈願所である真照寺に納めて、その怨霊を鎮めたと伝わる木像です。







この弘法大師と興教両大師木像は、木像安置の70年前に起こった「正徳・享保事件」そして「腹切り梅」「三春化け猫騒動」と呼ばれる、三春に伝わる古い伝説が付随しています。
 
三春御家騒動・正徳、享保事件と「三春猫騒動」
 
 三春藩主継嗣問題に端を発し、「三春猫騒動」にまつわる正徳事件と、家老荒木玄蕃高村
および四代藩主秋田頼季(玄蕃の子)の閉門を中心とした享保事件は、徳川幕府幕閣から、町方まで巻き込こんだ御家騒動といわれます。
 
正徳事件・「三春猫騒動」・当時、家老荒木内匠は、世継ぎとなりうる幼君を亡き者とし、我が子を藩主に据え藩の実権を握ろう企んでいました。
しかし、幼君の傳役滋野多兵衛にその野望を阻まれた、やがて滋野は荒木によって無実の罪をきせられ、大町紫雲寺の境内、白梅の木の下で切腹させられ、傍らにいた猫が怨霊と化し、間もなく野望を果たした荒木に祟るようになったと云います。
今も紫雲寺に、残る滋野多兵衛の墓には、猫の怨霊に苦しめられた荒木が、槍で突いたという傷がのこっています、又境内の白梅は紅梅に変わり、猫の怨霊は、約七十年後の「天明の大火」の時再び登場する。




 
享保事件は、家臣団の勢力争い・対立の末、幕府老中同士の対立を呼び、その政治紛争で負けた、荒木玄蕃高村の蟄居と、その子である、藩主秋田頼季の閉門により、正徳の事件より約八年続いた、御家騒動は、幕閣の介入により幕をとじました。
 
天明五年二月、八幡町より火の手が上がり荒町、高乾院・荒木家の墓を焼払い、北町を駆け下り、舞鶴城天守を炎上させました、その後も火の勢いは衰えず、大町から南町そして新町へと軒並み家屋を灰にしていきました。

消火指揮に出向いた、時の藩主秋田千季(荒木玄蕃の孫)の避難所・真照寺へ追うかの様に火は、勢いを増し南町,山中、新町へと向かった




 
真照寺住職が門前まで迎えに出たところ、殿様の後ろに猫の怨霊が見え、袈裟の袂で殿をかばい隠すようにして寺へ向かい入れました。
火勢は、ちょうどその場所・今の昭進堂の場所で、三春全域を焼き尽くした火災は、鎮火したと伝えられています。

この大火後も猫(滋野)の怨霊に夜毎魘された千季公は、真照寺へ、弘法・興教両大師像の中に紫雲寺で切腹した滋野多兵衛の位牌を入れて納め、怨霊を鎮めたといいます。



自然と手を合わせたくなるお姿です。

合掌







福拾いの帰りには、当店で振る舞っている御汁粉も、約200名のお客様が来店され、笑顔と共に戦果報告を楽しそうに話されていたそうです。

あれ、社長は?

私は、お寺で直会の真っ最中です!

立春前夜、節分の夜に十二年ぶりに御顔を見せたお不動さんを囲んで夜更けまで般若湯を酌み交わしたものですから、心の中の鬼も退散してしまったようで、晴々とした立春を迎える事が出来ました。








翌、立春の日、入院している親父さんの様子を見に行きますと、劇的な回復の兆しが見え始めてきており、来週早々には治療が簡素化されるとの吉報をいただきました。


もちろん、入院先の三春病院の院長先生はじめスタッフの皆様の手厚い医療・看護のお陰だと思います。

そして、何といっても、お不動さんをご本尊とする旧三春藩主祈願所真照寺の節分会。

自身の諸願成就を祈念して{豆まき福男}という大役の御縁をいただきましたことが大きかったんだと思っています。


改めまして、真照寺御本尊不動明王様、そしてご住職、お寺のご家族、天狗谷、磐梯造園、檀信徒役員等々、そして節分へご来場の皆様等々、有縁無縁全ての皆々様には、心より感謝申し上げます。


ありがとうございました。

春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍


| ryuichi | 05:36 | comments (x) | trackback (x) | 春陽郷三春 日暮硯 |