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柳津虚空蔵尊“七日堂詣り” 2019 「裸で生まれて来たに何不足」





正月も三ヶ日を過ぎると、三春昭進堂も正月休みを連休で頂きます。


そうしますと、柳津虚空蔵尊で開催される“七日堂詣り”が気になりはじめます。




ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!






男の禊なのか?


恐いもの見たさなのか?

激辛料理って癖になりますよね?


とにかく本当に辛いんですが、癖になる苦行 ・・・・ です。









この裸参りは、只見川の龍神様が玉を取り返し返しに来るのを村人が阻止したと由来されていますので、たつ年に、辰年生まれで、龍の一字を名前に戴くわたくしがこの奇祭に参加するのは如何なものかと思っていました。


しかし、これも何かのご縁なのでしょう。


友人からの強いお誘いや、従業員からの強い勧めもあって今年も通算三回目となる七日堂“裸詣り”に参戦して厄を払いをしてきました。


今年は、友人二人を従えて息子とその友達のエスコ―トでいざ出陣です!









お誘いが来たのが前日で、出発時間ぎりぎりまで断る理由を考えていましたが、断る理由が見当たらない~



集合場所の柳津月見が丘町民センターには、西会津出身で隣組の平野君も気合を入れてスタンバっていました。


柳津の虚空蔵さまと呼ばれる霊岩山福満虚空蔵尊圓蔵寺山内の菊光堂は、男衆の熱気で溢れ、僧侶の読経の中、ただひたすら男衆が鰐口に挑んでいきます。

問答無用とはこのことなのでしょう。

寒いもヘッタくれもありません。
 
無我夢中の男だらけの裸詣りです。







ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!



名前も肩書きも一切関係なし。身に着けているものは下帯のみです。


いうなれば、生まれたままの姿で、無心になりひたすら鰐口を目指します。


正に、「裸で生まれて来たに何不足」という禅語をそのまま地で行くような感じです。








多少、大げさに言えば生死を覚悟するような意気込みで挑んだ修練後の”生まれ変わった”という感覚といってもいいのではないでしょうか・・・・

まさに人間生まれて来た時はみんな裸。


厳冬の会津柳津の虚空蔵尊での裸詣りです。


下帯があるだけでも上等、そのに一枚の着物や温泉があれば、もうそれはそれはありがたい・・・

暑い・寒い、好き・嫌い・・・等々 不足を言わず、今を見つめ仏さまに生かされていることのありがたさを、言葉ではなく身をもって体験してきます。







ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!



私などは、毎回自分のポジションを決めていまして、七日堂参りの会場となる柳津円蔵寺菊花堂 本堂内陣正面向かって右手の柱の下に陣取っています。


盛り上がっている会場を一望できる絶好の位置です。



すると、見たことのあるような方が必死に鰐口を目指しています。


何と、三春in-kyoの主ちえさんのご主人であり、BANKS.house 代表取締役の長谷川さんとばったり遭遇です!


様々な場面でご一緒するする事がある長谷川さん。

まさか厳冬の柳津七日堂参りに臨場して会うなんて何という偶然、奇遇・・・とにかく不思議なご縁です。




非日常的な一時間は、あっという間に過ぎお開きとなります。
 


帰りには、参加の証となる厄除けの“牛王ノ矢”、そして観光協会の「参加者特典福引き」でお酒をもらって、下帯一本のまま宿まで駆け足で帰還。









町民センターの虚空蔵尊山内より湧き出る柳津温泉に飛び込みました。

この柳津温泉のありがたさはの為に裸参りに参戦しているといってもかごんではありません。



一生忘れることが出来ない温泉です!
 

凍えるような寒さの中で、少しの温かさ、裸に何か一つ加わることの有難みを感じます。



お風呂から上がって、参戦された方々に挨拶をしていますと、平野君とご一緒された貝沼さんにもご挨拶することができました。


貝沼さんは西会津で「カイロプラクティック 貝沼」代表で、機能回復総合整体の先生です。



ほんの10秒×2 だけ施術していただきました。


すると本当に体が軽くなっていきます。

また、それが数日続いていました。


ありがとうございました。





ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!


裸参り後の清々しさは、“心が洗われた”という言葉がにあいます。


新年七日におこなわれる裸参りだけに、新年の“新”と云う字は「新た」から、そして「洗った」という言葉から生まれたと聞いたことがあります。

心を新たにして、生きて行けという教えなのでしょう・・・









ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!







不足を言う前に生かされていることのありがたさを感じて生きようということを、言葉や書物ではなく「七日堂裸詣り」で身をもって感じ、「本当に何か不足しているのか?」と、もう一度自分自身に問い掛けてみる良い機会になりました。





春陽郷三春城下 御菓子三春昭進堂 菓匠蒼龍



| ryuichi | 05:09 | comments (x) | trackback (x) | 物見遊山諸国見聞録 |